8 新たなる強敵 前編
日付に「大陸歴」を追加することにしました。これまでの話も、順次訂正していきます。
【大陸歴1415年5月3日】
砂漠の夜空を青い月と緑の月がゆっくりと横切っていく中、俺はアイコンを操作して作り出した立方体を、西に向かって並べていった。
『迷宮領域生成上限に達しました。更に領域を生成するためには、迷宮レベルを上昇させる必要があります。』
ナビさんの声とともに、立方体を生み出すアイコンが反応しなくなった。
今、砂のかまくらから直線上に並んでいる立方体は72個。
さっき、かまくらの地下トンネルに28個並べたから、これで合計100個の立方体を並べたことになる。
今の俺は、立方体を並べた場所を、自分の体のように感じることができる。
この感覚を、うまく説明するのは難しい。けれど、あえて言うなら、自分の体がどんどん横に伸びているような感じがする。
立方体の内部は、ちょうど自分の体内に近い感覚だ。
ただ、視覚に限っては、自分の周囲に限定されているので、何かを見るためには、その場所までいかなくてはいけないんだけどね。
俺は、今、自分が移動できる一番西の端まで行って、残りの距離を確かめてみた。
俺が目指す西の集落までは、ざっと700m程。少し近づいたことで、集落の様子が何となく分かるようになってきた。
月明かりに照らされて、四角形の建物がいくつか並んでいるのが見える。
それに、それを取り囲む低い壁と櫓のようなもの。建物からは、チラチラと明かりが見えるが、その数はあまり多くない。
住んでいる人が少ないのだろうか?
あそこに到達するためには、まだまだたくさんの立方体を生み出す必要がある。
そのために、襲ってくる敵を倒し、魔物たちを進化させなくてはならない。
ようやく、このゲームの進め方が分かってきたような気がした。
俺は早速、さっき増えたばかりのアイコンを使って、サメを呼び出してみることにした。
『砂漠ザメの召喚には400DPが必要です。よろしいですか?』
おなじみのナビさんの確認メッセージに「YES」と返事をすると、魔法陣の中から体長1m程のサメが現れた。
さっき戦ったやつと比べると、かなり小さめだ。生まれたばかりだからだろうか?
呼び出したサメは、まるで水中に潜るみたいに砂の中に飛び込むと、砂の中からちょこんと鼻先をのぞかせた。こうやって見ると、結構かわいいな。
さっき戦ったのが6匹の群れだったから、こいつももう少し呼び出しとくか。
俺は、サメをどんどん呼び出していった。ところが6匹目を呼び出したところで、アイコンが反応しなくなってしまった。
スナハンドとアリ太郎、それに軍団の隊員であるデカアリ太郎はまだ呼び出せる。
ということは、このサメは、アリたちに比べて呼び出すためのコストが高いのだろう。
同時に、魔物を呼び出すにはコストが必要という俺の予想が裏付けられたことになる。
残量が確認できないから、無駄遣いしないように気をつけよう。
俺はサメたちに「その辺を警戒しといてくれ」と念じてみた。
すると、サメたちは、俺の周りをくるくると回った後、ひと塊になって辺りを泳ぎ始めた。彼らもある程度は、俺の命令が理解できるようだ。
夜が苦手なアリ太郎軍団は、砂の中に隠れてしまっている。何匹かは、かまくらの巣の中に入っているようだ。
もしかしたら、チビアリたちの巣作りを手伝っているのかもしれない。
『迷宮領域が拡大したため、魔獣誘引効果が上昇しました。』
のどかな気持ちで、サメが泳ぎ回るのをぼんやり眺めていたら、ナビさんが何か話しかけてきてくれた。
相変わらず、なんて言ってるかは、全然分かんない。
それにしても、本当に神秘的な光景だ。真上に浮かぶ二つの月を見ながら、俺は改めてそう思った。
と同時に、ちょっと時間ができたことで、ふと、家族のことを思い出してしまった。
このゲームに閉じ込められて、もう2日目が終わろうとしている。今のところ、脱出の方法は見つかっていない。
美南と友里の二人はどうしているだろうか。きっと、俺のことを心配しているに違いない。
そう思った瞬間、俺の脳裏に、まったく記憶にない光景が、早送りの映像のように流れていった。
鳴り響くサイレンと新聞記事。暗い部屋。そして血に塗れた俺の両手。
何だこれは? こんな光景、俺は見た覚えがないぞ!?
俺は必死にそう否定したが、同時に、体の芯が凍えるような寒気を感じた。自分の知らない不吉な記憶に、心が混乱する。
しかし、その時、その混乱をかき消すような警報が、俺の脳内に鳴り響いた。
『敵性魔獣が迷宮領域に接近しています。』
俺はハッとして、あたりを見回した。
さっき見た光景は、あんなに強烈な印象があったはずなのに、もう詳しく思い出すことができなかった。
あれは一体何だったんだろう。
しかし、魔物たちは、俺に物思いにふける時間を許してはくれなかった。
こちらに向かって、真っ直ぐに近づいてきているのは、体長1m程の黒い犬の群れ。爛々と輝く赤い瞳を持った犬たちは、明らかに俺を狙っている。
俺は大急ぎで砂のかまくらに避難しようとしたが、犬の速度は俺を遥かに上回っていた。
迫る獣から必死に逃げる俺。さっきの記憶と相まって、まるで悪夢の中にいるようだ。
だが、犬たちの足元の砂が突然崩れるように動いた。次の瞬間、彼らは次々と砂の中に飲み込まれて姿を消していった。
彼らを砂の中に引きずり込んだのは言うまでもない。あのサメたちだ。
残った犬たちは、突然の出来事に混乱していたが、すぐに、その場から逃げ出していった。サメたちも、それを追うような素振りは見せなかった。
奇襲による一撃離脱が、本来の彼らの戦い方なのだろう。
鮮やかなサメたちの活躍は、俺のモヤモヤした気持ちを少し晴らしてくれた。
よし、これで今度は、あの犬たちを呼び出せるようになるに違いない。
俺はさっきまでの不安をすっかり忘れ、ウキウキしながら、ナビさんの声を待った。
でも、いつまで経っても、ナビさんは何も言ってくれなかった。
おかしいなと思って、アイコンを確認したが、犬を呼び出すアイコンは増えていない。あれ、なんでだろ?
そこでやっと、さっき犬たちが倒された場所に問題があるのだと気が付いた。
どうやら、立方体の中での戦闘でなければ、俺が倒したカウントにはならないようだ。
俺は砂の中を泳ぐサメたちを近くに呼び寄せ「なるべく立方体のある辺りで、敵を倒すように」と指示した。
水族館のイルカみたいに、砂面から鼻先をのぞかせたサメたちは「了解しました!」とでも言うように、その場でくるくる泳ぎ回った後、また砂の中に姿を隠した。
その後、再び犬の群れ(さっきよりも数が多かった)の襲撃があったが、サメたちは俺の言いつけを守って、立方体の中で敵を倒していた。
どうやら、彼らはアリ太郎たちに比べると、かなり賢いようだ。
犬たちは再び逃げようとしたが、今度はどこからともなく現れたアリ太郎軍団が犬たちを取り囲み、一匹も逃すことなく殲滅してくれた。
どうやら、アリ太郎たちは、立方体に入ってきた敵に反応して攻撃をしているらしい。
巣を守ろうとする、アリの本能のようなものが働いているのかもしれない。
『野獣の吸収が完了。480DP及び以下の素材、スキルを獲得しました。』
『砂漠猟犬の毛皮×24』
『獣肉×24』
『獣脂×24』
『スキル〈暗視〉』
ナビさんの声とともに、なんかいつもより、あっさりした戦闘結果が視界に表示される。
言葉はまったくわからないけど、このあっさり具合からすると、この犬たちは、あんまり強い敵じゃなかったのかもしれない。
まあ、目が赤く光っている以外は、ただのデカくて黒い犬だったからな。
確かめてみたところ、驚いたことに、犬を呼び出すアイコンは増えていなかった。
何か条件が足りなかったのだろうか?
その後、サメや黒犬たちの襲撃を何度か受けているうちに、だんだん夜が明けてきた。
やはりいくら倒しても、黒犬を呼び出すアイコンは増えなかった。理由はまったく分からない。とりあえず、今は放置だ。
幸いなことに、あの八本足の大トカゲは、出てくる気配がなかった。
やっぱりあいつは、特別なボスモンスター的な奴だったのだろう。
東の空がだんだんと明るくなり始めた頃、アリ太郎たちがまた、夜露を集めに地上に出てきた。
俺がそれをのんびり眺めていると、脳内に今夜何度目かの警報が鳴り響いた。
また、サメか犬が襲ってきたのかな?
俺はそう思って、気配のした辺り、砂のかまくらの方に目を向けた。
ところがそこにいたのは、これまでに見たこともない、新手の敵だった。
「あれは・・・サソリか!!」
明るくなり始めた空を背景に、黒く切り抜いたような大サソリの影が浮かび上がる。
巨大なハサミの先から、長い尻尾の終わりまで、ざっと5,6mはありそうだ。
アリ太郎軍団は、その姿を感知するなり、一斉にサソリに向かって、突進していった。だが、サソリはアリ太郎たちを、その長い尾で一気に薙ぎ払った。
先頭にいたアリ太郎たちの体が砕け散り、赤茶色の体液が飛び散る。アリ太郎たちの硬い殻を易々と砕くとは、恐るべき攻撃力だ。
「退け! 距離をとって、液体を浴びせるんだ!」
隊長アリたちは、一瞬迷うような動きを見せた後、俺の指示通りに距離をとって、サソリに向かって液体を噴射した。
だが、液体はサソリの殻にすべて弾かれてしまい、まったくの無傷だった。
液体を噴射するために動きを止めた隊長アリを、サソリはその巨大なハサミで掴み上げた。そして、そのまま一気に握りつぶした。
隊長アリは、体を半ば切断されながらも、サソリの体に牙を突き立てようとしたが、サソリの固い殻を破ることはできなかった。
俺は一旦、アリ太郎軍団に距離を取らせた。
奴が2回攻撃しただけで、2つのアリ太郎部隊が壊滅させられてしまった。このまま、無闇に攻撃しても、犠牲が増えるだけだ。
アリたちが自分から離れたことを確認したサソリは、砂のかまくらに尻尾を叩きつけて破壊した。
そして、その下にあった巣の入口をハサミでこじ開け、巣の中に侵入し始めた。
アリ太郎たちから強い焦りのような気配が伝わってくる。きっと、このサソリは彼らにとっての天敵なのだろう。
こいつは普段からこんな風に、アリの巣を襲っているに違いない。
アリたちが自分に抵抗する術がないと知ってるからだろう。サソリは悠々とハサミで砂を掻いている。
ただ、あの巣は、まだできたばかりでほとんど空っぽの状態だ。
当然、サソリはそのことを知らない。何が目当てかは知らないが、巣のおかげで少し時間が稼げた。
でも、もし、巣が空っぽなことに気づいたら、今度は外にいるアリ太郎たちを襲ってくるんじゃないだろうか?
今のうちに何か策を練らなくては、今度こそ全滅させられてしまう。
俺はサソリの弱点を見つけるため、サソリの側に近寄ってみることにした。
上から見ると、サソリの体は、硬い殻で覆われていて、こちらの攻撃はまったく通用しそうにない。
その時、巣の奥から、ちびアリ太郎たちが這い出てくる気配がした。トンネル掘りをしていた、あの小さなアリ太郎たちだ。
彼らには、大きいアリたちに比べると、戦う力がほとんど無い。俺はすぐに彼等に「引き返して逃げろ!」と念じた。
だが、彼らには通じなかった。彼らは無謀にも、侵入しようとしているサソリに対して、正面から向かっていった。
サソリは彼らを容易くハサミで捕えると、そのまま美味しそうにバリバリと食べ始めた。
だが、一匹のちびアリだけは、ハサミを掻い潜り、サソリの顎の下に潜り込んだ。
すると、これまで、隊長アリの攻撃にもまったく動じなかったサソリが、急に体を持ち上げた。
やつは窮屈な体勢で素早く尻尾を振り抜き、そのちびアリを弾き飛ばした。
俺はハッとして、穴の隙間に飛び込み、奴の体の下側を覗き込んだ。
硬い殻に覆われたハサミや8本の足、それに尻尾が、体の真ん中の節に繋がっている。
奴の体は、下側も大部分が硬い殻で覆われていた。だが、関節の可動部がある分、背中側に比べると、殻の隙間がかなり大きく開いている。
もしかして、こいつの弱点は、この可動部なんじゃないか?
俺が、サソリを攻略する糸口を掴んだと思ったその瞬間、サソリは直ぐ側にいる俺のことに気が付いた。
やばい、近づきすぎたんだ!
サソリが俺めがけて尻尾を振り抜く。気が付いたときには、砂のかまくらを一撃で破壊した強烈な一撃が、直ぐ目の前にあった。
鉤爪のような形をした毒針が迫る。だが、俺には、自分の身を守る手段がない。
俺にできたのはただ、ドロリとした液体で濡れたその針先を、絶望的な気持ちで見つめることだけだった。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:3
総DP:12277
獲得DP/日:1000
消費DP/日:3
【砂漠猟犬】
種族:野獣族
属性:無属性
召喚コスト:召喚不可
保有スキル:〈暗視〉
砂漠地帯に生息する肉食獣。体長は50cm〜1m。魔獣ではないため、危険度は比較的低い。他の捕食者から身を守るため、大集団で生活する。垂れた耳と黒い体色の毛皮が特徴。夜行性であり、夜の闇に紛れて獲物を取り囲み、狩りをする。彼らは体内に脂肪を蓄えることで、長期間、水分を摂取せずに行動することができる。砂漠に暮らす人々は、砂漠猟犬を飼いならして使役したり、貴重なタンパク源として食料にしたりして、生活に利用している。
お読みいただいて、ありがとうございました。




