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55 パトラの畑

 ぜんざいはとても美味しかったです。ごちそうさまでした。

【大陸歴1415年8月20日 深夜】


〈十四郎視点〉


 将軍アリに揺られて移動すること、およそ5分弱。


 ようやくパトラの巣の入口が見えてきた。


 少し盛り上がったその入口は、砂の海に点在する無数の砂丘に紛れているため、意識して探しても発見するのはかなり難しい。


 盛り上がった砂山の裾部分には、直径6m程の丸い穴がぽっかりと口を開いている。


 俺は将軍アリにまたがったパトラの腕に抱かれたまま、その穴をくぐった。


 穴の先は意外と広く、体長2m以上はある将軍アリが余裕を持ってすれ違えるくらいのトンネルになっている。


 穴の周り砂や、それに続くなだらかなスロープの壁や天井はしっかり塗り固められていて、思ったよりも丈夫な作りになっていた。






 緩やかにカーブしたスロープを下っていくに連れ、月の光が届かなくなり、周囲が暗闇に閉ざされた。


 深い闇の中、案内役のパトラと将軍アリの目だけが赤く輝いて見える。


 しかし、更に下っていくと、トンネルの先に薄い金色の光が見え始めた。


 そして、次第にトンネルの幅が広くなるに連れて、その光は強くなっていった。






「すげえ! めっちゃ広くなってる!」


 トンネルを抜け、大きく視界が開けた先の光景を見た俺は、思わずそう声を上げてしまった。


 そこには直径50m程のドーム型の空間が広がっていた。塗り固められたそのドームの壁や床は、薄い金色の光を放っている。


 それをよくよく見てみると、床や壁には金色に輝く砂のようなものが無数に付着していた。


 さっきから見えていた光の正体は、この金色の砂だったのだ。


「従属させた眷属たちを含め、通行量が増えたので、混雑防止のために分岐路を拡張しました。」


 パトラの言葉通り、入口を入ってすぐの場所にある大広間には、将軍アリに騎乗した蟻人や食べ物らしきものを運ぶアリ太郎たちが行き交っていた。






 ドーム型をしたこの広間は、文字通りのエントランスホールだ。


 ホールの壁には、たくさんの横穴が開けられていて、そこを蟻人たちがひっきりなしに出入りしている。


 しかも、大勢が一斉に動いているのに、全員の動きが整然としているせいで、全然混み合っている感じがしない。


 まるで号令に従っているみたいに、みんな規律正しく行動している。


 驚いてその様子を見ていると、俺の脳内を読み取ったパトラは、ちょっと面白がるような調子で言った。


「それはそうですよ。ここにいる全員が『私』なんですから。」


 彼女たちは虫なので、人間のように笑うことはない。けれど、ユーモアを理解するセンスはあるみたいだ。


 このところ、日に日にパトラが人間らしくなってきている気がする。


 恐るべき学習能力だ。ちょっとうらやましいぞ。







 彼女によれば、今の交通量は昼に比べてかなり少なくなっているらしい。


 大半の蟻人やアリ太郎たちは、寝床で休んでいるそうだ。


 アリ太郎たちは昼行性なので、夜になると動くが鈍くなる。


 どうやら蟻人であるパトラたちも同じ性質を持っているようだ。


 言われてみれば、ここまで俺たちを運んでくれたこの将軍アリも、昼間に比べて動きが遅かった気がする。


 広間に着いたところでパトラは俺を抱えたまま将軍アリから降りた。


 俺は将軍アリに「ご苦労さん、ありがとうな」と声を掛けたあと、パトラの案内に従い巣の奥へと向かった。






「この先なのですが、主様は進めますか?」


 彼女に尋ねられた通り、ある程度進んだところで、俺は進めなくなってしまった。


 この先は俺の領地ではない。緑の立方体を配置しなくては、この先に進むことはできない。


 俺はアイコンを操作して、緑の立方体を配置していった。


 こういうときのために、未配置分を残しておいて本当に良かった。






 少しずつ下がっていくトンネルを100mほど進むと、先のほうがだんだん明るくなってきた。


 進むに連れ、金色の輝きが次第に強くなっていく。


「なんだコレ! すげえきれいじゃん!!」


「褒めていただいてうれしいです。これが私の『畑』です。」


 俺の驚きの声に、パトラは少し恥ずがしがっているような調子でそう返した。


 目の前に広がっているのは、端が見えないほど広大な空間だった。


 さっきのエントランスホールよりも天井は低いものの、奥行きは比べものにならないほど広い。


 そして、そこを埋め尽くしているのは、金色に輝く一面のキノコだった。






 この地下空間全体に、むせ返るような甘い香りが満ちている。その香りは、金色キノコから発せられているようだ。


 キノコの大きさは、高さ20cmくらい。15cmくらいの白い軸の上に、直径10cm程の半球形をした傘が乗っている。


 金色に輝いているのは、この傘の部分だ。傘の下にある細かいヒダからは、金色に輝く砂粒のようなものが放出されている。


 金粉のように見えるこれは、どうやらこのキノコの胞子のようだ。




 


 金色キノコは、広い空間に造られた畝のような盛り上がりに沿って、整然と生えている。


 その間を、見たこともない姿をしたたくさんの蟻人たちが歩き回っていた。


 彼女たちは鎌のようになった鋭い鉤爪を使って、器用にキノコを収穫している。


 そして刈り取ったキノコを、傍らにいるチビアリ太郎の背中に乗せたタライの中にどんどん放り込んでいた。


「あのタライは?」


「狩った大サソリの甲殻です。」


「なるほど。食べかすの有効利用ってことか。」


「そういうことですね。」


 案内役のパトラはそう言うと、近くに生えていたキノコをちぎり取り、俺の方に差し出してきた。







「よかったら、お召し上がりになりますか?」


 差し出されたキノコからは、なんとも言えない甘い香りがする。


 ちょっとバニラっぽい。正直、すごく美味そうです。


 この世界ゲームに来てから、およそ3か月。俺はまったく食べ物を口にしていない。


 当たり前だ。なにしろ『口』がないからな。


 だけど、今の俺には、ナビさんが作ってくれた五感アイコンがある。


 俺の予想では、ナビさんがキノコを吸収したときに、味を感じることができるはず。


 今こそ、それを試す時だ。


 ただ、キノコを生で食べるのはちょっとだけ抵抗がある。


 けど、『口』に入れるわけじゃないから、大丈夫かな?






 俺は、パトラに頼んで、ちぎったキノコを俺の真下の地面に置いてもらった。


 ナビさんは、誰かが触っているものを吸収することができないからだ。


 ちなみに、ナビさんは生きている状態のものも吸収できない。


 それができたら魔獣だろうが、人間だろうが、領土内の敵は全部吸収してしまえるんだけどな。


 流石に、そんな都合良くはいかないらしい。







 俺はナビさんに「このキノコを吸収してくれ」と話しかけた。


 すると、地面の上のキノコが、光の粒に変わって溶けるように消えていった。


『黄金蟲茸を吸収しました。10DPを獲得しました。』


 ナビさんのメッセージが脳内に響く。


 その瞬間、俺の『口』の中に、キノコを食べた感覚が伝わってきた。


 上等なチーズのように滑らかで、得も言われぬ食感。頭がくらくらするような芳醇で甘美な香り。


 そして、頭をぶん殴られるような、強烈な苦みと渋み。







「ぎゃあああああああ、にがいいいいいいいいいいい!!!!!」


 俺は悲鳴を上げて、デタラメに辺りを飛び回った。


 もしも身体があったら、間違いなく喉を掻きむしって、地面を転げ回っていたはずだ。


「大丈夫ですか、主様!?」


 パトラが俺を心配してオロオロし始めるが、どうすることもできない。


 俺は散々飛び回って苦しんだ挙句、ようやく味覚スイッチのことを思い出した。


 スイッチをオフにすると、俺を苦しめていた苦みは、嘘のように消えた。


 ふう、助かった。マジで死ぬかと思ったよ。






「主様、申し訳ありません。」


 ようやく落ち着いたところで、パトラは恐縮した様子で俺にそう言った。


「いや、パトラが悪いわけじゃないよ。俺が馬鹿なことしただけだから。」


 実際その通り。


 悪いのは、未知のキノコを生で食べるなんて無茶をしたこの俺だ。


 彼女は全然悪くない。


 それでも彼女からは、しょんぼりしているような気配が伝わってきた。


 よく見れば、触覚が下がっているし。





 

「ありがとうパトラ。ちょっとびっくりしたけど、いい経験ができたよ。」

 

 パトラを慰める気持ちもあるけど、これは俺の本心からの言葉だ。


 彼女のお陰で、俺はこのスイッチの機能を確かめることができたのだから。


 今後は、もっといろいろなものの味を確かめてみよう。


 あ、できれば、ユーリィたちが食べているもの限定で、だけどな。






「なあ、パトラ。良かったら、このキノコをどうやって育てているか、教えてくれないか?」


 俺がそう尋ねると、パトラの触覚がピンと立った。


「もちろんです。こちらをご覧ください。」


 パトラはそう言って、俺を畑の隅の方に案内してくれた。


 そこでは、変わった姿をした蟻人たちが一心に作業をしていた。


「これはこの畑を作るために、私が特別に生み出した分身体です。」


 作業している蟻人たちは、案内役のパトラよりも二回りは大きい。


 彼女たちの腹部と両腕の先端は、大きく膨らんでいた。


 彼女たちは、膨らんだ両腕の先端から金色の液体を、地面に向かってスプレーのように噴射している。







「この分身体は、摂取した魔獣を消化し、この液体を作ることができます。」


 パトラの説明によると、この液体を砂地に撒くと、勝手に金色のキノコが生えてくるらしい。


 それがどういう仕組なのかは、彼女自身も分かっていなかった。


 ただ、ある程度、巣が発展した段階で、自然とこの分身体を作れるようになったという。


 知識ではなく、もともと持っていた種としての本能でやっていることなのだろう。


 パトラはそれを、ユーリィたちから学んだ知識を元に改良し、このキノコ畑を作ったのだそうだ。






「畝を作ったことで、栽培空間を無駄なく活かせる上に、収穫作業の効率も上がりました。人間種の知恵は素晴らしいですね。」


 現在、この巣のほとんどの蟻人と家畜のアリ太郎たちは、このキノコを主食としているそうだ。


「じゃあ、狩った魔獣を食べているのは、畑を作る分身体だけってこと?」


「いいえ、卵を生む私の本体と、本体を守る特別な戦士たちも魔獣を食べています。ですから、以前ほどは、多くの魔獣を必要としません。」


 彼女の本体はこの地中のさらに奥深く、特別な迷路の先で、戦士たちに守られているらしい。


 この先そこから動くことなく、生涯卵を産み続けるのだそうだ。






「それにしても分身体って、色んな種類がいるんだな。」


 俺が感心したようにそう言うと、アリ兵士の彼女は俺の方を見上げながら言った。


「私も巣を持つようになって初めて知りました。私が巣を持てたのも、すべては主様のおかげです。本当に感謝しています。」


 パトラから、すごく喜んでいる気配が伝わってくる。


 彼女はゲームのキャラクターに過ぎない。けれど、こうやってストレートに感謝を伝えてもらえると、やっぱりうれしいものだ。


 そうだ。このキノコ、ユーリィたちは食べられないだろうか?


 拠点の食糧問題は、未だに深刻だ。


 人間がこのキノコを食べられるなら、それを少しでも解消できるかもしれない。


 味は酷いが、火を通せば改善できるかもしれないしな。


 俺がそう言うと、パトラも同意してくれた。


「そうですね。畑は順調に拡張してますし、今のところ、収穫量は十分にあります。もし、ユーリィ様たちが召し上がるのでしたらすぐにでも・・・。」


 だが、案内役のパトラはそこで急に言葉を止めた。


 次の瞬間、手にした槍をさっと構え、俺を守るように前へ立ち塞がる。







『迷宮核直近の迷宮領域内に、敵性魔獣が出現しました。』


 直後に脳内に響くナビさんの警告。


 しかし、それがが終わらないうちに、俺の周りのキノコたちが、ものすごい勢いで金色の胞子を撒き散らし始めた。



蟻人アントノイドファーマー】

種族:人型魔獣族

属性:土属性

召喚コスト:100DP

保有スキル:〈熱耐性〉〈酸耐性〉〈昆虫種魅了〉

農夫階級のアントノイド。身長100〜120cm程。その姿は直立した4本足のアリである。様々な農作業に適応するため、異なる腕の形状を持つ多様な種が存在する。なお、戦闘力は皆無である。



蟻人アントノイドグロウワー】

種族:人型魔獣族

属性:土属性

召喚コスト:2000DP

保有スキル:〈熱耐性〉〈酸耐性〉〈昆虫種魅了〉〈栄養液散布〉

特殊アントノイド。身長200〜220cm程。その姿は直立した4本足のアリであるが、前腕と腹部が異常に膨らんでいる。彼らは腹部に魔力を含んだ酵素を生成する器官を持っており、摂取した魔獣の肉体と魔石を原料として、体内で栄養液を生成することができる。この栄養液は、非常に強い土の魔力を帯びており、腕を使って地面に散布することで、植物の生長を促すことができる。これは森林司祭ドルイドの使用する中級呪文〈生長促進グロウプランツ〉と同等の効果を持つ。ファーマーと同じく、戦闘力は皆無である。


お読みいただき、ありがとうございました。

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