92 血風の砂海戦 前編
海戦場面、初めて書いたのですが難しかったです。ちゃんと伝わっているといいのですが。もしよかったら、ご感想などいただけますとうれしいです。
【大陸歴1415年9月9日】
〈バグラ視点〉
その夜、村を発ったバグラたちは一路ペルアネゲラを目指した。
ここから先は、ほぼ砂上船で半日の距離ごとに、人口のオアシスを中心とした村が存在している。
しかし、バグラはあえて村を無視し、本来なら3日以上かかる行程を、1日半という強行軍で突き進んだ。
そして、ペルアネゲラが小さく見え始めた辺りで足を止め、船を巨大な砂丘の陰に隠して、辺りの様子を伺った。
デケムの齎した僅かな情報を元に、バグラは敵船団の停泊している場所を正確に探し当てた。
いかに大きな船団とはいえ、広大な砂海に潜む彼らを見つけるのは、積み藁に落ちた一本の針を探し出すようなもの。
それを難なくやり遂げることができたのは、ひとえに砂海を知り尽くしたバグラの経験と勘、そしてアーシの卓抜した操船技術があってこそだった。
「ほら旦那、雑魚どもがうじゃうじゃといやがるぜ。」
そういって、バグラは遠眼鏡をデケムに手渡した。
「お前でも流石にあの数を相手にするのは難しいだろう? どうする? 騎鳥で忍び込むのか?」
「そんなことしたら、あの野郎と一緒に俺たちも死ぬことになるだろ。生憎だが、俺は心中するつもりはねえ。あんたと違ってな。」
ナクリアットと刺し違えるつもりの本心を指摘され、デケムは黙り込んだ。
「仕事の前に、きっちり逃げ道も作っとくのが砂賊のやり方だ。」
バグラは顎で遠くに見える船影を指しながら言った。
「あそこにいる雑魚ども全員、正面からぶっ叩いて無力化する。」
「なっ!? 正気か? そんなこと、いくら何でも・・・!」
その時、一際強く吹き付けてきた風によって、巻き上げられた砂がデケムの顔に叩きつけられた。
声を上げかけていた彼は、口に入った砂を吐き出そうと咳き込んだ。
「間に合ったな。」
バグラは遠く北西の空を見つめ、小さく呟いた後、デケムに向き直った。
「言っただろ、旦那。運は俺たちに味方してるって。よし、お前ら帆を上げろ!」
バグラの号令に従い、船員たちがきびきびと準備を整える。
バグラは合図の鐘を鳴らすかのように、左腕の鈎を舷側に叩きつけた。
澄んだ金属音が砂海に響く。その音を聞きながら、彼は凄絶な笑みを浮かべた。
「さあ、殺戮の時間だ。」
夜明けの光が暗闇を美しく染め上げる。
地平線にポツポツと浮かぶ黒い染みは、目標の敵船団。
白く光る砂面を汚すかのように、無数の長い影が落ちる。
それを正面に捉えながら、『奪い去る刃』号は、強く吹き始めた風を帆で掴み、ゆっくりと速度を上げ始めた。
バグラはすんと鼻を鳴らし、北西の空をじっと睨む。直後、風が変わった。
砂の匂いを含んだ暖かい風が、船の舳先に立つ彼に激しく吹き付ける。
バグラは風の流れを、砂の粒の踊り方で読み取る。
次第に速度を上げ、敵船団のマストが目視で確認できるほど接近したところで、彼は舵輪を握るアーシに声をかけた。
「右舷20度。横に流せ。」
「えっ!? で、でも、そんな角度じゃ・・!」
「やれ!」
バグラの号令に、大きく帆が傾いた。
ほとんど横倒しになった船体から振り落とされまいと、デケムは咄嗟に舷側を掴む。
直後、船体は正面にそびえる砂丘を斜めに切り、横滑り航行に入った。
風を掴んだ『奪い去る刃』号は、矢のような速度で横滑りしながら砂丘を下り、目の前に散開する船団めがけて突っ込んでいく。
帆をたたみ、錨を下ろす船団。
その中で『奪い去る刃』号の黒い船体だけが恐ろしい速度で駆け抜ける。
船団の外縁に位置する中型船が眼前に迫ったとき、バグラは砲手に向かって叫んだ。
「鎖鋲、放て!」
舷側の大型弩砲から一斉に、鎖のついた鋲弾が放たれる。
鋲弾は中型船の横腹に深々と突き刺さり、倍する大きさを有する『奪い去る刃』号としっかり結びつけられた。
ゴンと、足元から突き上げるような衝撃が、舷側にしがみつくデケムを襲う。
疾走する『奪い去る刃』号に強い力で引きずられ、哀れな中型船はあっという間に横倒しになった。
衝撃で中破する中型船。船員たちは宙を舞い、砂の上に投げ出された。
「鎖伸ばせ! 帆を傾けろ!」
バグラの指示に合わせ、激しい金属音を響かせながら、舷側から鎖が飛び出していく。
長く伸びた鎖で中型船を引き倒しながら、更に速度を上げる『奪い去る刃』号。
倒れた中型船を中心にして、『奪い去る刃』号は、大きく弧を描くように横滑りした。
「アーシ!」
「了解です! 衝撃、来ます!!」
『奪い去る刃』号は、長く伸ばした鎖で周囲の小型船を巻き込みながら方向転換した。
直後、自ら鎖を断ち切り、再び帆で大きく風を掴む。
目の前にいるのは、敵の大型船。
その最も脆い船尾目掛けて、『奪い去る刃』号はその鋭い衝角を突き立てた。
強い衝撃。怒号と悲鳴。
船尾を破壊された大型船はその衝撃で横転し、魔導処理された船底を無様に晒した。
木片を撒き散らす大型船を置き去りにし、『奪い去る刃』号は再び次の獲物を求めて、攻撃体勢に入る。
それ姿はまるで、無力な羊の群れを引き裂く貪狼のようだった。
直後、背後で怒号が上がる。
敵帆船、ナクリアットの配下たちがようやく動き出したのだ。
帆を掲げた船が、緩慢な動きながらも『奪い去る刃』号の行く手を阻もうと包囲を狭めていく。
「どうするんだ!? このままじゃ囲まれちまうぞ!!」
激しく上下する甲板の上で、青い顔をしたデケムが叫ぶ。
その直後、彼は舷側を掴んだまま、激しく嘔吐した。
「これから本番だ! 振り落とされないようにしっかり掴まってな、旦那!」
バグラが右手を振り上げる。
それを見たアーシは無言で頷き、舵輪を操作した。
うねる砂丘の傾斜を利用し急旋回した『奪い去る刃』は、狭まりつつある包囲の隙間を縫うようにすり抜けた。
すれ違いざま、敵船から鎖鋲や火矢が放たれる。
しかし、それらはすべて、まるで見えざる手によって妨げられたかのように、『奪い去る刃』号の船体から遠ざけられ、虚しく砂上に落ちた。
実体のあるあらゆる飛来物を無効化するオルワの戦術神聖魔法〈飛来物無効化の祈り〉が効果を現したのだ。
彼女は甲板に固定された椅子にその体を縛り付けたまま、両手を握り合わせて祈りを捧げている。
敵船を躱した『奪い去る刃』号は、目の前にそびえる巨大な砂丘を斜めに駆け上がった。
大きく船体が傾き、甲板は斜めにそびえ立つ巨大な壁となる。
船員たちは皆、手近なものに掴まって自らの身体を固定した。
その中にあってバグラとアーシだけは、絶妙なバランスを保って、両足を踏ん張っていた。
「よくやったぞ、アーシ!! 手筈通りだ!!」
バグラの称賛に、アーシは曖昧な笑顔で応えた。
実はこの曲芸的な操船には、流石のアーシも肝を冷やしていたのだ。
彼はバグラに見えないよう、舵輪を掴む両掌の汗をズボンで拭った。
『奪い去る刃』号は傾斜を使って方向を変え、船首を下に向けて巨大な砂丘の途中で足を止めた。
それを追おうと、敵船団は右往左往しはじめた。
ほとんどの船は自ら狭めていた包囲のため互いに接触し、身動きが取れなくなっている。
それでも直線的に追撃してきた数隻は、巨大な砂丘のうねりに足を取られ、船首を大きく跳ね上げて止まった。
「見ろ! 連中、引っかかりやがった!」
バグラは獣のように笑った。
「追撃するのか?」
憔悴しきったデケムは、バグラに問いかけた。
その胸は激しいむかつきを訴えるが、吐き出すべきものはもう胃の中に残っていない。
バグラは小さく頭を振り、彼に顎をしゃくってみせた。
「旦那、あんたの出番はもうすぐだ。今のうちに、オルワのところに行ってくれ。」
それを聞いたオルワは、僅かに眉根を寄せた。
が、結局何も言わなかった。
彼女は無言のまま、デケムのための回復魔法を胸の裡で練り上げ始めた。
戦場に訪れた空白。
しかし、それはほんの一瞬に過ぎなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。




