59 女神の聖所
最近、大根が安くて美味しいのでとても助かります。お漬物と煮物をたくさん作りました。
【大陸歴1415年8月23日 早朝】
〈フーリア視点〉
奥歯をぎゅっと噛んで膝の震えを無理矢理抑え込み、私は薄暗い通路を一歩一歩前へ進みました。
年下のユーリィの手前ああ言ったものの、今にもその場にへたり込んでしまいそうなほど、恐ろしいです。
私は胸の前で両手を握り、シャーレ様に祈りを捧げました。
目を閉じ唱句を一心に念じます。
すると自然と心が落ち着き、全身の震えが次第に収まりました。
目を開くと、自分の影が揺れゆらゆらと揺れています。
後ろを振り向くと、私のすぐ側に御使い様がいらっしゃっいました。
薄暗い通路を照らす、あたたかで清らかな光。
私は胸の奥から、自然と勇気が湧いてくるのを感じました。
もう大丈夫。私はしっかりと顔を上げ、周りの様子を確かめました。
目をつぶって祈りを捧げたことで、遺跡の中の明るさに目が慣れ、中の様子がよく見えるようになりました。
遺跡の中は薄暗かったけれど、幸いなことに真っ暗ではありません。
どういう仕組みか分からないのですが、壁や天井自体から、ぼんやりとした光が発せられています。
これもきっと、御使い様の御力によるものでしょう。
御使い様を通じてもたらされるシャーレ様の恩寵を感じ、全身に力が満ちてきます。
入り口を入ってすぐの突き当たりに、地下へ降りる階段がありました。
階段の下にはぼんやりとした明かりが見えるものの、何があるのか、ここからでは分かりません。
シャーレ様、お救いください。
私は勇気を振り絞り、一歩一歩慎重に階段を降りていきました。
「! これは 祭壇!?」
階段の先にあったのは、想像以上に広い空間。ざっと見ただけで、20歩(およそ15m)四方はある真四角の大広間でした。
「なんて、美しい・・・!!」
自然と溢れ出た熱い涙が、私の頬を伝って落ちていきます。
正面の祭壇に祀られていたのは、優しい表情を浮かべた美しい女神像。
一定の間隔で建てられた白い石の柱には美しい浮き彫りの装飾が施され、魔法の照明が灯っています。
広間の壁には一面に、鮮やかな色合いの壁画がありました。
描かれているのは、砂漠に住む人々や魔獣を率いて、悪しき異形と戦う美しい女神の物語。
精緻に描かれたその壁画に、私は圧倒されました。
ここは間違いなくシャーレ様の聖所。
あまりの神々しさに、私は胸がいっぱいになり、その場に跪いて女神に祈りを捧げました。
しかし、突然現れた禍々しい気配によって、私の祈りは妨げられてしまいました。
広間の隅に出現した赤い魔法陣。
そこから湧き上がるように姿を見せたのは、朽ち果てた曲刀を手にした骸骨でした。
骸骨は私の姿を見るなり、曲刀を振り上げながらまっすぐこちらへ向かってきました。
これは砂海で命を落とした船乗りの遺骸に違いありません。
哀れではあるものの、聖所を汚す不死者を許すことはできません。
「シャーレ様、迷える魂をお導きください。〈不死者払い〉!」
私はシャーレ様への祈りを拳に込め、骸骨の胸めがけて、それを叩き込みました。
聖なる力のこもった一撃によって、骸骨は崩れ去り、光の粒となって消えていきました。
しかし、ホッとしたのも束の間、再び魔法陣が出現し、骸骨が姿を現しました。しかも今度は2体です。
ここには迷える魂が集まってくるようです。
非業の死を遂げた人々が、シャーレ様の聖気に惹かれ、救いを求めているのでしょう。
御使い様が私をここへ連れていらっしゃったのは、聖所へ迷い込む呪われた魂を浄化するために違いありません。
私は〈不死者払い〉を使い、迫りくる骸骨の1体を浄化しました。
しかし、もう1体の繰り出した曲刀の一撃を、私は躱しきることができませんでした。
錆びた刃が私の左腕を切り裂きます。
焼けた鉄を押し付けられたような熱と痛みを感じると同時に、傷口から血が吹き出しました。
傷つけられた私を見て、御使い様はすごい勢いで周りを飛び回りました。
かなり動揺なさっているようです。
安心してください、御使い様。こんな傷一つで、私の信仰が揺らぐことはありません。
私は痛みをこらえて、すぐに体勢を立て直し、もう1体の不死者にも拳を叩き込んで浄化しました。
「シャーレ様、どうか御慈悲をお与えください。〈小治癒の祈り〉」
傷に手を当てて祈りを捧げると、暖かい光によって傷が癒され、痛みが引いていきました。
傷を癒している間、御使い様は心配そうな様子で、私の周りをくるくると飛び回っていらっしゃいました。
何か言いたげな御様子です。
けれど、私はユーリィと違って、御使い様のお言葉を聞くことができません。
ユーリィはシャーレ様に選ばれた特別な存在。
私はまだ彼女ほど、シャーレ様の御心に近づけていないということなのでしょう。
もっともっと修行を積み、力を高めることができたなら、私もいつか御使い様のお言葉を直接聞くことができるようになるでしょうか。
そのためにも、この聖所を浄化するという試練を、最後までやり遂げなくては。
私は御使い様に、声を出して自分の気持ちお伝えしました。
「御使い様、心配なさらないでください。私が必ず、この聖所に迷い込んでくる魂たちを浄化いたします。」
決意を言葉にするとより一層、晴れ晴れとした気持ちになりました。
私の心に嬉しさが溢れます。
これでまた一歩、シャーレ様に近づいた気がしたからです。
もちろん、聖なる使命を授かったユーリィと私が違うことは分かっています。
けれど、この試練は御使い様が私のために授けてくださったもの。
私の信仰に応えてくださったことが、本当に誇らしいです。
私は御使い様を見上げながら、自分のその思いを正直に話しました。
その間、御使い様は私の側で、じっとしていらっしゃっいました。
お返事はありません。けれど、私は自分の思いが御使い様に伝わったことを確信しました。
やがて、御使い様は私から少し離れたところへ移動なさいました。
するとそれが、合図になったみたいに、再び魔法陣から2体の骸骨が現れました。
私はさっきの戦いの経験を生かしました。
慎重に距離を見極め〈不死者払い〉を発動させます。
同時に、近づいてきた相手を誘導するように素早く横に動きました。
骸骨たちはそれほど動きが素早くはありません。しかも、私を直線的に追ってこようとしています。
私は2体の骸骨との間合いを測りながら、まずは1体の骸骨を浄化しました。
残った1体はすぐに斬りかかってきました。
しかし私が誘導したことによって僅かに間合いが開いていたため、その攻撃を難なく回避することができました。
攻撃の隙をついて、再び拳に〈不死者払い〉を発動させます。
そして、骸骨が大きく曲刀を振りかぶったその瞬間を狙って一気に距離を詰め、がら空きの胸骨目掛けて、拳を叩き込みました。
「哀れな魂よ、シャーレ様のお導きに従いなさい!〈不死者払い〉!!」
拳で胸骨を破壊された骸骨は、バラバラに砕けて崩れ落ちました。
その刹那、崩れ落ちる骸骨の苦悶に満ちた表情が、少し安らかなものに変わったように見えました。
今度は傷を受けずに、2体の骸骨たちを浄化することができました。
私は心の中でシャーレ様に感謝の祈りを捧げました。
床に崩れ落ちた骸骨たちは、光の粒となって消え去っていきました。
するとその瞬間、私は体の奥から、新たな力が湧き上がってくる感覚を味わいました。
感覚が研ぎ澄まされ、さっきよりも不死者の穢れとシャーレ様の御力をはっきりと感じられるようになったのです。
しかも、身体がなんだか軽くなったような気がします。
今ならさらに多くの迷える魂を救うことができる。
私はそう確信しました。
再び魔法陣が赤く輝き、骸骨たちが出現しました。
その途端、私は何かに導かれるように、自然と唱句を口にしていました。
「シャーレ様、お守りください。〈シャーレ神の祝福〉」
短い祈りが終わると同時に、私の身体はあたたかい光に包まれました。
光に照らされた骸骨たちの動きが、明らかに鈍くなります。
反対に、私は全身に力が満ち溢れていくのを感じました。
すぐに〈不死者払い〉を発動させ、今度は自分から距離を詰めて、骸骨の1体を浄化しました。
その骸骨が崩れ落ちるとともに、もう一体が私に斬り掛かってきました。
しかし、その動きはこれまでよりもずっと緩慢でした。
いえ、もしかしたら、私の知覚が速くなっていたのかもしれません。
私はその一撃を紙一重で躱すと、再び〈不死者払い〉を発動させた拳で、残った骸骨を浄化しました。
「私は新たな力に目覚めました。これもすべて御使い様のお導きのおかげです。ありがとうございます。」
骸骨たちが消え去った後、私は御使い様に感謝の言葉を述べました。
御使い様は何もおっしゃることなく、ただゆらゆらと、その丸い体を揺らしていらっしゃいました。
でも私は、御使い様がとても喜んでくださっているような気がしました。
また、魔法陣が輝き骸骨が現れます。
不死者の穢れが濃くなればなるほど、より強大な不死者が現れるようになると言われています。
立て続けに不死者が現れたことで、不死者の穢れはずっと強くなり続けています。
私の力はまだ未熟です。この聖所を完全に浄化するには、まだまだ力が足りていないのです。
だからこそ、もっともっと祈りを重ね、シャーレ様の御心に叶うようにならなくては。
私は聖なる使命を負った高揚感を胸に、祈りの力を拳に集めました。
「さあ、おいでなさい。私があなた方を、シャーレ様の御下へ導いて差し上げます!」
私は力強く拳を握りしめ、襲いかかってくる哀れな骸骨たちと対峙したのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。




