82 初めての収穫作業 後編
部屋があまりにも寒いので、朝からあったかいお茶に砂糖をたっぷり入れて飲んでいます。
【大陸歴1415年9月21日 早朝】
〈十四郎視点〉
昨日、住民と自動人形たちが総出で行った収穫作業が終わったのは、月が昇り始めた頃だった。
一日がかりで刈り取ったタカキビの穂は、畑の脇に俺が作った干し台いっぱいに並べられている。
朝の冷たい空気の中、畑に沿って何列も並べられた大型の干し台に、赤茶色をした穂がずらりと吊るされている光景は、なかなか壮観だ。
赤い殻に包まれたタカキビの実は一粒の直径が4mm弱くらい。コメ粒に比べると、かなり大きい。
真ん丸で、小さな大豆みたいな見た目だ。
それが40cmほどの穂にびっしりと付いている。
「これだけあると、すごくがんばったなって感じがしますね。ありがとうございます、御使い様。」
隣にいたユーリィが、ペコリと頭を下げた。彼女によれば、こんなに立派な穂が出来ることは、とてもめずらしいらしい。
「これもすべては御使い様のおかげです。」
フーリアちゃんもそう言って、恭しく頭を下げる。
いや、俺、農業関連では特に何もしてないよ?
最初に水路を作って、ツチマンたちに畑作りをさせたけど、世話はずっとユーリィたちに丸投げしてたし。
俺がユーリィにそう伝えると、俺の言葉を聞いたフーリアちゃんが、手を大きく振った。
「いいえ、そんなことはありません。タカキビがこんなに大きくなったのは、地中深くまで、根を伸ばすことができたからです。」
彼女によると、タカキビは深く根を張れば張るほど、丈夫に育つ性質があるらしい。
「砂海の村は、どこもすぐに地面が固くなってしまうんです。乾燥から地中の水を守るためにはその方が良いんですけど、その分、タカキビが根を伸ばしにくくなってしまうんですよ。」
へー。そうなんだ。全然知らんかった。
俺の隣で、ユーリィも口をぽかんと開けて感心してる。
「すごく物知りだね! さすがはフーリアおねえちゃん!」
「私も、お祖母様からの受け売りだから。でも、タカキビが丈夫に育ったのは、御使い様のおかげであることは確かよ。」
彼女はそう言って、畑を指さした。
「御使い様が畑に、土でできた人形たちを潜らせてくださったので、自然と地面が柔らかくなって、タカキビが地中に根を伸ばしやすくなったんですよ。」
なるほど。そういうことだったのか。
そう言えば俺はずっと、ツチマンたちには、雑草取りやカカシ代わりをさせてた。
ツチマンたちは地面の奥深くを、まるで水の中を泳ぐように移動する。
彼らの動きにこんな副次的な効能があるなんて、思いもしなかったよ。
拠点をもっと発展させるなら、俺ももっと農業のことを勉強したほうがいいかもしれないな。
そう言えば、今、畑には穂を切った後の茎と葉が山のように積み上がってるけど、これはどうするんだろう?
「それならあたしにも分かりますよ! サリハーネ村では、余った葉っぱを細かく切って畑の土に混ぜてました。あとは、火を起こす時に使ってましたよ。」
ふむふむ。土と混ぜて肥料にしていたり、燃料として使っていたってことか。
「そうですね。その他にも、乾燥させた茎をホウキやブラシなどに加工したり、繊維を取り出して紐を作ったりもしていました。あとは、貯蔵庫で発酵させて、家畜のエサにしていたのですが・・。」
「ここにはヤギも羊も牛もいないもんね。」
サリハーネ村で、ユーリィたちはいろいろな家畜を飼育していたらしい。
でも、残念ながら、ここは砂海のド真ん中の元廃村。近くにいる動物といえば、畑を荒らす砂ネズミくらいなものだ。
家畜がいれば、ミルクや肉も手に入る。まさに、いいこと尽くしだ。
もし俺が召喚できるなら、すぐにでもそうしたいところ。でも、俺が呼び出せるのって、魔獣だけっぽいんだよね。残念。
「御使い様ー!!」
元気な声に振り返ると、こっちに駆け寄ってくるニナの姿が見えた。
その後ろには彼女の2人の姉ハナ・リナと、トゥンジャイくん。それにサラさんの姿も見える。
「みてみて! これ、ニナがあつめたんだよ!」
そう言って差し出してきたのは、実のついたタカキビの房。
「おはようございます、御使い様。子どもたちを連れて、落ち穂を集めに参りました。」
サラさんが丁寧にあいさつした後、俺にそう教えてくれた。
昨日は、ハニワ防衛隊と自動人形たちが大活躍してくれたおかげで、収穫作業は予想以上に早く終わった。
でも、積み上がった茎の間には、取りこぼした穂が散らばっている。
鳥たちが朝から集まってきているのもそのためだ。
彼女たちは鳥たちに食べられる前に、それを集めに来たらしい。
「ニナもおてつだいするのー!」
「あんたには負けないわよ、トゥンジャイ!」
「ぼくだって、リナに負けるもんか!」
「あらあら、2人は本当に仲よしさんね。」
朝から元気いっぱいの子どもたち。
寂しくなったこの拠点の、太陽みたいな存在だ。
「さあ、始めますよ。」
「はーい!!」
子どもたちを連れて、サラさんが作業に取り掛かった。ユーリィとフーリアちゃんもそれに加わる。
俺はユーリィのそばで、その様子を見守った。
「サラおばさん、元気になって本当によかったね。」
少し離れた場所で、子どもたちに囲まれるサラさんを見ながら、ユーリィはそう言った。
その言葉に、フーリアちゃんが小さく頷く。
襲撃で子どもを亡くしたサラさん。痛々しい彼女の様子は、俺もよく覚えている。
バグラたちを追い払った直後、皆は命が助かったことを喜び合っていた。
でも、少しずつ時間が経つに連れ、その笑顔が硬いものに変わっていった。
きっと、平穏な日常が戻ってきたことで、いろいろな悲しみがじわじわと押し寄せてきたのだと思う。
特にその頃のサラさんは、暗い目をして、ひたすら作業に打ち込んでいた。
そうすることで、永遠に失われてしまったものから、目を逸らせるかのように。
でも、バグラの三度目の襲撃が終わった辺りから、彼女は少しずつ笑顔を見せてくれるようになった。
きっと、同じ悲しみを抱えて生きる人たちの存在と、子どもたちの笑顔が彼女の心を癒やしてくれたのだろう。
それを見て嬉しくなると同時に、俺は強い怒りがふつふつと胸に湧き上がってくるのを感じた。
バグラ。皆の幸せを奪った男。
俺は絶対にあいつを許さない。
もう二度と、ユーリィたちに手を出させるものか。次こそ、絶対にぶっ殺してやる。
憎しみがじわりと胸に広がり、視界が赤く染まっていく・・。
「ねえねえ、サラおばちゃん! こんなにあつめたよ!」
明るいニナの声で、俺はハッと我に返った。
いかんいかん。今一瞬、なんか悪いものが出ちゃってた気がする?
ニナは集めた房を自慢気に振り回している。
「えらいわね。でも、やさしく持ってあげてね。でないと、せっかくあつめた実がこぼれてしまうわよ。」
「うん、わかった! ニナ、やさしくする!」
サラさんの言葉掛けで、ニナの手つきが明らかに丁寧なものに変わった。
さすが、子育て経験があるだけあって、幼児の扱いがとても上手だ。
ちなみに、ユーリィたちはサラさんを「おばさん」と呼んでいるけど、彼女はまだ21歳だ。
落ち着きのある物静かな雰囲気と、少し翳のある表情で、確かに実年齢よりはやや上に見える。
けど決して、いわゆる「おばさん」と呼ばれるような見た目ではない。
現代日本にいれば、そこら辺のモデルやインフルエンサーが裸足で逃げ出すくらいの超絶美女だ。
ただ、まだ9歳のユーリィを始め、子どもたちにとって、子どものいるお母さんは全員「おばさん」ということらしい。
まあ、架空の存在なんだから、現実と比べるのが、そもそもナンセンスなんだけどな。
「リナねえちゃん、もっとやさしくしてあげて!」
サラさんのところから離れたニナが今度は、リナとトゥンジャイくんのところに行っていた。
さっき自分がサラさんに言われたことを、そのまま姉に言っている。
「何言ってんの? あんたこそ気をつけなさい、チビニナ。」
「だいじょぶだもん、ニナ、やさしくしてるんだから! ・・あっ!」
そう言った途端、ニナの持っていた房がバラバラと地面に散らばった。
どうやら優しくしすぎて、束ねていた紐が緩んでしまったらしい。
「ほら見なさいニナ! だから言ったでしょ!」
「うぅ・・。」
泣きそうになるニナの頭を、ハナが優しく撫でる。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんといっしょに直そうね。」
「・・うん。」
その様子を見て、サラさんは小さく微笑んだ。
でも、彼女の目はどこか遠くを見ているようで、まるで泣いているように見えた。
朝食の準備をしてくれていたユミナさんたちが呼びに来てくれたので、作業は一時中断となった。
朝食後、俺はみんなに集まってもらい、今後の相談をすることにした。
拠点の住民はユーリィ、フーリアちゃんたちを含めて十人。
そこに俺とパトラも加わっている。
子どもたちも輪に入り、ちょっとした家族会議みたいな雰囲気だ。
俺はサリハーネ村にあったものを参考に、この拠点に作るべき施設を考えてほしいと提案した。
「まず必要なのは、穀物や乾燥野菜を保管する倉庫ですね。」
ユミナさんが真っ先に切り出した。
「あと、サリハーネ村には、共同の粉挽き場がありました。牛を使って、大きな臼を動かし、タカキビを粉にしていたんです。ただ、この村には牛がいませんが・・・。」
なるほど。その2つは最優先だな。
タカキビは彼女たちの主食。牛はいないけど、土ゴーレムならその代わりをしてくれそうだ。
他にも、鍛冶場や家畜小屋、革加工場、燻蒸小屋など、いろいろな施設の名前が上がった。
けど、今すぐには必要無かったり、俺がアイテム創造アイコンでなんとかできるものだったりと、優先度は比較的低いものが多かった。
大人たちの意見が出尽くすと、今度は三姉妹が身を乗り出してきた。
「おかしをつくるおうち!」
「滑り台つきの塔!」
「お絵描きして遊ぶ場所がほしいです。」
うん、自由だ。
何でも自由に言ってみてくれとは言ったものの、流石にちょっと自由すぎる。
そう言えば、この世界のお菓子ってどんなものなんだろう?
砂糖はずっと遠くの西の地方でしか作られてないらしいけど、甘いものを食べる習慣があるのだろうか?
あとで、発言者のニナに聞いてみるか。
三姉妹があれがいい、これがいいと楽しそうにしている中、トゥンジャイくんが真面目な顔で手を挙げた。
「僕、見張りをする高い塔があったらいいと思います。」
見張り塔?
これはまた、毛色の違う意見が出てきたな。さすがは拠点唯一の男子。
「はい。遠くまで見えれば、危ないのが来たらすぐ分かると思ったんです。」
おお、これはいい意見。
トゥンジャイくん、ナイスだ!
「えへへ。」
ユーリィが俺の言葉を伝えると、彼は得意げに胸を張った。
そんな彼を、リナが横目でじとっと睨んでいる。
「なかなかやるじゃない。トゥンジャイのくせに。」
「褒めてくれてありがとう、リナ。」
「べ、別に褒めてなんかないわよ! それに、見張り塔くらい、あたしだって思いつけたんだから!」
はいはい、いつものやつ、いつものやつ。
微笑ましい2人は放っておくとしよう。幼馴染の恋ってやつは、育つのにやたらと時間がかかるもんだからな。
でも、この見張り塔案はかなり実用的だ。
よし。じゃあ優先順位は倉庫、粉挽き場、それから見張り塔だな。
ユーリィが伝えてくれた俺の言葉に、皆が頷いた。
こうして俺は、拠点を発展させる手がかりを手に入れることができた。
でも、これが、この後すぐにやってくる事件のきっかけになるとは、まだ想像もしていなかったのだった。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
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