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87 交易商人ダルハン 後編

 ダルハン一家の話、まさかこんなに長くなるとは思いませんでしたが、書いてて楽しかったです。

【大陸歴1415年9月22日 夜】


〈十四郎視点〉


 泣き崩れるカラムの嗚咽が、簡易テントの中に響く。


 兄のサミルは弟の背に手を当てて、彼にそっと寄り添っていた。


 先ほどまでの張りつめた交渉の空気は、もうどこにもない。


 俺たちに「金が必要だ」と打ち明けた後、ダルハンはずっと二人の息子を見つめたまま、うつむいていた。


 しかし、長い沈黙の後、彼はようやく顔を上げた。


「申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしました。」


 交渉の時、張りのあったその声は、もうすっかり力を失っている。


「実は、私にはもう一人娘がおります。」


 ユーリィが静かに頷いた。


「ナシームさん・・ですか?」


「はい。今年で9歳になりました。」


 ダルハンはそう言うと、ひどい苦痛を押し殺そうとするかのように、ぎゅっと拳を握りしめた。


「その娘が、ひどい病にかかってしまいまして。」


 ダルハンはそう言った直後、奥歯を噛み締めて、固く目を閉じた。


 言葉をなくした父親の代わりに、兄サミルが言葉を継いだ。






「最初は、家族みんな、ただの風邪だと思ってたんです。でも、いつまで経っても熱は下がらない。咳はひどくなる一方で・・夜になると特にひどいんです。」


 カラムが涙声で言葉を繋ぐ。


「食べさせてもすぐに吐いてしまうし、だんだん痩せていって・・。病気になる前は、あんなに明るかったナシームが、このままじゃ、本当に・・!」


 血を吐くようにそう言った後、彼は再び話せなくなってしまった。


 床についた彼の手に、涙がポタポタと堕ちていく。その手は指が白くなるほど、粗末な敷物を握りしめていた。


 苦しみ、弱っていく幼い妹を為すすべなく見守るしかない日々。


 どんな気持ちで彼らがそれを過ごしてきたかを考えただけで、胸の奥が痛くなる。


 ダルハンはうつむいたまま、自分に言い聞かせるように話し始めた。






「司祭様にも祈っていただいた。だが根治には至らず、対処療法ばかり・・・祈りの効果もすぐに消えてしまい。もう、治療費を捻出することもままならないのです。」


 再び黙り込んだダルハンに、交渉に同席していたユミナさんがそっと問いかけた。


「それで・・今回のような危険な交易を?」


「ええ。」


 ダルハンは、彼女の方を向いて静かに頷いた。


「値が高騰している内砂海に家畜を運べば、一度で大きく稼げる。命の危険は承知の上でした。」


 父の言葉に、サミルが顔を上げた。


「母も、俺たちも、反対したんです。危険すぎるからって。でも。」


 サミルは血が滲むほど、唇を強く噛んだ。


「でも、ナシームを救うにはこれしかない。もう、これが最後だからって。」


「最後・・?」


 ユーリィの呟きに、ダルハンは自嘲しながら答えた。


「はい。残った資金はすべて今回の仕入れのために使ってしまいました。この取引が失敗してしまえば、すべておしまいです。あの子も、私たちも。」


 テントの中は、再び静まり返った。






 ただの金儲けじゃなかったんだな。だから、あんなに必死だったんだ。


 ただ家族を救いたい。その一心で、文字通り命懸けの大勝負に出た。


 一人の父親として、その気持ちが痛いほど分かる。


 くっそ。俺、こういうのにマジ弱いんだよ・・・。


 今の話を聞いて、交渉しようって気持ちは、もうすっかりなくなっちまった。


 少しでも、彼らのために何かしてあげたい。羊でもヤギでも、言い値でいくらでも買ってやるよ!


 でも、それで娘さんの病気が良くなるわけじゃない。


 一体どうすればいいんだろう?






「少し、よろしいでしょうか?」


 フーリアちゃんの声が、夜の静けさの中に響いた。


 すっと前に進み出て、ダルハンと向かい合う。ダルハンは戸惑いながらも頷いた。


「は、はい。何でしょうか、巫女殿?」


「私、元々薬師の家系なんです。その娘さんの症状を、もう少し詳しく教えていただきたいと思いまして。」


 薬師の顔になったフーリアちゃんの瞳は、真剣そのものだった。


 それに飲まれるように、ダルハンは話し始めた。






「ええと、まず、ひどい咳が一日中続きます。それが、夜になると特に酷くなって・・。」


「熱は?」


「あります。何日も下がらず、時には意識を失うほど高くなることも。」


「肌に、赤い斑点のようなものは?」


 ダルハンははっと顔を上げた。


「あります! 腕や胸元に、小さな赤い痣のようなものが!」


「足のむくみは?」


「はい。朝になると、立ち上がるのも難しいほどで・・。」


 フーリアちゃんはゆっくりと頷いた。


「食欲は?」


「何を食べさせても、すぐに吐き出してしまいます。重湯を少しずつ飲ませるのが精一杯です。それも最近はほとんど受け付けなくなって。」


「胸の奥が焼けるように痛む、と訴えたことは?」


「あります、何度も!」


 質問を重ねるたび、フーリアちゃんの瞳が確信の色を帯びていく。


 ダルハンの顔を見つめながら、彼女は言った。






「《砂肺熱》。教会でそのように診断されたのではありませんか?」


「そうです! ご存知なのですか? 司祭様は貴族の子どもには稀にあるが、平民では万人に一人のかなり珍しい病だと・・・!」


 彼女は小さく頷いた。


「私の一族の中に、同じ病に苦しんだ者がおりました。平民の間では、死に至る熱病として知られています。ですが、その正体は、魔力暴走による肺損傷です。」


 ダルハンが目を見開く。


「ま、魔力暴走・・? 確かに司祭様も同じことをおっしゃいました。自らの魔力が原因だから、根治は困難だと!」


「そうでしょう。娘さんは、おそらく非常に強い風の魔力をお持ちなのでしょうね。」


 その言葉に、サミルが息を飲む。


「その通りです。母も、妹も、髪の色が紫に染まるほど、強い風の魔力を持っています。」


 フーリアちゃんがサミルに問いかけた。


「お母様は、魔術の心得が?」


「はい。今でもまじない師をしています。生活魔法や簡単な風の魔法を使えます。」


「なるほど。」


 フーリアは納得したように頷いた。






「お母様の血を強く受け継いだのでしょう。ですが、幼い体に見合わない強い魔力は、ときに内側から人を傷つけます。」


「私も司祭様にそう言われました。だから治療はできないと。もし治したいのなら、特別な魔導具を使った治療が必要だと。」


「ええ、その通りです。体内で荒れ狂う魔力を沈めなければなりません。しかし、幼い術者はその力がない。そのため、外部から魔力を中和する必要があるのです。」


 フーリアちゃんの話を聞いたダルハンは、大きく肩を落とした。30代後半だろうと思われる彼は、一気に老け込んだように見えた。


「やはり、そうですか・・。」


 魂が抜けたように呟く。そんな彼の手を、フーリアちゃんは両手で包み込んだ。






「諦めないでください。適切な治療ができれば、治ります。私の一族に伝わる秘薬で、同じ病から死を免れたものがいますから。」


 その言葉に、商人親子の顔が一気に明るくなった。


「ほ、本当ですか! その薬は、どうすれば譲っていただけますか!?」


 フーリアちゃんはそっと首を横に振った。


「私たちの村が襲われたことで、秘薬は失われ、製造技術を持っていた私の祖母も命を失いました。」


 商人親子の顔が、絶望に染まる。


 ここでも、またバグラが邪魔すんのかよ!


 せっかく希望が見つかったと思ったのに、一体どれだけの人間を不幸にすれば気が済むんだ。


 あの野郎、今度会ったら、絶対にぶっ殺してやる!






 フーリアちゃんは、ダルハンの手をギュッと強く握った。


「しかし、私もその製法を受け継いでいます。実際に作ったことはありません。でも、きっと作れる・・いえ、絶対に作り上げてみせます!」


 おお、やったじゃん! フーリアちゃん、マジ頼りになる!!


 顔を上げたダルハンに、フーリアちゃんは語りかけた。


「製造には、風の魔力を中和する、強い土の魔力を持つ素材が必要になります。」


「どんな素材を手に入れればよいのでしょう!? 私にできるのでしたら、世界中探しても見つけて参ります!!」


「いいえ、実は素材はもうあるのです。しかも、大量に。」


 そこで彼女は、俺の後ろに控えていたパトラを振り返った。


 ん、まさか?






「パトラさん。あなたが巣で育てているあの金色のキノコ。あれなら、ピッタリの素材になります。」


 その言葉を聞いても、パトラは何も言わなかった。フルフェイスヘルメットのように、つるりとしたその硬質な顔にも、一切変化はない。


 でも、ほんの少し、驚きと誇らしさが入り混じった思念が、俺の方だけに伝わってきた。


 こういう感情がちょっとずつ漏れてると、彼女がだんだん人間らしさを増してると思える。






 パトラは元々アリから進化した魔獣。土の魔力というなら、彼女たちが育てているキノコは、まさにうってつけの素材だったってことか。


 あんなに不味いキノコが、薬の材料になるなんて。でも「良薬口に苦し」っていうしなー。


 それにしても、魔力には風とか、土とかって属性があったんだな。


 今回の話し合いで、初めて知ったよ。まだまだ、知らないことばかりだ。






「御使い様がくださったパトラさんのキノコを、私はずっと調べていたんです。それで、ダルハンさんの話を聞いて、あのキノコなら薬の材料になると思ったんですよ。」


 フーリアちゃんは俺とユーリィの方を向くと、はっきりとそう言った。


「きちんと処理して、正しい手順で調合すれば娘さんの症状を根本から抑える薬を作れるはずです。」


 ダルハンはその場に崩れ落ちた。


「そ、それでは・・ナシームは・・!」


「はい。必ず助けてみせます。私の一族と祖母の名にかけて。」


 カラムが涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「助かる・・? 本当にナシームが・・!」


「ただし、ひとつ問題があります。」


 フーリアちゃんはそう言うと、表情を引き締めた。






「問題・・?」


「この薬の製造にはかなり時間がかかるんです。素材の精製、配合の調整、試薬・・私も初めて作る薬なので、最短でも数週間は必要です。」


 商人親子は言葉を失う。


 そりゃそうだ。ナシームちゃんの命は風前の灯火。自分の魔力で、自分の命を吹き消してしまう寸前なんだから。


 希望の前に横たわる現実ってのは、なんでこんなにも非情なんだろうか。


「すぐには無理、ということですか・・・。」


「ええ。申し訳ありません。」


 ダルハンは目を閉じ、深く息を吐いた。


「いえ。十分です」


 彼は静かに顔を上げた。


「たとえどんなにわずかでも、希望があると分かっただけで、どれほど救われたか。」


 そして、息子たちを見やる。


「サミル、カラム。」


「うん。」


「分かってるよ、親父。」


「一度アシュルへ戻ろう。そして必ず、ここへ戻ってこよう。」






 彼らの住む街は、ガンド大砂海と呼ばれるこの広大な砂漠の西端にあるらしい。


 そこまでたどり着くのに、どれくらいかかるか俺は知らない。しかし、帆船での旅は、相当な時間を要することだろう。


 それまでに、ナシームちゃんの命の灯が保つのか。


 そもそも、この危険な旅を彼らが無事終えることができるのかどうか。


 彼らの胸に去来する思いは、いかばかりだろう。


 ダルハンの「必ず戻る」という決意を聞いて、俺はそう思わずにはいられなかった。


 父親の言葉にサミルがゆっくりと頷いた。






「そのほうがいい。母さんたちも、きっと安心する。」


 カラムも涙を拭いながら笑う。


「今度は・・家族5人で、ここに来ようぜ!」


 ダルハンは深く頭を下げた。


「どうか、よろしくお願いいたします。」


 フーリアちゃんは力強く頷き、彼の両手をしっかりと握りしめた。


「お任せください。必ずやり遂げてみせます。ですから、どうかご無事で。」






 こうして、俺たちの交渉は終わりを迎えた。


 偶然から生まれたこの出会いは、いつの間にか、ひとつの家族の希望へと変わった。


 そして、それは、俺たちの拠点の未来も明るく照らしてくれる星になる。


 テントの中に溢れる温かな雰囲気を感じながら、俺はそう確信していた。




種族:迷宮核ダンジョンコア

名前:澤部十四郎

迷宮レベル:12

総DP:40370

獲得DP/日:25830

消費DP/日:24500



種族:迷宮守護者

名前:ユーリィ

職業レベル:9(ガーディアン)

強打L4 突撃L6 短剣術L7 

暗視L1 反射音探知L1 締め付けL1

操船L2 登攀L4 騎乗L3 詐術L3


装備:守護者の剣

 (自動回復L6 自動反撃L3)

   守護者の鎧

 (斬撃被ダメージ軽減L4 酸耐性L2

  熱耐性L2 炎耐性L1 毒耐性L2

  土魔法耐性L1)

   水鏡の円盾

 (光線攻撃反射L5 石化耐性L5

  魔法耐性L3)



種族:人間

名前:フーリア

職業レベル:7(デザートシャーマン)

危機感知L3 自然の祝福L4

不死者払いL4 浄化L3 小治癒L5

お読みいただき、ありがとうございました。

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