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49 密約 後編

 ちょっとややこしい話です。分かりやすく書けないのが悔しいです。


【一言あらすじ】バグラ、密約を耳にする。

【大陸歴1415年7月12日】


〈バグラ視点〉


 夕闇の犯罪都市ペルアネゲラ


 次第に喧騒を深めていく周辺の歓楽街とは裏腹に、その宿『酔いどれ新婦』亭は、張り詰めた空気に包まれていた。


 手練れたちを率いる大柄な男。彼の背中に続き、バグラ、オルワ、アーシの3人は宿の一階を占めている酒場の木戸をくぐった。


 丸座卓がいくつも置かれた酒場は、男たちで満席だった。


 にもかかわらず、奥の厨房のかまどの音がはっきり聞こえるほど、静まり返っている。


 座卓に座っているのは、全員彼の手下たち。皆一様に緊張した表情で彼に視線を向けている。


 その中に、手当てをされたサダムの姿を見つけ、アーシはそっと息をついた。






 手下たちを取り囲むように壁際に立っているのは、覆面で顔の下半分を隠した男たちだ。


 時折油断なく視線を動かす他は、身動ぎする様子もない。明らかに訓練された連中だ。


 案内役の大柄な男は、こちらに背を向けて正面のカウンターに腰掛けている大きな背中に近づいていった。


 案内役が何事か囁いて脇に下がると、小山のような背中が動いた。


 椅子に座ったまま半身をこちらに向けた男は、白くなった片眉を持ち上げ、バグラに声を掛けた。






「邪魔してるぜ。なかなかいい店だな。」


 遠雷のように腹に響く低音でそう言った男は、カウンターに置かれた皿から、小魚の油漬けをつまみ上げ、口に放り込んだ。


 バグラはその言葉をあえて無視したまま、男の隣に腰掛けた。


 迷わずオルワがその隣に、戸惑いながらアーシが更にその隣に腰掛ける。






「珍しく今日は満員だな、サファ。大繁盛じゃねえか。」


 話しかけられた酒場の女主人は、馬鹿にしたように小さく息をついた。


「席ばっかり埋まってもねえ。この連中ときたら、さっきから何にも注文してくれやしない。商売上がったりだよ、まったく。」


 薄絹を纏った妙齢の女主人は「はい、いつもの」と言いながら、バグラたちの前に手早く陶製の酒杯を並べる。


 憎まれ口を叩く気丈な口調とは裏腹に、その指先は僅かに震えていた。






「この店は魚だけじゃなく、肉も美味いぜ。サファは、古くなった塩漬けなんかは出さねえからな。せっかくだから、お連れさんたちの分もどうだ。」


 バグラは酒杯を手に取ると、隣に座る男にそれを突き出した。


「それとも、お偉い評議員様の口にゃあ合わねえか、ザイヤード?」


 分かりやすく挑発されたザイヤードは、傷だらけの顔に凶悪な笑みを浮かべると、バグラと酒杯を合わせた。






「生憎とこの後、野暮用があってな。あんまり長居できねえんだ。それに、この年になると、昔ほど肉が美味えと思えなくてなあ。」


 ザイヤードはそう言うと、一本の髪もない禿頭とくとうを右手でつるりとと撫でた。


 そして、酒杯に残っていた酒を一息で干すと、サファに向き直って言った。


「おかみ、俺にもバグラと同じものを頼む。あと、座卓にいる皆さんに、オススメの肉料理を出してくれ。」


 サファはバグラに一瞬視線を投げたあと、すぐに下働きを呼んだ。


 たちまち弾かれたように厨房から、今年10歳になったばかりの少女が飛び出してくる。


 目に涙を溜め、怯えきった表情をした哀れな娘は、震える声で注文を復唱したあと、厨房に駆け戻っていった。


 あの様子では、厨房にも覆面どもがいるのだろう。


 そうでなければ、サファが裏口から、あの娘を逃さないはずがない。


 ここから誰も出す気がねえってことか。まったく油断がならねえぜ。


 この犯罪都市ペルアネゲラでも随一の武闘派集団を率いる男の手腕に、バグラは内心舌を巻いた。






 この歓楽街は、ザイヤードにとっては縄張りシマ外だ。


 にも関わらず、こちらに一切動きを悟らせること無くこれだけの男たちを揃え、一気に首根っこを押さえにきた。


 彼の留守に宿を包囲したのも、決して偶然ではないだろう。完全にこちらの動きを把握されていた。


 絶対に逃がすつもりはないようだ。ただ、すぐに殺すわけでもなさそうだ。


 バグラはザイヤードの真意を図るように、その巌のような老水夫の横顔をじっと見つめた。






 料理人が厨具を振るう音が聞こえ始めると同時に、サファがザイヤードに新たな酒杯を差し出した。


「黒火酒か。ウォート産だな。」


 酒杯の中身を確かめたザイヤードは、思いのほか嬉しそうに声を上げ、芳醇なその酒を一口含んだ。


 喉が焼けるほどの酒精の刺激のあと、ふわりと漂う豊かな香り。


 それをゆっくりと楽しんだザイヤードは、バグラに向けて酒杯を差し出した。


 こちらに向き直った歴戦の勇士に、バグラは正面から向き合った。


 60をとうに過ぎているだろうに、その隆々とした巨体からにじみ出る覇気は一向に衰えていない。


 思わず出そうになった笑みと武者震いをぐっと抑え込み、バグラは再び酒杯を合わせた。


 回りくどい駆け引きはなしだ。


 覚悟を決めると、彼は真っ直ぐにザイヤードに尋ねた。






「ネズミの旦那、あんた俺に何をやらせたいんだ?」


「その前に確かめたい。」


 ザイヤードはバグラを正面からめつけた。


「お前さん、ナクリアットと握ってんのか?」


 その瞬間、座卓の手下たちが息を呑む音が、はっきりと聞こえた。


 室内の空気がぴりと張りつめ、サファが落ち着きなく視線を彷徨わせる。






 ナクリアットとザイヤードは、共にこの都市ペルアネゲラの評議員を務める間柄だ。


 表向きは二人とも交易を営む商会主だが、裏ではそれぞれに犯罪組織『青牛』『赤鼠』を率い、熾烈な勢力争いを繰り広げている。


 漁業都市バンダール出身の大船主であるザイヤードはここ数年、農産物の販路を独占しているナクリアットに対し劣勢を強いられていた。


 これは近年、バンダール近海で巨大海棲魔獣の出現が相次ぎ、不漁が続いているせいだ。


 バンダールの水産加工物は、六都市同盟内はもちろんのこと、砂海を超えた先の北方諸国にも輸出され、大きな利益を生んでいる。


 ペルアネゲラ市は、その交易船団の起点に当たる。その権益を一手に収めているのが、このザイヤードなのだ。


 ところが長く続く不漁により、ザイヤードの権力基盤に陰りが見え始めた。


 長年続いていた犯罪組織の均衡が崩れたことで、最近は都市内での小競り合いが目立つようなってきている。






 そんな状況下でのザイヤードの問いかけは、バグラに今後の大きな選択を迫るものだった。


 ザイヤードの問いに対するバグラの答え一つで、ここにいる全員が命を落とすことになる。


 アーシはゴクリと唾を飲み込み、一口も口をつけていない酒杯をきつく握りしめた。


 そんな彼に対し、オルワは素知らぬ顔をして、酒杯の中の果実水を優雅な仕草で口に含んだ。






 舌を失い、食べ物の細かな味が分からなくなってから、随分久しい。


 しかし、鼻に抜ける馥郁とした香りだけは感じることができた。


 彼女はゆっくりと飲み下すことで、その甘い香りを存分に楽しんだ。


 もちろん彼女は、絶体絶命であるこの状況をよく理解している。だがそれでも、まったく動揺することはなかった。


 なぜなら、彼女には隣に座るバグラの胸の裡が、手に取るように分かっていたからだ。






 バグラの本質は傲慢と独善。彼は良くも悪くも、他者に対する思いが完全に欠けている。


 自分のものに異常に執着する反面、いざとなれば自分のためにそれら一切を犠牲にすることを厭わない。


 要は、自分が望むがままに力を振るうことが出来れば、それでいいのだ。


 それは彼の欠点と同時に、大きな美点でもあった。


 故に、彼はこの状況を楽しんでいる。


 表面上はいざ知らず、仮に交渉が決裂し戦うことなっても構わないと彼は思っているのだ。


 もし一時の戦いの熱狂に浸ろうと望むなら、彼はそれと引き換えに、自分オルワを含めたすべての仲間を切り捨てるだろう。


 そしてまた、それは彼女も同じ。


 彼の横に並んで戦うと決めた日から。いや、その心に復讐の宿願を抱いた遠いあの日から。


 彼女は力を振るうことを恐れなくなった。


 彼女が力を無制限に解き放てば、バグラと自分以外の全員を瞬時に絶命させることもできる。


 彼と同じように、そこに他者への慈悲はない。


 だから、彼女が怯える理由は何一つないのだ。


 胸の奥で渦巻く黒々とした神力を感じながら、彼女はバグラの選択の言葉を静かに待った。





 そんな緊迫する酒場の空気を打ち破ったのは、バグラの失笑だった。


 ザイヤードの問いかけに、バグラは呆れた様子で軽く両手を広げてみせた。


 左手の鈎がキラリと閃くのを見て、ザイヤードの脇に控えてた大柄な男がほんの僅かに身構えた。


 だが、結局動くことはなかった。






「俺が船を探してたからか? あんたも意外と肝が小せえんだな。」


 バグラの挑発の言葉に対する、両陣営の反応は真っ二つに分かれた。


 彼の手下たちが凍りついたように動きを止め青ざめる一方、壁際に立つ男たちからは、ゆらりと立ち上がるような怒気が発せられる。


 しかし、その気配は、ザイヤードの雷鳴のような笑いによってかき消された。






「お前さんの言う通りだ。俺は生来臆病でな。」


 ひとしきり笑ったあと、ザイヤードは椅子の向きを変え、バグラにぐっと、その大きな身体を寄せた。


「だが、そのおかげで、この年まで生き残れた。お前はどうだろうな、若造。」


 挑発には挑発で返す。二人は歯をむき出し、今にも噛み合いそうな凶悪な笑顔を浮かべて、互いの目を睨み合った。


 二人から発せられる凄まじい殺気に呑まれ、室内の男たちは、身動きすることも忘れて、二人の様子をじっと見つめた。


 だが、数瞬の後、先に目を逸らしたのはザイヤードの方だった。






「ふうむ、どうやら本当のようだな。」


 そう独り言ちたザイヤードは、傍らに控える男に合図を送った。


 すると大柄な男は懐から1枚の羊皮紙を取り出し、それをバグラに手渡した。


「地図か・・・。」


 羊皮紙に描かれていたのは、ガンド大砂海南東部、バハムテジャリ市周辺の大まかな地形図だった。


 日頃、船乗りたちが使うような詳細な海図とは違い、都市バハムテジャリとその周りをぐるりと囲むバハム山地が模式的に描かれているだけの簡易的なものだ。


 バハムテジャリの西部、山地を越えた先に小さなバツ印が付けられている。この都市ペルアネゲラからだと、北東に位置する辺りだ。


 バグラは、羊皮紙から僅かに目を上げると、上目遣いでザイヤードの顔を覗き込んだ。






「小さい無人の天然オアシスがポツポツある辺りだな。こんな場所に何があるんだ?」

 

 航路から大きく外れているため、魔獣狩りや素材集め目的以外では、めったに人が近づかないような辺地だ。


 あからさまに疑いの目を向けるバグラに、ザイヤードは太い笑顔で応じた。


「お前さんの探してるもんさ。しかも、とびっきりの上物だ。フラシャール砂上船団の最新鋭戦艦だって聞いてるぜ。」


 戦艦という言葉にバグラは目を細め、ザイヤードの表情かおを見つめた。






 砂海北部航路(北砂海道)と大陸東西公路の権益を有する大国フラシャール。


 その最新鋭艦が、なぜ本国から遠く離れた敵国の領海内、しかも、航路を大きく外れた砂海の端にいるのか。


 にわかには信じがたいが、もし本当ならば、相当にきな臭い話だ。


 ザイヤードは、酒杯に残った火酒を一気に煽ると、大きく息を吐き出した。


 そして、苦いものを吐き出すかのように顔を顰めると、バグラにこう告げた。


青牛野郎ナクリアットが、この取引の手引きをしたのさ。あの野郎はこの都市ペルアネゲラを、フラシャールに売り渡すつもりだ。」

お読みいただき、ありがとうございました。

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