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第78話

今日はいよいよホワイトデーだ。あの倉持君が選んだプレゼントを里穂子ちゃんが受け取る日ですよ。手に汗握るってもんです。朝来てすぐに二宗君と林田君が里穂子ちゃんにお返しをあげてた。二人とも食べ物のようだ。二宗君はクリームチーズとフルーツをブランデーで煮たクリームチーズスプレッド、林田君は紅茶クッキーのようだ。クリームチーズスプレッド美味しそう。どうもこれは夏美ちゃんチョイスと思われる。いい趣味してるよ。倉持君は朝渡さなかった。「いつ渡すの?」っと聞いたら「放課後呼び出す…」と言っていた。覗きも邪魔もしないが楽しみ。里穂子ちゃん明日どんな顔するかな。ていうか倉持君から告白されちゃったり?ちゃったり?キャーキャー!楽しみ過ぎる。私はルンルンだ。

一応私にも予定がある。雪夜君に呼び出されているのだ。お出かけと言うことで一応コンタクト装備である。眼鏡も好きなんだけど、無い方が美人だってよく言われるしな。雪夜君も以前「素顔の方がキレイだよ」と言っていたし。

バレンタインにお礼チョコあげたからお返しかな?いつもは私の部屋かミルククラウンに行く場合が多いけど、今日はミルククラウンのちょっと先にある公園だ。私が調理実習のお菓子を雪夜君にご馳走したのと同じ場所である。人通りも結構少なく、周りはちょっとこんもりとした木に囲まれた閑静な公園だ。いつ行っても人がいないので、公園としてちゃんと機能してるのか疑わしいけど、案外昼下がりくらいには公園デビューのお子さん達がいるのかもしれない。

約束の時間に行くと雪夜君はもう来ていた。円形のジャングルジムのような遊具の隣に立っている。私、雪夜君が私より遅く来てるの見たことないな。もしかしてすごい余裕持って来てる?


「お待たせ。」

「時間ぴったりだよ。」


雪夜君はにこっと笑った。なんだかその笑顔が作り笑顔のような気がして違和感を覚える。もしかして怒ってる?

でも私、最近は雪夜君を怒らせるようなことした覚えないしな?なんだろー?こういう時は直接聞く!


「雪夜君、なんか怒ってる?」

「怒ってないよ。」


今度は苦笑。これは本物っぽい。


「それならいいけど…」

「やっぱり緊張してるの顔に出ちゃってるかな。」


雪夜君も緊張する事なんてあるんだ。私の両親に会った時は緊張したって言ってたっけ。なんで今緊張するのか分からないけど。

どうやらベンチに座る気が無いようなので、雪夜君の正面に立つ。何故だか初めて会った日の事を思い出す。此処がミルククラウンの近くだからってのもあるかな?あの時はミルククラウンに行く途中でぶつかっちゃったんだよね。


「…雪夜君、初めて会った頃に比べるとだいぶ背が伸びたね?」


正面に立ってみると私とほぼ同じくらいだ。初めて会った頃はもっとちっちゃかった気がする。あの頃は私の体格でも正面からぶつかれば跳ね飛ばせるくらいだった。勢いついてたのもあると思うけど。


「初めて会った時から6cm以上伸びてるからね。もっと伸びるとは思うけど。」


おおー。子供の成長すげー。ぐんぐん伸びるな。それにしてもこうして目前にすると時間の流れを感じるな。感慨深い。


「なんだか初めて会った日から随分経った気がするね。」


雪夜君もそう思っていたらしい。


「そうだね。」

「色んな事があったよね。」

「うん。」


目を閉じるとこれまでの事が頭に浮かんでは消えていった。

雪夜君に投げられた日から、桃花ちゃん関連で色々。メールで頻繁に桃花ちゃんの情報貰ったり、調理実習のお相手の心理を教えてもらったり。賢いんだよな。気が利くし。ゴールデンウィークには一緒にファンタジアランドに行ったり、夏は花火に誘ってもらったりしたっけ。一緒に見た花火綺麗だったなあ。それから桃花ちゃんの事以外でもたくさんお話しするようになった。秋には文化祭に遠足。一条先輩イベントでは犯人に殴られたり誘拐もされた。大変だった。雪夜君の誕生日は一緒に過ごした。他にも雪夜君には助けてもらったしよく相談にも乗ってもらったな。私の前世での陰りも拭いとってくれたし。当初は桃花ちゃんに11人の彼氏ができたらどうしようと戦々恐々としてたけど、雪夜君と相談しながら解決していったっけ。そして桃花ちゃんの本心。桃花ちゃんの前世の話は雪夜君にはしていない。雪夜君は桃花ちゃんの前世を予想していたから私が言わなくても悟ってるかもしれないけれど。雪夜君自身も桃花ちゃんから別の人に心変わりしたという点がある。今では家族に惚気る程だとか。

ちくりと胸を刺す感触を無視する。


「今日はね、結衣に聞いてもらいたい事があるんだ。」

「うん?」


なんのお話だろう?なんだか真剣な眼差しの雪夜君に押されて緊張する。


「混乱するかもしれないけど、よく聞いてね?」

「うん。」


私は耳を傾ける態勢に入っている。

雪夜君は一度大きく深呼吸した。

それからしっかりと言葉を吐きだした。


「…結衣、オレは世界で一番結衣が好きだよ。」


その言葉が脳に浸透するのにはかなり時間がかかった。理解して動揺する。

そんなわけない。雪夜君は好きな人がいるんだ。とっても好きなんだ。家で惚気ちゃうくらい好きなんだ。それが私であるはずない。年も離れてるし、性格だって情けなくって、歪んでて、良い所無いし、顔だってそんなに良くない。なにより黒歴史ノートにより雪夜君の過去を不幸にした張本人だ。桃花ちゃんの事でも苦労させてきた。雪夜君の隣に立つに相応しくない女なんだ、私は。


「…雪夜君…」


それは冗談なの?そう聞こうとした。冗談だとしたら性質の悪い冗談だ。私はそういう冗談は好きではない。怒りたいのに泣きたい気持ちになる。


「はは…言っておくけど、冗談じゃないよ?今、すげー緊張してる。足が震えそうだ。格好悪いとこ見せたくないのにな。」


雪夜君は苦笑いだ。全然緊張しているようには見えない。足もしっかりと地を踏みしめている。というか雪夜君が怯えたり震えたりするところなんて全然想像がつかない。

雪夜君は宝物でも扱うようにそっと私の手を取った。この光景デ・ジャヴ。

私は震えた。

雪夜君はその震えも優しく包み込む。真っ直ぐな目が私の目の中を覗きこむ。


「背はまだ足りないけど、結衣の理想の恋人になれるよう努力するよ。一番大切にする。頼れる男になる。オレに結衣を守らせて?」


雪夜君の言葉が静かに私に浸透していく。

ううん。雪夜君。今でも十分頼りになるよ。ずっと雪夜君を頼りにしてきてた。雪夜君はいつも優しくて、私の話をいつも楽しそうに聞いてくれて、小学生なのに格好良くて、私の過ちや欠点も受け止めてくれる… 理想の人なんてあれこれ我儘言ったけど、そんなのとっくに超えてるよ。私には過ぎた人なんだよ。


「オレは人生という道のり、結衣と歩いていきたい。結衣と一緒にいると幸せになれる。そしてこの幸福を結衣と分かち合いたい。嬉しいとき、その笑顔がみたい。悲しいとき、その涙をぬぐえる権利がほしい。」


私の心が震える。

こわい。


「心配しないで、全部受け止める覚悟を決めてきたから。怖がらないで?大丈夫だよ。大丈夫だからいつも信じて。他の誰でもなく、オレの手だけ取って。」


取られた手がしっかりと握られる。それは傲慢にすら聞こえる、けど信頼できる絶対の事実。毒のように甘すぎる言葉。雪夜君の『大丈夫だよ』は私の心を蕩かせる。私の手を包む雪夜君の手は温かい。するりと心の壁をかわされた気持ちがする。


「結衣、お願いだ。結衣の一番をオレに頂戴?」


雪夜君はそっと私の掌にキスした。

最後まで聞いて、心の奥にすとんと何かが落ちてきた。

答えは簡単だった。


「ごめん…」


雪夜君は顔を背けない。その顔には絶対の意志が浮かんでいる。何か言おうとして口を開いたが、慌てて遮った。誤解されては困る。


「今やっと自分の気持ちに気付いた。私の一番はもうずっと前から雪夜君だよ。私やっぱり鈍いね。ずっと気付かなくてごめん。」


ずっと好きだったのに無意識に誤魔化してきてた。欲しいのは雪夜君の手だけなのに。最初から手に入らないと思って目を背けてた。雪夜君が誰かと幸せになるのを祝福するふりを続けてた。いつかは無理が生じるはずなのに、心に嘘ついてきた。今、あんなに震えてた心は落ち着いて、気持ちが満たされてる。

雪夜君が微笑んだ。


「結衣…」

「雪夜君…大好き…」


私も心から笑えたと思う。と、思ったのに何故か視界は滲んでいく。悲しい訳じゃないのにぽろぽろと滴が落ちた。雪夜君がそっと涙をぬぐってくれる。それから手を引いてぎゅっと抱きしめてくれた。

抱きしめたまま愛おしそうに私の頭を撫でてくれる。私の涙が止まるまでずっと。

ノートでの雪夜君のモチーフは『リトルナイト』

今、雪夜君は私だけのナイトになった。



涙が止まったらゆっくり私を腕から逃がしてくれる。ずっと抱きしめられてたら苦しくなっちゃうもんね。あったかいけど。って、人に見られてないかな?ここ公園だけど。今更ちょっと恥ずかしくなってきた。私はきょろきょろ辺りを見回した。


「見られてないと思うよ。誰も通りかからなかったし。見られても自慢するだけだけど。」


ぺろっと赤い舌を出した。

うわ、開き直った!雪夜君が家族に惚気るって言ってたのちょっと信じられなかったけど、こういう状態になるのか。


「でも良かった。これでコレも渡せるね。」


雪夜君がボディーバッグからラッピングされた何かを出す。私に受け取るよう渡してくれたけど。


「これなあに?」


中身は見えないけどちょっと重みのある品物のようだ。自分で包んだと思われる淡い水色の可愛い包装用紙の中には何が入っているのだろう。


「ホワイトデーのお返し。」


そう言えばチョコあげたっけね。あの時はお礼チョコって言ったけど、今思えば本命チョコ。今日はそのお返しだと思って来てたのに、告白のせいで頭からすっぽ抜けてた。


「開けてみていい?」

「いいよ。」


ぺりぺりと包装用紙を開けると割れないようにプチプチにくるまった香水の瓶が出てきた。ブルーの綺麗にデザインされた香水瓶の上には小さなガラス細工の満月が乗っているみたい。綺麗。私はシャワージェルやボディバターなんかは使うけど、香水の類は今まで付けた事が無い。まだどんな香りか分からないけど私の為に選んでくれたと思うと嬉しい。


「嬉しい。…でも香水とは意外なチョイスだね?」

「マーキング。オレ、結構独占欲強いみたい。ゴメンね?」


私を独占したいと面と向かって言われると…ダメだ、赤面する。

雪夜君は私の手を取って手首に口付けした。


「大好きだよ、結衣。オレが働けるようになったら、ちゃんとオレが稼いだ給料で指輪買うから。待たせてゴメン。」


まだ小学生だもんね。後4年か。楽しみだな~。今生初めての恋人リングか。うーん、わくわくする。


「楽しみにしてる。でも頑張り過ぎないでね?匂いも指輪も無くったって私は雪夜君のものなんだから。」


雪夜君が嬉しそうに笑った。

私の頭を抱え込んで髪にちゅっ。

瞼にちゅっ。

唇にちゅっ。

啄ばむようなキスがくすぐったい。

私達は幸福を分かち合った。凄く満たされた気持ち。いや、むしろ込みあげる何かが溢れそう。これが幸せってことか。前世を含めて今まで味わったことない感覚だ。どうしようもないくらい、泣きそうなくらい、愛しくて、切なくて、溢れる、幸せ。こんな気持ち、雪夜君も感じてるのかな。

雪夜君は私と人生を歩みたいと言った。

幸福を分かち合いたいと言った。

嬉しい時も悲しい時も傍に居てくれる。

幸せ。

きっとこれからもずっと、二人でこうしてく。



私は幸福な気持ちで家に帰った。

始まりはこの黒歴史ノートだったんだよな。私はテーブルの上でノートを捲る。人物設定ページには切り抜いたパズルみたいな穴があいている。感慨深げに眺めていたが、夜、入浴を済ませて部屋に戻るとテーブルの上に広げていた黒歴史ノートが無くなっていた。探してもどこにもない。妹に聞いたけど部屋には入っていないそうだ。

突然現れた時と同じように、突然消えてしまった。不思議なノート。

これでもう心や未来を操る事は出来なくなってしまったな。

でもそれでいい。

未来を操る必要なんてない。未来は自分の手で掴み取ってくるものだから。

それに、この先はいつだって雪夜君が一番近くで『大丈夫だよ』って言ってくれるはずだから。


皆さま、今までお付き合いいただいて、どうもありがとうございました。


アンケート。

ダブルムーンSide雪夜があるんですが需要ありますかね?ほぼおんなじ話の雪夜君視点です。ただメイド服撮影会とかプラスされてる場面もあります。雪夜君のイメージ壊れる可能性あり。倉庫に葬るかUPするか悩んでます。

感想フォーム、または、活動報告、または、メッセージボックスでお答えいただけると助かります。アンケート結果は多数決式をとりたいと思います。

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