73 戦い終わって
明日・明後日と休日出勤が続きます。来週はもしかしたら投稿ペースが落ちるかもです。
【大陸歴1415年9月1日】
〈ユーリィ視点〉
「ふーん、それじゃあ、あんたたちはこの・・・シャーレ神の御使い? に助けられて、この村をあのバグラから奪ったってわけか。」
あたしたちの家の一階の広間。
事情を聞き終わったあと、クッションの上に座ったマールさんは、目の前にふわふわ浮かんでいる御使い様を見ながら、そう言った。
その目には、あからさまな疑惑の色が浮かんでいる。
「正確にはこの子たち、ユーリィとフーリア、そしてあちらにいらっしゃるパトラ様のおかげです。あたしたちがあの恐ろしい男の手を逃れられたのは、すべて御使い様の御力によるものです。」
フーリアおねえちゃんが、横でうんうんと頷く。
パトラさんの名前を聞いた途端、マールさんは露骨に顔を顰めた。
今、この部屋にいるのは、あたしとお母さんとフーリアおねえちゃん。
それにマール様とオリーさん、副船長のザッパさん。
そして、御使い様とパトラさんの合計8人。
皆、床の上に置かれたクッションに、円座になって座っている。
ただ、パトラさんはふわふわ浮かぶ御使い様の側に立ったまま。
彼女は決して御使い様のもとを離れようとしなかった。
「・・・ザッパ、どう思う?」
「あっしも割と長いこと生きてやすがね。神の使いなんて、英雄詩の中でしか聞いたことありやせんぜ。」
ザッパさんは、一本も髪が生えていないピカピカの頭を右手でつるりと撫でながら、破鐘のような声で続けた。
「それに、神の使いがこんなにすげえ奇跡を起こしたり、魔獣を遣わせたりするなんて、英雄詩の中でだって聞いたことがありやせん。ユミナさんの話を聞いた限りじゃ、どうにも精霊みてえだなって、あっしは思いますがね。」
ザッパさんは両手を広げて、あたしたちがいる部屋の中をぐるりと見回した。
さっきこの集落にやってきた船員さんたちは、御使い様の作った女神の泉を見て、飛び上がるほど驚いていた。
今、船員さんたちは、他のおばさんやおねえちゃんたちと一緒に、横倒しになった船から、荷物を運び出す作業をしている。
「なるほど、砂海に伝わる伝説の精霊か・・。」
「それってどんな願いも叶えてくれるってやつでしょ?」
オリーさんが御使い様を興味深そうに見つめる。
マール様はしばらく考え込むような顔をしたあと、彼女に尋ねた。
「オリー、あんたの目から見てどうだい?」
「すごい魔力を感じるよ。でも、特に悪い感じはしないかな。あたしの風精霊たちも、別に怖がってないし。あたし、神聖力ないから、神様の使いかどうかなんて分かんないよ。」
オリーさんはそう言って、肩を竦めてみせた。
悪い感じはしない。
オリーさんがはっきりそう言っても、マールさんは信じられないという顔で、あたしと御使い様を何度も交互に見つめた。
「御使い様を疑うような真似はおやめください。この方は間違いなく、神の使いです。」
フーリアおねえちゃんの言葉には、ほんの少し非難するような気持ちが見え隠れしていた。
「巫女の婆さんのところの孫娘か。たしか、フーリアって言ったっけ?」
「はい、私は御使い様のお導きにより、シャーレ様より直接啓示を賜りました。」
マールさんはおねえちゃんの顔をじっと見つめた。
そして、「うーん」と頭をひねった後、吐き捨てるように言った。
「あたしはどうしても、この光る球が神様の使いだなんて、信じられない。」
すぐに言い返そうとしたおねえちゃんを、マールさんは片手を出して押し留めた。
「あんたの言葉を疑ってるわけじゃないさ。何しろこんな稼業なんでね。端から、神様なんてろくに信じちゃいないんだ。」
おねえちゃんの目がますます険しくなる。
マールさんは、苦笑してお母さんの方を見た。
「でも、あんたらが今までこんな廃村で生きていられたって事実は否定できない。ユミナとその娘を救ってくれたことにも、感謝してるさ。」
お母さんはマールさんと目を合わせて、少し寂しそうに笑った。
その顔が、あたしに、大人の話に口を出す勇気をくれた。
「あ、あの!」
「なんだい? えーっと・・?」
「ユーリィ! サリハーネのユーリィです。」
「ああ、確か生まれた娘にそんな名前をつけるって、ユーニスが言ってたね。 ・・・あいつは?」
お母さんが小さく頭を振ると、マールさんは悔しそうに唇を噛み締めた。
「悪いことを聞いちまったね。残念だよ。 ・・・ああ、待たせて悪かった。それでなんだい、ユーリィ?」
「あの! マールさんは、お父さんのことを知ってるんですか!?」
片方しかないマールさんの目が、少しだけ優しくなった。
「あんたの親父ユーニスと、このユミナには、ずいぶん世話になった。実は、あんたにも会ったことがあるんだけどね。」
「あれはまだ、この子がやっと歩き始めたばかりの頃でしたから。流石に覚えていませんよ。」
お母さんとマールさんは、顔を見合わせて少し遠い目をした。
それがきっかけになったのか、今度はあたしが授かった力について話すことになった。
マールさんは、パトラさんをチラリと見た後、彼女を親指で指しながら、あたしに尋ねた。
「ユーリィ、あんたはこの御使いの力で、魔獣を操れるようになった。それで合ってるかい?」
「あたしが操ってるわけじゃないです。けど、パトラさんや魔獣たちはあたしたちを守ってくれてます。」
隠す必要もない。あたしは正直に答えた。
マールさんは難しい顔をして、副船長のザッパさんと顔を見合わせた。
「魔獣が人を守るってのが、あたしにはどうも合点がいかないんだよ。」
「それはあっしもそうですがね、船長。実際、この魔獣は本当におとなしいですぜ。魔獣使いが操る魔獣だって、こんなに行儀よくしちゃいません。」
すると、あたしの頭に、急にパトラさんの声が響いた。
「私は主様のご命令に従います。ユーリィ様とその仲間を傷つけることは絶対にありません。」
あたしは声を出さずに、頭の中でパトラさんへ返事をした。
「(パトラさん、話を聞いてたの?)」
「勝手ながら、ユーリィ様の思考を読ませていただきました。主様にもお伝えしてあります。」
その言葉を裏付けるように、御使い様は小さく身体を揺らした。
「パトラさんは、御使い様とあたしの仲間は、絶対に傷つけないって言ってます。」
たった今、パトラさんが話してくれたことを、あたしはマールさんに伝えた。
彼女は気味悪そうにパトラさんの方を見た。
「本当に、この魔・・こいつがあたしにそう言ったのかい?」
「はい。言葉で伝えてくれたわけじゃないですけど、頭の中で声が聞こえるんです。」
「言葉を話す魔獣ねえ。」
パトラさんに疑わしい目を向けるマールさん。
マールさんは船乗り。砂海を旅する彼女にとって、魔獣は許しがたい敵だ。
「魔獣の中にも言葉を話す奴はいるって話だよ。あたし、里にいた頃に、ばあばから女面翼獅子の話を聞いたことあるもん。」
「あっしも、高位の不死者の中には、人間の言葉を話すやつがいるって聞いたことがありますぜ。」
「女面翼獅子なんて伝説の神獣だし、高位の不死者はもともと人間じゃないか。そんな連中と、この虫とじゃ比較にならないだろ。」
マールさんは、オリーさんとザッパさんの話を一蹴した。
「本当に危険はないんだね?」
マールさんの真っ赤な瞳があたしをじっと見つめる。
あたしは彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「パトラさんは、大丈夫だって言ってます。」
「この虫に聞いてるんじゃないよ。あたしは、あんたに聞いてるんだ、ユーリィ。」
低く、脅しつけるような声。
怖い。逃げ出したい。
あたしは、大きく深く息を吸い込んだ。
「あたしは御使い様を信じています。だから、パトラさんのことも信じます。」
あたしは勇気を出してきっぱりとそう言った。
迷いのない本心からの言葉。
マールさんはしばらくあたしの顔を見ていた。
吸い込まれそうなほど、きれいな赤。
すべてを見透かすような瞳に見つめられ、あたしの鼓動が大きくなる。
「・・・分かった。あんたを信じるよ。」
あたしはその言葉で、じっと詰めていた息を、ようやく吐き出すことができた。
マールさんはパトラさんの方に向き直った。
「おい。ちょっとでも、この子たちやあたしの仲間に手を出してみな。あたしが、消し炭にしてやるから。」
鋭い眼光で言い放ったマールさん。
その言葉を、パトラさんにどう伝えるべきか迷う。
でもパトラさんは、またあたしの頭の中を読み取ったらしい。
彼女の返答を聞いて、あたしは思わず「えっ」と小さく声を出してしまった。
それで何かを察したらしい。
マールさんは、あたしに問いかけた。
「ユーリィ、こいつはなんて言ってるんだい?」
「えっと、その・・・。」
口ごもるあたしをじっと見つめるマールさん。
あたしは観念して、彼女にパトラさんの言葉を、できるだけ柔らかくなるように伝えた。
「それはこちらも同じ。御使い様と仲間に危害を加えるなら全力で止める、って言ってます。」
本当はパトラさん、「我が最強の兵をもってお前たちを殺す」って言っていた。だけど、とてもそのままは伝えられなかった。
あたしがあのとき、広場で感じた恐ろしい気配。
あれがパトラさんの最強の兵のものだというのは、疑いようがない。
あのとき、お母さんの行動から状況を察した御使い様が、パトラさんを引き止めてくれたそうだ。
だから結局、あたしはその姿を見ていない。
「・・・ほお? 言ってくれるじゃないか、虫けら風情が。ちょうど魔力も回復してきたところだ。なんなら今ここで、決着を付けたっていいんだよ?」
マールさんが傍らに置いていた細曲刀に手をかけ、その場に立ち上がる。
パトラさんは、素早く槍を構えた。
その途端、それまで黙って浮かんでいた御使い様が、激しくマールさんの周りを飛び回った。
「ちょ、ちょっと! なんだって言うんだい!!」
慌てて身を引くマールさん。
あたしは大きな声で叫んだ。
「御使い様は、味方同士で争うなっておっしゃっています!」
パトラさんは、すぐに槍を収めた。
剣呑な表情で彼女を睨むマールさんを、オリーさんがのんびりした声で宥めた。
「そうだよマール。御使い様の言うとおり。そんな面倒くさいことやめなー。すぐカッとなるの、あんたの悪い癖だよ?」
オリーさんはあたしと目を合わせると、悪戯っぽい顔で小さくウインクをした。
「・・ったく、あんたはただサボりたいだけでしょうが。いつの間にか、御使い様なんて呼びやがって!」
マールさんは憮然とした表情で、ドサリとクッションに腰を落とした。
「挑発して悪かった。そう伝えておくれ。」
「私は主様とユーリィ様に危害が加えられないなら、別に構いません。」
あたしはパトラさんの言葉をマールさんに伝えた。
彼女はちょっと意外そうな顔をして、パトラさんをチラリと見た。
けれど、何も言うことなく、ガラリと口調を変えてザッパさんに声を掛けた。
「船の方はどうなってる?」
「右舷の舷外浮材が完全にイカれちまってます。修理にはしばらく掛かりそうですぜ。」
マールさんは大きく頷いた後、お母さんに向き直った。
「あたしたちもしばらく、この村で厄介になるよ。いいだろう、ユミナ。」
「それは、あたしの一存では・・・御使い様は何とおっしゃってるの、ユーリィ?」
あたしは御使い様に尋ねてみた。
すると、御使い様はパトラさんを介して、あたしにお返事をしてくださった。
「御使い様は、もちろん歓迎するっておっしゃっています。あと。」
「あと?」
「マールさんは何者なのかって聞いてます。」
「神の使いが、人間のあたしのことを知りたがってるってのかい?」
彼女は面白がるようにニヤリと笑った。
そして、御使い様の方に向き直って、大げさに頭を下げてみせた。
「お会いできて光栄だ、御使い殿。あたしの名はマール・アッシャール。」
顔を上げた彼女は、凄みのある笑顔でこう続けた。
「フラシャール私掠艦隊に所属してる船長の一人さ。有り体にいえば砂賊狩りの傭兵団ってこと。船が直るまでの間、よろしく頼むよ御使いさん。」
お読みいただき、ありがとうございました。




