85 交易商人ダルハン 前編
この話、一度6000字まで書いて、2000字まで縮めて、また4000字まで増やしてと、何度も往復しました。説明が下手ですが、とりあえず目標の1話5000字以内に落ち着いたので満足です。
【大陸歴1415年9月22日 昼】
〈十四郎視点〉
救出作戦から一夜明けた。
拠点の中央広場に張った簡易テントの中で、俺たちはダルハン親子と向き合っていた。
日除け布一枚で作られた簡素な空間。
テーブル代わりの木箱の上には水差しと干し果実が置かれ、足元には擦り切れた敷物と、何度も継ぎ当てされたクッション。
どれもこれも、彼らが自分で持ち込んだものだ。
俺の周りにはユミナさん、ユーリィ、フーリアちゃん、そして新しい姿になったパトラ。
本来なら和やかでいいはずの顔ぶれ。なのにテントの中には、妙な緊張感が張りついている。
その原因は、言うまでもなく目の前の男だ。
ダルハン。
命の恩人を前にしているのに、彼の視線は終始、油断なくこちらを探っていた。柔らかな笑顔の裏に、警戒がはっきりと透けて見える。
まあ、でもこれが『普通の大人』の反応なんだろう。
フーリアちゃんみたいに、純粋な信仰心だけで人を信じるほうが、この世界ではむしろ珍しいのかもしれない。
女と子どもだけの村に、ふわふわ浮かぶ光の玉。おまけに正体不明の黒い女。怪しまれても当然だよな。
「改めて礼を言わせていただきたい。昨日は本当に助かりました。」
ダルハンは深々と頭を下げた。
礼儀正しく、誠実そうな言葉。だが顔を上げたその目は、こちらを探るような色を帯びている。
フーリアちゃんが穏やかに応じた。
「困っている方を助けるのは、砂海に生きる者として当然のことです。すべてはシャーレ様のお導きですから。」
彼は静かに頷き、それからわざとらしいほど感嘆の声を漏らした。
「実は先ほど、集落の中を少し見させていただきました。まことに驚きましたよ。このような緑豊かな場所が砂海の真ん中にあるとは。聖都エクターカーヒーンでも、なかなか目にできぬ光景でしょう!」
あからさまな持ち上げ方だ。
褒め言葉の合間に、彼はちらちらと俺たちの表情を窺っている。
こういうの、現実でよく見たことあるなあ。なんとなく読めてきたぞ。
ユミナさんとユーリィは、どう反応していいか分からず曖昧な表情を浮かべている。
唯一、フーリアちゃんだけが真っ直ぐな笑顔で頷いていた。
ダルハンはその反応を確かめると、ようやく本題へと切り込んできた。
「伺ったところでは、こちらの集落では家畜が不足しているとか。ちょうど我々は家畜を交易品として扱っております。もしよろしければ、お譲りすることもできますが。いかがでしょう?」
やっぱり。思った通り、これが彼の狙いか。
助けられた礼を言いに来ただけじゃなく、あえて商機を掴みに来たってわけだ。
警戒しながらも、こっちの財布事情を値踏みして交渉を仕掛けてくる。いかにも、したたかな商人らしいやり口だ。
フーリアちゃんは一瞬きょとんとした後、いつものように俺のほうを振り返った。
うん。そうだよね。ここから先は『御使い様案件』ってことだ。
「ユーリィ、少し相談させてほしいって伝えてくれ。」
俺の言葉を受けて、ユーリィが通訳する。
ダルハンは満面の営業スマイルで頷いた。
「ええ、もちろん。ごゆっくり。」
その瞬間、下の息子カラムが父親の横顔を見て、わずかに眉をひそめた。口を開きかけた弟を、兄が上体を動かさないまま、肘で小突く。
すごい自然で素早い動きだ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
それにしても・・・なんかあるな、あの親子。
俺たちはいったんテントを離れ、拠点の家に戻って相談することにした。
「家畜を譲っていただけるのは、とても魅力的ですね。」
話を聞いたサラさんが穏やかに言う。
ダルハンたちが連れてきたヤギと羊は、およそ80頭。
拠点の規模を考えれば、まさに理想的な数だ。だが。
「御使い様、あたしたち、お金を持っていません。」
ユーリィの言葉に、場の空気が重くなる。
そうなんだよなあ。
この世界、魔獣を倒してもお金が手に入らない。
それにお金がなくたって、これまではナビさんの力とユーリィたちの頑張りでなんとかやってこれていた。
だから、お金を手に入れる必要性なんて、正直まったく意識してこなかった。
くっそ。こんな『行商人イベント』があるなら、もう少し真面目に考えておくべきだった。
頭を抱える俺の背後で、パトラが静かに口を開いた。
「主様」
「ん?」
「それでしたら彼らを排除し、家畜を回収するのが最も合理的かと。彼らの戦闘能力は低く、私一体でも十分に対処可能です。」
「いやダメだって!」
思わず声が裏返った。
パトラは本気で不思議そうに首をかしげる。
「あえて、非効率な選択をされるのですか?」
「効率の問題じゃない! これは、その、道徳! 道徳の問題だから!」
人間に近い見た目になり、知能が高くても、やはりパトラは魔獣なんだなと改めて意識させられた。
正直言えば、ほんの一瞬、俺の中にも黒い考えがよぎったのは事実だ。でも、すぐに打ち消した。
それを実行したらもう『俺の作りたい街』じゃなくなる。
俺は、現実で俺の帰りを待っている家族に誇れるような街を作りたいんだ。だから、これだけは絶対に譲れない。
「力で奪うのは、人間の世界ではダメなんだよ。」
「『道徳』ですか。新しい概念を知ることができました。主様の価値基準に従います。」
素直に引き下がってくれるあたり、本当にありがたい。パトラがまた一つ、賢くなってしまった。
とはいえ、問題は何も解決していない。
俺はダメ元でつぶやいた。
「ナビさん、この世界のお金って出せたりしないのかな。」
すると。
『迷宮宝物庫内には現在、銅貨・銀貨・貴金属・宝石・魔導具などの獲得物が収納されています。これらは、迷宮内の任意の場所に配置することが可能です。どれを配置しますか?』
ナビさんのアナウンスと同時に、俺の視界内に、緑色に光る線で描かれた3Dの見取り図のようなものが表示された。
図の中には、光る点が幾つも示されている。最初はよく分からなかったが、ずっと見ているうちにピンときた。
これって、俺の現在の領地を示した地図だ!
そうやって見ると、光る点の正体も分かった。
一際大きく、白く表示されているのが俺。その隣りにある青い点がユーリィ。
無数にある緑の点は、俺が領地内に配置している魔獣たち。
そして、拠点に散らばっている黄色い点が、ユミナさんたちだ。
でも、この地図、一体どうやって使うものなんだろう?
試しに自分が今いる場所、皆の家に意識を向けてみた。すると、その部分がぐんと拡大され、建物の詳細な形が分かるようになった。
『この領域に宝物を配置します。配置の形態を選択してください。』
頭の中にアナウンスが流れ込み、視界に幾つものアイコンが浮かび上がる。
感覚的に操作できる、イラスト付きの丸いやつだ。それを適当にいじっているうちに直感で分かってきた。
これ、俺が持っているアイテムを、領地内に配置できるってことか?
相変わらず、意味も分からないままの試行錯誤の末、どうにか『銅貨らしきもの』を選択してみる。
いつもの確認メッセージに「YES」と返した次の瞬間。部屋の中央に、白く輝く魔法陣が出現した。
「えっ!?」
皆が驚いて身を引く。魔法陣から現れたのは、ずっしりと膨らんだ布袋だった。
「ユーリィ、中を見てみてくれ。」
ユーリィが両手で持ち上げた途端、袋からじゃらりと音が響いた。おそるおそる覗き込んで、息を呑む。
「銅貨……! それも、こんなにたくさん!」
どよめきが広がった。もちろん、俺自身も内心かなりびっくりしている。
本当に出てくるとは思わなかった。やっぱ、ナビさんは頼りになるぜ!
そのとき、フーリアちゃんが青い顔で尋ねてきた。
「御使い様、このお金は、どこから・・?」
説明できない。けど、妙な誤解をされるのも困る。
「俺が作ったものじゃないよ。悪いものでもない。多分、バグラたちが残していったものだと思う。」
我ながらあやふやな物言いだが、決して適当に言い訳したわけじゃない。さっき、銅貨を出した時に、確証を得た俺の推測だ。
銅貨を配置するアイコンをいじった時、配置できる銅貨の枚数に中途半端な上限が表示されていた。
これはおそらく、拠点内で死んだバグラの部下たちの持ち物だったのではないかと思う。
きっと、ナビさんが死体と一緒に回収してくれていたのだろう。
ユーリィが伝えると、フーリアちゃんは胸に手を当てて安堵の息をついた。
「よかった! 本当に安心しました。実は・・・少しだけ疑ってしまいました。」
ようやく顔色が戻ったフーリアちゃん。目の縁には薄く涙が浮かんでいる。
そんなに大事だったのか? そう思ったが、彼女の説明を聞いて、ぐうの音もでないほど納得させられた。
欲を満たす力は悪しき魔神の業。砂漠の民に伝わる戒めらしい。
自分に心当たりが多すぎて、さすがに苦笑するしかない。フーリアちゃんが誤解するのも無理ないよな。
「フーリアおねえちゃん、御使い様は気にしてないって。」
「なんとお優しい・・・!」
うん、いつもの流れだね。
でもこれで、最大の壁だったお金の問題は、ひとまず越えられた。
「このお金、正しく使わせていただきます。」
フーリアちゃんの言葉に皆が頷く。
俺はほっと胸をなで下ろした。
最悪、物々交換で交渉するつもりだったけど、これでようやく、ダルハンと対等に話ができる。
その後、袋の中身を数えてみたら、きっちり1000枚の銅貨が入っていることが分かった。
ちなみに、銅貨を出すのにかかったmpは100。この消費の少なさから考えても、これはアイテム創造で作り出したわけじゃない。
単にこれまで入手したものを、配置したと考えるのが妥当だろう。
銅貨を数えた後、相場や貨幣価値について話し合っていたら、いつの間にか昼も遅い時間になっていた。視界内の時刻表示を見ると、すでに2時間も経過している。
かなり待たせてしまった。怒ってないといいんだけど。
こうして、準備を整えた俺たちは、再び交渉のテーブルに付くため、商人親子の待つテントへと向かったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




