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70 紅剣の女戦士

 寒いときでもアイスが食べたくなる現象に名前を付けたいです。

【大陸歴1415年9月1日 早朝】


〈???視点〉


「船長! あれを見てくだせえ!」


 禿頭とくとうの大柄な男が指さす先を見た船員たちは、思わず息を飲んだ。


「何だあの魔獣の群れは・・・! あんなの見たことねえぞ!!」


「それに、見ろ! 石化蜥蜴バジリスクだ!」


 丈夫な石造りの壁に囲まれた村。


 それを取り巻くように、魔獣たちがひしめき合っている。


 戦慄の声を上げる船員たちと共にその光景を見た女は、口の中で小さく呟いた。


「(なるほど、あの男バグラが慌てて逃げ出すわけだ。いや、それともあの魔獣たちは、あの男が仕掛けていったものか? まさか、あいつ、あたしを嵌めたのか・・?)」


 赤い髪をした女は「ちっ」と盛大に舌打ちをした後、船員たちに激を飛ばした。






石化蜥蜴あいつは、やばいね。あたしが出る。あんたたちには、他の魔獣を任せるよ。」


 右目を黒い眼帯で隠した女は、赤い隻眼の瞳で船員たちをぐるりと見回した。


 それは、船員たちの今の表情をしっかりと記憶に留めるため。


 戦いに臨む前に、彼女が無意識にやっているいつもの習慣だ。


 船員たちの目が彼女に集まる。


 彼らの瞳に闘志の炎が宿ったのを確認した彼女は、腰の細曲刀サーベルを引き抜き、それを真上に掲げた。






「いいかい、魔獣を一匹たりとも、村に入れるんじゃないよ!」


「了解です、姉御!」


「こらっ! 船長だっつってんだろうが!!」


 怒りを顕にする女に対して、男たちが一斉に笑い声を上げる。


 傭兵団時代。彼らがまだ自前の船を持つ前からやっている、いつもの掛け合いだ。


 指示を受けた男たちは、すぐに動き始めた。


 その動きに迷いはない。






「おう、お前らさっさと持ち場に付け! 虫除けと鋲弾を準備しろ!」


騎鳥とりたちの目を塞いで、しっかり繋いどけ! 石化蜥蜴に気づいたら、デタラメに飛び跳ねはじめるぞ!」


 互いに声を掛け合い、きびきびと手を動かす。


 命がけの戦いは、もはや彼らにとっての日常。


 だからといって、恐れがないわけではない。


 死を恐れる気持ちを、声を掛け合い手を動かすことで、紛らわせているのだ。


 そして、その原動力となっている存在こそが、彼らを率いるこの隻眼の女船長だった。






 部下たちの動きを見ながら、彼女は暗い船室を覗き込んで中に声を上げた。


「オリー、あんたも一緒に来な!!」


 声に反応して、寝台で横になっていた人影がのっそりと身体を起こした。


「ええー、なんであたしまで。マールひとりで大丈夫でしょ?」


 そう言って気だるそうに姿を現したのは、褐色の肌をした細身の娘。


 色の悪い金色の長い髪を一つ結びにした彼女の耳は、先端が少し尖っている。


 途端に隻眼の女船長、マールが鬼の形相に変わった。






「うるさい、たまにはしっかり働きな! さもなきゃ船から叩き出すよ!」


「めんどくさいなあ。あんなの放っといて、あたしたちも逃げた方がいいんじゃない?」


「お馬鹿! 村の側に集まった魔獣を放っておけないでしょうが!」


「こんな辺境の村、どーせ、ろくでもない連中しか住んでないんじゃないのー?」


「そ・れ・で・も! ほら、さっさと行くよ!」


 マールはオリーの返事も聞かず、風を捉えて滑走する砂上船からひらりと飛び降りた。


 そのまま、目標である石化蜥蜴めがけて、一直線に走る。


 一拍遅れて、オリーは彼女を追いかけた。






「あたしが動きを止める!オリー、毒除け!」


「はいはい、分かってますって。」


 不満げに唇を尖らせるオリー。


 彼女はその場に立ち止まり、歌うように呪文を詠唱し始める。


 するとたちまち、彼女の表情は、我が子を慈しむ母のような優しいものへと変化した。


「世界を吹き渡る風の精霊よ、その優しきかいなにて悪しき者より我らを守れ。〈風の抱擁ウィンズエンブレイス〉」


 両手を大きく掲げ、風に遊ぶ花びらのように舞い踊る。


 流れるようなその動きが速くなるにしたがい、彼女の全身から紫の光がふわりと立ち昇った。


 その光は一瞬、ドレスを纏った女性のような形を取る。


 だがすぐに、光は風に乗って広がり、マールとオリーの身体を優しく包み込んだ。






 魔力の動きを察知した石化蜥蜴は、怒りに燃える目をオリーに向けた。


 八本の足で砂をしっかり捉えると、驚くべき速さでオリーに向かって突進を始める。


「お前の相手はこっちだよ!」


 オリーと石化蜥蜴の間を遮るように、マールはその身を躍らせた。


 小山のような巨体の前に傲然と立ち塞がる。


 彼女は細曲刀を両手で高々と掲げると、石化蜥蜴をまっすぐに睨んだ。


 石化蜥蜴の怒りに反応するかのように、彼女の内側で赤い魔力が燃え上がる。


 それが自らの掲げる細曲刀にまで達した瞬間、彼女は、まるで何かに命じるかのように叫んだ。






「猛り狂え!〈火蜥蜴の爆炎サラマンドラバースト〉!!」


 彼女の全身から赤い燐光が発せられた。


 それは瞬く間に爆炎となって燃え上がり、彼女の全身と細曲刀を包み込んだ。


 魔法の炎を帯び赤熱した細曲刀を、彼女が振り下ろす。


 すると、彼女を包んでいた炎は蜥蜴のような姿に変わった。


 炎の身体を持つ火蜥蜴サラマンドラが声なき叫びを上げ、眼前の石化蜥蜴に飛びかかっていく。


 石化蜥蜴と火蜥蜴が触れ合った瞬間、火蜥蜴は大きく膨れ上がって巨大な火球となり、石化蜥蜴の巨体を包み込んだ。


 そして、そのまま風に溶けるように姿を消した。






 全身を炎に焼かれた石化蜥蜴は大きく身体をのけぞらせ、悲痛な叫び声を上げた。


 炎に包まれた鱗が白く変色し、動くたびにポロポロと剥がれ落ちる。


 苦悶する石化蜥蜴は、苦手な炎を浴びせた相手を怒りに燃えた目で睨みつけた。


 その瞳が赤く輝く。石化の邪眼を使う前兆だ。

 

「オリー!」


「人使い、荒いっての!」


 ・・間に合え!


 金髪の娘はそう念じながら、背負っていた短弓を素早く取り出すと、目にも止まらぬ速さで二連射した。


 石化蜥蜴の瞳が、赤く、鈍い光を帯びる。


 その刹那、凶悪な魔獣は僅かに動きを止めた。


 マールは、それを知っていた。


 ほんの一瞬。


 だが、それは邪眼を放つための、致命的な『溜め』だった。






 蜥蜴の目に、金属の鏃が深々と突き刺さった。


 弱点である目を貫かれ、石化蜥蜴はデタラメに身体を揺する。


 オリーが全力で作ってくれた好機。


 マールはそれを逃さなかった。


 彼女は歯を食いしばり、炎で刀身が延伸された細曲刀を振り抜く。


 魔力を帯びた刃は、巨大な蜥蜴の首を一刀のもとに切り落とした。


 その途端、赤い刀身の輝きはゆっくりと失われていった。


 大きな魔力を使用した脱力感が、マールの身体を襲う。






 赤熱した刀身と触れ合った蜥蜴の血が、じゅうっと嫌な音を立てた。


 猛毒を含む魔獣の血が、紫色の雲となってあたりに立ち込める。


 触れただけで皮膚が腐り、一息で絶命するほどの有毒ガス。


 しかし、そのガスも、オリーが使用した風の精霊魔法によって、文字通り雲散霧消した。


 首を切断された大トカゲが、その場にどうっと崩れ落ちる。


 しかし、マールは荒くなった呼吸を整えると、崩れ落ちた巨体を一顧だにすることなく、すぐにオリーの方へ目を向けた。






みんなは!?」


「絶賛戦闘中。あたしが風魔法で速度上げてるけど、やばいんじゃないかな、あれ。」


 風の流れを操り続けるオリーの額には、うっすらと汗が滲んでいる。


 オリーの言う通り、船員たちの操る船は多くの魔獣たちに今にも追いつかれようとしていた。


 砂漠大アリの大群は、船員たちの撒いた虫除けによって、そのほとんどが動けなくなっている。


 しかし、残った魔獣たちは執拗に船を追いかけていた。


 その様子を見たマールは、驚きに目を見開いた。






「(砂漠大アリの天敵である大サソリが、好物のアリたちに目もくれず、一緒に行動するなんて・・・! それに、違う種類の魔獣たちが、まるで連携し合うように船を追い込んでいる? 一体どういうことなの?)」


 偶然では絶対に起こり得ない事態に、マールは困惑する。


 しかし彼女はすぐに気持ちを切り替え、オリーに「行くよ」とだけ、声を掛けて駆け出した。


 音高く吹いた彼女の指笛が、砂海にこだまする。


 その笛に反応した船員は、甲板の待機所に繋いでいた騎鳥の綱を断ち切った。


 すると自由になった騎鳥はたちまち、愛しい主めがけて船を飛び出していった。


 群がる魔獣を器用に避けながら、騎鳥はマールの元へ一目散に駆けていく。






「おいで、相棒アシュクム!」


 騎鳥はマールの後ろへ通り過ぎると、急旋回して彼女と並走し始めた。


 マールは並走する騎鳥の手綱を掴んでひらりと飛び乗った。


 そして直ぐ側にいたオリーの手を掴んで、自分の鞍の後ろに引っ張り上げた。


 すぐに、マールは騎鳥を船に向かわせる。


 彼女の姿に気づいた副長のザッパは、その隆々とした腕を大きく振り上げた。






「船長! すげえ魔獣の数です! キリがありませんぜ!」


「全速前進! 村から魔獣を引き離しな! 虫除けは!?」


「とっくの昔に、使い切っちまいました!!」


「了解した! 手の空いた連中全員で迎撃するんだ! あたしも援護する!」


「了解です! 船長、ご武運を!!」


 ザッパの言葉に、マールは細曲刀を高々と掲げた。






「虫けらども、覚悟しな! このあたしが一匹残らず焼き尽くしてやる!」


 その姿に、男たちが歓呼の声を上げた。


「うおおお、激アツだぜ姉御ぉ!!」


「俺たちも負けてられねえ! 船倉にある鋲弾、ありったけ持ってこい! ぶっ放しまくるぞ!!」


「負傷したやつは、こっちで休んでろ! もし死んだりしたら、姉御に殺されるぞ!!」


 そんなくだらない軽口に、男たちは声をあげて笑う。


 命の危機に晒され、冷え切っていた彼らの心に、再び闘志が燃え上がった。






 船員たちの様子を見たマールは安心したように頷いた。


 そして赤い髪を翻し、自分の後ろに座る妖精娘に声をかけた。


「今度は虫退治だよ、オリー!! しっかり働きな!」


「えー、あたしもう疲れたちゃったよー。」


 その言葉とは裏腹に、オリーはその正確無比な射撃で魔獣たちを次々と仕留めていく。


 激しく揺れる鞍上にもかかわらず、彼女の弓筋はいささかもぶれることはなかった。


 船を襲っていた魔獣たちは、マールたちを脅威として捉え、攻撃目標を変えた。


「さあ、近づいてきな!」


 魔獣の注意を引きつけることに成功したマールは、さらに挑発するように相棒アシュクムを縦横無尽に駆けさせた。


 狙い通り、半分以上の魔獣たちは船から引き剥がされ、マールを追ってくる。






「あとは頼んだよ!」


 魔獣たちを十分に引きつけたところで、マールは相棒アシュクムから飛び降り、手綱をオリーに託した。


 魔獣から離れていくオリーを尻目に、魔獣たちへと突貫するマール。


 やがて動きを止めた彼女に、巨大な魔獣たちが迫る。


 離れた場所で魔獣を引きつける主を案し、相棒アシュクムが「くえぇ」と小さく鳴いた。


 オリーは片手で騎鳥の首を軽く叩いて、甘えん坊の雄鳥を宥めた。


「心配しなさんなって。離れてないと、あんたまで焼き鳥になっちゃうんだからさ。」


 そんな風に軽口を叩きながら、やはり彼女も、マールから決して目を離そうとはしなかった。






 茫漠とした砂の海。


 その中で一人、魔獣に囲まれるマール。


 彼女の赤い髪が、再び燐光を放つ。


 それに応えるかのように、天に向かって掲げられた赤い刀身はその輝きを増していった。


 魔獣たちはその輝きを見てますます興奮し、彼女の下へと殺到していく。


 彼女の胸の奥から炎のように魔力が湧き上がる。


 やがてそれは現実の炎となって、彼女の身体を包み込んだ。


 炎の熱に、赤い輝きに。


 陶然となりながら、彼女は不敵に微笑む。


「さあ、切り札だ! 出し惜しみはしない! 思う存分、あたしの魔力を喰らいな! 滾れ!!〈火蜥蜴の暴炎サラマンドラランペイジ〉!」


 解き放たれた火蜥蜴の、声なき歓喜の叫びが響く。


 直後、砂海に巨大な炎の華が咲き誇った。

お読みいただき、ありがとうございました。

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