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48 密約 前編

 このあと数話は、バグラ視点のお話が続きます。悪役の話は興味ないよという方は、下のあらすじをお読みください。


【一言あらすじ】バグラ、新しい船を探す。

【大陸歴1415年7月12日】


〈バグラ視点〉


 カルバラスを殺し、船団を奪い取ったバグラは、ペルアネゲラ市に戻るとすぐに、新生バグラ砂賊団の強化に取り組んだ。


 まず、彼が最初に行ったのは、団員の再編成という名の粛清だった。


 彼は乗組員たちに、自分の財宝を惜しみなく分け与える一方で、わずかでも団の情報を漏洩しようとした乗組員を惨たらしく殺した。


 結果、彼は団を恐怖で支配することに成功した。


 乗組員たちは、血と欲望による強い結束で結ばれることとなった。






 団員の結束を得た彼が、次に取り組んだのが、船団を構成する船の強化だ。 


 カルバラスから奪った3隻の船は、いずれも中型の交易船。


 航路上で他の船団を待ち伏せし、襲うだけならこれで十分。


 しかし、隠れアジト奪取するためには、船足の速い強襲向きの船がいる。


 数回の仕事りゃくだつを終え、彼はそれを痛感することになった。






 隠しアジトと共に彼が失った乗船『滴る刃シャフラートヤクタル』号は、鹵獲したフラシャール砂上船軍の旧式戦艦を元に、彼自身が少しずつ改良したものだ。


 まだ駆け出しの砂賊船長だった頃、初めての軍艦との戦いの結果、勝ち取ったのが、あの『滴る刃』号だった。


 旧式とは言え、三本のマストを持つこの高速戦艦があったからこそ、彼はこれまで、数々の難局乗り切ることができたのだ。


 彼は『滴る刃』号に匹敵する新たな船の情報を求めて、都市中の造船工房を訪ね歩いた。


 しかし、色よい返事を聞くことは叶わなかった。






「無理を言わんでくれ、バグラ。」


 馴染みの老工房主は、きかん気の強い坊主に言い聞かせるような口調でそう言った。


「爺さん、何も、新造船をくれって言ってるわけじゃねぇんだ。足の速い船の出物がねえか、聞いてるだけだぜ。」


「単に足が速いってだけなら、いくらでもあるさね。だが、お前さんのほしいのは、そんなチンケなもんじゃねえんだろ?」


 そう言われてしまうと、さすがのバグラも言葉に詰まってしまう。






 砂上船は、砂海を渡る船乗りにとって、何よりの財産だ。


 砂の上を滑るように航行するために、船底全体に砂漠ザメの革を貼り付け、魔術付与を施した船は、小型の中古船でも銀貨200枚(およそ400万円)は下らない。


 砂賊に襲われた交易商人たちが、積み荷をすべて捨ててでも船を守ろうとするのはこのためだ。


 砂賊が鹵獲した船が市場に出ることもあるが、そのほとんどは小型の交易船だ。


 中型以上の船は、それなりの武装もあり、乗組員も多く乗船している。


 奪うには、あまりにも襲撃側のリスクが高すぎるのだ。


 稀に中型以上の船が市場に出ることもあるが、それもすぐに買い手が付いてしまう。


 都合よく、望みの船を手に入れようと思えば、新造するのが一番確実だ。


 しかし、新造には莫大な時間と費用がかかる。


 ましてや高速戦艦ともなれば、巨大な作業工房に加え、扱う職人にも高い技術が要求される。


 そうそう簡単に手に入れられるものではないのだ。






「・・・それにしたってよ、あまりにも出物ふねが少なくねえか?」


 まるでむくれた小僧のように愚痴るバグラに苦笑したあと、老工房主は周囲を気遣うように、小さく手招きをした。


 そして、顔を寄せたバグラだけに、ぎりぎり聞き取れるほどの声でこう言った。


「ナクリアットの野郎が、船と男どもをかき集めてる。」


 小さく目を見開いたバグラに、老工房主は目だけで頷いてみせた。






 ナクリアットは、ペルアネゲラ市評議会きっての有力者だ。


 彼はバハムテジャリ市の農業者組合と強いつながりがあり、農産品を扱う大商会の会頭を務めている。


 バハムテジャリ市は、六都市同盟の北東に位置する農産都市。


 大陸を南北に流れるフラシャール大河のほとりに位置し、周囲を広大な平野を持つこの都市は、都市同盟最大の農業生産量を誇っている。


 六都市同盟は峻険な山地で分けられた半島に位置しているため、バハムテジャリ市以外の都市周辺は、農産に向かない。


 そのため、バハムテジャリ市は六都市同盟の食糧庫と言って過言ではないのだ。






 そんな都市との太いパイプを持つナクリアットは表向き、あくまで穏健な農産物を扱う商人として知られている。


 だがその実、彼がこの都市ペルアネゲラを牛耳る犯罪組織の一つ、『青牛』の首領であることは公然の秘密だ。


「お前さん、この一月ひとつきの間、船探しで派手に動き回ったろう。聞き耳を立ててるネズミやキツネどもが、だいぶ慌てとる。」


 気遣うような目を向ける老工房主の言葉を、バグラは一笑に付した。






「心配いらねえよ、爺さん。俺は誰とも組む気はねえからな。」


 ペルアネゲラ市を牛耳る3つの犯罪組織『青牛』『黒狐』そして『赤鼠』。


 砂賊として頭角を現して以来、バグラはこの3つの組織から幾度も命を狙われ、また同時に、勧誘も受けていた。


 しかし、そのすべてを自分の腕でねじ伏せてきたのだ。


 いまさら、どの組織とも組むつもりはなかった。


 そう言って笑うバグラの左腕をちらりと見たあと、工房主は彼の目をじっと見つめた。


「お前さんは、良くも悪くも人を惹きつける。」


 自らもその一人である老人は、バグラの右手に、そのゴツゴツとした掌をそっと重ねた。


「だが、お前さんに残された腕は、もう一本しかない。手を取る相手は、よく見極めることじゃ。」






 造船工房を出たバグラは、船団の仮アジトとなっている宿に向かった。


 彼に寄り添うように付き従っているのは、純白ドレスを纏った黒檀の美女オルワだ。


 埃っぽい下町の通りにはすでに宵闇が降り、あちこちに灯火が灯り始めている。


 急ぎ足の人々は皆一様に、豪奢な真珠の首飾りを着けた美しい彼女の姿に目を奪われ、一瞬その歩みを止める。


 しかし、彼女の隣にいる凶相の男に気が付くと、慌てて視線をそらし、足早に立ち去っていくのだった。






「足の具合はどうだ?」


 バグラの問いかけに、オルワは無言で頷いた。


 まだ少しおぼつかないところもあるが、一月前に比べると、その足取りはだいぶしっかりとしてきている。


 この都市に戻って来てすぐに、彼女は自分の神聖力を使って、手足の治療を行った。


 バグラがあちこちに手を回して入手した魔法銀ミスリルを使い、失われた手足の腱を擬似的に再現したのだ。


 細く伸ばした魔法銀の針金を手足の先端から差し込み魔力で融着させるその治療は、腱を奪われたときの拷問と同等の激痛を伴った。


 しかし、その甲斐あって、彼女は自力で歩行できるようになった。


 ただ、腱が戻っても、長い間失われていた手足の機能は、すぐに回復しない。


 そのため、現在も歩行練習中だ。


 なお、彼女の神聖力を持ってしても、完全に失われた舌を再現することはできなかった。


 そのため、彼女の声は現在も失われたままだ。






 そんな彼女が、無言のまま、そっとバグラの右手に触れた。


 すぐに彼女の意図を察したバグラは、目だけで小さく頷いてみせた。


 さっき工房を出てからというもの、背後から殺気を含んだ視線が、ずっと絡みついてきている。


 だが、夕闇の雑踏の中、その主を特定するのは難しい。


 殺気は2人の退路を断つかのように、次第に増えつつあった。


 だが、まだ直接行動を起こすつもりはないようだ。


 二人が逃げないよう、遠巻きに監視しているのだろう。


 もちろん、バグラは逃げるつもりはない。


 どんな相手であろうと、正面から噛み潰す自信がある。


 だからこそ、つかず離れ付いてくる殺気に、一層の苛立ちを感じていた。


 うっかり正面から彼の顔を覗き込んだ哀れな通行人たちが、文字通り、跳び上がって道を空けていく。


 血に飢えた獣の目を隠そうともせず、人混みを2つに分けながら、彼はアジトへの道を急いだ。







 バグラ砂賊団の仮アジトになっているのは、歓楽街の一角にある宿だ。


 建物は古いが、しっかりした作りになっており、急な襲撃にも対応できるようになっている。


 宿泊費は決して安くはないが、バグラは一階の酒場を含め、この宿を丸ごと貸し切りにしていた。


 家主の中年女は、この都市まちに数多くいる、彼の愛人の一人だ。






 宿の入口には砂賊団の旗が掲げられている。


 黒地に白抜きで描かれているのは天秤だ。左の皿には髑髏が、右の皿には6枚の硬貨が乗せられている。


 見る者に降伏かねいのちかの選択を迫る意匠。


 この意味を、知らぬ者はこの都市まちに一人もいない。


 よほどのことがない限り、この宿に近づこうとする者はいなかった。






 しかし、この日は様子が違った。


 物々しい気配の男たちが、ぐるりと宿を取り囲んでいる。


 そして、その男たちによって、入口に立たされているのは、団の航海長を務めることになったアーシだった。


「あ、アニキ、すんません・・・!」


 アーシはバグラを見るなり、今にも泣きそうな声で何か言おうとしたが、すぐに口を閉ざしてしまった。


 彼の腕を後ろから押さえていた大柄な男が、彼の首筋に短剣の刃を押し当てたからだ。


 男の持つ短剣の柄頭は、赤く塗られている。


 僅かに目を細めたバグラは、無造作に二人に近づいた。


 オルワは無感情な一瞥を周囲の男たちに向けたあと、優雅な仕草でバグラに従って歩を進めた。






「魚臭えネズミどもが、俺の手下に何してやがるんだ?」


 二人の背後を封じるかのように、男たちが動く気配がする。


 隙のない動きだが、さっきまでの追跡者と違い、一切殺気を感じさせない。かなりの手練れ揃いだ。


 バグラでも無傷で切り抜けるのは困難だろう。アーシたちではとても太刀打ちできるはずがない。






 アーシに刃を向けていた男は短剣を収めると、後ろ手に押さえていた腕を離し、彼を解放した。


 よろめくように自分の方へやってきたアーシをそっと右手で受け止め、バグラは小声で尋ねた。


「何人殺られた?」


「だ、誰も。サダムが軽いケガをしただけです。とにかくあっという間だったんで、抵抗しないようにって・・・。」


 バグラは小さく頷くと「よくやった」とアーシに告げた。


 状況を読み、仲間を守るために最適の行動をした副長を労ったあと、彼は目の前の大柄な男を睨みつけた。


 しかし、凶風を幻視するほどの視線を正面から受けても、男は眉一つ動かさなかった。






「あなたにお話があるとおっしゃっています。こちらへ。」


 誰が、何を、とも言わず、男はバグラに背を向け、きびきびとした動きで宿の扉を開いた。


 その男の振る舞いを見て、バグラは思わずにやりとせずにはいられなかった。


 この男、俺の殺気がハッタリだと見抜きやがった。


 度胸もあるし、頭も切れる。それにこの動き、おそらく元軍人だろう。


 自分を取り囲む男たちの中で、もっとも厄介なのが目の前にいるこの大柄な男だと、バグラは確信した。






 容赦ない殺気を向ける自分に対して、堂々と背中を向ける豪胆さ。そして、それを裏付ける実力。


 生命を掛けてやり合う相手にとして不足はない。


 バグラは、軽く鼻を鳴らして殺気を収めた。


 そしてアーシとオルワとともに、男たちの主人が待つ宿へと足を踏み入れた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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