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66 薄明の死闘 前編

 戦闘シーンてちょっと苦手です。上手く書けるようにいろいろ練習しています。よかったらご指摘いただけるとありがたいです。

【大陸歴1415年9月1日 夜明け】


〈バグラ視点〉


 薄明の地平線の向こうに、ようやく太陽がじわじわと姿を見せ始めた。


 真っ直ぐに差し込む光が、戦場となった中央広場に、濃く長い影を落とす。


 攻め手と守り手。


 広場のすぐそばに建つ石造りの家の前、対峙した2組は、油断なく相手を見つめ合っている。


「お前ら、周りを囲め。こいつを逃がすんじゃねえぞ。」


 ユーリィから目を離さぬまま言ったバグラの言葉に従い、男たちが散開する。


 ユーリィもまた、バグラの動きをじっと見つめたまま、背後のフーリアに言葉をかけた。


「フーリアおねえちゃん、母さんたちをお願い。」


「いいえ、私も戦う! 女神シャーレよ、心正しき下僕しもべに御力をお貸しください! 〈シャーレ神の祝福ブレスオブシャーレ〉!」


 フーリアの祈りに応じるように、白い光が生じ、ユーリィの身体を包み込んだ。


 身体能力を僅かに底上げする加護を受けたユーリィは、光り輝く魔法の短剣を構え、バグラを真っ直ぐに睨み返す。


「今度こそ、あたしが倒す!」


 その決意を嘲るかのように、バグラは口元を歪め、見下すような視線を向けた。


 ユーリィは目の前の敵に意識を集中させており、周囲にまで注意を払う余裕がない。


 それに対し、数歩後方に立つフーリアには、戦場全体の様子がよく見えていた。






 僅かに残った人形たちが侵入者を食い止めようと押し寄せる。


 しかし、建物を囲む砂賊たちによって、次々と破壊されていく。


 味方は確実に減り、包囲は徐々に狭まっていた。


 その光景を目の当たりにし、フーリアは込み上げてきた苦い唾を、喉の奥で飲み込む。


 男たちの目に浮かんだ残虐な欲望の色。


 それを見た瞬間、彼女の脳裏に、かつての記憶が鮮明によみがえった。


 家族を殺され、抵抗も許されぬまま船倉に押し込まれた、あの夜の恐怖と絶望。


 膝が震え、身体が強張る。


 それでもフーリアは、胸の前で両手を組み、必死に祈った。


 指が白くなるほど強く握りしめると、足元から温かな力が立ち昇ってくるのを感じ、荒れていた心が、次第に静まっていく。






 ここで負ければ、もう終わりだ。あの男は、私たちを皆殺しにするだろう。


 仮に生き延びたとしても、死んだほうがマシだと思うような運命が待っているだけだ。


 無理矢理、故郷から引き離された、あの時のように。


 ならば、全力で抗うしかない。


 私に力を授けてくださったシャーレ様のお導きに、身を委ねるだけ。


 ただ一つ、胸に残るのは、たった一人生き残った幼い弟のこと。


 私がここで死んでも、どうかあの子にだけは・・・せめて、苦しみの少ない終わりがありますように。


 祈りと覚悟によって、フーリアの心は完全に凪いだ。


 耳の奥でどくどくと脈打つ鼓動を聞きながら、彼女は最後の戦いの火蓋が切られる瞬間を、静かに待った。






 先に動いたのはユーリィだった。


 短剣を構え、身体を低く沈めながら、バグラの死角へ潜り込もうとする。


 幼い少女とは思えぬ洗練された動きに、バグラは僅かに目を細めた。


 数ヶ月前とは比べものにならない。


 ユーリィの体捌きは、確実に研ぎ澄まされていた。

 

「ふん、ちっとはマシな動きになったじゃねえか」


 仁王立ちのまま睥睨していたバグラが、僅かに左足を引く。


 右手には曲刀。左腕の先には、獲物を引き裂くための鋭い鈎。


 自然体に見えて、その構えにはまるで隙がない。






 ユーリィは正面から踏み込み、意図的に彼の左側へ大きく動く。


 ・・来る!


 そう思わせた瞬間、間合いの外で素早くステップを踏み替え、今度は右脚側へと一気に飛び込んだ。


 身体を地面すれすれまで沈め、短剣を鋭く振り上げる。


 身長差を活かした、右大腿部への一撃。


 革鎧の隙間、内腿。太い血管の走る急所を正確に狙った、渾身の斬撃だった。






 並の戦士であれば、避けきれなかっただろう。


 だが、バグラは歴戦の強者つわもの。その実力は凡百のそれと比べるべくもない。


「まだまだだ!!」


 相手の動きを読み切ったうえで、ほぼ反射的に放たれた左足の蹴り。


 予備動作のない一撃が、ユーリィの横腹を正確に捉えた。


 少女の身体は宙を舞い、砂レンガの床に激しく叩きつけられる。


 朦朧とする意識の中で、ユーリィは必死に立ち上がろうともがいた。


 しかしバグラがその隙を逃すはずもない。彼は強く地面を蹴り、一気に距離を詰めた。






 今だ!


 フーリアは、目にも止まらぬ攻防始まった直後から編み上げていた詠唱をようやく完了させ、狙いすました一撃をバグラに向けて放った。


「砂漠を汚す者の足を捕らえ給え!〈砂沈みサンド・デント〉!」


 だが、何も起こらない。


 フーリアは愕然とし、思わず祈りを捧げる自分の手に目を落とした。


 本来であれば、足元の砂地が崩れ、突然生じた窪みによって、バグラは体勢を崩していたはずだった。


 しかし、魔法は、完全に打ち消されていた。


 それは、オルワが施した〈絶対魔法防御の祈り〉。


 一定時間、あらゆる属性魔法の干渉を拒絶する、強力な防護の効果が、なおも継続していたからだ。


 当然、その事実をフーリアは知らない。


「ユーリィ!」


 咄嗟に、彼女は前へと飛び出した。


 ふらつく幼馴染の前に立ち、我が身を盾にしようとする。


 だが、バグラの動きはそれを遥かに上回っていた。


「死ね。」


 横ざまに振るわれた曲刀が、ユーリィの首を刎ねる未来を、フーリアは幻視する。


 悲鳴が、喉から零れ落ちた。






 しかし、バグラの曲刀はユーリィに届かなかった。


 常識では考えられない速度で突き出された彼女の小盾が、バグラの必殺の一撃を正面から弾き返したのだ。


 カン、という乾いた金属音。


 それと同時に、ユーリィの左腕から、ボキリと嫌な音が響いた。


 盾越しに伝わった衝撃は、確実に彼女の骨を砕いていた。


 本来なら、その場で動けなくなってもおかしくはない。


 だが、ユーリィは一切よろめかなかった。


  思わぬ力強さで押し戻され、バグラはたたらを踏んで後退する。


 続けざまに放たれた短剣を、彼は紙一重で躱した。






 攻撃が止まらない。


 別人のような鋭さで、ユーリィは間断なく攻撃を繰り出してくる。


 速さも、重さも、先ほどまでとは明らかに質が違っていた。


 人間の動きじゃねえ。


 バグラの脳裏を、そんな言葉がよぎる。


 ユーリィの身体は、明らかに限界を越えていた。


 手足の骨や筋肉は、攻撃のたびに悲鳴を上げ、破壊されているはずだ。


 それでも、彼女は止まらない。


 痛みを感じていないのか。


 それとも、感じるという機能そのものが、どこかへ消えてしまったのか。


 ユーリィの顔には、感情がなかった。


 恐怖も、怒りも、覚悟すらもない。


 まるで、意思を持たない人形が、与えられた命令を忠実に実行しているかのようだった。






 目の前で繰り広げられるユーリィの凄まじい動きに押され、フーリアはその場で立ち止まった。


 だが、すぐに我に返り、祈りの姿勢を取った。


 彼女の目にも、ユーリィが尋常でない状態にあることは明らかだった。


 このままじゃ、持たない。


 回復魔法を胸の奥で練り上げながら、フーリアは強く唇を噛んだ。






「なんなんだ、こいつはっ!?」


 完全に防戦に追い込まれたバグラが、苛立ちを隠さず叫ぶ。


 彼は反撃の糸口を掴むため、やや強引にユーリィの短剣を受けにいった。


 左腕の鈎で刃を絡め取る。


 だが、ずしりとした重みが伝わり、思わず体勢を崩した。


 止めきれなかった刃が、左脚を裂く。


 鮮血が噴き出し、砂埃に赤い飛沫が混じった。


 それでも、その一瞬で得た猶予が、戦況を分けた。


 ユーリィの連続攻撃に、僅かな隙が生まれたのだ。







「なめるなよ、ガキが!!」


 バグラは後ろに引いた右脚を踏みしめ、低い位置にあるユーリィの肩口目掛けて、曲刀を振り下ろした。


 ユーリィはましらのように身体を折り畳み、後方へ跳ねる。


 だが、狙い澄ました一撃を完全に躱すことはできなかった。


 曲刀の切先が、彼女の左鎖骨をかすめる。


 致命傷ではない。


 だが、骨を断たれた左腕は力を失い、小盾がだらりと垂れ下がった。






 傷口から、激しく血が溢れ出す。


 これで終わりだ。


 そう確信したバグラは、ユーリィの顔を覗き込んだ。

 苦痛に歪む表情を、恐怖に染まる瞳を、見るために。


 しかし。


 彼女の目を見た瞬間、彼は途端に全身の毛をざわりと逆立てた。


 光を失った瞳。そこにあったのは、感情の欠片もない、完全な空虚。


 痛みもない。


 恐怖もない。


 生への執着すら、感じられない。


 ただただ、無感情に自分を殺そうとするモノ。


 違う。こいつは、人間じゃねえ。


 理解不能なモノを前にしたことで生じた混乱が、刹那、バグラの思考を奪った。






「!? どこ行きやがった!?」


 彼の視界から、ユーリィは一瞬のうちに消え去っていた。


 慌てて周囲を見回した、その瞬間。


 頭上に、影が落ちた。


 広場を囲む建物の壁を蹴り、ユーリィは天井のない空間を利用して、音もなく跳躍していた。






 破壊された身体を顧みない、必殺にして捨て身の一撃。


 バグラの頭上に、魔獣の甲殻を容易く断ち切る刃が迫る。


 やばい。


 避けるか。


 いや、間に合わねえ。


 一瞬が永遠にも感じられる時間の中で、バグラは必死に思考を駆け巡らせた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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