61 湧き上がる力と思い
今日は休日出勤なし。ゆっくり書けて最高です。
【大陸歴1415年8月23日 早朝】
〈ユーリィ視点〉
上空から襲い来る魔獣を撃退するため、あたしはパトラさんと背中合わせになって短剣を構えた。
するとひとりでに左腕が輝き、ピカピカ光る金属の小盾が現れた。
金属の輝きに驚いたのか、あたしに向かっていた3羽のハゲワシたちの動きが一瞬止まる。
うち2羽は翼を大きく打って、あたしを避けるように空に戻っていった。
でも、止まりきれなかった1羽だけは、不完全な体勢で、そのまま襲いかかってきた。
あたしの顔くらいある大きな鉤爪が、すぐ目の前に迫る。
あたしは盾でその爪を受け止め、そのまま短剣を振り抜いた。
魔法の光を放つ短剣は、ハゲワシの首を容易く断ち切った。
でも、あたしは絶命したハゲワシに、覆い被されるように押し倒されて、一緒に砂の上に転がった。
倒れた拍子にハゲワシの重い一撃を受け止めた左腕ががひどく痛んだ。
でも、御使い様の短剣が光を放つと、すぐにその痛みも消えた。
あたしは自分に覆いかぶさっているハゲワシの死体の下から這い出し、すぐに立ち上がった。
「大丈夫ですか、ユーリィ様!?」
起き上がってすぐ、頭の中にパトラさんの声が響いた。
目の前では、パトラさんが4羽のハゲワシを相手に戦っている。
彼女は盾で爪や嘴の一撃をいなしながら、槍で正確に相手の頭を狙っていた。
足元には、槍で頭を貫かれたハゲワシが2体転がっている。
「大丈夫! 行くね!」
あたしは彼女の背中を守るために駆け寄った。
すると彼女を襲っていた内の1羽が、こっちに嘴を向けた。
「ユーリィ様に触れるな! お前の相手は私だ!!」
彼女はそう言うと、無理矢理大きく体をねじった。
次の瞬間、彼女のお腹から飛び出した2本の黒い刃が、あたしに迫ろうとしていたハゲワシを斬りつけ、その首を斬り落とした。
体勢を崩したパトラさんに、残ったハゲワシたちが一斉に鉤爪を突き刺す。
3羽のハゲワシの爪に両肩と右腕を掴まれ、彼女の動きが封じられた。
彼女は身体を掴んでいるハゲワシたちを振りほどこうとして、強引に体を揺り動かした。
「パトラさんから離れろ!!」
あたしは、彼女の左肩に爪を突き立てている ハゲワシめがけて一気に飛び上がった。
動きを止めたハゲワシの頭を、あたしの一撃が地面に叩き落とした。
パトラさんが自由になった左腕の盾と、お腹から飛び出した2本の刃で他のハゲワシを牽制する。
あたしは着地すると同時に、再び次のハゲワシに狙いを定めた。
でも、不利を悟ったハゲワシたちはすぐに彼女から離れ、再び大空へと戻ってしまった。
空を見上げると、さっきよりもずっと多くのハゲワシたちが集まっている。
ジグザグに空を行き交うたくさんの魔獣たち。
こんな光景、今まで見たこともない。明らかに異常な事が起きている。
「ありがとうございます。助かりました。」
「あたしの方こそ。それより、パトラさん、傷・・!」
彼女の肩に空いた穴からは、薄い金色をした血が、ドクドクと溢れていた。
「問題ありません。私は痛みを感じませんから。ユーリィ様、次が来ます!」
彼女はそう言うと、再び槍と盾を構えた。
心配だったけど、ハゲワシたちはそんな時間を与えてはくれなかった。
あたしは彼女と背中合わせになり、ハゲワシたちの攻撃に備えた。
また、ハゲワシたちが暴風のように急降下してきた。今度は4羽ずつだ。
あたしとパトラさんは、しっかりと背中を合わせて、ハゲワシたちを迎えうった。
盾で攻撃を躱しながら、短剣を振るう。
相手の動きに慣れたせいか、一回目の攻撃に比べて、落ち着いて攻撃を躱し反撃することができた。
短剣に切り裂かれたハゲワシは血を撒き散らしながら、怒りの声を上げた。
その目は異様な輝きを放っている。
まるで何かに駆り立てられているようだ。
こいつらを絶対に、御使い様のところへ行かせるわけにはいかない。
あたしは強くそう思った。
ハゲワシたちは再び上空へと離れていった。
手応えはあったけど、あたしはハゲワシにとどめを刺すことはできなかった。
一方、パトラさんの足元には、ハゲワシの死体が増えていた。
「ユーリィ様が後ろを守ってくださっているおかげで、前方の敵に集中できました。ありがとうございます。」
心を読み取った彼女が、あたしにお礼を伝えてきた。
彼女に認められたような気がして、こんな時だというのに、あたしはすごく嬉しくなってしまった。
その後、ハゲワシたちは少しずつタイミングをずらしながら攻撃し始めた。
こちらを警戒しているのか、なかなか一度にやってきてくれない。
しかも攻撃すると、すぐにまた空へ逃げてしまう。
相手は間断なく攻撃を仕掛けてきているのに、こちらはなかなか攻撃を当てることができない。
絶え間なく繰り出される爪や嘴は、あたしの目やむき出しの肌を正確に狙って繰り出される。
それをギリギリで避けながら、あたしは短剣を振り続けた。
盾と胸当てのおかげで大きな傷はないけれど、たくさんの小さな傷を負ってしまった。
御使い様の短剣は、あたしを癒やし続けてくれている。
でも、相手の攻撃が激しいので回復が追いつかないのだ。
あたしは激しい攻撃に必死に耐えながら、パトラさんの背中を守ることに集中した。
パトラさんは傷を負いながらも、次々とハゲワシたちを撃破していた。
パトラさんの槍は、攻撃が遠くまで届く。
彼女は、上空に逃げようとする敵を槍の一撃で貫くと同時に、近寄ってきた相手をお腹の黒い刃で斬り裂いていた。
彼女の凄まじい戦いぶりを、ハゲワシたちは警戒しているみたいだ。
彼女の足元に、新たな魔獣の死骸が積み上がっていく。
最初に倒した魔獣の死骸は、いつの間にか消えてしまってしまっていた。
太陽がゆっくりと動いていく間も、ハゲワシたちの襲撃は続いた。
絶え間ない攻撃と灼け付くような太陽の熱が、あたしの集中力を次第に奪っていく。
気持ちが乱れたせいか、少しずつ大きな傷を負うようになってしまった。
流れ出る血で、ますます動きが鈍っていく。
気のせいでなければ、パトラさんの動きも、少し鈍くなっているように見えた。
彼女の甲冑のような身体には、傷から溢れ出した金色の血の跡がはっきりと残っている。
あたしも彼女も、限界が近づいてきている。
でも、それはハゲワシたちも同じ。
もう目で数えられるくらいに数を減らしている。
さっきからくるくると上空を回ってばかりで、なかなか攻撃してこない。
このまま諦めてくれればいいんだけど。
しかし、あたしのその願いは、あっけなく破られてしまった。
残ったハゲワシたちは隊形を整えると、さっと二手に分かれた。
「次が最後のようですね。一気に襲いかかるつもりのようです。」
これまでで一番速くて、激しい攻撃がくる。
あたしはそう確信した。
でも、ここを乗り切れば、魔獣たちも諦めてくれるはずだ。
ただ、あたしはそれに耐えられるだろうか。
流れてくる汗を、瞬きをして目から追い出した。
短剣を握る指が震える。
これまでの疲れのため。それとも最後の攻撃への不安からだろうか。
多分、両方なのだろう。
シャーレ様、最後まで戦わせてください。
あたしは心の中でそう念じると、無理矢理指に力を込めて短剣を握りしめ、襲いかかってくる魔獣の群れをじっと睨んだ。
直後、ハゲワシたちは、降り注ぐ矢のように襲いかかってきた。
殺意と狂気。
生き物としての本能では決してありえない悪意が、その瞳には宿っている。
それに飲み込まれまいと、あたしは奥歯を噛み締めて、竦み上がりそうになる心を奮い立たせた。
そのとき、後ろからこっちへ駆け寄ってくる足音が聞こえた。
続いて響いたのは、歌うように唱えられた祈りの言葉だった。
「女神シャーレよ、悪しき者を留めるため、その御力をお貸しください!〈砂蜘蛛の呪縛〉!」
突然、空中に銀色に輝く糸が現れた。
クモの巣のように広がった糸は、ハゲワシたちの翼を絡め取り、その動きを封じた。
飛べなくなった魔獣たちは次々とあたしとパトラさんの側に落下し、激しく地面とぶつかった。
足元で弱々しくもがく魔獣に驚きながら、あたしは声のした方、遺跡の入口に目を向けた。
「御使い様! フーリアおねえちゃん!」
跪いて祈るおねえちゃん。そのすぐ側に、御使い様がフワフワと浮かんでいた。
「いけ、ユーリィ! パトラ!」
御使い様の声があたしの頭の中に響くと、身体に不思議な力が湧き上がった。
「うおおおおおぉぉおっ!!!」
あたしは雄叫びを上げて、糸を逃れた魔獣たちを迎え撃った。
短剣が閃くたび、一体また一体と魔獣たちが地面に落ちていく。
これまでの疲れがまるで嘘みたいに、身体が軽かった。
パトラさんも槍を振るって、次々と魔獣たちを落としている。
すべての魔獣が死ぬと、地面の上の死骸は光の粒になって消えていった。戦いは終わったのだ。
すぐに、おねえちゃんがあたしに駆け寄ってきた。
「ユーリィ、大丈夫!?」
「あたしは平気、それよりもパトラさんが!」
あたしの傷は、御使い様の短剣の力で徐々に塞がり始めている。
それを確かめた後、おねえちゃんは癒しの呪文でパトラさんの傷を治した。
「お姉ちゃん、さっきの魔法は?」
「御使い様の試練のおかげよ。あたし、新しい力を身につけたの。」
お姉ちゃんはそう言って、あたしの頭にそっと触れた。
「本当にありがとうユーリィ。」
「ユーリィ様が頑張ったおかげですね。」
おねえちゃんとパトラさん、2人にそう言われて、あたしはすごく嬉しくなった。
「ううん、あたしが頑張れたのはパトラさんのおかげ。生き残れたのは、おねえちゃんの助けがあったからだよ。本当にありがとう。」
あたしは2人に向かって、ペコリと頭を下げた。
2人にお礼を言った後、あたしはすぐに御使い様に駆け寄った。
「御使い様、おねえちゃんを導いてくださってありがとうございます。それに、御使い様の御力で、最後まで戦うことができました。」
あたしがそうお礼を言うと、御使い様は困ったように体を震わせて「ごめん」とあたしにおっしゃった。
「?? どうしてごめんなんて言うんですか?」
あたしは訳が分からず、御使い様を見上げた。
御使い様は何か言いたそうに身体を震わせた。
「主様は、ユーリィ様に無理をさせてしまったことを後悔していらっしゃるようです。」
パトラさんが、御使い様の気持ちをあたしに教えてくれた。
あたしはそれを聞いて、とても申し訳なくなった。
「ご心配かけてすみません。確かにちょっと無理しちゃいました。パトラさんがいなかったら、危なかったです。」
あたしがそう言うと、御使い様は「いや、悪いのはすべて私」とおっしゃった。
ああ、なんてお優しい方なのかしら。
あたしはその言葉を聞いて、鼻の奥がツンと痛むのを感じた。
あたしは自分が悔しかった。
あたしが強かったら、御使い様にご心配をかけずに済んだのに。
あたしはしょっぱい唾を飲み込むと、御使い様をまっすぐに見上げて言った。
「あたし、もっともっと強くなりますね!」
誓いを込めて、ぐっと拳を握りしめる。
すると、心の底から御使い様のために尽くしたい、皆のために強くなりたいという気持ちがどんどん湧きあがってきた。
あたしは使命を授けてくださったシャーレ様に、心の中で感謝の祈りを捧げた。
そんなあたしの前で、御使い様はその小さな丸い身体を、ゆっくりと揺らしていらっしゃった。
お読みいただき、ありがとうございました。




