67 薄明の死闘 後編
今日はお出かけしたので、読み返す時間がありませんでした。後で少し修正するかもしれません。あと、大判焼きが美味しかったです。
【大陸歴1415年9月1日 夜明け】
〈バグラ視点〉
上空から襲い来る必殺の刃。
意識だけが加速する世界の中で、ユーリィがコマ送りのようにゆっくりと動く。
何の感情も宿っていない無機質な瞳。
そして、その瞳に映る自分の姿。
刹那の間に、彼はそれをはっきりと見た。
こんな人形みたいなガキに・・俺を殺らせるかよ!!
「うおおおおおっ!!」
彼の雄叫びとともに、世界が再び動き出す。
バグラは真っ直ぐに曲刀を突き出した。
だが、すでに間合いは詰まりきっている。
今さら防御に回る余裕はない。
このままでは、致命傷。よくて相打ち。
そう覚悟を決めた、その瞬間だった。
何の前触れもなく、空中にいたユーリィの小さな身体が、横ざまに弾き飛ばされた。
建物の壁に叩きつけられ、完全に意識を失う。
そして、糸の切れた人形のように、石畳に溜まった砂の上へ投げ出され、ぴくりとも動かなくなった。
何が起きたのか理解できず、バグラは咄嗟に周囲を見回す。
その視界に映ったのは、オルワだった。
胸の前で組まれた両手の隙間から、淡い金色の光がこぼれている。
先ほどユーリィに向かって放たれた〈太陽神の鉄槌〉の残光だった。
「邪魔すんじゃねえ!! ブッ殺すぞ!!」
勝負に水を差された苛立ちを、そのまま怒声に変えて彼女に叩きつける。
だが、オルワは何の感情も浮かべない。
ただ淡々とそこに立っているだけだ。
バグラは盛大に舌打ちすると、興味を失ったように視線を外し、倒れ伏すユーリィへと向き直った。
気絶したユーリィの傍らに、フーリアが膝をついていた。
彼女は必死に回復魔法を行使し、ユーリィの身体に手を当てている。
だが、全身に及んだ傷はあまりにも深い。
彼女が限界まで魔力を絞り出しても、完全に回復させることは叶わなかった。
近づいてくる気配に気づき、フーリアはユーリィを庇うように立ち上がる。
だが、次の瞬間、足元が大きく揺らいだ。
魔力枯渇による激しいめまい。
頭痛と吐き気が、一気に押し寄せる。
それでも彼女は歯を食いしばり、倒れるまいと踏みとどまった。
「この子には・・触れさせない!」
蒼白な顔でこちらを睨みつけるフーリア。
その様子を見たバグラは、石畳へ唾を吐き捨てた。
これまでに何度も見てきた光景だ。
何の力もないくせに、守るだの何だのと口だけは達者な虫けらども。
力なき者は奪われる。
それが、この砂海における唯一絶対の掟だ。
それを理解しない、いや、理解しようともしない連中を、バグラは心底嫌い、憎んでいた。
「触れさせないだと? 上等だ。なら、やってみせろ。お前に出来るもんならなあ!」
ふらつく身体を呈して幼馴染をかばう少女を、バグラは怒りに任せて恫喝する。
魔獣をも怯ませるバグラの覇気をまともに受け、フーリアはビクリと体を震わせた。
しかし、彼女の信仰とユーリィへの思いが、彼女を持ちこたえさせた。
「あなたはなぜ、こんなにも私たちから奪おうとするの? 私たちが何をしたというの?」
「・・・ほう。」
自分の恫喝を受け止め、あまつさえ反問を投げかけてきたフーリアに、バグラは僅かに目を細めた。
この娘は弱者。だが、決して弱くはない。
彼は愛用の曲刀の切先を、フーリアの首筋に押し当てながら、彼女に言った。
「奪って何が悪い。奪われたくねえなら、奪われねえ強さを持て。それができねえなら、砂に食われる覚悟をしろ。俺はただ、その順番を早めてやってるだけだ。」
切先の触れたフーリアの肌から薄く血が滲み、彼女の衣に赤い花が広がった。
しかし、フーリアは湧き上がる恐怖を必死に抑え込みながら、バグラの目を真っ直ぐに見返した。
「弱い者は奪われる。この砂海では、あなたのその理屈が通ってしまうことを、私は知っています。それでも。」
彼女とて厳しい砂海で生きる民の一人。
バグラの言葉の重みは、身に染みて知っている。
「それでも、私はそれが正しいことだとは思いません。」
静かだが、揺るぎない言葉。
厳しい世界だからこそ、身を寄せ合い助け合って生きる砂漠の民としての矜持が、そこには込められていた。
震える声でそう言いきった少女から、バグラはすっと曲刀の切先を離した。
そして、戸惑うフーリアを前に高笑いした彼は、吐き捨てるように言った。
「虫けらの戯言だ。」
やがて、傭兵たちが二人を取り囲む。
彼らの傷はすでに、オルワの範囲回復魔法によって癒されていた。
ただし、死んだ者だけは戻らない。
彼女の神聖力をもってしても、死者を蘇らせることはできないのだ。
戦いを終えたばかりの男たちの瞳は、殺戮の興奮と略奪への欲望によって、凶悪な輝きを放っている。
その様子を見て、バグラは歪んだ笑みを浮かべた。
そうだ。俺たちの略奪は、こうでなくちゃならねえ。
「おい、てめえら。お楽しみの時間だ。」
歯をむき出して笑いながら命じる。
「あの娘を押さえつけろ。殺すんじゃねえぞ。赤い毛皮の娘を切り刻むところを、じっくり見せてやる。そのあとは・・・そうだな、お前らの好きにしろ。」
血に飢えた視線が、一斉にフーリアへ向けられる。
その瞬間、彼女は自分に待ち受ける末路をはっきりと理解した。
恐ろしい。
今すぐにでも、この激しい頭痛とめまいに身を任せ、意識を手放してしまいたい。
震える胸の内側から、そんな声が響いてくる。
それでもフーリアは、そのすべてを噛み潰した。
気絶したユーリィを庇うように、大きく両手を広げる。
その手には、何の武器もない。
ユーリィの短剣を探したが、どこにも見当たらなかった。
胸当てや小盾とともに、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せている。
震える両手を広げて、ユーリィを必死にかばう彼女を、砂賊たちはせせら笑った。
「ひひひ、見ろよ、健気なもんだ。泣かせるねぇ。」
「あの娘、女僧侶だぞ。」
「そいつぁ楽しみだ。女僧侶は、最後まで抵抗するからなあ。」
「なあ、賭けをしようや。あの娘に一番最初に殺してくれって言わせた奴が勝ちってのはどうだ?」
下卑た笑いを浮かべながら、男たちが迫ってくる。
そんな男たちを、フーリアは力を込めて睨み返した。
簡単に死ぬものか。引っ掻いて、噛みついて、最後の最後まであがいてやる。
彼女の抵抗など、たかが知れている。
たとえ生命を賭けたとしても、死を迎える時をほんの一瞬、引き伸ばせるに過ぎない。
それでも彼女は、その一瞬のために生命を捨てる覚悟を決めた。なぜなら。
御使い様は必ず助けに来てくださる。
だから、今は一瞬でも、時間を稼ぐんだ。
ついに男たちは、彼女の眼前に至った。
男たちの身体から立ち上る、むせ返る血と汗の匂いがはっきりと感じられる。
フーリアは、カラカラになった喉を鳴らし、唾を呑み込んだ。
自分を捕まえようと手を伸ばす男の目を、じっと見つめる。
滾る欲望で濁ったその目は、彼女の身体に向けられていた。
油断しきった顔。その指を、噛みちぎってやる。
彼女は覚悟を固め、慎重に間合いを計った。
男の手が彼女に触れようとした、まさにそのとき。
突然、上空から無数の黒い物体が男たちに降り注いだ。
ドズッという重たい音。
目の前の男が動きを止める。
男の胸を貫き、石造りの床に深々と突き刺さった黒い槍。
それを信じられないものを見るような目で見たあと、男は口から血泡を吹いて絶命した。
力を無くした身体が、槍にもたれかかるように地面へ崩れ落ちる。
次々と突き刺さる槍。
バグラは間一髪で回避したが、傭兵の大半がその場で命を落とした。
顔を上げた彼の視界に映ったのは、建物の屋根を埋め尽くす黒い影。
薄明の空を切り抜くように立つそれらは、間髪おかず再び槍を放った。
雨のような投擲に、バグラ一党は後退を余儀なくされる。
そこへ飛び降りてきた影たちは、瞬く間に戦列を築いた。
そろいの短槍と円盾を携えた、黒鎧の戦士たち。
「なんだ、てめえらは!! フラシャール軍の兵隊か!?」
曲刀を構えたバグラの問いかけに応えることなく、戦士たちは前方に槍を構えた。
何の合図もないままに見せた、一糸乱れぬ動き。
相当な練度の高さを感じさせる。
所属は不明。だが、間違いなくどこかの正規軍に違いない。
しかし、昇り始めた朝日が照らした戦士たちの姿を見て、バグラは気がついた。
こいつら、人間じゃねえ。
亜人、いや人型の魔獣か?
「くそっ、あんな連中まで従えてやがんのか!?」
バグラは憎々しげに、ユーリィを睨んだ。
今、彼女はフーリアとともに、槍を持った兵士たちに保護され守られている。
その兵士たちは、黒鎧の戦士とは違い、直立したアリそのもの姿をしていた。
後ろから気配を感じて振り返る。
そこにいたのは、オルワだった。
彼女は目で、泉のある広場の周囲を指し示す。
広場はすでに、槍を持ったアリ兵士たちで完全に包囲されてしまっていた。
その瞬間、バグラは理解した。
奪う者と奪われる者が今、完全に入れ替わったことを。
黒鎧の騎士たちが、整然と突進してくる。
槍を前方に構えた彼らは、鏡に写したように同調した動きで、バグラたちに迫った。
生き残るためには、ここを突破するしかない。
「てめえら、オルワを守れ!」
バグラは生き残った傭兵たちの先陣を切って、槍衾の内側へ飛び込んだ。
繰り出された槍を強引に掻い潜り、戦士に肉薄する。
大きく振るった曲刀。
ガンという硬い金属音とともに、戦士の一体は一刀で斬り伏せられた。
黒い鎧のような外骨格は、見た目通りかなりの硬度。
並の剣ならある程度、跳ね返してしまうほどの強さ。
しかしそれも、バグラの並外れた膂力の前には、意味をなさない。
身体を両断された戦士が、金色の体液を噴き上げながら崩れ落ちる。
「舐めるなよ、虫けらが!」
槍を繰り出した別の戦士を、返す刀で斬り捨てながら、バグラは叫んだ。
直後、その一体の身体を貫いて、背後から槍が繰り出される。
思いがけない一撃は、バグラの左肩を穿った。
「ぐっ!? こいつ、仲間を囮にしやがったのか!!」
思わず声を上げると同時に、その傷は瞬く間に癒えていった。
時間経過により〈絶対魔法防御の祈り〉の効果が消失したことで、オルワの回復魔法が彼にも及ぶようになったのだ。
更に、バグラと傭兵たちに金色の光が降り注ぐ。
彼女は傭兵たちに守られながら、防御魔法と身体能力を向上させる魔法を同時に発動させた。
直後、立て続けに魔法を使い続けたことによる反動が、彼女を襲う。
彼女の神力は底をついた。だが、それをバグラに知らせるすべはない。
魔力枯渇による激しい頭痛とめまいが彼女を苛む。
貴族時代に身につけた護身術を用い、最低限の動きで彼女は必死に、身を守るために動き続けた。
戦場は乱戦に突入した。
アリ兵士たちの数は多い。しかし、強さはさほどでもない。
厄介なのは黒鎧の戦士たちだ。
一体一体であれば傭兵たちとほぼ同様の強さ。
だが、集団の強みを活かした連携攻撃と、遠距離からの正確無比な投擲は決して侮れない。
逆に言うなら、接敵さえしてしまえばバグラの敵とはなり得ないということだ。
次々に押し寄せてくる黒い戦士たち。
バグラはそれを切り裂きながら、まっすぐに前進した。目標はユーリィただ一人。
戦士と兵士は、あの娘が操っている。ならば、術者を殺してしまえばいい。
単純な理屈だ。彼には勝機がはっきりと見えていた。
あと、あとほんの少し前進すれば!
多少の傷は顧みず、彼は強引に曲刀を振るい続ける。
致命傷こそ受けていないが、すでに全身傷だらけだ。
しかし、彼はオルワの回復魔法を信じて前進する。
彼は、頼みの綱であるオルワの神力が、すでに尽きていることを知らない。
それ故に、目の前にぶら下がる勝利を掴もうと、曲刀を振るい続ける。
そのとき、ポヒュンという間抜けな音が戦場に響いた。
上空に小さく広がった光の花。火の魔石を利用した連絡用花火の閃光だ。
「退却の合図だとっ!?」
それは、アーシと事前に打ち合わせておいたもの。
船団に重大な緊急事態が起こったことを示す合図だった。
たとえ略奪が成功したとしても、船団を失ってしまえば、どうすることもできなくなる。
彼は一瞬躊躇し、ほんの十数歩先に横たわるユーリィを見た。
アリ兵士たちの槍衾で、彼女の身はしっかりと守られていた。
「クソがっ!!」
バグラが吹いた口笛に反応し、南風がどこからともなく現れた。
賢い騎鳥は、建物の起伏を利用し、広場の包囲を一気に飛び越える。
そして周辺の兵士たちを、その鋭い蹴爪で文字通り蹴散らし、愛しい主の直ぐ側に降り立った。
バグラは左腕の鈎を器用に使って手綱を取り、南風に飛び乗った。
そしてオルワの周囲の弱兵たちを蹴散らすと、右腕で彼女の腰を抱え、南風の鞍へと強引に引き上げた。
「悪いな、おめえら。俺たちが逃げる時間を稼いでくれ。」
「ま、待てよ! 俺達も連れてってくれ!!」
驚く傭兵たちをその場に残し、バグラは南風と共に包囲を突破した。
傭兵たちの悲鳴と怨嗟の声が、薄明の広場にこだまする。
彼はそれを一顧だにすることなく、外壁を目指してかつての隠れ家を駆け抜けた。
お読みいただき、ありがとうございました。




