51 砂賊の戦い 後編
年末年始で体重が…。
【一言あらすじ】バグラ、戦艦を手に入れる。
【大陸歴1415年7月21日 夜明け直後】
〈バグラ視点〉
「アニキ!! 戦艦は押さえました!!」
半身を血で染めたアーシが叫ぶ。それが合図になったかのように、巨大な戦艦はゆっくりと動き始めた。
「さっさとずらかるぞ!」
迫りくるフラシャール兵を一刀のもとに斬り捨て、バグラは南風の手綱を引いた。
バグラの配下たちが乗り込んだ戦艦を奪還しようと群がって来る兵士たち。
騎鳥で周囲を駆け回りながら彼らを排除し続けていたバグラは、退路を見つけるために周囲を見回した。
まだ明け染めぬ暗闇の中、バグラたちの奇襲によって火をかけられたフラシャール軍の船が、轟々と音を立てて燃えている。
船体にまでは燃え移っていないものの、帆は完全に焼失しており、航行不能の状態だ。
本来であれば、船にかけられた火を消すことは、何よりも優先すべきこと。
しかし、奇襲で混乱しきったフラシャール軍は、戦艦を守ることを優先した。
この判断ミスには、バグラが指揮官と思しき相手を、優先的に排除したことが多分に影響している。
さらに、彼はあえて手下を分散させ、散発的な襲撃に見せかけさせた。
そのせいで、迎撃にあたった兵たちは、襲撃者を排除してからでも消火が間に合うと判断してしまった。
この致命的な誤りの結果、彼らは砂海で船足を失うという、取り返しのつかない事態を引き起こしたのだった。
更に悪いことに、乗り手のいないの騎鳥の大半が、オアシス外へと走り去ってしまっていた。
騎鳥は火を恐れる。制御されていない状態で火を見れば、我先にそこから離れようとする性質がある。
バグラは手下に指示し、真っ先に騎鳥の留綱を狙わせた。
これによってフラシャール軍は、退却する襲撃者を追跡する手段を完全に失ってしまった。
ここまでは、完全にバグラの目論見通り。
だが、流石は精鋭。混乱から立ち直って以降の反撃は、本当に凄まじいものだった。
戦艦を守ろうと船内に残っていた僅かな手勢を排除するため、バグラの配下の多くが命を落とした。
またそれ以上に、戦艦の周囲を取り囲む兵士たちとの戦いは熾烈を極めた。
戦艦に取り付こうとする兵士たちとの戦闘で、デケムの配下たちの半数以上が戦死した。
しかし、今や戦いの趨勢は決した。
戦艦の錨が上がると、魔力によってふわりと砂上から浮き上がった船体は一気に動きを速めていく。
帆いっぱいに夜明けの風を捉えた戦艦は、みるみる速度を上げていった。
「旦那! そっちの首尾はどうだ!?」
バグラにそう呼びかけられたデケムは、迫りくる兵士の首を長剣で刎ね飛ばした後、目だけで頷いてみせた。
騎鳥から降りて戦う彼の周囲には、多くの敵兵が集まっている。しかし、その足元には、それに倍する数の躯が転がっていた。
バグラはデケムの元に南風を駆けつけさせ、彼を囲んでいる敵に向かって飛び込んでいった。
そして、敵中を縦横無尽に駆けながら、デケムの包囲を蹴散らすと音高く口笛を吹き、周囲を駆けていたデケムの騎鳥を呼び寄せた。
駆け寄ってきた騎鳥の手綱を取って、一気にデケムが鞍へ飛び乗る。
それを見届けたバグラは、敵兵から奪ったばかりの曲刀を彼に手渡した。
「騎鳥の上じゃあ、長剣は扱いづらいだろ。旦那なら、こいつでもいけるんじゃないか?」
長剣を腰に戻したデケムは、手渡された曲刀を一瞥した後「無論」と短く答えた。
そして、曲刀を振り上げ、再び集まり始めた敵兵たちに突貫していった。
その後、バグラとデケムは協力して殿を務めた。
戦艦に追いすがろうとする兵士たちと戦いながら、徐々にオアシスから味方を撤退させていく。
やがて、戦艦が完全にオアシスを離れたことを見届けたところで、バグラは大きく手綱を引いた。
南風の一声が戦場に響く。
次の瞬間、生き残っていた騎鳥たちは一斉に嘴を揃え、その乗り手たちと共に、ぐんぐんと遠ざかっていく戦艦を追って走り出した。
フラシャール兵たちは、残った僅かな騎鳥を駆って戦艦を追ってきた。
その彼らに向けて、戦艦から放たれた鋲弾が次々と炸裂する。
大型魔獣用の弩砲の一撃を正面から食らった兵士と騎鳥は、文字通り粉々になって弾け飛んでいった。
「はっはぁ!! やったぜ旦那! フラシャールの連中を出し抜いてやった!!」
疾走する騎鳥を並走させながら、バグラは凶悪な笑みを浮かべて、デケムに右手を差し出した。
デケムは一瞬逡巡した後、バグラの右手に音高く自らの手を合わせた。
今回の襲撃で失った多くの部下。遠く離れた地にいる主の安否。
そして、今後激化するであろう都市を巡る戦い。
バグラ自身に対しても思うところは多い。
しかし、そのすべてを飲み込んで、彼はバグラの差し出した手を取ったのだった。
追手を振り切った後、戦艦と並走しながら、デケムは改めて隣を走るバグラの姿を見た。
彼は全身血脂にまみれ、酷い状態になっている。そのほとんどは返り血だが、もちろん無傷というわけではない。
デケム自身もまったく同じだろう。ただ、傷の痛みはそれほど感じなかった。
戦い直後の興奮のせいで、自分がどれほどの傷を負っているのか見当がつかないのだ。
バグラの前に座っているオルワの純白のドレスも、赤黒い染みでまだら模様になってしまっている。
すると、デケムの視線に気づいた彼女は嫌そうに眉を顰め、胸の前で両手を合わせて目を瞑った。
次の瞬間、彼女とバグラ、それに南風の全身を汚していた血の染みが、光に溶けるように消え去った。
同時に、バグラの頬や右腕にあった傷が、みるみる癒えていく。
唱句どころか、直接傷に触れることなく傷を癒やした彼女の業に、デケムは目を瞠り、思わず口を開いた。
「襲撃前の魔法にも驚いたが、本当にすごい神力だな。・・・俺たちも頼めるか?」
しかし、オルワは何も聞こえなかったかのように、ふいと顔をそらした。
哀れな男を煽るように、南風も「くええ」と鳴いた。
「はっはあ、嫌われちまったな、旦那。オルワ、船に戻ったら、他の連中も一緒に治療してやってくれ。」
バグラの言葉に、オルワは素直に頷いてみせた。
「この女、お前の奴隷なんだろう? ずいぶん丁寧に扱うんだな。」
「オルワは俺の奴隷だが、大事な女だ。」
バグラの言葉に、オルワはそっと目を伏せる。途端に、南風が抗議の声を上げた。
「ああ、すまん。お前も俺の大事な女だぜ、南風。」
バグラはそう言って、腰につけた革袋から花サボテンの実をポンと前方に放った。
南風はその大好物を嘴で受け取ると、満足そうに「くぇ!」と鳴いた。
デケムは鼻から大きく息を吐くと、疾走する自らの騎鳥の手綱を操り、バグラたちから離れた。
「こいつ、雌だったのか・・・どおりで・・。」
誰にも聞こえないように、彼は小さく呟いた。
そして、生き残った部下たちの下へと、自身の騎鳥を寄せていったのだった。
騎鳥で半日ほど離れたところにある砂丘の陰。
そこに停泊させておいた船団と合流した後、バグラたちは生き残った男たちを再編成し、すぐにペルアネゲラ市へと向かった。
待機させておいた船員たちと凱旋を喜び合い、死んでいった仲間を悼みながら、彼らは航行を続けた。
フラシャール軍の追手やナクリアットの手勢による襲撃を警戒していたものの、特に何事もなく港に到着したのは4日後の夕刻のことだった。
「よくやってくれたなバグラ、デケム。」
バグラ砂賊団のアジトになっているサファの酒場。
そこで彼らを出迎えたザイヤードは、満面の笑みで二人を労った。
「青牛野郎の首根っこを押さえられた。これでもう、奴さんはおしまいだ。」
ザイヤードはそう言って、カウンターの隣の席に座ったバグラの酒杯に、黒火酒をなみなみと注ぎ込む。
愉快そうな笑みを浮かべるザイヤードとは対象的に、デケムは無表情のまま、主の背後を守っていた。
鉱山都市ウォートから取り寄せたという最高級酒の香りをゆっくり楽しんだあと、バグラはザイヤードに問いかけた。
「それにしちゃあ、港にいた連中はずいぶん物々しかったがな。あんた、本当に大丈夫か?」
「無鉄砲な若造に心配されるほど、まだ老いぼれちゃおらんさ。フラシャールの連中の手出しがなくなった以上、ナクリアットも表立って動くわけにはいかん。」
ザイヤードは一旦言葉を止めると、傍に控えるデケムに視線を送った。
デケムが差し出した羊皮紙をバグラに示しながら、ザイヤードは言葉を続けた。
「逆にこっちは、デケムの働きで決定的な証拠も掴めた。キツネの婆もこっちに味方してくれる算段がついとる。」
キツネの婆とは、この都市を牛耳る犯罪組織『黒狐』を率いる女首領ファティーマのことだ。
歓楽街に拠点を持つ彼女はこの都市の出身であり、同じルーツを持つ人々と強い絆を持っている。
『黒狐』は元々、他の都市からやってきた者たちから、市民を守る自警団的に発展してきた。
その経緯から、大掛かりな荒事が不得手な分、圧倒的な組織力と構成員数を誇っている。
バグラは赤黒い染みの残る羊皮紙にさっと目を通した。
そこには、ナクリアットがフラシャールと交わした密約が記されていた。
ナクリアットが手引きしてフラシャール兵をこの都市に引き入れ、他の評議員たちを排除する。
その後、奴がこの都市の実権を握るというのが、その密約の内容だった。
この都市は、六都市同盟にとって北方諸国への唯一の玄関口であると同時に、砂海からの他国の侵入を防ぐ防波堤。
ここを落としてしまえば、サミル半島内側の街道を使って、同盟都市を各個撃破することが可能となる。
ナクリアットはバハムテジャリ市にも強い影響力を持つ。
おそらく今回の密約は、バハムテジャリ市の上層部も了解済みなのだろう。
ペルアネゲラ、バハムテジャリの二都市に加え、フラシャール軍の力が加われば、そこ隣接したバンダール市も無事ではいられない。
都市国家同盟は、その半数を一気に失うことになり、六都市同盟の存在は瓦解してしまうだろう。
今回のナクリアットの密約は、この都市のみならず、都市国家同盟全体に対する重大な裏切り行為だ。
これまでずっと中立を保ってきた『黒狐』がザイヤードにつくとなれば、この都市で隆盛を誇っているナクリアットと言えども、ただでは済まない。
ザイヤードは、羊皮紙に書かれた密約について、バグラにそう説明した。
「ふむ、そんなもんか。だが、俺には関係ねえ話だ。」
説明を受けたバグラは小さく鼻を鳴らすと、残っていた火酒を一息に飲み干し、空になった酒杯をサファに差し出した。
「相変わらずつれねえなあ。お前さんがこっちについてくれりゃあ、ずいぶんと心強いんだが。」
ザイヤードはそう言った。だが、その表情は言葉とは裏腹に、少しも残念と思っていない様子だった。
「そいつの借りを返しに行くんだろう。誰だか知らんが、よりによって厄介な奴を相手にしたもんだ。」
ザイヤードは顎でバグラの鈎義手を指しながら、面白がるようにそう言った。
「ああ。あんたのお陰でいい船が手に入ったしな。準備ができ次第、すぐにでも立つつもりさ。礼を言うぜザイヤード。」
「お前さんに礼を言われる日が来るとはな。今夜は雪が降るんじゃねえか?」
ニヤリと笑い合い、二人は酒杯を合わせた。
空になった酒杯をカウンターの上に置いたザイヤードは、サファに「世話になったな、おかみ」と言って、椅子から立ち上がった。
「ここは本当にいい店だ。お前さんがその借りを返し終わったら、知らせてくれ。また寄らせてもらうとしよう。」
「ああ、そん時の土産は裏切野郎の首にしてくれ。」
バグラの言葉に不敵な笑みを残し、ザイヤードは酒場を出ていった。
主に従って出ていく直前、デケムはバグラに向かって、小さく目礼した。
バグラは酒杯を軽く上げてそれに応えた。
翌日から、バグラは新しく手に入れた戦艦の改修と、新たな船員探しを始めた。
20日後、漆黒の船体に金の飾りを施された新たな旗艦『奪い去る刃号』は、船出の時を迎えた。
「今度こそ、借りを返させてもらうぜ!」
隣に寄り添うオルワを抱き寄せながら、バグラは左腕の鈎義手を高く突き上げた。
その目が見つめるのは、はるか北の空。その向こうにいるあの精霊使いの娘だ。
容赦ない復讐の刃が、十四郎とユーリィに迫ろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございました。




