88 家畜小屋づくり
90話で十四郎視点が一旦終わり、閑話を1話はさんで、バグラ視点のお話になります。5話くらいバグラ視点が続きます。多分。
【大陸歴1415年9月24日】
〈十四郎視点〉
『迷宮領域から人間の一団が離脱しました。』
砂色の四角帆を張った砂上船は、ゆっくりと拠点から離れていった。
甲板の上では、カラムが元気よく手を振っている。
その隣では、サミルとダルハンが、少し照れくさそうに頭を下げていた。
「必ず戻ってきます!」
ダルハンの声は、風に乗ってはっきりと届いた。
「必ず!」
外壁の上から船を見送るユーリィと子どもたちは、それに応えるように手を振り返した。
砂の海へと消えていく船影。
「無事に着くといいですね。」
ユーリィが祈るようにポツリと呟いた。
ダルハン一家と過ごした短くも濃い日々は、こうして幕を下ろした。
「では、シャーレ様の恵みに感謝して、いただきましょう。」
「いただきます!」
元気に声を上げた後、子どもたちは早速、目の前に置かれた肉にかじり付く。
「しつじ、おいしいね、リナおねえちゃん!」
「ひ・つ・じ、ね。」
いつもなら、もっとからかいの言葉をかけるはずのリナも、今日は口数が少ない。
みんな、久しぶりの羊肉に夢中になっているからだ。
カニを食べると無言になるってよくいうけど、肉を食べるときでもそれは変わらないらしい。
この肉はもちろん、鷲獅子に殺されたダルハンの羊のうちの1頭だ。
ダルハン親子とユミナさん、サラさんは協力し、昨日一日がかりで合計6頭の羊とヤギを解体処理した。
それらの肉は塩漬けや腸詰めにし、食料倉庫に収納済み。
ちなみに、そのために使用した大量の塩はすべてナビさんが用意してくれた。
そのコスト、しめて1000mp。
結構な消費だが、ユーリィたちの笑顔が見られたから、プライスレスってとこだな。
この肉も含め、俺たちは銅貨20000枚で、ダルハンからすべての家畜を買い取った。
現在、家畜たちは、収穫が終わった畑を利用して作った放牧場に入れてある。
取引を持ちかけた時、彼は「そんなには受け取れません!」と固辞した。
でも、「もしお金が余ったら、今度帰ってきたときに、この村に必要なものを仕入れてきてください」と説得して、納得してもらった。
彼は出発する間際まで、拠点の一人ひとりに必要なものを聞き取り、丁寧にメモを取っていた。
三姉妹からも、お菓子や人形のリクエストを受けていたようだ。
毒気が抜けた彼は、すっかり誠実な父親に戻ってしまっていた。
俺は彼の旅の無事と、娘さんの回復を祈らずにはいられなかった。
翌朝、収穫が終わったタカキビ畑には、白と茶色の塊がひしめいていた。
「マジで、多すぎたかな。」
思わず、そう呟いてしまう。
羊36頭、ヤギ42頭。合計78頭。
ついこの間までは、ユーリィと「家畜が増えるといいですね」なんて、話していたけど、今はそんな悠長なことを言っていられる状況ではない。
めえめえと鳴き交わす声が石壁に反響する中、三姉妹は柵から逃げ出したヤギを追いかけて、楽しそうに走り回っている。
建築アイコンを使って、割としっかりした柵を作ったつもりだった。
でも、このヤギたちときたら、ちょっとの隙間を見つけては、すぐに脱走してしまう。
おまけに低い柵だと、お互いを踏み台にして簡単に飛び越えてしまうのだ。
逃げ出した彼らのお目当ては、ユーリィたちが食用に育てている葉野菜や香味野菜、それに豆類だ。
今のところ、ハニワ防衛隊の活躍で被害は出ていないものの、いくら捕まえてもキリがない状況だ。
しかも、ここにいるのは、群れの半分にすぎない。
残り半分は今、俺が建築アイコンで作った石造りの家畜小屋の中に入っている。
タカキビ畑を利用した仮の放牧場では、すべての家畜を放つだけの広さを確保できなかったからだ。
だから実際は、放牧場というより、ただの運動場になってしまっている。
本当はもっと広げたいけど、今の人手ではこれが精一杯。だから、時間をずらして、輪番で放牧をさせているというわけ。
今、ユーリィたちは協力して、畑に残っていた細断前のタカキビの葉や茎を集めて、一箇所に積み上げている。
どうせ家畜たちに食べさせるんだから、そのままでいいのにと思って聞いたら、その理由をトゥンジャイくんが教えてくれた。
「羊にタカキビの葉や茎をそのまま食べさせると、お腹を壊すことがあるんです。」
ヤギに比べ、羊はかなりデリケートな家畜なのだそうだ。
タカキビを飼料にするためには、地面の下などで発酵させる必要があるらしい。いわゆるサイレージってやつだな。
トゥンジャイくんは、家畜に関しての知識がかなり深い。
彼は、サリハーネ村にいた頃、他の子どもたちと一緒に羊の世話を手伝っていたらしい。
まだ5歳なのにしっかりしているのは、そうやって働いてきた経験があるからなんだろう。
本人は「親や兄たちから、ゲンコツと一緒に叩き込まれましたから」って笑ってたけど。
ちなみにタカキビ収穫後、すでに細断済みのものは肥料にするべく、ツチマンを使って、俺が地中にすき込んでしまった。
羊が手に入ると分かっていたら、肥料にしなかったのにと、今更ながら悔やまれる。
なお、彼曰く、これは羊が掘り返して食べたりしない限り、問題はないそうだ。あと、ヤギは大抵のものを食べても、なんともないそうです。
ヤギよ・・・。
タカキビを積み上げたら、今度は代わりの飼料を準備する。
外壁の内側に沿って植えられているナツメヤシやオリーブ。
その葉っぱや、樹の下の短い下生え。そして、ダルハンたちが置いていった大量の保存飼料が、当面の餌になる予定だ。
みんなは丁寧にかり集めた植物を、細かく刻んで、柵に運んでいく。
道すがら、脱走したヤギを三姉妹が捕まえる。それを午前中いっぱい繰り返した。
作業を終えて、みんなが昼休憩に移動する中、トゥンジャイだけは、真顔で羊の様子を観察していた。
「どうしたの、トゥンジャイ?」
ユーリィにそう尋ねられた彼は、餌場にいる羊たちを指さした。
「ユーリィおねえちゃん、羊の食いつきが良くない気がするんだ。」
「そうね。言われてみれば、確かにそんな感じがする。何か心当たりがあるの?」
ユーリィの問いかけに、トゥンジャイくんはそっと目を逸らす。そして、少し言いにくそうに、口を開いた。
「御使い様が作ってくださったあの家畜小屋。あれがいけないと思うんです。」
えっ? そうなの? どういうこと?
ユーリィに、その言葉の理由を尋ねてもらう。すると、彼は俺を見上げながら説明してくれた。
「石の小屋は丈夫でいいんです。でも、夜の間は、すっごく中が冷たくなる。それで、羊が弱ってきてる気がして・・。」
聞けば、サリハーネ村では、日干しレンガを使って、建物を建てていたそうだ。
言われてみれば、室温が安定しやすいのは確かに、石よりも日干しレンガのほうだろう。
夜露から家畜を守る場所が必要だと聞いて、安易に建築アイコンで作ってしまったけど、もっとちゃんと話を聞くべきだった。
「ありがとうトゥンジャイ。おかげで大事な羊を弱らせずに済んだよ。」
俺がユーリィに礼を伝えてもらうと、彼は安心したように微笑んでくれた。
昼休憩の後、俺は早速そのことをみんなに相談した。そしてすぐに、家畜小屋を建て直すことに決まった。
トゥンジャイくんの「羊は腹を地面につけて休みます。冷たい床は良くないです」という意見を元に、みんなで改善案話し合う。
結果、柱と梁の基礎部分を除いて、壁を日干しレンガに、床は砂地にすることが決まった。
俺は建築アイコンを起動し、今ある家畜小屋から基礎部分以外を取り払った。
続いて、日干しレンガで壁を作ろうとしたが、なぜかうまくいかなかった。
『指定された素材は、迷宮壁面としての強度が不足しています。他の素材を選択してください。』
仕方なく俺は、ユーリィに「砂レンガは作れない」と伝えた。
彼女はちょっと意外そうな顔をしたが、すぐにポンと胸を叩いた。
「すべて御使い様に頼る訳にはいきません。ここはみんなで力を合わせます。」
ユーリィが自分たちの手で日干しレンガを作ることを伝えると、皆は笑顔で頷いた。
特に喜んだのは三姉妹。ニナは「泥遊び!」と目を輝かせる。
彼女たちは慣れた様子で、水路の周りにある砂を掘り始めた。
「水の周りにある、このきめの細かい砂を水と混ぜて、乾かすと出来上がりです。」
女性たちは集めた砂に水を掛け、足で踏んで器用にこねていく。
「砂レンガは崩れやすいので、しょっちゅう補強するんですよ。それは村の女たちの仕事。だから、この作業はみんな慣れっこなんです。」
ユーリィは着ている麻の服を太ももまでたくし上げ、フーリアちゃんと手を取りながら、踊るような足つきで泥を混ぜていた。
確かに、みんなものすごく上手い。あと、めっちゃ楽しそうだ。
三姉妹はというと、みんな上着を脱ぎ捨て、下着姿になって泥の中で跳ね回っていた。
ハナはニナと、リナはトゥンジャイくんと手を繋いで、楽しそうに泥をこねている。
「ちょ、ちょっと! あんまり押さないでよ! 危ないじゃない! しっかり握ってなさいよ!」
「ご、ごめん! その、うまく前が見えなくて・・。」
真っ赤になったトゥンジャイくんは、自分の足元を見つめながら、小さな声でそう答えた。
「は、はあ、何言ってんの!? まさか、あんた・・ぶはっ!!」
なにか言いかけたリナの顔に、大きな泥の塊が飛んできた。
泥まみれになった彼女は、口に入った泥をペッペと吐き出した後、ケラケラ笑っている犯人を睨みつけた。
「ニナ! よくもやったわね!!」
「わざとじゃないもん! ね、ハナおねえちゃん?」
「そうねえ。でもちょっと、はしゃいじゃったからかしら。」
ニナに飛びかかっていくリナ。泥に倒れ込んだ二人は、笑いながら取っ組み合いをはじめた。
必然的に、ハナとトゥンジャイくんも巻き込まれる。
うん。もう、めちゃくちゃである。
その後、フーリアちゃんからこっぴどく叱られ、4人揃ってべそをかくというイベントを経て、なんとか泥はこね終わった。
「あとは、これに短く切った草を混ぜて、型に流せば完成です。」
そう言ってユーリィたちが集めてきたのは、水路周りに網目状に広がる雑草。
葉っぱの裏が白くなっている、ちょっと変わった形の草だ。小さくて白い花が可愛らしい。
「これは白月草と言って、砂レンガに混ぜると、魔獣が近寄ってこなくなるんですよ。」
フーリアちゃんがそう教えてくれた。砂海の村では、どこでもこの草を砂レンガに混ぜて、魔獣よけにしているそうだ。
皆は手分けして、俺がアイテム創造アイコンで準備した型枠に、白月草を混ぜた泥を流し込んでいく。
夕日が皆の頬を赤く染める頃、ようやくすべての作業が終了した。
「あとは、乾燥させれば大丈夫です。」
ユミナさんが額の汗を拭いながら、そう言った。水路の周りにずらりと並んだ型を見て、皆はうれしそうに頷き合っていた。
その翌日、皆は型から外したレンガを、きれいに並べ直した。このまま、3〜4日ほど乾燥させるという。
その間、家畜小屋には俺が仮に、石の壁を付けておいた。
ナビさんに環境改変をしてもらい、家畜小屋の温度を一定にしてもらったものの、羊たちの食欲は減る一方だった。
羊たちは、人工的な空気が合わなかったようだ。
いくら環境を整えても、自然の気候変化とかけ離れていると、うまくいかないものらしい。
あと、大規模な環境改変の消費mpが、めっちゃエグい事も分かった。
マジで、農業の難しさを実感させられた。
壁ができるまでの間、トゥンジャイくんは進んで羊の群れの中に入り、熱心に世話をしてくれた。
彼は弱っている羊には塩を舐めさせるなどして、これ以上弱らないように気を配ってくれた。
途中、乾燥の具合を見て、レンガをひっくり返すなどの工程をはさみ、4日後にようやく日干しレンガが完成した。
レンガを組み上げる作業も、みんなで協力して行った。
練り上げた泥をレンガの間にはさんで、壁を組み上げていく。
屋根は、俺が建築アイコンで仮組みした枠の上に、丁寧に並べた。この作業には、ハニワ防衛隊が大活躍してくれた。
朝から始まった組み上げ作業は、日が暮れるまで続いた。
出来上がった小屋を、皆は笑顔で見つめている。
泥まみれになったニナが、トゥンジャイくんに尋ねた。
「ねえ、おにいちゃん! あたしたちがつくったこや、しつじさんよろこんでくれるかな?」
トゥンジャイくんは、にっこり笑って答えた。
「もちろん! きっと皆、元気になるよ!」
「えへへっ!!」
うれしそうに胸を張るニナ。それを見て、俺はハッとさせられた。
俺は今まで、彼女たちを守るべき存在としか見ていなかった。
彼女たちのために、なにかしてやらなきゃとそればかり考えていた。
でも、それは間違いだった。
彼女たちは仲間。俺とともに、この拠点を作り上げていく仲間なんだ。
そんな当たり前のことに、俺はこのとき初めて気がついた。
「本当にありがとう、みんな。」
俺はユーリィに感謝の言葉を伝えてもらった。
「なぜ、そんなことを? すべては御使い様が色々準備してくださったおかげです。」
みんなは不思議そうに俺を見上げている。
俺の気持ちを言葉にするのは難しい。でも、今はそれでいい気がした。
「さあ、みんな! 夕ご飯にしましょう!」
「やったー!」
明るい笑い声を響かせながら、皆が家に帰っていく。
青と赤のグラデーションが広がる夜空には、大きな2つの月と一番星が顔を見せていた。
長く伸びた影が、次第に遠ざかっていく。
涼しい夜の風を感じながら、夕闇を背負って俺は一人、それを見送ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




