64 最悪のタイミング
今回は導入回なので、いつもより少し短めです。
【大陸歴1415年9月1日 夜明け直前】
〈十四郎視点〉
夜明け前の地下遺跡の祭壇には、凍りつきそうなほど、寒々とした空気が満ちている。
そんな空気を切り裂くように、召喚された白い霊体が、獲物を求めて怨嗟の声を上げた。
しかし、冷たい石の床に立つ美しい自動人形はその声に動じることもなく、目の前の霊体に向けて、魔力で出来た光の槍を放った。
槍に胸を貫かれた霊体は、苦悶の表情を浮かべながら、光の粒となって消えていった。
「やはり襲いかかってきましたね、主様。」
「ああ、予想通りだな。こいつを拠点の防衛に使うのは、無理そうだ。」
俺が魔法陣で呼び出した白い霊体は、俺の命令をまったく無視して、パトラに襲いかかっていった。
すぐ近くに俺や自動人形がいたにもかかわらず、そっちには目もくれず、パトラにだけ向かっていったのだ。
どうやら不死系の魔獣たちは、生きている相手を優先して狙うように設定されているらしい。
こいつらには物理攻撃が効かない。有効に活用できたら、拠点のよい守り手になると期待したのだけど。
でも、この設定があるのでは、危なくて拠点では使えない。
守るはずのユーリィたちに襲いかかったら、元も子もないからな。
あらかじめ、地下みたいなところに閉じ込めて置いて、敵が来たときだけぶつけようとも考えた。
けど、壁をすり抜けちゃうんだよね、こいつら。
何らかの方法で、俺が制御ができるようにならない限り、拠点での運用は諦めたほうが良さそうだ。
せいぜいフーリアちゃんを鍛える相手として使うくらいだろうか?
「霊体の方はうまくいきませんでしたが、魔獣をこちらに引き寄せる実験の方はうまくいきましたね。」
俺ががっかりしてるのを読み取ったパトラが、そう言って俺を慰めてくれた。
こういう人の優しさって、心に染みるよね。パトラ、人じゃないけど。
「確かに、そっちの方はうまく行ったな。これで、少しでもユーリィたちの危険を減らせたらいいんだけど。」
俺の言葉に、パトラが小さく頷く。
彼女の仕草は、だんだん人間らしくなってきている気がする。
彼女の学習能力と適応力はハンパない。ユーリィたちの様子を見て、学習しているのかもしれないな。
パトラの言っていた「魔獣を引き寄せる実験」というのは、拠点ではなくこのミニピラミッドに魔獣を引き寄せる実験のことだ。
3日前、ユーリィとパトラから「ハゲワシの魔獣たちが、俺を追って遺跡に入ろうとしていた」と聞いて、俺はあることを思いついた。
敵の魔獣たちは、俺にもユーリィたちにも襲いかかってくる。
でも、どちらかといえば、俺の方を狙ってくることが多い。
ならば、俺がユーリィたちから離れていれば、拠点から魔獣を引き離せるのではないか?
そう考えた俺は、昨晩ずっとこの遺跡に籠って過ごした。
結果、敵の魔獣たちはユーリィたちのいる拠点ではなく、こっちの遺跡の方に集まってきていた。
俺の予想は正しかったのだ。
しかし、まだそれが完全に確かめられたわけではない。夜は魔獣の襲撃がそれほど多くないからだ。
襲撃の本番は、夜が明けてからになる。だから、これから昼にかけてもう少し検証を続けるつもりだ。
今日一日はユーリィたちから離れることになってしまうが、これも今後の攻略に関わる手がかりを得るため。
皆のことがちょっと心配だけど、今は仕方がない。
それに、もしもこれがうまくいったら、俺は今の拠点を離れて、この遺跡を新たな居場所にしようと考えている。
そうなれば当然、ユーリィたちに会う時間は一層少なくなるだろう。
正直寂しい。でも、俺が彼女たちを危険に晒すよりは、この方がずっとマシだ。
「私がお側におります、主様。」
また、パトラが先回りして俺を慰めてくれた。
パトラ、マジ天使。虫だけどね。
今、この遺跡の周囲には、大サソリやニートトカゲたちの『夜間部隊』を配置している。
主力のアリ太郎たちは、夜が苦手だからだ。
近づいてくる敵はさほど多くない。今はそんなザコ敵たちを、領土内でプチプチ潰している状況だ。
領土が拡大したことで、mpの回復量も大きくなった。
mpにだいぶ余裕ができ、拠点防衛用の自動人形や土ゴーレム、ハニワ頭を追加で何体か呼び出すことが出来た。
彼らは現在、アリ太郎部隊とともに拠点で待機中だ。
ちなみに、索敵用にとハゲワシたちも呼び出した。
上空からいち早く魔獣を発見し奇襲攻撃してくれる彼らは、拠点防衛の新たな戦力として大活躍してくれている。
ただ、この時間は拠点の外壁の上で休憩中。彼らは文字通りの鳥目なので、夜が苦手だからだ。
本格的にこのミニピラミッドを居場所にすることになったら、将来的にはここを中心に魔獣の狩場を広げていくつもりだ。
ユーリィたちの生活空間と狩場を分けることのメリットは色々ある。
まずはユーリィたちが安全に過ごせるようになる。
それに加え、今は活躍させにくいニートトカゲや、骸骨、亡霊といった魔獣たちも、少しは運用しやすくなるはずだ。
デメリットは、ユーリィたちの拠点が襲われたとき、俺がすぐ対処できなくなること。
けれど、これはパトラと味方の魔獣たちによる警戒網が完成すれば、やがて解消できるはずだ。
分離案が上手くいったら、ミニピラミッドを更に拡張し、施設内部に魔獣を引き寄せて罠で倒す『魔獣トラップ装置』みたいに出来たらいいな。
そうすればより一層、効率よく魔獣を狩り、領地を拡大することができるだろう。
ただし、今は領土を広げるための立方体を、これ以上置くことが出来ない。
だから、そのアイデアは一時お預け。次にレベルアップした時のお楽しみってやつだな。
ふと視界内の時刻表示を見ると、そろそろ夜が明ける時間になっていた。
ずっと遺跡内部にいたせいで、時間の経過にまったく気づかなかったよ。
太陽が昇れば、敵味方の魔獣たちがより活発に活動し始める。
次のレベルアップを目指して、今日もせっせと魔獣を狩るとしよう。
そのとき、呑気な俺の考えを吹き飛ばすような警告音が、俺の脳内に鳴り響いた。
『迷宮領域に人間の集団が急速接近しています。』
言葉は分からないが、これが敵の接近を知らせる警告だというのは、これまでの経験からもう十分分かっている。
きっとまた、近くに魔獣でも出たのだろう。
・・んーでも、よく聞くと、ナビさんの言葉がいつもとはちょっと違っている気がする?
俺は嫌な予感がして、パトラに目を向けた。
彼女はすぐ俺の意図を読み取り、すぐに答えを返してくれた。
「南の方角から巨大なものが、砂の上を滑るように複数接近して来ているのが見えます。かなりの速度です。」
彼女は索敵のため、俺の領地周辺に分身体を複数配置してくれている。
その一体が捉えた様子を、俺に伝えてくれたのだ。
滑るように接近してくる巨大な影。
その言葉だけで、十分だった。あの船長が再びやってきたに違いない。
「ヤバい敵が来た。パトラ、拠点を守るために力を貸してほしい。」
「もちろんです主様。今、出せる分身体をすぐに向かわせます。」
彼女は快諾してくれた。だが、アリに近い身体を持つ彼女たちにとって、今はまだ活動に不向きな時間帯のはずだ。
俺の主戦力であるアリ太郎たちも、まだ砂の中で休んでいる。
それに、昨晩からの実験のために夜間主力部隊のほとんどはミニピラミッド周辺に配置してあるのだ。
ユーリィたちのいる拠点内には、最低限の防衛部隊しか残っていない。
侵入者対策に罠をもりもりに仕掛けてあるけど、あの船長たち相手に、それがどこまで通じるかはまったくの未知数。
くっそ。せめてもう少し後、太陽が昇り始めていれば、残してある主力のアリ太郎部隊が活躍できるのに。
本当に、最悪のタイミングで来てくれたものだ。
これがこの世界の作者によるものだとしたら、マジで性格悪いぞ、ほんと。
俺はパトラに抱えてもらい、彼女とともに将軍アリに騎乗した。
将軍アリは砂の上を高速移動できるが、太陽が昇る前のこの時間帯は多少速度が落ちる。
おそらく拠点まで10分弱はかかってしまうだろう。
そして今から待機中の主力部隊を動かし、迎撃に向かわせるには、さらに時間を要する。
俺が拠点に戻るまで、どうか無事でいてくれ!
俺は取り返しのつかないことが起きないようにと祈りながら、ずっと先に小さく見える拠点に目を向けた。
青い月の光を反射する拠点の外壁は、今にも消えてしまいそうな蝋燭の炎のように、頼りなく揺らいで見えた。
お読みいただき、ありがとうございました。




