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閑話 天秤の傾き

 ちょっとおとぎ話風に書いてみました。言葉を削るって、すごく難しかったです。

 盲目の老婆に導かれ、幻の城で不思議な体験をしたクルトとライノス、そして猫人ケットシーのマオ。


 次の村を目指して旅を再開した彼らは、積み荷の中に紛れ込んだ奇妙なものを発見した。


「ずいぶん古ぼけた天秤だ。これ、もしかしてあの城にいた男の持ち物?」


「あとは大きくて四角い・・これは帆布かにゃ?」


「もしかして、これって魔法の品なんじゃねえか?」


 3人は、天秤と帆布を持って大きな街の魔術師ギルドを訪ねた。ところが。


「〈鑑定〉しましたが、どちらも魔法の力はありませんね。ただ、なんか妙な気配はあるのですが。」


 肩を落としてギルドを出る3人。でも、すぐにクルトが声を上げる。


「気持ちを切り替えよう! いざ、新たな旅に出発だ!」


 ところがその時。


 カタン!


 突然響く、謎の音。


 直後、港で起きる小火騒ぎ。船の帆布を燃やした船主が嘆く。


「ああ、困った、すぐにでも出発しなければならないというのに! この取引に間に合わなかったら、私は破滅だ!!」


 3人は顔を見合わせると、船主に持っていた帆布を差し出した。


 すると帆布は、まるであつらえたかのように、ピッタリと帆船のマストに収まった。


「ありがとう! 君たちは命の恩人だ! これを受け取ってくれ!!」


 船主は銀貨と箱いっぱいの保存食を差し出した。


「人助けができてよかったな!」


「ヒゲを焦がした甲斐があったにゃ。これだけあれば、仕入れをする必要もないのにゃ。」


「でも、なんか変じゃないか? あまりにも偶然が、重なり過ぎてる気がするぜ。」


 船を出して間もなく。


 カタン!


 また、音が響いた。


 不審な顔で辺りを見回す3人。そのとき、クルトが大きな声を上げた。


「あれを見て! すごい砂嵐だ!!」


 3人は砂嵐を追いかけるように、船を走らせた。


 砂嵐に襲われた村は、酷い有様だった。


「ああ、困った。当面の食べものが無くなってしまった。」


 困り果てる人々に、3人は持っている大量の保存食を提供した。


「ありがとう。君たちは命の恩人だ!」


 村の人々は3人に大変感謝し、保存食の代金とお礼の品を差し出してきた。


「何もない村で、こんなものしかあげられないが、せめてもの気持ちだ。どうか受け取っておくれ。」


 渡されたものは、船いっぱいの麻縄。どう考えても、使い道がないものだったが、3人は快く受け取ることにした。


「また人助けができた。よかったよね。」


「あのさ、クルト。俺思ったんだが、俺とマオが聞いたあの音。あれ、天秤の傾く音じゃねえかと思うんだ。」


 3人は道具袋の奥に仕舞い込んでいた、古ぼけた天秤を取り出した。


「もしかしたらこの天秤が、俺たちを困った人たちのところに導いてくれてるのかな?」


 カタン!


 はっきりと天秤が音を立てた。


 それからの三人は、まるで追い風を帆いっぱいに受けた船のようだった。


 天秤に向かうたび、カタンという音が響く。


 すると、そのたびに、救いを求める人々が取引を願い出てくるのだ。


 大量の縄は、家畜を連れた農場主に。


 余った干し肉は、遠征帰りの傭兵団に。


 遠征で得た布は、砂漠を渡る隊商に。


 値のつかなかった香辛料は、港町の料理人に。


 人々の救いを求める声は、次第に大きくなっていった。


 そして、半年も経つ頃には、彼は人々の間でこう呼ばれるようになった。


 秤りのクルト。


 数々の取引を有利な条件で成立させ、彼らは人々の感謝と大きな富を得ることになった。






 幸せで充実した日々。しかし、大きすぎる成功は羨望と嫉妬を呼んだ。


 まるで、傾いた天秤が釣り合いを取ろうとするかのように。


 カタン!


 長雨で多くの作物が枯れた。


 カタン!


 辺境の村で人々が病に倒れた。


 カタン!


 砂嵐で船を無くした商人が破産した。


 人々は噂した。


「秤りのクルトは、人々を救っているのではない。あの男自身が、災いを呼び込み、それを商機に変えているだけだ。」


 噂を聞いたクルトは、眠れぬ夜を過ごした。


 もしや、この天秤が、俺の願いを叶えるために、不幸な人々を作り出しているのではないか?


 クルトは塞ぎがちになり、やがて2人の仲間とも仲違いをするようになった。








 ある日、彼は夢を見た。


 巨大な天秤の皿の上に立つ自分。


 そして、もう片方の皿にいたのは、貧しくとも夢を語り合い、小さな成功を喜び合うことができた、かつての自分。


 クルトはその場に崩れ落ち、涙を流した。


 こんな力、すべて消えて無くなってしまえばいい。


 強くそう願った時、反対の皿の上にいたクルトが、語りかけてきた。


「本当にそれでいいのか? 手に入れたすべてをなくすことになるぞ。お前の選択に、仲間も巻き込むつもりか?」


 クルトは拳を握りしめた。


「どん底に落ちたって、俺は必ず立ち上がってみせる! 今度は俺自身の力で! それに。」


 クルトは流れる涙を止めようともせず、叫んだ。


「俺は、あの2人を信じてる。俺たちの絆が、たったこれっぽっちの挫折で、無くなってたまるもんか!!」


 その瞬間、クルトの周りにあったすべてのものが消え去った。


 足場をなくした彼は、虚空に投げ出された。


 ゆっくりと回転しながら落ちていく彼に、どこからとも無く、不思議な声が聞こえてきた。


「あなたのその願い、聞き入れましょう。」


 クルトは深い闇へと落ち、やがて意識を失った。






 彼は目を覚ました。手にはあの天秤がしっかりと握られていた。


 あれほどうるさく聞こえていた天秤の音は、もうまったく聞こえなくなっていた。


 変化は緩やかに、しかし確実に起こった。


 取引の申し出が、その日を境にぱったりと止んだ。


 契約が消え、支援者にも背を向けられた。


 船も、販路も、倉庫の中身も、すべてを他の商会に売り渡すことになった。


 港の商人たちは、彼を嘲笑った。「所詮は運だけの男だったんだ」と。


 最後に彼らに残されたのは、小さなボロ船一隻と古びた天秤だけ。


 冷たい風が吹く桟橋。ボロ船の上で、クルトは友だち2人に頭を下げた。


「本当にごめん。俺が馬鹿なことをしたせいで、2人の頑張りを台無しにしちまった。」


 ライノスとマオは、頭を下げるクルトを無言で見つめていた。






 やがて、ライノスがクルトの肩にどんと手を置いた。


「ようやく厄介な書類仕事から解放されたぜ。ありがとな、クルト。」


「僕も、机の上で地図とにらめっこするのは、もう飽き飽きだったのにゃ。」


「ライノス、マオ・・!!」


「ひでえ面だぜ、相棒。お前のそんな顔見たのも、随分久しぶりな気がするぜ。」


 それぞれ少し大人になった3人は、肩を抱き合い、声を上げて子どものように泣いた。


 しかし、その涙は、冷たい悲しみの涙ではなかった。


 ずっと会っていなかった友と、ようやく再会できたことを喜び合う、本当に温かい涙だった。






「無一文になっちまったな。」


「もう、この街で僕たちを助けてくれる商人はいないのにゃ。」


「随分、やらかしちゃったもんね。」


 言葉ではそんなことを言いながらも、3人の口元には笑顔が浮かんでいる。


「これからどうする?」


「また、地道に稼ぐしかねえだろ?」


「ギルドで仕事でも探してみるかにゃ?」


 3人は仕事を探して、街を歩き回った。


 しかし、いくら歩いても、彼らに手を差し伸べる人は現れなかった。


 もうダメかも知れない。


 3人が諦めかけたそのとき、後ろから声がかかった。


「よう、秤りのクルトじゃねえか。あの時は助かったぜ。今、暇なんだろ?一つ仕事を頼みたいんだが。」


 声の主は、干し肉を買ってくれた傭兵団の隊長だった。


「船を出すんだって? じゃあ、物資を提供させてくれ。なに、遠慮はいらない。あのとき助けてもらった礼さ。」


 そう声をかけてきたのは、彼らが助けた農場主。


「新しい航路を探してるんだって? 面白い話があるんだが、聞く気があるかい?」


 話を聞きつけた隊商の主が、首を突っ込んでくる。


「商品が足りない? なら、うちの開発した特産品を運んでくれよ。あんたらの香辛料で完成することができたんだ。」


 料理人が抱えていた樽を差し出した。


 運命から見捨てられた3人に、次々と声をかけてくる人々。


 感謝の言葉を口にする3人に、人々は笑顔でこう言った。


「恩には恩で報いる。それが商いってもんだろう?」


 すべてを無くしたと思っていた。でも、それは間違いだった。


 友情。感謝。信頼。これまで積み上げてきた確かな絆は、失われること無く、そこにあり続けたのだ。


 クルトは手の中の天秤を見つめた。


 もう、天秤は鳴らない。けれど、クルトの目に迷いはなかった。






「よし、もう一度、出発だ。」


「おう、任せとけ!」


「今度は何が待ってるのかにゃ? ワクワクするにゃ!」


 小さな船は、きしみながらもゆっくりと前へ進み始めた。


 後に人々は語る。


 彼らの伝説は、まさにこの日から始まったのだと。


 しかし、それはまだまだ先の話。


 遠ざかっていく小さな船。彼らが向かう先を、今はまだ誰も知らない。

お読みいただき、ありがとうございました。

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