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60 見えない襲撃者

 次回閑話を一話はさみます。61話からが本編になります。

【大陸歴1415年8月23日 早朝】


〈ユーリィ視点〉


「フーリアおねえちゃんは大丈夫かな・・・。」


「大丈夫ですよ、ユーリィ様。主様がついていらっしゃるのですから。」


「うん、そうだね。ありがとう、パトラさん。」


 あたしは遺跡の入り口の縁石に腰掛けて、フーリアおねえちゃんと御使い様が出てくるのを待った。


 遺跡の奥からは、時折微かに物音や唱句が聞こえてくる。


 おねえちゃんはこの奥に不死者が巣食っていると言っていた。


 きっと、おねえちゃんがシャーレ様から授かった力で、それを浄化しているのだろう。







 正直に言うと、あたしは不死者が恐ろしくてたまらない。


 昔、あたしが今よりずっと小さかった頃、お兄ちゃんが意地悪して、怖がるあたしに不死者の話を聞かせたことがあった。


 その夜、あたしは怖い夢を見ておねしょをしてしまい、お母さんにひどく叱られた。


 それ以来、あたしは不死者が大の苦手だ。話を聞くだけでも、竦み上がってしまう。


 御使い様が一緒にいらっしゃるとはいえ、不死者がいる場所に一人で入っていったおねえちゃんは、本当に勇気があると思う。


 あたしなら間違いなく、不死者を見ただけでへたり込んでしまうだろう。


 あ、そう言えばあのとき、あたしに意地悪したことで、お兄ちゃんはお父さんにこっぴどく叱られていたっけ。


 お父さんに「弱いものいじめをするなんて何事だ!」って怒鳴られて、あたしよりもずっと大きな声で泣いていた。


 なんだかすごく懐かしいな。


 あたしは咄嗟に空を見上げ、パチパチと目を何度も瞬きさせた。






 まだ夜が明けて間もないというのに、すでに太陽は焼け付くような熱い光を投げつけてくる。


 でも、遺跡の入口は影になっているので、全然暑くない。


 砂をさらさら流しながら砂海を渡る風が吹くと、逆に涼しいくらいだ。


 次第に強くなっていく太陽が、パトラさんの艶々とした身体を輝かせている。






 パトラさんは、暑さを感じないのか、日の当たる入口にずっと立ったままだ。


 右手に黒い槍を、左手に丸い盾を持ったその立ち姿は、黒い甲冑を来た女騎士にしか見えない。


 といっても、あたしが女騎士を見たのは、これまでに一回だけしかないけれど。


 村に立ち寄った西方教会巡礼団の護衛をしているのを、遠くから見かけた事があるくらいだ。






 砂海で金属鎧を着ている人は殆ど見かけない。


 重い金属鎧は砂の上では動きにくい。


 それに何より、ものすごく暑いからだ。


 金属鎧を着る人は、鎧で肌を傷つけないために、下にかなり厚着をするものだと、お父さんが教えてくれた。


 ただでさえ暑い砂海で、そんな厚着のままでいられるはずがない。


 それに、砂海の太陽に照らされると、金属製のものは手で触れないくらい熱くなってしまう。


 全身金属鎧を着たまま、砂海の太陽の下を歩いたら、文字通り蒸し焼きだ。






 あたしはその話を聞いていたので、巡礼団の騎士さんを見た後、お父さんに「あの騎士さんは暑くないのかな?」と尋ねことがある。


 そのときお父さんは「あれは魔法の鎧だから暑くなんだよ」と教えてくれた。


 巡礼団の護衛をする聖堂騎士さんたちは皆、聖女様から賜った特別な魔法の鎧を着ているらしい。


 聖女様の力はそんなにすごいのかと、あたしはその話を聞いたとき、とても驚いてしまったのを覚えている。




 


 いけない。御使い様から「遺跡の入口を守っていてほしい」と言われていたのに、ついぼんやりしてしまった。


 こんなふうに、ただ待っているだけだと、取り留めのないことばかり考えてしまう。


 あたしの傍らで、パトラさんはあたしを守るよう警戒しながら、辺りの様子を伺っていた。


 でも、周りには全然魔獣の姿は見えない。


 これも御使い様が、遺跡の周りを味方の魔獣たちに守らせていてくださっているおかげだ。


 あたしは出そうになったあくびを慌てて噛み殺し、パトラさんに話しかけた。






「パトラさんは、座らないの?」


「この身体は、座るように出来ていません。この方が楽なのですよ。」


 パトラさんは、寝るときも立ったままなのだそうだ。


 でも、ずっと立ったままで、疲れないのかな?


「私は人間ではありませんから、大丈夫ですよ。お気遣いいただき、ありがとうございます、ユーリィ様。」


「・・・あの、パトラさん、その『ユーリィ様』っていうの、やめてもらえませんか?」


「なぜですか? あなたは主様の守り手。私たちの上位者なのですから、敬意を表すのは当然です。」


 パトラさんは、不思議そうにあたしに言った。


 いや、直接声に出したわけじゃない。


 パトラさんは、声を出すことができないからだ。







 パトラさんの言葉は、直接あたしの頭に響いて聞こえてくる。


 あたしにはパトラさんの言葉が大陸公用語として聞こえている。


 でも、パトラさん自身は、大陸公用語を話しているわけじゃない。


 パトラさんは、自分の考えをあたしに直接送っているだけ。


 それをあたしが頭の中で、大陸公用語に直して聞いているのだそうだ。


 だから、パトラさん自身にも、細かい表現を変えることはできないらしい。


 言葉が通じないのに会話ができる。すごく不思議だ。


 その詳しい仕組みは、あたしには分からない。


 でも、これもきっと、御使い様の御力なのだろう。


 御使い様は、本当に不思議ですごい方だ。


 あたしは御使い様のことをもっと知るために、パトラさんに尋ねてみようと思った。






「ねえパトラさん、御使い様はどうしてフーリアお姉ちゃんをここに連れてきたのかしら? もしかして、あたしの使命と関係があるの?」


 あたしの問いかけに、パトラさんは少し考えてから答えた。


「主様は、あの人間を鍛えるおつもりで、この場所をお作りになりました。主様は常に敵に狙われています。主様の守り手であるあなたにも、無関係ではありません。」


「フーリアお姉ちゃんを鍛える? それに、御使い様が狙われてるって? それって一体どういう・・・。」


 あたしは疑問に思ったことをパトラさんに次々と尋ねた。


 でもそれは、上空から急に響いた鋭い鳴き声で、急におしまいになってしまった。






 しゅという風を切る音と共に、黒い影があたしとパトラさんに襲いかかってきた。


 強い力で左肩を掴まれた。同時に、鋭い何かに肩を貫かれる感覚。


 悲鳴を上げる間もなく激しい痛みが走り、そのまま身体を掴み上げられそうになる。


 相手の正体も分からないまま、あたしはすぐに腰の短剣を引き抜いて、覆いかぶさってきた影を斬りつけた。


 確かな手応えの後、けたたましい悲鳴を上げて離れていく翼がはっきりと見えた。


「っつ! 砂漠ハゲワシデザートヴァルチャー!」


 あまりの痛みに漏れ出そうになった悲鳴を噛み殺し、あたしは咄嗟に魔獣の名前を叫んだ。






 砂漠ハゲワシは「見えない襲撃者」という異名を持つ恐ろしい魔獣だ。


 すごく高いところから、地上の獲物に向かって真っ直ぐに降りてきて、一撃で息の根を止めてしまう。


 砂海を旅する交易商人さんたちが、流砂イカに次いで恐れているのが、この砂漠ハゲワシなのだ。


 でも、砂漠ハゲワシはすごく臆病なので、人間の村や建物のある付近には、めったに出現しない。


 あたしが暮らしていたサリハーネオアシスでも、年に1,2回遠くを飛んでいるのを見かけるくらいだった。






 どうして、こんな場所に砂漠ハゲワシが?


 そんなあたしの疑問をよそに、ハゲワシはあたしを付け狙うかのように、上空を飛び続けた。


 あたしが両手を広げたよりも、ずっと大きな翼を持つ鳥の魔獣は、血と羽根を撒き散らしながら、怒りに燃える目であたしを睨みつけている。


 斬りつけられたことを怒っているようだ。


 でもこれも、臆病な砂漠ハゲワシには通常ありえないこと。


 一体何が起こっているんだろう?


 もしかして、さっきパトラさんが言っていた「御使い様が魔獣に狙われている」ということと関係しているんだろうか?






「ユーリィ様、大丈夫ですか!?」


「・・うん、あんまり大丈夫じゃないかも・・・。」


 あたしの左肩から、すごい勢いで血が流れている。


 ハゲワシの鋭い爪は、あたしの肩を完全に貫通していた。


 目の前が暗くなり、ぐらりと姿勢を崩しそうになったあたしを、パトラさんが支えてくれた。


 彼女の足元には、片翼を断ち切られたハゲワシが血を吹きあげながらもがいていた。


 パトラさんの槍でやられたのだろう。






「ユーリィ様、こちらへ。」


 パトラさんはあたしを遺跡の奥へ通じる通路まで連れて行ってくれた。


 彼女に支えられながら石の床に座り込んだと同時に、御使い様がくださった短剣が光りだした。


 短剣が発する温かな光を浴びて、左肩の痛みが和らぎ、血がだんだん止まっていく。


 しばらくすると傷は完全に塞がってしまった。


 触っても痛みはない。自分でもどこに傷があったのか分からないくらいだ。






「ありがとうパトラさん、もう大丈夫。」


 あたしは彼女にお礼を言って、すぐに立ち上がろうとした。


 けれど、思ったように足に力が入らず、すぐに転んでしまった。


 御使い様の御力で傷は塞がったけれど、血を流しすぎちゃったみたいだ。


「まだ無理をなさってはいけません。ここは危険です。主様のところへ参りましょう。」


「ううん、ダメだよ。あれを見て。」


 パトラさんがあたしに差し出してくれた手を右手で取りながら、あたしはまだうまく力が入らない左手で空を指さした。


 一際高い声で鳴くハゲワシのもとに、仲間が次々と集まってきている。


 鳴いているのは間違いなく、あたしが斬りつけたハゲワシだ。


「あいつらは血の匂いを追ってくる。今、あたしが中に入ったら、御使い様やおねえちゃんまで危なくなっちゃうかもしれない。」






 本来、砂漠ハゲワシは建物に近づくことはない。


 でも、さっきあたしを襲ったハゲワシは、明らかに様子がおかしかった。


 あいつは絶対に仲間を連れて、あたしを襲いに来る。


 あたしにはなぜか、それがはっきりと分かった。




 


 あたしは御使い様の守り手。パトラさんはそう言っていた。


 なら、あたしが御使い様を危ない目に合わせる訳にはいかない。ここであいつらを食い止めなきゃ。


 あいつらはしつこいけれど、自分より強い相手は絶対に襲わない。


 全部倒すのは無理でも、こっちが本気で抵抗すれば、諦めて逃げて行くはずだ。


 少なくとも、御使い様のところにあいつらが近づくのを防ぐことはできる。


 パトラさんは何も言わず、その黒曜石のような瞳で、あたしをじっと見つめていた。






「・・承知しました。では、速やかに殲滅しましょう。」


 あたしの本気が伝わったのだろう。


 やがて、パトラさんはあたしをその背中に守るようにして、盾と槍を構えた。


「戦えますか?」


 あたしは頭を小さく振って、身体のふらつきを払った。


「もちろん。」


「では、互いの後ろを守りましょう。来ます!」


 あたしはパトラさんと背中合わせになり、短剣を構えた。


 それと時を同じくして、ハゲワシたちは一斉に、あたしたち目掛けて急降下してきた。




砂漠ハゲワシデザートヴァルチャー

種族:飛行魔獣族

属性:風属性

召喚コスト:400DP

保有スキル:〈飛行〉〈隠密奇襲〉〈空中機動〉〈同族召喚(物理)〉

砂海に生息する肉食飛行魔獣。最大両翼幅は2〜2.5mほど。優れた視力と嗅覚を持ち、非常に広い縄張り内で、数羽から十数羽の群れを作って生活している。魔力を乗せた鳴き声で仲間同士のコミュニケーションを図っており、獲物を見つけると、十数km先からでも仲間を呼び寄せることができる。彼らは、太陽の光に自らの姿を隠すことで、襲撃直前まで獲物に自らの存在を感知させないという、特殊な方法で狩りを行う。大抵の場合、獲物となった犠牲者は、その鉤爪によって一撃で急所を貫かれて絶命する。しかし、運悪く絶命しなかった場合は、そのまま上空に連れ去られ、高所から落とされて墜落死させられることになる。獰猛で狡猾な性質を持つ一方、実は非常に臆病であり、自分より大きな相手には決して攻撃を仕掛けず、相手が強いと感じたらすぐに逃げてしまう。また、集落など人間が大勢いる場所には決して近づくことはない。

お読みいただき、ありがとうございました。

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