84 救出作戦
本文は5000字少し超えるくらいだったのですが、魔獣メモを入れたら、6000字くらいになってしまいました。
【大陸歴1415年9月21日 夕刻】
〈砂上船視点〉
砂海を吹き渡る夕方の風を掴み、その商船は必死で帆を張っていた。
「くそっ、なんでこんな内砂海に鷲獅子が出やがるんだ!」
舵を握る父親、ダルハンが歯を食いしばりながら叫ぶ。
その背後では、長男のサミルが真っ青な顔で積荷を押さえていた。
「もう駄目だ・・このままじゃ家畜ごとみんな食われる・・!」
「兄ちゃん、大丈夫だって! 父ちゃんの腕なら、絶対に逃げ切れるさ!」
弟のカラムが牽制用の投石器を手にして、兄に向かって明るく叫ぶ。
しかし、その声の震えは隠しようがなかった。
船に積んでいるのは交易用の羊やヤギ。
腹をすかせた鷲獅子にとっては、格好のご馳走に違いない。もちろん、船の乗員である自分たちも同様だ。
上空を旋回する巨大な影が、じわじわと高度を下げてくる。
「来るぞ!」
父の声と同時に、鋭い風切り音が頭上をかすめた。
鷲獅子の鉤爪が帆柱をかすめ、木片が飛び散る。
「くそったれ! 次の村まではまだ遠いってのに!」
ここは大砂海の内陸部。航路図に示されている次の村までは、最低でも3日以上はかかる。
しかも、鷲獅子の急襲により、その航路からも大きく外れてしまった。
ダルハンの長年の経験と卓越した操船技能により、砂の凹凸を巧みに利用しながら、なんとか逃げ回っている状態だ。
日が沈んであいつが諦めるのが先か。
それともこっちが風を読み違えるのが早いか。
一瞬の判断ミスが死に直結する。
強大な力を持つ魔獣を前に、交易商人である彼らはただ逃げまわるしかない。
だが相手は空の魔獣。分が悪いのは明らかだった。
砂の温度が下がるにつれ、夕方の風は徐々に弱まりつつある。
終わりの時は、刻一刻と彼らに迫ってきていた。
〈十四郎視点〉
「きゃああっ!」
鷲獅子が船に襲いかかる様子を見て、三姉妹が悲鳴を上げる。
見張り塔の上。夕焼けに染まる空。
その中を、黒い点がゆっくりと円を描いている。俺を抱えるユーリィの腕にぎゅっと力がこもった。
きっと、今すぐにでも助けに行きたいのだろう。
でも、それはできない。俺とユーリィは、立方体が配置されていない場所へ行けないからだ。
船はまだ、俺の領地外だ。せめて、もう少し、こちらに近づいてくれれば・・。
しかし、船は逃げ回るのに必死で、この拠点の存在に気がついていないようだ。
「くそっ、このままじゃ・・!!」
焦る俺の前に、パトラが一歩進み出た。
「主様。提案があります」
低く落ち着いた声。
「私の分身体なら、領地外でも自由に
行動できます。まずは私が船を拠点へ誘導いたしましょう。」
そうだ、彼女は魔獣。俺とユーリィのような、領地の制限を受けない。
それならいけそうだ!
すると、パトラは小さく頭を振った。
「ただ、問題があるのです。分身体を向かわせるのに、時間がかかります。もしかしたら、間に合わないかもしれません。」
確かに、状況は一刻を争う。
ここから船までは、おそらくまだ1km以上離れている。
いかにパトラが砂の上を早く移動できるといっても、到底間に合いそうにない・・空でも飛べない限りは!
「そうだ、空だよ! 空を飛べばいいんだ、パトラ!」
俺の叫びに、ユーリィとパトラが同時にこちらを向いた。
「なるほど、そういうことですね。さすがは主様です。」
俺の思考を読み取ったパトラは、すぐに頷いてくれた。
ユーリィにも、俺の考えを伝えてくれたようだ。
彼女は期待と心配の色が浮かべてパトラをじっと見つめた。
「ただ、パトラに危険がないかだけが、心配だ。大丈夫か?」
「はい。短時間であれば問題ないと思います。主様の計略、必ず成し遂げてご覧に入れます。」
俺の問いかけに、パトラは力強く頷いた。
「よし、やろう!」
鷲獅子の鋭い威嚇の鳴き声が響く。
もう、迷っている暇はない。
俺たちは救出作戦を決行するため、すぐに準備に取り掛かった。
〈砂上船視点〉
「父ちゃん、あれ!!」
カラムの声で、2人が上空に目を移す。夕闇の空に浮かぶ、たくさんの黒い影。
「砂漠ハゲワシ! 鷲獅子のおこぼれ狙いってわけか・・・!」
「どうしよう、父ちゃん! あの数に囲まれたら、この投石器なんかじゃとても・・!」
明るく振る舞っていたカラムが、ついに顔を歪めた。
・・・ここまでか。
舵を握りしめたダルハンは、ギリっと奥歯を鳴らす。
「お前たち、船から飛び降りろ! 羊たちを放ってバラバラに逃げれば、どちらか一人くらいは助かるかもしれん! 俺は船に残る!」
そんなことが無理であることは、ダルハン自身が一番よく分かっている。
砂海の真ん中で、たった一人放り出されて生き延びることなど、まず不可能。
それでも万に一つの可能性を商業神ネ=シャに祈り、我が身を犠牲にする決断を下した。
「で、でも、そしたら父ちゃんが!!」
「早くしろ!!」
ためらう息子を怒鳴りつける。しかし、そんな2人にサミルが震える声で言った。
「な、なあ、あれ、なんか変じゃないか?」
サミルの指の先に見えるハゲワシの下に、何かぶら下がっている。
「あれは、人か・・!?」
直後、ハゲワシたちは一斉に散開した。凄まじい速度で、船を取り囲むように陣形を作る。
いよいよかとダルハンが覚悟を決めた次の瞬間、まるで何者かの意思に引き寄せられるように、ハゲワシたちは鷲獅子へ殺到していった。
「なんだ!? 仲間割れか!?」
ありえない光景に思わず声を上げる。
鷲獅子は砂海の上位捕食者。いくら数が勝っているとは言っても、ハゲワシたちが襲いかかる相手ではない。
狩りの邪魔をされた鷲獅子の、激しい怒りの叫びが砂原に響く。
そんな中、唯一襲撃に加わらなかったハゲワシが、彼らの船に接近してきた。奇妙な人影を伴った、あの一羽だ。
十分に接近したところで、その人影は掴んでいたハゲワシの足を手放し、ひらりと船上に降り立った。
「お、女!? いや、人形か!?」
船の舳先に立つ人影。突然の出来事に、3人は凍りついたように動きを止めた。
すると、黒くしなやかな女性の体を持つそれは、鋭い動きで北西を指さした。
女の指す方向を見る彼ら。その中で、始めに声を上げたのは、長男サミルだった。
「壁だ!! 壁が見える!!」
ダルハンもじっと目を凝らす。
砂丘のうねりの向こう。浮き沈みする視界に、夕焼けを反射する砂色の壁のようなものが見えた。
「あそこに行けっていうのか?」
黒い女は、無言で頷いた。
明らかに人間ではない女。到底信じられる相手ではない。だが。
「2人とも、しっかり掴まってろ!!」
船は急激に進路を変え、女の指す方角へと舵を切る。
だが、鷲獅子もまた、その動きを察知していた。
甲高い鳴き声と共に、一直線に船へ急降下してくる。
「ひいいぃ!」
サミルが悲鳴を上げると同時に、黒い女が跳躍し、空中で鷲獅子の爪を受け止めた。
金属同士がぶつかる激しい音。女は巨大な鷲獅子の勢いに負け、甲板に叩きつけられた。
しかし、それによって一瞬の隙が生まれたことで、再びハゲワシたちが襲いかかる。
鷲獅子は苛立ちの声を上げて、再び上空へと舞い上がった。
「こいつ、俺たちを守ったのか!?」
3人が呆然と見つめる中、黒い女は何事もなかったかのごとく立ち上がり、再び鷲獅子を見上げた。
「全速前進するぞ!」
風を捉えた帆が大きく膨らむ。
黒い女に導かれた船は、矢のような速度で一直線に砂の上を走り始めた。
〈十四郎視点〉
『迷宮領域内に、複数の人間が侵入しました。』
脳内にナビさんの声が響く。
パトラの誘導により、船の先端がついに俺の領地内へと滑り込んだ。
ここは、外壁から100mほど離れた、小さな砂丘。拠点とパトラの巣を結ぶ細い通路の上だ。
俺を抱えてここまで走り続けたユーリィは、荒い息を吐いている。
「ありがとうユーリィ! ここからは俺の出番だ!」
俺はユーリィから離れ、周囲から少し高くなっている砂丘の上に浮かび上がった。
南東方向からパトラの乗る帆船がこちらに向かって真っ直ぐに疾走してくる。
その距離、およそ100m。
そして、それにピッタリと付いてきているのは、鷲の上半身に獅子の下半身を持つ巨大な魔獣だ。
色あざやかな翼を広げた時の大きさは、優に6m以上。追いすがるハゲワシたちをものともせず、空を駆けるように滑空している。
鷲獅子は目の前の獲物に夢中になっている。
船はさっきまでの蛇行を止め、直線的に走っているため、追いつかれるのも時間の問題だ。
しかし、俺は船を救えるだろうという確信があった。なぜなら。
『迷宮領域周辺に、敵性魔獣が接近しています。速やかに迷宮核を退避させ、守護者による直掩を行ってください。』
ナビさんのアナウンスが入った瞬間、鷲獅子は船から目を離し、俺を正面から見つめた。
獲物を追い詰めていたその鋭い瞳に、狂気的な赤い光が指す。
怒りの咆哮をあげ、鷲獅子は俺めがけて空中を走り始めた。
いいぞ! かかった!!
魔獣は何よりも優先して、プレイヤーである俺を狙う。
俺はじっと奴が近づくのを待った。
30m、20m、10m。
夕闇の中でも、鷲獅子の鋭い嘴と小刀程もある爪の一本一本がハッキリと見える距離。
正直恐ろしい。だが、まだだ。
奴は空中で大きく身体をたわませ、まるで見えない壁を蹴るかのようにして、俺に襲いかかった。
来た!
俺はその動きに合わせて素早く後退する。
しかし、鷲獅子のほうが圧倒的に速い。巨大な鉤爪が俺に迫る。その刹那。
砂煙を舞い上げながら飛び出した巨大な触手が、鷲獅子の四肢と翼をがっしりと捕らえた。
スナイカを砂中に潜ませておいた場所への誘導は完璧に成功した。
「今だ、ユーリィ!!」
砂丘を駆け上がったユーリィの身体が宙を舞う。
スナイカたちの触手によって地面に縛り付けられた鷲獅子へ、ユーリィの短剣が迫る。
しかし、それに気づいた奴は、唯一自由になる首を回転させ、彼女に向けて巨大な嘴を突き出した。
空気を引き裂いて迫る嘴。
ユーリィの体が空中で半回転する。
背面跳び選手のように、背中で嘴を躱したユーリィは、伸ばした左手で奴の羽毛を掴んだ。
左手で身体を引き寄せる勢いを利用し、首の後ろに取り付く。
「うおおおおおおぉぉっ!!」
両足で首をはさみ、身体を固定したユーリィは、渾身の力で短剣を巨獣の首に突き立てた。
断ち切られた喉から断末魔と血を上げながら、鷲獅子は砂の上にどうっと崩れ落ちた。
船は無事に拠点前へと到着した。
船が止まると同時に、3人の乗組員たちは、ぐったりと甲板に崩れ落ちた。
3人とも生きているようだが、それぞれ腕や背中に傷を負っていた。
特に年長の男の傷は深く、引き裂かれた彼の服は血で真っ赤に染まっている。
その形状から、鷲獅子の鉤爪にかすめられたのだろうと思われた。
甲板にひしめく羊やヤギも、うち何頭かが犠牲になっていた。
「フーリアおねえちゃん!」
「私に任せて!」
パトラが舷側から降ろしたはしごを使って中に侵入したフーリアちゃんは、すぐに年長の男に駆け寄った。
気を失った男の傷口に、手を当てて祈りを捧げる。
淡い光が傷口を包み、みるみる出血が止まっていった。
「もう大丈夫です。命に別状はありません。ただし、しばらくは絶対安静ですが。」
フーリアちゃんの額には、薄く汗が滲んでいる。
その言葉に、若い2人は安堵の息を吐いた。
よく見れば、3人の顔立ちはとても良く似ている。おそらく年長の男が父親で、この2人は彼の息子なのだろう。
「助かった・・本当に助かった・・!」
「よかったな、兄ちゃん! 本当によかった!!」
2人はその場に跪くと、フーリアちゃんに深く頭を下げた。
「巫女様、本当にありがとうございます。あなたは命の恩人です。」
「あなたがここまで、俺・・いえ、私たちを導いてくださったのですね!」
フーリアちゃんは、静かに微笑んで小さく頭を振った。
「いいえ、すべてはシャーレ様のお導きです。さあ、こちらへ。御使い様がお待ちです。」
フーリアちゃんの言葉で、2人が顔を上げ、俺の方を見た。
「あっ、さっきの黒い女・・!」
「それに、鷲獅子を一撃で倒した女の子! 2人の真ん中に浮かんでる、あの光る球はなんだ、兄ちゃん?」
「お、俺に分かるわけ無いだろ!」
戸惑った顔でこちらを見つめる2人。
この2人がどんな人間なのかは、まだまったく分からない。
しっかり見極めて、ユーリィたちに害を及ぼすような相手なら、速やかに排除しなければ。
でも、ひとまず、助けられて本当によかったよ。
正直に言えば、距離が離れていたため、ハゲワシたちがどの程度、俺の与えた指示を聞いてくれるかが、不安だった。
でも、ハゲワシたちはちゃんと役目を果たしてくれた。もちろん、魔獣たちだけじゃない。
困難な任務を成功させたパトラや、とどめを刺したユーリィ、けが人を癒してくれるフーリアちゃん。
それに、鷲獅子発見のきっかけを作ってくれた子どもたち。
これは、皆の協力で勝ち取った戦果だ。
こうして俺たちの救出作戦は、大成功に終わったのだった。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:11
総DP:37560
獲得DP/日:25830
消費DP/日:24500
【鷲獅子】
種族:幻獣族
属性:風属性
召喚コスト:3000DP
保有スキル:〈空中機動〉〈騎乗(至難)〉〈炎被ダメージ増(中)〉
乾燥地帯の岩山などに生息する幻獣種。体長は2〜3mほど。最大翼幅は6〜8mほどにも達する。鷲の上半身と獅子の下半身を持つ。肉食で特に羊やヤギなどを好んで捕食する。そのため、たびたび人里に現れ、大きな被害をもたらすことでも知られている。性質は獰猛で誇り高く、決して人に慣れることはない。しかし、鷲獅子を幼生から飼育することで、極稀に人間を騎乗させることが可能となる。鷲獅子の雄は、牝馬と交配することが可能であり、発情期には馬の放牧場などが襲われることがある。この交配によって生まれた仔馬が、鷲馬獅子と呼ばれる魔獣である。
【鷲馬獅子】
種族:幻獣族
属性:風属性
召喚コスト:2000DP
保有スキル:〈空中機動〉〈騎乗(容易)〉〈炎被ダメージ増(中)〉
雄の鷲獅子が牝馬と交配することによって生まれる幻獣。体長は2〜2.5mほど。最大翼幅は4〜6mほど。鷲の頭と翼、獅子の上腕、馬の下半身を持つ。性格は温和でよく人に慣れるため、乗騎として人気が高い。ただ、鷲馬獅子には繁殖能力がないため、非常に稀少な存在である。臆病で争いを好まないが、よく訓練された鷲馬獅子であれば、天空を駆ける軍馬としての活用も可能である。
お読みいただき、ありがとうございました。




