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63 死の幻影

 急に冷え込んできましたね。暦の上では大寒だそうです。皆様、お体にお気をつけください。

【大陸歴1415年8月23日 早朝】


〈十四郎視点〉


 脳内に鳴り響く警告音。


 それが終わらないうちに、広間の隅、薄暗くなっている辺りに、ふわりと白い影が現れた。その数、3体。


 それを見た瞬間、フーリアちゃんはさっとユーリィの前に飛び出して、彼女を守るように身構えた。


「気をつけて! 不死者よ!」


 ここは俺が作った見せかけだけの祭壇のはず。なのに、なんでそれっぽい魔獣が出るんだよ!?






 半透明の白い影の後ろに、俺が適当に描いた壁画や装飾の文様が見える。


 適当に? いや、本当に「適当」だったか?


 この広間を作ったとき、俺はほとんど迷いなくあの文様を描いた。まるで、最初からそれを知っていたみたいに・・・。






 混乱する俺をよそに、白い影はゆらりらりと揺れながら俺たちの方へ迫ってきた。


 近づくにつれて、影の様子がはっきりしてくる。


 そこにいたのは、3人の男の亡霊だった。3人とも、アラビアの人が着るようなゆったりとした衣を纏っている。


 しかし、その衣は無惨に朽ち果てていて、痩せ細った身体がむき出しになっていた。落ち込んだ眼窩には青白い光が浮かんでいる。


 苦悶の表情を浮かべた彼らは、必死に何かを求めるように手を前に突き出し、こちらへ突進してきた。






「いやああああぁあ!!」


 その瞬間、絹を裂くような悲鳴が上がった。


 フーリアちゃんの後ろにいたユーリィは真っ青になって、その場にへたり込むように倒れた。


「お父さん、お兄ちゃん、ごめん、なさい・・。あのとき、助けられ、なくて、本当に、ごめんなさい・・。」


「しっかりしろ、ユーリィ!!」


 俺はユーリィを落ち着かせようと、彼女に声を掛けた。でも、彼女には俺の声も聞こえていないようだ。


「ユーリィ様の思考は完全に混乱してしまっています。あの霊体の精神攻撃によって、死んだ家族の幻影を見ているようです。私も入り込む余地がありません。」


 俺の思考を読んだパトラが、そう伝えてくれた。


 ユーリィは今にも泣きそうな表情でへたり込んだまま、途切れ途切れに言葉を呟くばかり。


 完全に怯えて、混乱状態に陥っている。


 普段、気丈に振る舞っているけれど、時折彼女が悪夢にうなされ、死に別れた家族を思って涙を流していることを俺は知っている。


 彼女にとって、家族の死は深い精神外傷トラウマ。それに触れられる痛みは想像に余りある。


 くっそ! こんな小さい子に、なんてもの見せてくれてんだ!


 俺は彼女が作り物の存在ゲームキャラであることも忘れ、目の前の亡霊たちに激しい憎悪の念を向けた。






 フーリアちゃんは、ユーリィを気にかけながらも、亡霊たちを俺たちに近づけさせまいと必死になっていた。


 右手に祈りの力を集中させ、白い影を捉えようと奮戦している。


 けれど、素早い動きで浮遊する亡霊をなかなか捉えることができずにいた。


 彼女の隙をついて、一体の霊体が俺とユーリィに迫ってきた。


 パトラは槍と盾を構えて、その霊体を迎え撃った。






 パトラの槍が、霊体を正面から貫く。霊体は白い霞が散るように、一瞬その形を崩した。


 しかし、あっという間に元の姿に戻ると、恐ろしい表情でパトラに組み付いていった。


「ぐううっ!!」


 パトラが珍しく声を上げ、その霊体を振りほどこうと身体を激しく揺さぶった。


 霊体はすぐに彼女から離れたが、霊体に取り憑かれていた彼女の身体の表面は、凍りついたように白く変色していた。


「お下がりください、主様! こいつには私の槍が通じません!」


 彼女はぎこちない動きで槍を構え、それでも前に立ち塞がって、俺たちを守ろうとした。






 パトラに払いのけられた霊体が再び人の形に戻る。


 俺は、彼女越しに奴の姿を見た。


 俺と『目』を合わせた瞬間、奴はその苦悶の顔に、はっきりと歪んだ歓喜の笑みを浮かべた。


 その途端、背筋を氷の刃で撫でられたように全身が総毛立つのを感じた。


「ユーリィ! 御使い様!!」


 ようやく一体の霊体を消滅させたフーリアちゃんが、こちらへやってくる。


 しかし、もう一体の霊体がそれを妨げた。


 恐ろしい笑みを顔に貼り付けた亡霊は、俺とユーリィを守るパトラに、ゆっくりとその骨ばった指を向けた。






 これは、すべてお前が招いたことだ。


 もう一人の俺の声が、そう俺を責め立てる。


 その通り。これはすべて俺のせいだ。


 俺が軽い気持ちでこんな実験場ものを作ったせいで、恐ろしい悪意かいぶつを呼び寄せてしまった。


 行き場のない怒りと後悔が俺の心を支配しようと、見えない手を伸ばしてくる。


 しかし、目の前で震えるユーリィを見たことで、俺はその支配を何とか払い除けた。


 こんなところで凹んでる場合か! 


 せめてユーリィだけでも、救わなければ!






「ユーリィ、俺の声を聞け!」


 しかし、彼女に俺の『声』は届かなかった。


 完全に錯乱し、カタカタと小さく身体を震わせている。


 俺は自分の『身体』がないことを、今ほどもどかしく感じたことはなかった。


 俺は・・・! 俺は目の前で泣いている小さい子どもを守ることすら出来ないのか!!






 その瞬間、俺の脳裏に奇妙な光景が浮かんだ。


 暗いリビング。割れた写真立て。記念写真。


 友里の小学校入学のとき、正門で取った俺たちの家族の大切な思い出の写真だ。


 しかし、なぜかその写真は赤黒い染みでひどく汚れていた。


 まるで、最初からここへと至る未来を暗示していたかのように。


 ちくしょう、俺はまた・・・!!


 混乱した頭でそう思ったその時、俺の脳内にナビさんの声が響いた。






迷宮核コアの魂浸食深度増加を確認。迷宮守護者への精神干渉機能が解放されました。』


『現在、迷宮守護者は敵性霊体からの精神攻撃を受けています。この状態異常を回復するには、200DPが必要です。実行しますか?』


 ナビさんの問いかけに、俺は反射的に「YES」と返事をしていた。






「あれっ、あたし、なんで涙・・・。」


 そう呟いた次の瞬間、ユーリィは短剣を手にして、何かに弾かれるように起き上がった。


 身体を低くし、亡霊めがけて突進する。


 彼女はそのまま瞬く間に石の床を駆け抜け、機械のような正確さで2体の亡霊をあっという間に切り裂いた。


 それはこれまで俺が知っているユーリィの動きとは、まったく異なっていた。


 まるで、別の何者かが乗り移ったかのような・・。






 輝く短剣に触れた亡霊たちは苦悶の呻きを残し、空気に溶けるように消えていった。


 フーリアちゃんは、呆然とその光景を見つめていた。


 しかし、すぐに我に返ると、短剣を構えて棒立ちになっているユーリィに駆け寄った。


「ユーリィ! 大丈夫!? ねえ、ユーリィ!」


 虚ろだったユーリィ瞳に、やがて光が戻る。


「・・・フーリアおねえちゃん?」


「ユーリィ!!」


 フーリアちゃんに強く抱きしめられ、ユーリィはきょとんとした顔で俺の方を見た。


 そのあどけない表情を見て、俺はようやく息をつくことができた。






「不死の穢れは、他の不死者を呼び寄せます。一度、不死者が現れた場所は、不死者が集まりやすくなるのです。私の力がもっと強ければ、穢れを完全に浄化できるのですが・・・。」


 フーリアちゃんは悔しそうな表情で俺にそう説明してくれた。


 俺たちは足早に遺跡の外へ出た。


 明るい太陽の下に出て少し落ち着いてきたものの、俺の胸の裡にはまだ、さっき脳裏をよぎった不可解な光景が澱のように沈んでいる。


 胸がざわざわするような焦燥感をどうすることもできずにいると、やがて、脳内にいつも通りのナビさんの声が流れ始めた。






『敵性霊体の吸収が完了。1500DP及び以下の素材、スキルを獲得しました。』


『不死者の霊核×3』

『闇の魔石(小)×3』

『スキル〈死の幻影〉』

『スキル〈生命力収奪〉』

『スキル〈恐怖付与〉』

『スキル〈不死者化の呪い付与〉』


『迷宮領域内に、一定以上の魔力を持つ人間が出現しました。1日のDP回復量が増大しました。』


 相変わらず何言ってるかは分からない。


 けれど、彼女の冷静な声を聞いているうちに、少し気持ちが落ち着いてきた。


 ステータスを確認してみると、俺のmpが1500回復していた。


 3体で1500ってことは、一体あたりの召喚コストは500。隊長アリより少し多い程度。


 戦っている時はかなり強いと思っていたけど、召喚コスト的には、それほどの強敵でもないようだ。


 多分、あの精神攻撃がなければ、もっと簡単に倒せたのだろう。


 これからは、ああいうステータス異常を起こす敵にも注意していかないとな。







 今回は土壇場で、ナビさんがユーリィを回復してくれたおかげで助かった。


 ほんと、ナビさんは頼りになる人だ。


 フーリアちゃんのステータスは見られないままだった。


 けど、様子を見る限り、無事に新たな力を身に付けられたようだ。


 とりあえず実証実験は成功といえる。色々あったけど、目的が果たせてよかった。


 空からの襲撃や室内に出現する魔獣など、反省点や学びも多かったしな。


 ユーリィたちを危険な目に遭わせたことを肝に銘じて、しっかり今後に活かしていこう。






 この世界ゲームに、仲間キャラ復活のシステムが有るかどうかは分からない。


 フーリアちゃんを鍛え続けたら、死者を復活させる魔法とかも使えるようになるかもだけど、今のところはちょっとした傷を癒すのが精一杯みたいだ。


 ドラクエで言ったら、ホイミくらいの感じだろう。


 そんな状態で、ユーリィたちを死なせるわけにはいかないからな。


 出来ればもっともっと仲間を増やして、拠点の安全を確保していきたい。これも今後の課題だ。






 亡霊の攻撃を受けたパトラの身体は、凍りついて火傷を負ったようになっていた。


 でも、フーリアちゃんの癒やしの魔法で、無事回復することが出来た。


 見た目よりも傷は軽かったみたいだ。本当にみんなが無事でよかった。






 俺たちは来た時と同じように、将軍アリに乗って拠点へと戻った。


 まだ、太陽は地面に近い位置にある。


 結構、時間が経ったような気がしたけど、意外とそうでもなかったみたいだ。


 明るい日差しの中、将軍アリは風を斬って砂の上を駆ける。


 この速度なら、遺跡から拠点まで5分とかからず往復できそうだ。






 そのとき、俺を抱えてくれているユーリィのお腹がくうと可愛い音を立てた。


「なんか、安心したらお腹が空いちゃいました。」


 ちょっと恥ずかしそうに照れたユーリィは、年相応の子どもらしい笑顔でそう言った。


 さっき見せた、人形のような虚ろな面影はもうどこにもない。


「この時間なら、まだ朝ごはんに間に合うんじゃないか?」


「そうですね、御使い様! とっても楽しみです!」


 ユーリィの言葉に、フーリアちゃんが笑顔で応じた。


 2人の明るい笑顔を見て、鬱屈としていた俺の胸も軽くなった気がした。






 皆のために、一体何ができるだろうか?


 だんだん近づいてくる拠点を見ながら、俺はこれからのことを考えていた。


 だから、ナビさんが言っていた言葉に、ほとんど注意を払わなかった。


『迷宮守護者の完全浸食まで、あと・・・。』


 彼女がその先なんと言ったのか、俺は知らない。


 いや、正確には・・・知ろうとしなかった。




種族:迷宮核ダンジョンコア

名前:澤部十四郎

迷宮レベル:10


総DP:9643

獲得DP/日:20730

消費DP/日:15183



種族:迷宮守護者

名前:ユーリィ

職業レベル:7(ガーディアン)

強打L3 突撃L4 短剣術L6 

暗視L1 反射音探知L1 締め付けL1

操船L2 登攀L3 騎乗L3 詐術L2

 

装備:守護者の剣

 (自動回復L4 自動反撃L1)

   守護者の鎧

 (斬撃被ダメージ軽減L2 酸耐性L2

  熱耐性L1 炎耐性L1 毒耐性L2

  土魔法耐性L1)

   水鏡の円盾

 (光線攻撃反射L5 石化耐性L5

  魔法耐性L3)



種族:人間

名前:フーリア

職業レベル:5(デザートシャーマン)

危機感知L2 自然の祝福L2

不死者払いL3 浄化L2 小治癒L3





邪霊イビルゴースト

種族:不死者アンデッド

属性:闇属性

召喚コスト:500DP

保有スキル:〈死の幻影〉〈生命力収奪〉〈恐怖付与(大)〉〈不死者化の呪い付与〉〈物理攻撃無効〉〈神聖攻撃ダメージ増加〉

不死の呪いによって、魂を縛られた霊体魔獣。生者に対して強い憎しみを抱いており、遭遇すると問答無用で襲いかかってくる。彼らは生者への憎しみを魔力とともに放出し、死を想起させる幻影を見せる精神攻撃を行うことができる。霧状の身体を持っているため、通常の物理攻撃は一切受け付けない。魔法以外の方法で攻撃するには、聖別された武器、魔力を帯びた武器が不可欠となる。また、不用意に彼らの身体に触れると、生命力と熱を奪われて、身体の組織が凍りついてしまう。犠牲者がすべての生命力を吸いつくされると、その魂は不死の呪いに侵されて邪霊となり、新たな犠牲者を求めて彷徨い続ける。魂を呪いに縛られた彼らは、非常に恐ろしい姿をしているため、神聖力を持たないほとんどの人間は、見ただけで恐慌状態に陥ってしまう。非常に強力で恐るべき力を持つが、魂の器である霊体がむき出しのため、神聖攻撃に非常に弱く、低位の魔法攻撃でも、容易く撃退することができる。また、不死の穢れに強く引き寄せられるため、人間が多く暮らす集落といった生命力の豊富な場所には、近づくことが出来ない。そのため多くの場合、彼らに遭遇するのは、廃墟・迷宮などに限定されている。

お読みいただき、ありがとうございました。

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