74 情報収集 前編
ストレスでお昼食べすぎました。明日も休日出勤です。
【大陸歴1415年9月1日】
〈十四郎視点〉
マール・アッシャール。俺の目の前にいる赤毛の女はそう名乗った。
年齢はおそらく30歳前後と思われる。
黒い革の眼帯で右目を隠し、鋭い目つきの単眼でこちらを挑発するように睨んでいる。
まさに「女海賊」といった感じの風貌だ。
薄い褐色の肌に、革のベルトでまとめた長い髪。そして、その髪と同じ真紅の瞳。
日本の街を歩いていたら、10人が10人振り返るほどの美しい顔立ちだ。
だが、なまじ整っているだけに、その恐ろしげな表情も相まって、見る者を威圧するような迫力がある。
彼女が着ている服は、ユミナさんたちとは違い、かなり奇抜で変わっている。
肉感的な身体にぴったりした赤茶色の革製レオタードに、同じ素材でできた長靴と長手袋。
長靴は太ももまで、長手袋は二の腕まで。それぞれが鋲のついたベルトで、レオタードとつながっている。
その上から、黒い革鎧を身に着けているのだが、鎧がミニスカートくらいの丈なので、ちょっと動くといろいろと見えてしまう。
言葉を選ばずに言うなら、変態である。
もし俺の娘、友里がこの場にいたら「見ちゃいけません!」って、目をふさいでいるところだ。
これで鞭でも持っていたら、完全にSMクラブの女王様だな。
でも、腰の剣帯に下がっているのは、鞭ではなく、赤い刀身をした細曲刀だった。
マールと一緒になって、俺の大事なニートトカゲを殺してくれた金髪ヤンキー女の見た目もかなり変わっている。
身長はマールよりも少しだけ高く、おそらく170cm前後。
色の悪い長い金髪を、金の髪飾りで後ろで一つ結びにしている。
濃い褐色の肌と対象的な白い革鎧を身を包み、背中に短弓と矢筒。腰には刺突短剣を下げている。
そして何より目を引くのは、顔の横に突き出した先の尖った耳だ。
これ、多分エルフってやつじゃないだろうか。
いかにもファンタジー系のゲームに登場するキャラクターって感じの見た目だ。
マールに従う男たちは皆、あの船長と同じように、薄汚れた白い服の上から革鎧という出で立ちだ。
一際デカいハゲ頭の男以外は、皆似たり寄ったりで、ほとんど差がない。
見た目からして、マールと金髪ヤンキーがメインキャラ、ハゲの大男がサブキャラで、後は一般戦闘員ってことなんだろう。
分かりやすくて助かる。
これまでパトラが伝えてくれた情報を整理してみる。
1つ目、彼女は『砂賊』を退治する仕事をしていること。
2つ目、彼女はユーリィたちと同じ国の人間で、少なくとも敵ではないこと。
3つ目、彼女はユーリィやその家族と顔見知りであること。
『砂賊』っていう単語は、これまでユーリィたちから何度か聞いたことがあった。
会話の流れから、なんとなく悪いやつを指す言葉なのだろうと思っていた。
けれど、どうやらそうではなく、職業や階級を表す言葉のようだ。
砂漠を走る魔法の船を操り、村や船を襲って金品を奪う輩を『砂賊』というらしい。砂漠の海賊と考えて問題ないだろう。
マールはそれをやっつける側。警察や軍隊みたいなものなのかもしれない。
もっとも、それにしちゃ、かなり胡散臭い連中だけど。
俺も、俺に通訳してくれるパトラも、この世界内の人間文化や社会構造について知識が不足している。
判断を間違わないためにも、もう少し情報が欲しい。
せっかくだし、もっと質問してみよう。
「マール様、御使い様が『私掠艦隊』って何のことかって尋ねていらっしゃいます。」
ユーリィの言葉に、マールは少しバツの悪そうな顔で俺の方を見上げた。
「おっと、そう来たか。神様の使いの前で説明するには、ちょっとだけ胸が痛むねえ。」
マールはそう言うと、俺に向かって説明を始めた。
「私掠船ってのは、国に雇われて砂賊退治をする傭兵団のことさ。ただ、雇われてはいるが、国から直接命令を受けることはない。どの船を襲うか、いつ仕事をするかは、完全に自由なんだ。もっとも、その代わり、報酬も一切もらえないんだけどね。」
「えっ? 仕事なのにお金をもらえないんですか?」
ユーリィがびっくりしてそう尋ねた。
それ、ちょうど俺が聞きたかったことだ。
ナイス、ユーリィ!
「ああ、国からは何ももらえない代わりに、討伐した砂賊から略奪するお墨付きを認められてるんだよ。砂賊相手なら殺そうが奪おうが、罪に問われないってわけ。だから、他国から見れば、あたしたちも砂賊みたいなもんだね。」
なるほど。マールが少し気まずそうにしていた理由が分かったぞ。
「立ち寄った村で依頼を受けたり、隊商の護衛を引き受けたり、カタギの仕事もやってるんです。あと、討伐した相手が賞金首なら、国から報奨金が出ることもありますぜ。」
「凶悪な砂賊ほど、討伐した時の旨味が大きいんだよねー。マール自身も、他の国から結構な額の懸賞金、掛けられてるし。」
ハゲのおっさんと金髪ヤンキーが、マールの話を補足する。
この話が本当なら、マールは只者ではないようだ。
これは今後のゲーム攻略において、重要な情報になるぞ。
「まあ、その、一口に砂賊って言っても、いろんな種類があるからね。」
マールが少し焦ったように、2人の話を遮った。
「あたしたちみたいな砂賊狩りを生業とする連中もいれば、本業では交易をしながら他の船の荷を狙うケチな奴らもいる。中には、あのバグラみたいに村を襲撃して奴隷をかっさらうイカれた野郎もいるしね。」
マールの言葉に、女性たちは不安そうに顔を見合わせた。
途端に「しまった」という顔をするマール。
彼女は少し気まずそうに説明を続けた。
「そんな連中がのさばり過ぎたら、まともな交易なんて成り立たなくなっちまう。そこで、国や組合が有力な砂賊に金を与えて自分の子飼いにし、自分のところの交易船を守らせるってわけさ。」
つまり、『私掠艦隊』というのは悪党をやっつけるために雇われた悪党ってことらしい。
よく覚えてないけど、確か世界史の授業で、似たようなことをしてた海賊たちがいたって聞いた気がする。某有名海賊漫画に出てくる「王下◯武海」みたいな連中だ。
でもあれって、どっちかって言うとまんま悪党だった気がするけど。
ユーリィはマールの話を興味深そうに聞いている。
どうやら、彼女にとってもこれは初めて聞く話だったようだ。
「あたし、そんな人たちがいるなんて、全然知りませんでした。お父さんも、お母さんも、教えてくれなかったし。」
「そりゃそうさ。真っ当な親なら、人殺しや略奪を稼業にしてる連中のことなんて、子どもに話すわけない。」
マールの言葉を、ユミナさんは静かに否定した。
「あたしは、マール様のことを一度もそんなふうに思ったことはありません。」
彼女はきっぱりとそう言った後、ユーリィに向き直った。
「あなたは女の子だし、マール様のことを話したことがなかったわね。お兄ちゃんたちには話していたんだけど、マール様はこれまで、フラシャール軍の傭兵として砂上船に乗り、あたしたちの村を何度も守ってくださったのよ。あたしが最初にお会いしたのだって、村が魔獣の襲撃を受けたのがきっかけだったの。」
ユミナさんの言葉に、マールも小さく頷いた。
「もう10年以上になるか。あの頃、あたしは正規軍に雇われた、かけだしの傭兵だった。ユーニスが助太刀してくれなかったら、きっとあたしはあそこで命を落としていただろうね。」
「あれは、あたしがこの子を授かる、少し前の話ですね。」
昔を懐かしむように視線を交わすマールとユミナさん。
ユーニスさんというのは、砂賊の奇襲で命を落としたユーリィのお父さんだ。
村でも一番の狩人だったと、以前ユーリィから聞いたことがある。
マールと共闘できるくらいなのだから、きっとかなり腕の立つ人だったのだろう。
普通の村人であるユミナさんが、なんで砂賊のマールなんかと顔見知りなのかと思っていたけど、そんな過去があったのか。
「じゃあ、マールさんは御使い様と同じ、砂漠の民の守り手なんですね!」
ユーリィがそう言うと、マールは途端に顔を顰めて、大きく手を振った。
「よしとくれ。あたしは神様の使いでも、お偉い騎士様でもないんだから。雇われて人を殺し、金品を奪ってるんだ。他の砂賊と変わりないさ。それに・・。」
彼女はちょっと言い淀んで、目線をユーリィたちから逸らし、言葉を続けた。
「あたしは、あんたたちの村を救えなかった。まさかあのユーニスが死んじまうなんて・・・。」
「いいえ、マール様。それはあなたのせいではありません。それに、私たちは御使い様のお導きで、こうして生き残ることができたのですから。」
ユミナさんはそう言って、マールの手を取った。
ユーリィも笑顔で頷いている。
ただそれは、涙を堪えているのがすぐに分かる微妙な笑顔だった。
俺は寄り添い合う3人の様子を、彼女たちの頭上に浮かんだまま見ていた。
「そう言えば、こうやってお会いするのも、本当にお久しぶりですね。」
少ししんみりした空気をわざと変えるみたいに、ユミナさんは殊更に明るい調子で、マールに話しかけた。
「ああ、細曲刀を手に入れてから数年間は、フレンの辺りを根城にしてたからね。」
マールは傍らにおいた細曲刀に軽く触れた。
柄頭にある大きな紅玉が、薄い光を放つ。
「フレンと言うと、北砂海道の西端にある街ですよね? フラシャールの都に同じくらい大きいって聞いたことがあります。」
「ほう。物知りだなユーリィ。フラシャールと同じ、東西公路と北砂海道が合流する大都市さ。美味い菓子が名物なんだ。なにしろガンド砂海西側で、最大の砂糖集積地だからね。」
「いいよねえフレン。あそこの氷菓子、絶品なんだよねぇ。」
「オリーさん、なんですかそれ?」
「フレン平原で育ててる牛のミルクと砂糖で作る、冷たいお菓子のことだよ。口に入れると、すーっと溶けて、ものすごく美味しいんだ。」
目を瞑って、うっとりした顔をする金髪ヤンキー女。
それを見たユーリィとフーリアちゃんは、2人揃って小さく唾を飲み込んだ。
話を聞く限りでは、多分アイスクリームか、シャーベット的な何かだろう。
そういえば、ちょうどこの間のレベルアップで、室温の変更が出来るようになったんだっけ。
2人が喜ぶんなら、似たようなものが作れないか、ちょっと試してみるのもいいな。
「甘くて美味しいものなら、私も興味があります、主様。」
俺の脳内思考に、パトラがすかさず割り込んできた。
「原料がないから、今すぐには無理だよパトラ。でも、ちょうどいいから、マールにそのことも尋ねてみようか。」
「それがよいと思います、主様。」
パトラからちょっとウキウキした気配が伝わってくる。
俺はマールたちからさらなる情報を得るため、通訳のパトラに俺の言葉を伝えてもらうことにした。
お読みいただき、ありがとうございました。




