75 情報収集 後編
次からはやっと、少しだけ日常回が書けそうな気がします。
【大陸歴1415年9月1日】
〈十四郎視点〉
「マールさん、御使い様があの船長のことを知りたいそうです。」
「そりゃ構わないけど・・・。」
マールは一瞬ためらうように、ユーリィとユミナさんの方を見た。
「大丈夫です、マール様。私たちにも、あの憎い敵のことを教えてください。」
ユミナさんがまっすぐ頷くのを見て、マールは口を開いた。
「わかったよ。あの男は『不死身のバグラ』って呼ばれる質の悪い砂賊さ。もっとも、最近は『銀鈎のバグラ』って呼ばれてるけどね。」
マールはほんの一瞬、ユーリィに目線を投げた。
でもユーリィ自身はそれに気づかなかった。
「あんたたちも名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
マールの言葉にユミナさんが小さく頷く。
「バグラはこれまで何度も北砂海道の村を襲ってきた。フラシャール砂上船軍も躍起になって捕らえようとしてたけど、そのたびに逃げられてきたのさ。」
「その噂は、あたしも聞いていました。でもまさか、フラシャールにほど近いあたしたちの村が襲われるなんて・・・。」
ユミナさんの言葉からは、深い悔恨の念が感じられた。
マールは、ユミナさんの肩にそっと触れた後、話を続ける。
「あいつは神出鬼没でね。軍船じゃ目立ちすぎて追いにくいんだ。」
「目立つといけないんですか?」
ユーリィの問いに答えたのは、マールの向かい側に座るハゲ頭の大男ザッパだった。
「普通の砂賊なら、軍船を見ただけで逃げますぜ。だがバグラは違う。軍の動きを観察して、平気で裏をかいてきやがるんです。」
悔しげに歯を食いしばるザッパ。どうやら軍に縁のある男らしい。
ザッパの言葉を受けて、マールは話を続けた。
「被害がでかすぎてね。ついには金貨10枚(およそ800万円)の懸賞金までかけられた。だが挑んだ連中はことごとく返り討ち。だからついた二つ名が『不死身』さ。」
「あっしらも狙ったことがあるんですがね。逃げ足が速くて、まともに戦う前に姿を消しちまうんでさ。」
最初に遭遇した『チョイ役の敵』かと思ってたら、とんでもない。
バグラは想像以上の大物だったらしい。
あいつはきっと、また来る。
今後の攻略に欠かせない重要人物だ。俺はその名を深く胸に刻み込んだ。
話がひと段落すると、場に微妙な空気が漂う。
その沈黙を破ったのは、金髪のオリーだった。
「ま、仕方ないよね。なにしろ『紅玉女帝』の名は有名だから。マールの旗を見たら、普通は逃げだすって。」
「「紅玉女帝?」」
ユーリィとユミナさんが同時に聞き返した。
「うん、そう。マールの二つ名だよ。魔剣『紅蓮』を振るう爆炎の征服者。古き精霊と盟約を結んだ紅剣の女戦士。フレンでは、叙事詩になってるくらい有名なんだ。」
「まあ、流石はマール様です。」
「すごくかっこいいですね!」
褒められたマールは顔を赤らめて、オリーを怒鳴りつけた。
「余計なこと言うんじゃないよ! だいたい、あんたが酔っ払って、酒場であることないこと歌いまくったせいで、仕事がやりにくくなったんだろうが!」
「でもおかげでフラシャールに戻れたし、みんなに会えたんだからいいじゃん。」
マールは大きくため息をつき、話を戻す。
「あたしたちも長いこと尻尾を掴めなかった。けどあの野郎、とんでもないことをやらかしたんだ。」
「とんでもないこと?」
「フラシャール軍の宿営地を襲って、最新鋭の軍艦を強奪したのさ。おかげで太守が激怒。私掠艦隊にも正式な討伐依頼が出た。」
「懸賞金も金貨30枚に跳ね上がりやした。今じゃフラシャール中がバグラを追ってます。」
ザッパの言葉に同意の頷きを返したマールは、両手を大きく広げた。
「そんな中で、あんたがあいつの隠れ家をぶんどり、左腕まで斬り落としたってわけだ。偶然とは言えあたしも、ずっと見つからなかったここを見つけられたのは幸運だったよ。」
見つめられたユーリィは、慌てた様子で両手をバタバタと振った。
「あたしの力じゃありません。御使い様が授けてくださった短剣と、魔獣たちの助けがあったからです。」
「そりゃ、もちろんそうだろうさ。あの男の剣の腕は相当なもんだって聞いてる。あたしだって、この『紅蓮』の力なしじゃ、及ばないかもしれない。」
マールは『紅蓮』と呼ばれた細曲刀にそっと指先で触れた。
「でもね。あんたがあいつに一泡吹かせたってことは、事実さ。そうだろう?」
マールにそう言われて、困った顔をするユーリィ。
すると、今度はオリーがユーリィに話しかけた。
「ねえねえ、試しに太守に報告してみたら? ご褒美に金貨がもらえるかもよ。」
「そ、そんな! あたしに金貨だなんて・・!」
「遠慮することないって。ユーリィがやったのは、それぐらいの価値があるってことなんだから。ねえ、どうする? フラシャールに行くなら、マールが乗せてってくれるよ、きっと。」
ユーリィは、頭を小さく振って、彼女の提案を断った。
「あたし、この村から出ることができないんです。多分、使命を授かったせいだと思うんですけど・・・。」
ユーリィは、彼女と俺にだけが感じることが出来る、見えない壁について、マールたちに説明した。
それを聞いたオリーは呆れた声を挙げて、大げさに肩をすくめた。
「へえ、そんな事があるんだ。神様って、意外と融通が効かないもんなんだね。」
彼女は、からかうような表情で俺を見た。
いや、これ別に俺のせいじゃないからね?
領地内しか移動できない点については、俺だってユーリィと同じくらい困ってるんだから。
文句があるなら、この世界の神に言ってくれ。
「オリー様、シャーレ様を貶めるようなことをおっしゃるのは、おやめください。」
「へいへい。」
おどけたオリーの返事に、フーリアちゃんの目が釣り上がったのが見えた。
マールはオリーの後頭部をぱちんとひっぱたいた後、フーリアちゃんに言った。
「フーリア、オリーに神様の話なんかしたって意味ないよ。森妖精ってのは基本的に、信心がないもんなんだ。連中、無駄に長く生きるだろう? だから、神様を信じようなんて殊勝な気持ちは、これっぽっちも持ち合わせちゃいないのさ。」
「無駄に、とは失礼ね。あたし、まだ26歳だからマールと一つしか違わないでしょ。それにあたし、半分人間だし。」
「半分?」
思わずそう聞き返した後、フーリアちゃんは「しまった!」という顔をして、口を抑えた。
それを見たオリーは、声を立てて笑った。
「あはは。あたし半妖精なの。あたしの母さん、人間と恋に落ちてあたしを生んだ後、森を出てどっか行っちゃったんだって。」
「失礼なことを聞いて、すみません。」
「ああ、気にしないで。おかげで自由に生きられるようになって、母さんには感謝してるくらいだから。」
「お前は自由に生きすぎなんだよ、この世間知らずの放蕩娘! だいたい、フレンで最初にあったときだって、危うく売ら・・・!」
「ちょ、ちょっと待った! それはズルじゃん! 今ここでその話はなしでしょ!?」
物理的にマールを止めようとしたオリーは、座卓に足を引っ掛けて派手に転がる。
そのせいで結局、話は有耶無耶になった。
ひとしきり、片付けが終わったところで、彼女たちは話を再開した。
「ユーリィがここを離れられないってのは困ったね。あたし、あんたたちを皆、フラシャールに連れて帰るつもりだったんだけど。」
マールの提案に、ユミナさんが言葉を継いだ。
「それについては、私もマール様に相談しようと思ってました。後でゆっくり話をさせてください。」
「わかったよ。それで御使いさん。まだあたしに聞きたいことがあるのかい?」
マールの問われて、俺はちょっと考え込んだ。
これまでのやり取りを聞く限り、このマールって女は、とびきりの悪党ってわけではなさそうだ。
むしろ、敵に回すとかなり厄介な連中。
なにしろ、あのニート大トカゲをたった二人で倒しちゃうくらいだし。その強さは、疑うべくもない。
パトラと敵対してるのは、ちょっと気になる。でも、直接やり合うことは今のところなさそうだ。
仲間とまではいかなくとも、味方につけておくのがいいだろう。
俺の大事な魔獣たちをバッサバッサ倒してくれた恨みはあるが、この際、水に流すことにする。
そうと決まれば、やることは一つだな。
「御使い様は、何か欲しいものはないかって聞いていらっしゃいます。」
「欲しいもの?」
素っ頓狂な声で問い返したマールは、すぐに声をあげて笑い出した。
「何か褒美でもくれるってのかい? シャーレ様ってのは、ずいぶん気前が良いんだね。」
彼女は探るような目で俺をじっと見た。
「別に欲しいものなんかないよ。強いて挙げるなら、水を売って欲しいくらいかね。」
「御使い様は、水ならタダでいくらでも持っていって構わないとおっしゃっています。代わりに、パトラさんを含むこの村の人達を傷つけないでほしいそうです。」
マールがパトラを睨む。対してパトラはまったくの無反応だ。
マールは少し考えた後、口を開いた。
「ああ、分かったよ。魔獣をこのままにしておくのは、正直気に入らない。だが、あんたを信じるって言ったからね。」
彼女はユーリィにそう言うと、パトラに右手を差し出した。
「気に入らないのはお互い様。だが、これで手打ちとしようじゃないか、パトラ?」
「すべては主様がお決めになること。私に異存はありません。」
パトラはマールの手を取った。
でも、2人からはただならぬ気配を感じる。
まだ少しギクシャクしてるけど、今は何とかなったってことでいいのかな。
これが後々、トラブルの種にならなきゃいいんだけど。
「ねえねえ、そんなに水を自由に使っていいんならさ。あたし、お風呂に入りたいんだけど。」
手を上げてそう言ったオリーに、ユミナさんが返事をした。
「お風呂? 身体を洗う浴室なら、この建物にもありますよ?」
「ううん、そういうんじゃなくて。大きな水瓶みたいなのに、お湯をたっぷり入れてさ。その中に首まで浸かりたいんだよね。あたしの森では、皆そうしてたんだ。」
途端に、マールが眦を釣り上げる。
「あんた、まーたそんなこと言って! 砂海で水と燃料がどれくらい貴重か分かってんの!? 王侯貴族にでもなったつもり!? 信じらんない!」
「あの、御使い様が、それなら任せてほしいっておっしゃってます。」
ユーリィがとりなすように俺の言葉を伝えると、マールは驚いた顔で俺の方を見た。
「そうなの? 御使いさん、話分かるじゃん!」
オリーはそう言った後、勝ち誇ったような顔で「ほーら、信心が足んないのはあんたの方なんじゃない?」とマールに言った。
なにげに、煽り性能高いな、こいつ。
この世界のハーフエルフは、入浴の習慣がある設定らしい。
日本人の俺に風呂づくりを要求してくるとは、この世界の神もなかなか分かってるじゃないか。
この拠点の協力者になってもらうためにも、ここは精一杯接待させてもらうとしよう。
自慢じゃないが俺は結構、接待には自信がある。なにしろ職場が小さなデザイン事務所だったからな。
原案づくりや作業だけでなく、案件先とのやり取りも、すべて自分でやっていた。
まだ若くてぜんぜんデザインの仕事のない頃は、飛び込み営業みたいなこともしていたもんだ。
それに相手の望むものにリーチしていくのは、商業デザインの基本。
接待とはいわば、相手の望みをこっちが言葉や行動にして届けることだ。基本はデザインと変わらない。
要は、相手を喜ばせればいいのだ。
そう言えばいつだったか、そんな話を後輩の伊達ちゃんとしたことがあったっけ。
彼女は「澤部先輩って、ほんと調子いいっすもんねー」なんて言ってたけど。
あれ? そのときはなんか褒められた気がして「まあね」って答えたけど。
今考えたら、なんかディスられてないか俺?
いやいや、調子いいんじゃない。そこは、コミュ力が高いと言ってほしいぜ、伊達ちゃん。
それはともかく。
マールたちは船の修理が終わるまでの数日間、この拠点に留まるようだ。
その間に、彼女たちが喜んでくれるようなものを用意するとしよう。
外部とつながる彼女たちがここを気に入ってくれれば、領地を発展させて人を増やすという俺の目的にも近づくはずだ。
目指すは、この世界の攻略。そして、脱出だ。
現実世界に帰って、家族に再会するんだ。あ、もちろん、伊達ちゃんにもな。
俺はステータス画面を開き、残りのmpを確認した。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:11
総DP:4843
獲得DP/日:25830
消費DP/日:10183
種族:迷宮守護者
名前:ユーリィ
職業レベル:8(ガーディアン)
強打L4 突撃L5 短剣術L7
暗視L1 反射音探知L1 締め付けL1
操船L2 登攀L4 騎乗L3 詐術L2
装備:守護者の剣
(自動回復L5 自動反撃L2)
守護者の鎧
(斬撃被ダメージ軽減L3 酸耐性L2
熱耐性L2 炎耐性L1 毒耐性L2
土魔法耐性L1)
水鏡の円盾
(光線攻撃反射L5 石化耐性L5
魔法耐性L3)
種族:人間
名前:フーリア
職業レベル:6(デザートシャーマン)
危機感知L3 自然の祝福L3
不死者払いL4 浄化L3 小治癒L4
お読みいただき、ありがとうございました。




