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閑話 小さな願いと見果てぬ夢

 閑話の続きを書いたのは初めてです。かなり楽しく描けました。続きはまた30話後に書くかどうか決めます。

「おかしいにゃ。航路図のとおりに進んでるのに、またここに戻ってきちゃったにゃ・・。」


「やばいぞクルト。もう水が残り少ねえ。このままじゃ俺たち干物になっちまう。」


「マオが道を間違えるはずがない。きっと何かがあるんだよ。もう一度、よく考えてみよう。」


 消沈するマオを励ますように明るい声でそう言ったクルトは、幼馴染に向かって親指を立てた右腕を突き出した。


「そういうわけだから頼んだぞ、ライノス!」


「いや、お前もちょっとは考えろよ!」


 小さな魔石の明かりを頼りに航路図を睨むライノス。


「やっぱ、あのばあさんのせいか?」


 彼は大きく嘆息しながら、この事態のきっかけになった出来事を思い返した。






 南砂海道の貧しい村々に手紙を届ける郵便交易を始めたクルト一行。


 真っ正直で底抜けに明るいクルト。皮肉屋だが頭が切れて人の良いライノス。そして、最初の交易後に正式に2人の仲間となった猫人のマオ。


 彼らは手紙を届ける傍ら、村々で不足しがちな物資を中心に交易を行った。


 彼らの商売相手は貧しい人々。儲けは決して大きくない。むしろ赤字ギリギリになることもしばしばだ。


 それでも彼らは貧しい人々のために、手紙を届け、正直な商売をし続けた。






 程なく、3人はどの村に行っても貧しい人々に歓迎され、信頼されるようになった。


 やがて、1年が過ぎた頃、貧しいある村で、3人は一人の老婆から話しかけられた。


「もし、そこのお若い方。」


「ん、ばあちゃん、見かけない顔だね。この村の人?」


「普段はめったに外に出ないもんでねえ。」


「ばあさん、あんた目が見えないのか。」


「ああ、生まれた頃からさ。別に不自由もしちゃいない。家族も居るしねぇ。だから、気にしないでおくれ。」


「それで俺たちに何の用だい?」


「あたしの孫娘がねえ、近頃村にいろんなものが届くようになって喜んでいるんだよ。それであたしもあんたたちに、なにかお礼をしたいと思ってね。」


「そんな。お礼なんて受け取れないよ。」


「いやいや、別に何か渡そうっていうわけじゃないんだよ。見ての通りの貧乏暮らしで、あげられるものなんか何にも持っちゃいないからね。」


「それじゃ、お礼って一体何なのにゃ?」


「あたしがまだ小さい時分に会った商人の話さ。もしかしたらあんたたちの役に立つんじゃないかと思ってねえ。」


 老婆はそう言って、自らが体験した不思議な出来事を話し始めた。






「その頃、この辺りの村は今よりももっとずっと貧しくてね。やってくる人といえば、都の役人と魔獣狩りをする冒険者くらいのもんだったのさ。」


 老婆は何かを思い出すように、訥々と話を続けた。


「でも、ある時、一人の男がふらっとやってきて、村の人たちにこう持ちかけたのさ。『君たちの願いを売ってくれないか』ってね。」


「願い? なんだそりゃ?」


「あはは。普通、そう思うよねえ。あたしは目が見えないから分からなかったけど、どうやらその男、かなり変わった格好をしていたらしくてね。それもあってか、村の人たちも訳の分からないことをいうその男を誰も相手にしなかったのさ。」


「でも、ちょっと気になるね。」


「そうだろう? あたしはその頃から、あまり外に出歩かなかったんだけどね。でも、その男のことが気になったもんだから、その日は無理を言って、家の外の仕事を手伝わせてもらったんだよ。そうしたら、その男があたしのところにやってきてくれたんだ。」


 話半分で聞き始めたにも関わらず、3人はすっかり老婆の話に引き込まれてしまっていた。






「静かな足取りで近づいてきたその男は『お嬢ちゃん、君の願いを僕に売ってくれないか』って言ってきた。あたしはすごく怖かった。」


 ライノスはゴクリと唾を飲み、次の言葉を待った。


「けど、男から微かに漂う花の香りがしているのに気づいてね。それで逃げ出さずに話をしてみようって思ったのさ。」


「ばあちゃんは願いを売ったの?」


「ああ。あたしはずっと、一目でいいから家族の顔を見てみたいって思ってた。あたしがそう言うと男はあたしの手を取って、何かに触れさせたんだ。」


「それからどうなったにゃ!?」


「その途端、家族の顔を見たいっていうあたしの気持ちはきれいさっぱり無くなっちまった。」


「願いを取られたってことか?」


「どうなんだろうねえ。もともと叶いっこない願いだし、小さい頃の夢みたいなもんだからねえ。」


「売ったってことは、代わりに何かをもらったのにゃ?」


「いいや。男は『すごくいい願いを売ってもらった。この礼は必ずする』そう言って、村を出ていったよ。」






 老婆の話を聞いたライノスは、大きく息を吐いて肩をすくめた。


「なんとも掴みどころのない話だな。」


「でも、すごく面白い! ばあちゃん、その男はその後、どうなったんだい?」


「男は二度とあたしの前に現れなかったよ。ただ、男はあたしと別れるとき、こう言い残した。」


「青い月としるべの星が重なるところ。見果てぬ夢の先に願いを届けに行く。」


「導の星? マオ、それって極星のことだろ?」


「それはありえないにゃ。極星のある場所は、月の通り道と大きく離れているにゃ。残念だけど、2つが重なることは絶対にないのにゃ。」


「ばあさん、その男にからかわれてただけじゃねえのか?」


「そうかもしれないねえ。でも、この話を今日、あんたたちに伝えなきゃいけない気がしたんだよ。」


「今日?」


「ああ、今夜は新月らしい。その男が村を出た日もちょうど同じ日だったんだよ。」


「面白い話を聞かせてくれて、ありがとうばあちゃん。」


 丁寧に礼を言ったクルトに対し、老婆は穏やかな笑顔を向けた。


「あんたたちの旅がうまくいくことを願ってるよ。」






 その夜、出航準備を終えた3人は、顔を合わせて話し合った。


「なあなあ二人とも、さっきの話どう思う?」


「気になるっちゃなるけどな。願いの代価がなんだったのか知りたい気持ちはある。」


「僕は月と星の話が気になったにゃあ。」


「よし! 次の村に行く前に、ちょっとだけ寄り道していこう!」


 こうして3人は、老婆の言っていた通り、導の星に向かって船を進めた。


 しかし、船はどんなに進んでも、また同じところに戻ってきてしまう。


 彼らは行くことも戻ることもできなくなってしまった。






 そして、場面はまた冒頭に戻る。


「あー、ダメだ。腹が減りすぎて何も思いつかねえ。」


 ライノスはそう言って航路図を持ったまま、大の字に寝そべった。


 仰向けになった薄い腹が、ゴロゴロと盛大な音を立てて空腹を訴える。


「あれからずっと夜のままだけど、明らかに数日は経っているはずにゃ。」


 数日分はあったはずの食糧と水は、節約していたにも関わらず、もうすっかり無くなっている。


「俺たち、このままここに閉じ込められて死んじまうのかな?」


「あきらめちゃダメだ! 風は止まってないんだから、もう一度、航行図通りに進んでみよう!」


 クルトはそう言って、船の帆を操った。


 それによって向きの変わった風が、マオのヒゲを揺らす。






「風? ちょっと待ってにゃ、二人とも!」


「どうしたマオ?」


「今、風の中に何かが・・!」


 マオはそう言うと、ヒクヒクと小さな鼻を動かした。


「!! 風の吹く方から花の匂いがするにゃ!」


「花!? それってもしかしてあのばあさんが言ってたやつか!」


「よし、匂いの方に向かって進もう!」


 クルトのその言葉に、ライノスは抗議の声を上げた。


「おい、そんなことしたら、航路から外れることになるぞ!!」


 しかしそんな幼馴染に対して、クルトはニヤリと笑って言った。


「俺は航路図なんかよりマオの鼻を信じる。ライノスはどう?」


 真っ直ぐな瞳でじっと見つめられ、言葉をなくすライノス。


「・・わーかったよ。マオ、お前に俺たちの命、預けるぜ。」


 こうして3人は航路を外れ、マオの鼻だけを頼りに船を進めていった。






「だんだん花の匂いが強くなってるにゃ。」


「俺には何も分からん。クルトはどうだ?」


「俺にも全然わかんねえ・・っと! あれ、急に船が!!」


「おい、流されてるぞ!」


「流砂だにゃ! このままじゃ・・ふにゃあ!!」


 突然起こった流砂に巻き込まれた小さな船。


 彼らは流れに飲まれまいと必死になったが、激しい流れに翻弄され、やがて3人とも意識を失ってしまった。






「うっ・・・いてて、頭が・・。」


 明るい光の中、目を覚ましたライノス。


 小さな船の中では、彼の2人の仲間が安らかな寝息を立てていた。


「!! おい起きろ、二人とも!」


「あれ、ライノス? もう夜が明けたのか?」


「僕は朝ごはん、肉団子の入ったおかゆにするにゃあ。」


「寝ぼけてる場合か! さっさと目を覚ませ!」


 彼らは起き上がり、辺りを呆然と見渡した。






「なんだここ? 砂の街?」


 そこにあったのは、外壁から建物、荷車や道具類まですべてが砂でできた、不思議な街だった。


「水と食い物があるかもしれない。入ってみようぜ。」


 ライノスの言葉に頷いた彼らは、街を探索することにした。


「誰もいないみたいだにゃ。でも、花の匂いはずっと強くなってるにゃ。」


「家具まで砂で出来てるなんて、本当に不思議な街だね。」


「呑気なこと言ってる場合か。井戸も水瓶も砂だらけで、何にも無かったんだぞ!」


「無いものはしょうがないじゃん。あの城まで行ってみようよ。」


 静寂に包まれた砂の街。


 砂を踏む彼らの足音だけが響く街を抜け、3人は街の中央にそびえ立つ、砂でできた巨大な城へと足を踏み入れた。






 美しいその城の内部もまた、壁から装飾に至るまで全てが緻密な砂細工でできていた。


 足音が吸い込まれるような奇妙な静けさの中、マオは鼻をヒクヒクと動かした。


「この先だにゃ。花の匂いが濃くなってるにゃ!」


 最上階にある玉座の間。


 そこにいたのは見たこともない奇妙な服を着た一人の男だった。


 白い花に囲まれた玉座に座ったその男は、透き通るような青い光を放つ半透明の身体をしていた。


亡霊ファントム? いや、それとも精霊ジンかな?」


「白い長袖のシャツに細いズボン。それにあの首に巻いてる細い布はなんだ? あんなの見たことねえぞ?」


「それに見て! なんか光る小さな板みたいなものを持ってるにゃ!」






 男の傍らには、一つの古い天秤が置かれている。


 その天秤の片方に乗っているのは、小さな光の珠。


 そして、もう片方は空っぽのままの器。


 それにも関わらず、天秤は空の器の方に傾いていた。


「あの珠、中になんか入ってる?」


「!! 目の見えない小さな女の子! あれってあのばあさんじゃないのか!」


「本当だにゃ! てことは、この男が!!」


  驚く3人を、男は穏やかな笑顔で迎えた。






「僕の城へようこそ。君たちならここへたどり着けると信じていたよ。」


 男が静かに語りかけると、城の天井が風に溶けるように崩れ落ち、代わりに砂漠の夜空が映し出された。


「見てにゃ! 青い月が!」


 空には冷たく燃える青い月。


 それに導の星がゆっくりと重なっていく。


「時は満ちた。ついに見果てぬ夢が叶うとき。」


「お前は一体何者なんだ・・?」


 ありえない光景を前にライノスが呆然と呟く。


 男は静かに微笑んだ。






「僕はただの人間さ。でも、この世界にやってきたことで大いなる力、この天秤を手に入れた。かつての僕は、この世界のあらゆるものを手にすることができたんだ。」


「大いなる力? それに、やってきたって・・?」


 クルトの問いかけを、男は静かに笑って受け流した。


「でも、僕は失敗してしまった。自分の力以上の願いを持ってしまったんだよ。それですべてを失い、この城に閉じ込められた。外に出られるのは48年に一度、夢と現実が混じり合う特別な夜だけ。その僅かな時間で失われた願いを買い集めること。それが僕の罰。」


 男が天秤を指差すと、クルトたちの足元から無数の光の粒が舞い上がった。






「君たちが届けた手紙、物資、そして人々の感謝。それこそが、この天秤を動かす最後の重りだったんだ。」


 彼らの光が老婆の「願い」の珠に溶け込む。


 珠は一羽の青い小鳥へと姿を変えた。


「クルト、マオ、ライノス。どうか、この小鳥をあの子のもとへ届けてほしい。それが彼女から受け取った清らかな願いの対価だ。」


「わかった。任せてよ!」


 クルトが力強く頷き、男から籠に入った小鳥を受け取った。


「ああ、これで願いが満ちた。ようやく見果てぬ夢が叶う。」


 天秤がゆっくりと傾き、水平になる。


 それを見た男は穏やかに微笑んだ。






「最後に問おう。君たちの見果てぬ夢は何だ?」


「俺の夢は、商売で皆を幸せにすることだ!」


「・・あー、俺はこいつと一緒に旅を続けることだな。この馬鹿を放っとくと、何しでかすか分かんねえから。」


「僕はいーっぱいお金を稼いで、そして・・あとは秘密にゃ。」


「素晴らしい。願いを届けてくれた君たちにも、対価を支払わせてほしい。君たちの夢が叶うことを願っているよ。」


 3人の答えを聞いた男は満足そうに頷いた。


 男の姿が次第に薄くなっていく。同時に、彼の周りに白く光る人影がふわりと現れた。


「ああ、迎えにきてくれたんだね。今度こそ、もう決して間違いはしない・・・。」


 男の姿が消えると同時に、3人の視界が激しい砂嵐に包まれた。






 気がついたとき、3人は元の砂漠の航路に戻っていた。


 船には水の入った革袋と、食糧が詰まった木箱が山のように積まれている。


「・・夢じゃなかったんだにゃ。」


 3人は青い小鳥を届けるため、老婆の村へと戻った。






 3人は老婆の家を訪ねた。


 急にやってきた彼らを老婆とその家族は、温かく迎え入れてくれた。


 クルトは彼らに自分たちの体験した不思議な出来事を話した。


 話を終えた後、クルトは籠に入った小鳥を解き放った。


 すると青い小鳥は老婆の肩にそっと止まり、美しい声でさえずりはじめた。


「おお・・!  みんな、そんなに優しそうな顔をしていたのかい・・!」


 盲しいた老婆の瞳から、とめどない涙が溢れる。


 彼女の目は見えない。しかし、彼女には確かに「見えて」いた。


 かつて自分を愛してくれた両親、祖父母、愛しい夫。そして、今も共に暮す愛しい家族の面影が。


 感謝する老婆とその家族に見送られ、3人は村を後にした。





「結局、何の儲けにもならなかったな。」


「でも、最高の気分でしょ?」


 クルトの言葉に、ライノスは肩をすくめて笑う。


「さあ、手紙を待ってる人たちのところへ行くにゃ!」


 クルトが帆を上げ、マオが舵を取る。


 南砂海道の空に、いつもの明るい太陽が昇り始める。


 彼らの変わらない日常が再び戻ってきた。


 しかし、彼らはまだ気が付いていない。


 船に積まれた食糧の木箱。その奥に古ぼけた天秤と、謎の男からの贈り物が眠っていることに。


 それらを巡って、彼らが大きな騒動に巻き込まれるのは、まだもう少し先の話である。

お読みいただき、ありがとうございました。

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