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72 夢の呼び声

 主人公がなかなか活躍できない。視点切り替えすると書きやすいし楽しいのですが、これが悩みだったりします。上手な展開出来る書き手の方って、本当にすごいと思います。

【大陸歴1415年9月1日 早朝】


〈ユーリィ視点〉


 闇の奥底からあたしを呼ぶ声がする。


 あたしの身体を縛り付ける見えない鎖。


 鎖は声のする方、闇の底へとあたしを引き寄せる。


 助けて! 誰か、助けて!


 身動き一つできないまま、あたしはもがき続ける。


 でも、あたしの声は誰にも届かなかった。


 絶望の涙が頬を伝う。


 あたしはなすすべなく、闇へと堕ちていく・・。






 そのとき、何も見えない闇の中に、光が灯った。


 小さい。けれど、暖かい光。


 その光があたしを縛る鎖を溶かす。


「御使い様、お救いください!」


 自由になったあたしは、小さな光に必死に手を伸ばした。


 もう少しで、手が届く。


 あたしがそう思った時、突然湧き上がった炎が、小さな光を呑み込んだ。






「御使い様!!」


 右手を伸ばし、叫び声を上げて起き上がったあたしを、皆が驚いた顔で見つめている。


「あ、あれ、ここは・・あたしたちの家?」


「怖い夢を見たのね。でも、もう大丈夫よ。」


 あたしの横に座っていたお母さんは、あたしを強く抱きしめてくれた。


 あたしの隣には、青い顔をしたフーリアおねえちゃんが横になっている。


「夢・・だったの・・・?」


「ええ、そうよ。あなたとフーリア、それに御使い様とパトラさんのおかげで、あの男は逃げていったわ。」


 あたしを抱くお母さんの腕に力が籠る。


 お母さんの声は小さく震えていた。


「心配かけてごめんね、お母さん。」


 お母さんは首を小さく振った後、あたしの頬に手を当てて、目を覗き込んだ。


「ありがとう、ユーリィ。よくがんばったわね。」


 お母さんの目には涙が光っていた。


「お母さん・・・!」


 あたしはお母さんの胸に飛び込んだ。


 温かな胸にあたしの涙が小さな染みを作る。


 ああ、よかった。全部夢だったんだ。






 あたしがそう思った瞬間、胸の奥を締め付けるような痛みが走った。


 続いて襲ってくる、言いようのない焦燥感。


「御使い様は? 御使い様はどこ!?」


 急に上げた大声に、お母さんは戸惑いながら答えた。


「御使い様とパトラさんなら、2人がここに横になるのを見届けてから、外壁の方へ行かれたわ。」


 外壁! その言葉を聞いた途端、あたしの体の奥から言いしれぬ力と怒りが湧き上がった。


 あたしだけに分かる魂のつながり。


 それが御使い様のいる場所を正確に教えてくれた。


 御使い様に危機が迫っている!!


 粗末な寝具を跳ね除け立ち上がると同時に、あたしの身体を光が包む。


 輝く胸当てを身につけ、短剣と小盾を手にしたあたしは、何かに導かれるように部屋を飛び出した。


「ユーリィ、どこへ行くの!? まだ、動いては・・!!」


 お母さんの叫びを最後まで聞くこともないまま、あたしは御使い様の下へ全力で駆けた。






 身体が軽い。まるで自分が風になったみたいだ。


 近づくほどに御使い様の力が、あたしの中に流れ込んでくるのを感じる。


 その力に任せ、あたしは外壁の内階段を跳び上がった。


 ほんの数歩で上までたどり着き、広がる砂原に目を走らせる。


 いらっしゃった!


 あたしがいる外壁のすぐ下。50歩(およそ30m)ほど離れた場所に、御使い様とパトラさんの姿が見えた。


 そこから少し離れた場所には、座礁した大きな砂上船。その周りでは、人間たちが必死に魔獣と戦っている。


 そして、御使い様とパトラさんに接近しようとしている一羽の騎鳥。


 それを目にした瞬間、あたしの意識は激しい怒りに染め上げられた。


 御使い様に指一本、触れさせるものか!!


 一気に外壁を飛び降り、空中の見えない壁を蹴って、砂の上に降り立つ。


 砂煙が上がるほどの勢いで、あたしは御使い様のもとへと走った。


「ユーリィ!? クルナ! ダメ!!」


 あたしの姿に気づいた御使い様が、片言の大陸公用語で叫ぶ。


 あたしは短剣を構えて、御使い様を背中に庇い、もう十数歩の距離まで迫った騎鳥と向き合った。






「人間の子ども!? どうしてこんなところに!?」


 赤い細曲刀サーベルを手にした女性が、騎鳥から飛び降りてこちらに向かってくる。


「そこは危険よ! 早くその魔獣から離れなさい!!」


 女性がそう叫ぶと同時に、彼女の後ろにいた褐色の肌をした女が、短弓に矢をつがえた。


 放たれた矢が御使い様に迫る。


 あたしは自分でも信じられないような速度で小盾を突き出し、その矢を防いだ。


「この距離であたしの矢を弾く!? どうなってんの?」


「魔獣め! お前が、この子を操っているのか!?」


 2人の叫びが重なる。


 同時にパトラさんの槍が、赤い剣を手にした女性を襲った。






「くっ・・!!」


 ひらりと身を翻し、槍の連続攻撃を防ぎながら後退する。


「あたしが黒い人型魔獣をやる。あんたはあの子を頼む。」


「最悪、足撃って止めることになるかもよ?」


「その前に、あたしがケリを付ける!!」


 赤い剣を手にした女性が、パトラさんに突進した。


 パトラさんは、盾と槍で迎え撃つ。


 パトラさんに加勢しようとしたあたしの足元に、矢が突き刺さった。


 たたらを踏んであたしが止まると同時に、褐色の弓使いが叫んだ。






「マール、気をつけて。その槍使い、只者じゃない!」


 巻き込むように突き出されたパトラさんの槍が、赤い剣を絡め取る。


 それを避けようと、ほんの一瞬目線を下げた女性。


「ぎゃふっ!!」


 その隙を突いて繰り出されたパトラさんの盾突撃シールドバッシュが、女性に炸裂した。






 これは彼女の得意技。


 フェイントを織り交ぜ、精密に間合いを図ったこの連続攻撃を躱すのはほぼ不可能。


 これまでの鍛錬で、あたしは何度も痛い思いをさせられてきた。






 体勢を崩した女性に、パトラさんの腹部に隠された副腕が迫る。


 黒く鋭い刃。その一撃を、女性は紙一重で躱し、飛び退った。


 追撃しようとするパトラさんに、弓の二連射。


 盾でそれを受け流した彼女は、槍を構えてその場に立ち止まった。


 間合いを開けて睨み合ったことで、戦場に僅かな空白が生じる。






「マール、平気!?」


「油断した。本調子なら、もうちょっとやれるのに。」


 赤い剣の女性は、荒い息を吐きながら短い言葉でそう言った。


「さっき、馬鹿みたいにぶっ放したからでしょ。それに人質がいるのが厄介ね。」


 女性たちの目があたしに集まる。


 人質? もしかして、あたしのこと?


 敵のくせに何言ってるんだろう、この人たち。






「ユーリィ様、主様を連れてお逃げください。」


 パトラさんがあたしの心に直接伝えてきた。


 一瞬の躊躇。


 でも、すぐにあたしは答えた。


「ありがとう、パトラさん!」


 御使い様の安全が最優先。


 パトラさんの気持ちが痛いほど分かった。


 彼女が前に飛び出すと同時に、あたしは御使い様を抱えて、その場から走り出した。


 弓弦の音が立て続けに響き、激しい金属音が交差する。


 あたしは溢れ出そうになる涙を堪え、後ろも見ないで一心に走った。


「それでいいのです。御使い様を頼みます。」


 パトラさんの声が頭の中で小さく響く。


 外壁を回り込むように走ったあたしは、金造製の小さな扉から村の中に駆け込んだ。






 あたしは御使い様とともに、お母さんたちの待つ家に戻った。


「ああ、無事だったのね、ユーリィ。急に飛び出すから驚いたわ。一体何があったの?」


 扉を閉めたあたしに、お母さんが尋ねる。


 フーリアおねえちゃんも起き上がっていた。でも、まだ、あまり顔色が良くない。


 あたしはみんなに、外に別の砂賊が来ていること、パトラさんが戦ってくれていることを話した。


 その話を聞いたお母さんが、急にハッとした顔をした。


「赤い剣を持った片目の女砂賊・・!」


 お母さんの言葉に、他のおばさんたちも顔を見合わせて頷く。






「?? どうしたの、お母さん?」


「その話はあと。すぐに行かないと、手遅れになってしまうわ!」


 お母さんはそう言うとすぐに立ち上がり、家を飛び出していった。


 慌てて後を追う。扉の先は女神の泉がある広場。


 まさにあたしたちが外に出るのと同じタイミングで、ちょうど二人組の女砂賊たちが走り込んできた。






 広場のちょうど反対側。


 2人は家の周りを守るように槍を構えるパトラさんたちを見て、ぎょっとした顔で立ち止まった。


「あの黒い人型魔獣があんなに・・・!」


「ここは連中の巣か。ヤバいね、一旦引く?」


「・・逃げられるもんならね!」


 赤い剣を構える女性に反応して、パトラさんたちが槍の穂先を揃える。






 お母さんは、その場の雰囲気に気圧されるように立ちすくんだ。


 お母さんには、戦いの経験などない。


 あたしだって、ちょっと前ならきっと同じようになっていただろう。






「ユーリィ様、隠れていてください。ここは危険です。」


 あたしの近くにいた黒い騎士姿のパトラさんがあたしに話しかけてきた。


「大丈夫。御使い様は建物の中にいらっしゃるし、今度はあたしも戦えるよ!」


 パトラさんはあたしの言葉を静かに否定した。


「いえ、そうではありません。もう、あの者たちは終わりです。私の兵たちの戦いに巻き込まれないよう、下がっていてください。」


 彼女がそう言った瞬間、広場全体の空気が一気に張り詰めた。






 広場の向かい側にいる二人組が、後ろを振り返る。


「なに・・これ・・?」


「オリー、あんただけでも逃げな。」


「!? 何言ってんの、マール!?」


「どうやらあたしら、連中の狩場に誘い込まれてたみたいだ。」


 二人組の後ろから近づいてくるただならぬ気配。


 動揺してパトラさんを見上げたあたしに、パトラさんは言った。






「私の最強の兵たちです。まだ、外壁の外におりますが、もうすぐここへやってきます。彼女たちが戦い始めたらどうなるか、私にも予想がつきません。どうか、建物の中に隠れていてください。」


 まだ遠くにいるというのに、チリチリと肌を焼かれるような感覚。


 あたしの本能が危険を知らせる。


 でも、近づいてくる気配の異様さのせいで、あたしは一歩も動くことができなくなってしまった。






 あたしが凍りついたように動かないのを見て、お母さんが戸惑った顔であたしを見た。


 戦いの経験がないお母さんは、この異様な気配を感じ取ることができない。


 それどころか、その場の注意が近づいてくるものの方に逸れたおかげで、逆に自由に動くことが出来るようになっていた。


 お母さんは広場の方に突然走り出した。






「ダメっ! お母さん!」


 あたしが止めるよりもパトラさんがさっとお母さんを引き止める。


「は、離してください、パトラさん!! あの方たちは・・・!」


 でもパトラさんは、無言でお母さんの身体を抑え込み、後ろに連れ戻そうとした。


「魔獣! その女性から手を離せ!!」


 赤い剣を持った女性が大声を上げる。


 その瞬間、彼女の持っている細曲刀から、ぶわりと炎が立ち昇った。


 さっき見た夢の中。


 御使い様を呑み込んだ炎を思い出し、あたしは思わず身体を震わせた。






「馬鹿! もう限界のくせに、どうなっても知らないからね!!」


 弓使いの女性が叫びながら弓をつがえる。


 赤い剣を持った女性が飛び出した。


 パトラさんは、近づいてくる彼女からお母さんを守ろうと、槍を構えた。


 炎の剣とパトラさんの盾が交差する。


 巻き上がった炎を目隠しにして放たれた2本の矢が、パトラさんの足を貫いた。


 がくりと膝をつくパトラさん。


 しかし、彼女はそのまま大きく槍を横薙ぎに振り抜いた。


『くっ!!」


 赤い剣の女性は、身体を低くしてそれを躱す。


 低い位置から彼女の刃が繰り出される。


 ガキンという激しい金属音。


 それを合図に、刃を槍の持ち手で受け止めたパトラさんとの激しい鍔迫り合いが始まった。






 あたしは座り込んだお母さんを守ろうと前に飛び出した。


 その時、お母さんの声が戦場に響いた。


「マール様! おやめください! その方は敵ではありません! あたしたちの味方です!!」


「!? お前・・ユミナ! サリハーネのユミナか!?」


 一瞬、赤い剣の女性の気が逸れた隙に、パトラさんは彼女を軽く押し返し、その勢いであたしとお母さんのところまで後退してきた。


「どういうことですか、ユーリィ様?」


「・・・あたしにも分かんないよ。」


 その場にいた全員が戸惑ったように、顔を見合わせる。


 ただ、広場に迫りつつあった異様な気配だけは、いつの間にか消え去ってしまっていた。


 いつもの風が、さあっとあたしの頬を撫でた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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