69 迎撃準備
なかなか日常パートに戻れません。
【大陸歴1415年9月1日 夜明け直後】
〈十四郎視点〉
ようやく拠点に辿り着いた俺は、建築アイコンで外壁に穴を開けて中に入った。
視界内に表示された時刻表示を見る。
俺がミニピラミッドを離れてから、すでにおよそ10分が経過していた。
「ユーリィ!!」
パトラとともに広場に駆けつけた俺の目に飛び込んできたのは、ボロボロになって横たわるユーリィの姿だった。
彼女は完全に意識を失っていた。
全身傷だらけで、素肌が見えないほど血に塗れている。
特に左腕は、前腕部があらぬ方向に折れ曲がり、ひどく腫れ上がっていた。
白蝋のように生気のない顔をしたユーリィ。
その傍らには、フーリアちゃんが膝をつき、ユーリィの胸に両手を押し当てている。
彼女自身も酷い顔色をしながら、懸命に祈りを捧げている。その手からは、魔法の光が漏れ出していた。
回復魔法を使っているのだろう。でも、漏れ出た魔法の光は弱々しく、すぐに消えてしまう。
何度祈りをやり直しても、魔法は発動しない。おそらく、もうmpが残っていないからだ。
女性たちは、心配そうに2人を見守っていた。
その中の一人、フーリアちゃんの正面に座りユーリィの名前を必死に呼んでいる女性が、俺とパトラに気づいた。
彼女はすぐに立ち上がり、俺の方へ駆け寄ってきた。
「御使い様、どうかユーリィをお救いください!」
ユーリィの実母であるユミナさんは、砂の積もった石畳の上に身体を投げ出して、そう懇願した。
彼女の唇の端には、血が滲んでいる。心配のあまり、噛み締めていたのだろう。
彼女の悲痛な表情を見て、胸が潰れるような痛みを感じた。
『領域内の人間を吸収しました。合計64500DP及び以下の素材を獲得しました。』
『成人の人骨×40』
『砂漠走鳥×40』
『鉄製の刀剣類×115』
『麻製の衣服×40』
『騎乗用装具×40』
『銅貨×8234』
『銀貨×5220』
『貴金属の装身具×15』
『敏捷の腕輪×1』
『腕力増強の護符×1』
『低級回復薬×12』
『中級回復薬×2』
『回避の短剣×1』
『迷宮核が吸収した人間の魂が規定量を超えました。複合魔獣の召喚が可能になりました。』
『迷宮レベルが上昇しました。迷宮領域設置上限が2500エリアになりました。』
『迷宮領域周辺にいた人間の集団が退去しました。召喚魔獣による追跡を中断しました。』
ユミナさんの血を吐くような声に、ナビさんの冷静なアナウンスが重なる。
こんなときにすら、報告するのかよ!
ナビさんは全然悪くないのに、俺はつい、やり場のない思いを抱いてしまった。
悪いのは全部、油断していた俺なのに。
直後、例えようもない充足感とともに、胸の悪くなるような感覚が俺を襲った。
胸の奥からこみ上げてくるそれは、脂っこい極上の料理を食べ過ぎた後の感じによく似ている。
一瞬、目の前が赤く濁り、世界がぐらりと揺れたような気がした。
この世界に来て以来、初めて味わった感覚。なんなんだ、これは。
原因を探るため、今すぐにでもステータスを確認したいところ。
だが、今の最優先はユーリィの命だ。
彼女の顔は土気色に変わり、浅い呼吸を繰り返している。
しかも、それは次第に弱く細くなりつつあった。
俺はすぐに、ナビさんにユーリィを回復してくれるよう頼んだ。
『守護者の肉体の損傷を回復させるためには、80000DPが必要です。迷宮核を維持する魔力が枯渇する恐れがありますが、本当に実行してよろしいですか?』
いつもの確認メッセージがもどかしく感じるほど、食い気味でナビさんに「YES」と応える。
直後、ユーリィの身体がふわりと浮き上がり、金色の光に包まれた。
「奇跡だ・・・!」
驚きに目を見張る女性たちの前で、ユーリィの傷が動画を逆再生するみたいに消えていく。
光が消え、再び地面に横たわったとき、ユーリィは安らかな寝息を立てていた。
身体中の傷や血もすべて無くなっている。
さっきまでのケガが、まるで嘘みたいだ。
「ユーリィ、よかった・・・。」
ユーリィの様子を確認したフーリアちゃんは、その場に崩れ落ちてそのまま意識を失った。
彼女の顔色もかなり酷い。
でも、幸いなことに、命に別状はなさそうだ。
フーリアちゃんがいなかったら、俺が来る前にユーリィは死んでしまっていたかもしれない。
俺は心底ゾッとするとともに、フーリアちゃんに心からの感謝を抱いた。
「主様、襲撃してきた者たちが逃げていくのを確認しました。追跡いたしますか?」
パトラは、分身体を使って船長たちの様子を探ってくれていた。
でも、俺はその申し出を断った。
「いや、逃げていったのなら問題ない。パトラの巣も空っぽだろ? ここにいる兵士たちを戻して、自分の身を守ってくれ。」
追えるものなら追いたい。でも、パトラは今、かなり無理して、巣を守る兵たちをこの拠点の防衛に充ててくれている。
これ以上、無理をさせるわけにはいかないな。
今のように、今回の戦いの様子を、パトラはずっと俺に知らせてくれていた。
ユーリィとパトラたちの懸命の奮闘のおかげで、船長を撃退できたことも、すでに教えてもらっている。
広場に散乱する魔獣の残骸。
建物に残る焼け焦げの跡。
そして、瀕死の重症を負ったユーリィの姿。
それらすべてが、どんなに激しい戦いだったのかを雄弁に物語っていた。
ユミナさんたちが、眠っているユーリィと気絶したフーリアちゃんを建物内に運んでくれた。
建物の入口からは、子どもたちが心配そうにその様子を見つめている。
その頬には、涙の跡がくっきりと残っていた。かなり怖い思いをさせてしまったようだ。
それでも泣き声も立てず、健気に振る舞う様子に、俺の胸がずきりと痛んだ。
俺は2人をユミナさんたちに任せ、パトラとともに被害の状況を確認しにいった。
今回は、あの船長に完全にしてやられた。
こちらの警戒が薄くなる夜明け前。
しかも主力部隊と俺が集落を離れた僅かな隙を突いて、奇襲をかけられたのだ。
集落内の守備隊として配置していた魔獣は全滅。
パトラの出してくれた援軍もアリ兵士の一部を除いて、すべて倒されてしまった。
襲撃が始まってから、船長たちが撤退するまで、おそらく10分とかかっていないはず。
それなのに、これだけの被害を出されたことに心底驚かされる。
あと、1〜2分、到着が遅れていたら・・・。
そう考えただけで、胸が張り裂けそうなほどの痛みを感じる。
本当に、主力が到着するまで、ユーリィたちだけでよく持ちこたえられたものだ。
もしかしたら、あの船長がまたすぐに戻ってくるかもしれない。
可能であれば出来るだけ早く、魔獣を補充したいところだ。
けど俺のmpは、さっきユーリィを治療したことで、もうすっかり無くなった。
ここ数日で貯めておいた分と、今回の戦いで得た分のほとんどを費やしてしまったらしい。
あのとき、ナビさんの言葉をちゃんと確認しないままだったけど、ユーリィがちゃんと助かって本当によかった。
今現在のmpは、5000に満たない。拠点防衛用の自動人形を、ギリギリ4体召喚できるかどうか。
正直、かなり心許ない。
一日かけてモブ魔獣を狩る分と、自然回復分を合わせれば、夜までにはおそらく10000前後は回復するはず。
それまでは、残存戦力で持ちこたえるしかない。
大イカ・アリ太郎たち4部隊に加え、大サソリ・スナザメを中心とした夜間部隊、それに赤犬・ニート大トカゲの遊撃部隊は、ほとんどそっくり残っている。
対して、拠点内の守備隊は壊滅。仕掛けてあった罠も、補充や修理が必要な状態だ。
外壁を越えて侵入されたらかなりマズイ。
だから、集落に接近させず、外壁の外で撃退することに全力を注ぐことにしよう。
もちろん一番いいのは、守備隊を呼び出せるようになるまで、あの船長がやってこないことだ。
どうか戻ってきませんように。
しかし、そんな俺の願いを打ち砕くかのように、けたたましい警報音が脳内に響いた。
『人間の集団が、迷宮領域に接近しつつあります。速やかに迷宮核を退避させ、守護者を迎撃に向かわせてください。』
ナビさんが、敵の来訪を知らせる。
言葉の意味は分からなくても、もう何度も聞いているから、内容はすぐに察することができた。
あの船長が戻ってきたのだ。
嫌なフラグを早速回収してしまった。
くそっ、本当にこの世界の制作者は、性格が悪い。
しかし、考えようによっては、ユーリィたちをいじめてくれた借りを返すチャンスかもしれない。
今度はニート大トカゲを始めとする、主力部隊があるのだ。
俺がユーリィに代わって、あの船長の息の根を止める。
そして、後顧の憂い断つとしよう。
「私の兵たちもお手伝いいたします、主様。」
「さっきと言うことが違うけど、そうしてもらえると助かる。よろしく頼むよ、パトラ。」
「お任せください!」
パトラは触覚をフルフルと震わせた。
かなりやる気になっているようだ。
もしかしたら彼女なりに、ユーリィたちが傷つけられたことを怒っているのかもしれない。
ユーリィとフーリアちゃんは、まだ眠っている。
頑張った2人には、今はゆっくり休んでほしい。
俺は襲撃者を撃退するべく、パトラとともに外壁へと向かった。
お読みいただき、ありがとうございました。




