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91 預けられた借り

 ここからしばらくバグラ側のお話が続きます。一応、5〜6話を予定してます。

【大陸歴1415年9月8日】


〈バグラ視点〉


 隠れ家アジト奪還戦で思わぬ敗北を喫してから7日後。


 バグラ一味はようやく南砂海道の東端のオアシスへと辿り着いた。


オアシスのない砂海内部を進んできた多くの砂上船が、ここで補給や交易、情報交換などを行っている。


 ここはペルアネゲラを根城とする彼のような砂賊にとって、庭同然の場所。


 略奪の対象ではないため、警戒されたり攻撃されたりすることは、ほとんどない。


 だが、この日の村の様子に、バグラは言いようのない違和感を感じた。


 目に見えるほどではないが、いつもより多くの視線を感じる気がする。


 敵意。好奇。憐憫。渇望。


 目線に込められた気持ちは様々だが、それを直接表す者は誰一人としていない。


 問い詰めるのは簡単だが、ここは重要な補給拠点の一つ。


 騒ぎを起こすのは得策ではない。


 バグラは、あえて自分に絡みつく視線を無視した。


 そして、いつものように補給を受けるため、顔なじみの住民のところへと出向いた。






「ひっ! バ、バグラさん!? あ、あんた・・・!」


「どうした? 幽霊でも見たような顔して。」


 そうバグラに問い掛けられた農夫は、慌てた様子ですぐに、取り繕うような笑顔を浮かべた。


「い、いや、何でもない! こっちの話さ。それより、いつもみたいに水と食い物だろ?」


 普段なら軽口の一つでも叩くだろう話好きな農夫は、やけに早口で言葉を返した。


「いや食い物はいい。水だけ2日分ほど頼む。水は樽一つあたり銅貨10枚(およそ5000円)でいいか?」


「ああ、も、もちろんだとも! 井戸から好きなだけ汲み上げてくれ。 さあ、早く早く!」






 傍らにいるオルワが、バグラの左腕にそっと触れる。


 バグラは彼女の方を見ずに、無言で小さく頷いた。


 落ち着きない様子の農夫をまっすぐに見つめ、バグラは口を開いた。


「なあ親父さん、俺たち知らない仲じゃないだろ。」


 バグラを見つめたまま、農夫はゴクリと唾を飲んだ。


 さっきまでの引きつった笑顔はなくなり、彼の言葉を待つかのように小さく顎を震わせている。


「何があった?」


 短く問い掛けられた農夫は一瞬目を逸らし、警戒するように周囲の様子を見た。


 しかし、小さく息を飲み込むと、意を決したように唇を引き締め、バグラを正面から見返した。


「あんたに会わせたい人がいる。」






 窓に砂よけの覆いのある薄暗い納屋は、つんとすえた臭いが充満していた。


 床の上に敷かれた寝具に横たわった男を見て、バグラは思わず小さく息を呑んだ。


「デケムの旦那!? おい、一体どうしたんだ!?」


 すぐに駆け寄って声をかけたが、何の反応もない。


 血の気のない顔を含め、彼の全身を覆う布は、赤黒い染みで汚れている。


 だが、僅かに胸が上下していることから、死んでいないことだけは分かった。






「もう3日も眠ったままなんだ。できる範囲で手を尽くしたが、あまり大ぴらに動くこともできんでな。」


 彼の背中に向け、農夫は憔悴しきった様子でそう呟くように言った。


「ラクダどもがやけに騒ぐんでな。調べてみたら、その娘と一緒に村の外に倒れているのを見つけた。何があったかは知らん。だが、その男を探している連中が、何度も村にやってきとる。その2人、あんたの知り合いなのか?」


「ああ。」


 バグラはデケムの横に寝かされた娘を見たまま、農夫に短い言葉を返した。


 オルワは傷と火傷を負った娘の顔を覗き込んだが、すぐにバグラを見上げると小さくかぶりを振った。






「そのガキは、俺が根城にしてる宿の下働きだ。男の方は以前、一緒に仕事をしたことがある。」


 バグラはぎりっと音を立てて奥歯を噛み締めた。


「オルワ、デケムの旦那から話を聞きたい。やれるか?」


 オルワは、無言のままデケムの胸に右手を当てると、静かに目を閉じた。


 彼女の手から溢れ出した暖かい金色の光が、薄暗い納屋を照らす。


 光が収まったとき、速く細かったデケムの呼吸は、穏やかなものに変わっていた。


「親父さん、この男は俺たちが預からせてもらう。娘の方は・・。」


「この子は俺が弔わせてもらおう。なあ、あんた神官なんだろう? この子のために祈ってもらえんか。」


 オルワが頷くのを見た農夫は、くしゃりと顔を歪め、盛大に鼻をすすった。


「ありがとう親父さん。この借りは必ず返す。」


 意識をなくしたデケムを抱えあげ、バグラは納屋を出た。


 桟橋へと去っていくバグラの背中を、農夫はいつまでも見つめていた。


 しかしやがて、大地母神への祈りを小さく呟くと、これから荼毘に付す娘のもとへと歩み寄っていった。







 デケムが意識を取り戻したのは、陽が傾き始めた頃だった。


 薄暗い船室の中、ゆっくりと目を会えた彼はしばらく天井を見つめていた。


 しかし、傍らから自分を覗き込む影に気づいて、そちらにゆっくりと首を傾けた。


「・・・バグ、ラ・・?」


 掠れた声だった。


「何があった、旦那?」


 デケムは苦しそうに喉を鳴らし、ゆっくりと視線を動かした。


 左腕の銀鈎に目を留めた彼が、自嘲するようにかすかに笑う。


「まさか、お前に助けられるとはな。」


「ネズミの親父はどうした?」


 デケムの答えを予想しながらも、バグラはあえて尋ねた。


 デケムは、何かを決意したように唇を噛んだ。


「殺された、ナクリアットだ。」


 バグラの背筋が僅かに強張る。


 デケムはゆっくりと視線を天井に戻した。


「バハムテジャリの連中を引き込んでやがったんだ。こっちの拠点を一斉に・・・。」


 囁くようにそう言ったデケムは、口を噤み、ぎりっと奥歯を噛み締めた。


「俺は、俺はあの方を・・守れなかった・・!!」


 血を吐くように言葉を絞り出したデケムは、奥歯を噛み締めて男泣きした。


 言葉が途切れた船室に、風の音と嗚咽だけが響く。






 程なく船室に静寂が戻った。


「・・・続けろ、デケム。」


 低く、押し殺した声だった。


 デケムは何かを探すように、視線を彷徨わせた。


「サファが俺たちを逃がしてくれた。あの子、リディはどうした?」


 バグラは何も言わない。


 だが、代わりに船室の木材がみしりと軋んだ。


 バグラの右手は、寝台の手すりを握り潰していた。


「そうか。俺はあの子も守れなかったんだな。」


 それ以上の説明はなかった。


 その必要もない。


 再び静寂が船室に流れた。






 口火を切ったのは、またバグラだった。


「・・いつだ。」


「25日だ・・今日は何日だ?」


「6日前か。」


「そうか、もうそんなに経ったのか。」


 デケムの声が震えた。


「くそっ、なんで俺だけが・・!」


「泣き言はいらねえ。」


 バグラは、はっきりと言った。


 そのままゆっくりと背を向け、扉の方へ歩く。


「バグラ・・。」


 小さく呟いたデケムの言葉に、バグラは立ち止まった。


「生き延びたんだ。それで十分だろ。」


 そして振り返らないまま、言葉を続けた。


「それとも、ここで終わりか?」


「・・・そんな訳ねえ。」


 静かな言葉。だが、そこに隠しようがないほどの激情が込められていた。


 バグラは振り返らないまま、船室を出た。


 扉に触れた銀鈎が、微かに澄んだ音を立てた。


 そこに残った響きを聞きながら、オルワは戦いのときが迫っていることを静かに感じていた。






 翌日、回復したデケムから、バグラは街の様子を聞き取った。


「じゃあ、旦那たちの船を出してくれたのはファティーマだったんだな。」


「ああ、サファの口利きでな。」


 デケムは彼女と別れたときのことを思い返した。


 リディをお願いと言い残し、命懸けで歓楽街の裏門から脱出させてくれた彼女。


 大切な主を守るどころか、彼女の最期の願いすら叶えられなかった。


 その自分の無力を悔い、彼は血が滲むほど拳を握り込んだ。






 ファティーマは歓楽街を中心とした裏町の元締め。


 そこで酒場を切り盛りするサファと彼女の間には深い関わりがある。


 デケムはその伝手を頼って小型船を手に入れ、負傷したリディを連れてペルアネゲラを脱出した。


 しかし、ナクリアットは、脱出しようとする者たちを見逃すことはなかった。


 港を取り囲むように、自分の息のかかった砂賊たちを潜ませていたのだ。


 何とか包囲を突破できたものの、船は大きく損傷し、彼自身も傷を負ってしまった。


 このオアシス付近で航行不能となった船を捨て、魔獣と砂嵐に耐えながら、彼はリディを抱えて進み続けた。


 そして、力尽きて倒れたところを、この村の農夫に救われたのである。






「ファティーマの歓楽街シマにも、手出ししようとしてた。俺が港を出たときにはあの婆さん、行方をくらましていたがな。だが、今頃は捕まっちまってるかもしれん。」


「あの婆が、そんなに簡単に捕まるとも思えないがな。それに、もともと荒事に向かねえ連中だ。大人しくしてる限り、ナクリアットも手荒な真似はしねえだろうさ。」


 ファティーマが牛耳っているのは、裏町で生活する娼婦や職人などだ。


 ペルアネゲラに根付いた彼らを、外からやって来るならず者から守ることが目的で出来上がった自衛組織。


 市の根幹をなす彼らは、今頃きっと頭を低くして嵐が通り過ぎるのをじっと待っていることだろう。






「話は分かったぜ旦那。要はナクリアットの野郎をぶっ殺せばいいってことだろう?」


 バグラの言葉に、デケムは視線を下げた。


「極論だな。それが出来るなら、俺だってこんな場所まで逃げ延びていない。」


「いや、出来るさ。あの連中、サファに手を出したんだろう? あの歓楽街まちの連中が黙っているわけはねえ。俺たちが乗り込んでいけば、必ずこっちについてくれる。」


 それがどれほど困難なことか、言っているバグラが一番よく分かっていた。


 勝算のほとんどない、命懸けの博打。だが、今はそれしか選択肢がないこともまた事実だ。


 デケムは言葉を飲み込み、あえてバグラに問いかけた。


「・・・だが、どうやって乗り込む? 港はナクリアットがガッチリ固めちまってる。赤鼠うちの連中の船も完全に押さえられてるんだぞ。」


「さっきの旦那の話が答えさ。運は俺たちに味方してる。」


 バグラはすんと鼻を鳴らすと、にやりと笑って答えた。


「牛小屋に隠れてる青牛野郎ナクリアットのケツを蹴り上げてやるとしようぜ、旦那。」

お読みいただき、ありがとうございました。

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