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50 砂賊の戦い 前編

 まだ仕事の調子が戻りません。年末年始は忙しかったけど、充実してたんだなと思います。


【一言あらすじ】バグラ、襲撃開始する。

【大陸歴1415年7月21日 夜明け直前】


〈バグラ視点〉


「あれで間違いねえようだな。」


 ザイヤードから得た地図を手がかりに砂海をさまよい始めて5日目。


 バグラ砂賊団は、ようやく目標のオアシスを特定することに成功した。


 離れた場所から監視を重ねること、さらに2日。ようやく目標の概要が掴めてきたところだ。






 遠眼鏡で覗くと少し離れた場所に、いくつもの船影が見える。


 あそこにあるのは、主要な交易航路から外れた天然のオアシスだ。主要航路から外れてるため、住民の姿はない。


 ガンド大砂海には無数のオアシスが存在しており、その種類は人工と天然とに分けられる。


 人工のオアシスは、砂海の四方を取り巻く巨大な山脈から地下水路を掘って造られている。


 その目的は、砂海を行き来する砂上船の中継地を作り、安全な航路を確保することである。


 人為的に造られ、魔法で管理されたこれらのオアシスでは、概ね一定の水量が確保できる。


 そのため農業を行うことが可能で、多くの定住者が暮らしている。


 バグラが略奪の対象としているのは、主にこれらのオアシスだ。


 このオアシスを繋ぐ航路は、それを利用する交易船やオアシスを守るための護衛船が常に行き来しており、非常に安全である。


 反面、砂海の縁に沿って長距離を航行することになるため、多大な時間と費用を要するというデメリットを持つ。






 一方、山脈から遠く離れた砂海内陸部では、天然のオアシスが無数に存在している。


 これらのオアシスは水量が変化しやすいため、農業には不向きであり、定住者もほとんどいない。


 しかし、天然オアシスを経由する航路を上手く活用すれば、航行の費用と時間を大幅に減らすことができる。


 そのため、砂海の交易商人たちは皆、それぞれに独自の航路を持っている。


 彼らは一攫千金を夢見て、海図と星の動きを頼りに砂の海を渡るのである。


 なお、砂海の内陸部には、巨大砂地蟲ヴァースワーム大地の巨獣ベヒーモスなどの、超巨大魔獣たちが生息しているため、航行は常に死と隣合わせ。


 内陸部に地下水路を延伸できないのも、オアシスの水量が安定しないのも、これらの魔獣たちが原因だ。






 そういった背景から、通常、定住者のいないオアシスに、あれだけの船が集まることはない。


 目を凝らせば、船影の中に一際大きな船も見える。


 流線型をした優美な船型フォルムに、見上げるほど高い3本のマスト。


 間違いなくあれが、フラシャール砂上船軍の最新鋭戦艦だろう。






 極上の獲物ふねを前にして、バグラは我知らずゴクリと喉を鳴らした。


 そんな主人の興奮を感じ取ったのか、愛騎の南風シャマールが尾羽根をぶるりと震わせる。


 バグラは腰に着けた革袋から玉サボテンの実を取り出し、騎乗したまま南風に投げ与えた。


 大きな嘴で器用に好物の実を受け止めた南風は、甘えるように小さく「くぇ」と鳴いた。






「作戦はあるのか?」


 不信感たっぷりでバグラにそう尋ねたのは、ザイヤードの配下である大柄な男だ。


 少数の斥候とともに騎乗している今は、街中で着ていた黒装束ではなく、バグラと同じような砂色の上下を纏い、頭に巻いた布で顔を隠している。


「俺達は砂賊だぜ、デケムさんよ。そんな大層なもんあるわけねえだろう。いつも通り、一気に襲って、丸ごとかっさらう。それだけだぜ。」


 煽るような調子でバグラがそう応じた途端、大柄な男、デケムは青い目を細め、低い声でバグラに言い返した。






「ふざけるな! うちの親父さんがどんな思いで、お前に情報を流したと思ってる。もし失敗したら、お前の命一つじゃ済まないんだぞ!」


 短く刈り込まれた金髪と同じ色をした眉が、怒りの形に釣り上がる。


 潜伏中であるため、かなり抑えた声量だが、その言葉に込められた怒気は隠しようがなかった。


 バグラの鞍に一緒に騎乗しているオルワは、デケムの怒りの形相をつまらなそうに一瞥した。


 彼の腕の中で、呆れたように小さく鼻を鳴らす。


 二人をその背に乗せている南風も、彼女に同意するかのように「くぅ」と小さく鳴き声を立てた。






 あからさまに馬鹿にされたデケムの額に、くっきりと青筋が浮かぶ。


 しかし、彼はその怒りを理性で無理矢理抑え込んだ。


 砂賊の英雄と名高いバグラに対して、船乗りですらない自分が意見するのがいかにおこがましいことなのか、彼だってよく自覚しているからだ。


 だからといって、バグラに対する不信感が消えたわけではない。


 彼は、大恩ある主ザイヤードの密命を受け、部下を引き連れてこの計画に参加している。


 その彼にしてみれば、ここ数日のバグラの無策ぶりは、あまりにも目に余るものだった。


 彼が率いている部隊は、彼自身と同じく正規の訓練を受けた精鋭ぞろい。


 拠点襲撃から要人警護に至るまで、集団としての作戦遂行能力は極めて高い。


 だが、バグラは目標を発見して以来、ろくに襲撃計画を立案しようともせず、ひたすらに偵察を繰り返している。


 口には出さないものの、デケムも彼の部下たちと同様に、「本当にこの男に任せておいて大丈夫なのか?」という不信を抱かずにはいられなかった。






 おそらくその気持ちは、彼の目にありありと映っていたのだろう。


 バグラは彼にしては珍しく、デケムの顔を正面から見つめて口を開いた。


「別にふざけちゃいねえさ。ここ二日くらいの船の出入りで、相手の数や武装はだいたい分かってる。これ以上の増援もねえようだ。」


 バグラの語り口と眼差しが、思いのほか真剣だったことから、デケムは虚を突かれた。






「どうしてそんな事が分かる?」


「焚き火の煙の色と帆綱の張りを見りゃあすぐに分かるさ。連中、ずっと仮かまどで煮炊きしてやがるからな。最初から味方が揃うまでのつもりだったんだろう。」


 バグラは細く登る薄青い煙を指しながらそう言い、さらに言葉を続けた。


「だが、じきにここを立つようだ。ほら、若え連中が帆綱を絞ってるのが見えるか?」


 バグラの問いかけにデケムは目を凝らして、遠眼鏡の中の船影を見つめた。


 しかし、バグラの言うような変化を見つけることはできなかった。ここ二日ほどずっと見てきた光景と、何ら変わりない様子がそこにあるだけだ。


 襲撃者としてのバグラの観察眼を前に、デケムは言葉を失った。


 そしてそれは結果として、先程まで感じていた激しい怒りを収めることにつながった。






「ならば、そろそろ動くのか?」


「ああ、夜明けと同時にな。連中、すっかり気が緩んでやがる。まあ、フラシャールからここまで、ろくに補給もせずに来てるわけだからな。狙うなら今だ。」


 戦いが間近であると知らされ、デケムの目にぐっと力が籠る。それを見たバグラは、フッと小さく息を吐いた。


「そう、力入れんなって。今はこれ以上の深入りは危ねえ。どんだけバレねえように近づけるかだけ、考えといてくれ。あんたらがヘマしなけりゃ、必ずうまくいくさ。近づいちまえば、暴れるだけだからな。そっちは期待していいんだろ?」


「ああ、もちろんだ。」


 デケムは小さく頷くと、腰に佩いた長剣バスタードソードに軽く触れた。


 愛用の剣は、わずかでも光を反射しないよう、全体を黒く塗られている。


 バグラたち砂賊が愛用する曲刀シミターとは違う、ずしりと感じられる直剣の重みが、デケムの昂ぶる心を鎮めてくれた。






 今回の大規模な襲撃には、バグラの手下たちだけでは不安がある。故にザイヤードは自分たちをこの地へ差し向けた。


 彼の任務は相手に正体を知られることなく、ナクリアットとフラシャールが内通している証拠を手に入れること。


 新造戦艦の奪取を目論むバグラとは、そもそも目的が違う。だが、両者の利害は完璧に一致している。


 相手はただの砂賊ではない。密命を受け、他国からやってきた正規軍の精鋭たちだ。


 困難な戦いになることは、火を見るより明らか。


 だが、ザイヤードのために、今回の襲撃は絶対に失敗することはできない。


 デケムはその思いを新たにし、背後に控える配下たちに目線を向けた。


 忠実な部下たちが、目礼するのを見届けた彼はバグラに向き直った。






 オアシスの向こうに見える東の空が、ほの白く染まり始めた。


「あとは手筈通りだ。行くぞ!」


 バグラの引いた手綱に反応し、南風が「くるるぅ」と一際高い声を発する。


 すると、後方に控えていた騎鳥たちが一斉に隊列を組み、南風の後ろに付き従った。






 彼らの騎鳥である砂漠走鳥デザートランナーは、常に群れで行動し、もっとも強いリーダーに付き従う性質がある。


 南風はこれまでバグラと共に、幾多の戦いを勝ち抜いてきた歴戦の猛者だ。


 襲撃を指揮する指揮官の乗騎として、申し分ない力量を備えている。


 騎鳥に乗り慣れていないザイヤードの配下たちであっても、南風が群れを率いることで問題なく戦場にたどり着くことができるだろう。


 もっとも、風を置き去りにするほどの騎鳥の速度に、彼らが振り落とされなければの話だが。






 南風は砂色の身体を低くし、矢のような速度で前方に飛び出した。


 先頭を行く南風に遅れまいと、群れが一斉に動き出した。


 次の瞬間、バグラたちの周囲から一切の音が消える。


 騎鳥が砂を蹴る音、武器と鎧がぶつかる僅かな音、風を切る音すらまったく聞こえない。


 オルワの神聖魔法〈静寂の祈りヴェイルオブサイレンス〉の効果が発動したのだ。






 2つの大きな月が沈み、太陽はまだ地平線から顔を覗かせてはいない。夜の暗闇はより深くなっている。


 本来、砂漠走鳥は夜目が効かない。


 そのため、この暗闇の中では、これほどの速度で走ることは不可能。


 しかし、よく訓練された騎鳥なら話は別だ。


 彼らは乗り手の指示に従って、迷うことなく暗闇を突き進む。


 雛鳥の頃からガウラと共に過ごしてきた南風にとって、彼が手綱をとっている限り、どんな暗闇であろうと関係なかった。


 風を切る音を置き去りにし、南風は目標に向かって真っ直ぐに走り続けた。






 音もなく忍び寄る見えない刃。


 完全に油断しきっている相手に、致命的な一撃を加える興奮に、バグラは身体の中心が熱くなるのを感じた。


 相手はフラシャールの精鋭たち。


 最初の一撃が成功したとしても、難敵であることには変わりない。


 油断すれば、あっという間に攻守の立場は逆転し、こちらが命を失うことになるだろう。


 手綱を絡ませた左手の鈎義手がずきりと痛む。


 バグラは苦々しい思いで、目の前に迫った黒い船影を睨んだ。






 一瞬の油断が、文字通り命取りとなる危険な賭け。


 だがそれでも、この興奮は何物にも代えがたいものだ。


 恐怖も、苦痛も、絶望も。この命さえ引き換えにしても、蹂躙し奪い尽くす喜びに勝るものはない。


「これだから、砂賊は止められねえよ!」


 音のない世界で、バグラは叫ぶ。


 その直後、戦いの火蓋は切って落とされた。

 お読みいただき、ありがとうございました。

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