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42 変わっていく暮らし 後編

 続きを書いてみたら、前話の内容と続いているように感じたので、前後編にすることにしました。行き当たりばったりで書いているので、時々こうなります。すみません。

【大陸歴1415年7月5日 夜】


〈ユーリィ視点〉


 あたしとフーリアおねえちゃんは、泉のある中央広場でパトラさんと別れた。


 彼女は用事がある時を除いて、基本的にこの家に近づくことはない。それは、皆が彼女のことを怖がっていると知っているから。


 でも、最近は皆も彼女に対して親しみを持つようになってきている。


 いつか、彼女と一緒にみんなでおしゃべりをする日が来たらいいな。


 去っていく彼女の背中を見ながら、あたしはそんな風に思った。






 このあと御使い様のところに行くというパトラさんを見送り、あたしたちは扉をくぐって家の中に入った。


 皆はちょうど夕食の準備を始めたところだった。今日は肉が沢山手に入ったし、準備に時間がかかるから、いつもよりも早く野良仕事を切り上げたみたいだ。


「あたしも手伝うよ、お母さん。」


「おかえりなさいユーリィ。でも、あなたホコリまみれじゃないの。汗の跡も残ってるわ。先に身体を清めていらっしゃい。フーリアも一緒に。」


 お母さんはそう言って、手伝いを申し出たあたしとおねえちゃんを最近出来たばかりの新しい浴室に押し込んだ。


「ねえ、おねえちゃん。お母さんたち、変わったと思わない? 以前まえは、あたしが少しくらい汚れてても、あんな事言わなかったのに。」


 あたしが脱衣所で汚れた服を脱ぎながらそう言うと、フーリアおねえちゃんは「んー」と考え込んだ。


 おねえちゃんは、笑ったときと考え事をしているとき、目が糸みたいに細くなる。あたしはその目がとても好きだ。


「きっと、『正しきものは常に清くあれ』っていうシャーレ様の教えが、皆にも浸透してきたってことじゃないかしら?」


「(・・・それは心の持ち様の話で、身体のことじゃないと思うんだけど・・・。)」


 あたしはそう思ったけれど、おねえちゃんがあまりにも満足そうな顔をしていたので、結局何も言えなくなってしまった。






 服を脱いだあたしたちは、一緒に浴室の中に入った。広い浴室の中には、薄い石の壁でいくつかに仕切られた小部屋が壁に沿って並んでいる。


 あたしたちは隣り合わせにある小部屋にそれぞれ入った。そして、美しい植物の彫刻の施された壁にある、花模様の小さな操作盤に手をかざした。


「「ふあああぁ。」」


 壁に取り付けられた樋から、雨のように降り注いでくる温かいお湯を頭から浴びた私たちは、そのあまりの気持ちよさに、二人同時に声を上げてしまった。






 この浴室の仕掛けを作ったのは、もちろん御使い様だ。


 あの襲撃が終わってから数日後、御使い様は村のあちこちにいろんなものをお作りになった。この浴室もその一つ。


 この浴室が出来たことで、あたしたちは一日の仕事を終えた後に、温かいお湯を使って身体を清められるようになった。


 ただ、この浴室を最初に見たときは、そのあまりにも贅沢な水の使い方に、みんな戸惑いを隠せなかった。もちろん、あたしもその一人だ。


 でも最近では、みんな進んで使っている。


 フーリアおねえちゃんが「御使い様がお恵みくださったものを使わないでいるのは、逆に不敬に当たる」と言って、みんなを説得したからだ。


 そして一度使い始めたら、それが毎日の習慣になるまでに、ほとんど時間はかからなかった。だって、ものすごく気持ちがいいんだもん。


 最初はちょっと恐れ多いと思っていたものの、今はただただありがたいという気持ちで、みんな使っている。





 御使い様がお作りになったのは、これだけではない。


 ひとりでに明かりの灯る魔法の照明や、かまどに鍋を置いただけで勝手に火がつく炊事場など、様々なものがある。


 しかもこれらのものは、一切燃料を必要としない。燃料の心配せずに、明かりを灯したり煮炊きが出来たりするなんて、本当に夢のようだ。


 まるで、自分がおとぎ話に出てくる魔法使いにでもなったような気分だって、お母さんは言っていた。


 そのときは、あたしもお母さんとまったく同じことを考えていたので、思わず二人で笑ってしまった。






 なかでもあたしが一番すごいと思うのは、家の中に作られたトイレだ。


 あたしたちの村ではどの家でも、トイレは家の外にあった。家の壁に沿って砂レンガで小さな目隠しを作り、そこにしゃがんで用を足していた。


 もちろん、トイレには屋根や扉なんかない。


 だって、そうやって風を通さないと、出したものが砂に戻らないもの。それに臭いも籠っちゃうしね。


 砂海の村では、どこでもこれが当たり前。だから、家の中にトイレがあるのは、最初とても変な感じだった。


 家はみんなで過ごしたり、ごはんを食べたりする場所だ。それと同じ建物の中で用を足すなんて、最初は信じられなかった。


 でも、御使い様はどうしても、建物の中にトイレを作りたいとおっしゃった。


 それは、この間の襲撃のときのことを気にしてのことだった。






 あの襲撃のとき、御使い様は丈夫な石の家でみんなを守ってくれた。そのおかげで、あたしたちは一人の犠牲者も出さずにすんだ。


 ただ、砂賊たちがいる間、外に出られなかったため、お母さんたちは家の外のトイレに行くことが出来なかった。


 半日以上、お母さんたちは部屋の隅に砂の入った壺を置いて、そこで用を足していたそうだ。


 だから、最初に石の家へ入ったとき、部屋の中が少し臭っているなと感じた。でも、あたしやお母さんをはじめ、誰もそんなことは気にしていなかった。


 目の前で大切な誰かが殺されたり、奴隷船の船倉に何日も閉じ込められたりするのに比べたら、少し部屋が臭うくらいなんてことはない。


 でも、御使い様は違った。


 今後も同じような襲撃があることを心配していて、それに備えたいと強く思っていらっしゃったのだ。






 御使い様がお作りになったトイレは、あたしたちが暮らす建物の一番奥、浴室の隣りの小部屋の中にある。


 小部屋は、あたしが両手を広げたくらいの横幅で、それぞれに小さい木の扉がついている。しかもそれが、壁に沿って4つも並んでいるのだ。


 小部屋の真ん中には、白い石で作られた楕円形の腰掛けが置かれている。これがトイレだ。


 でも最初は、あたしたちの誰もそれがトイレだと気が付かなかった。






 この石の腰掛けの座面には、穴が空いている。用を足すときには腰掛けに座って、穴の中にするのだ。


 穴の底にはきれいな砂が入れてある。でも、外のトイレのように、出したものを埋める必要はない。


 なぜかといえば、出したものがあっという間に消えてしまうから。最初にそれを見たときには、本当に驚いた。


 でも、それ以上に驚いたのは用を足し終わった後。


 壁に取り付けられた操作盤に手をかざすと、なんと腰掛けからお湯が飛び出し、お尻をきれいに洗ってくれるのだ。


 最初、御使い様に教わりながらこのトイレを使ったとき、事前に説明を受けていたのに、あたしはびっくりしすぎてお尻丸出しのまま、小部屋から飛び出してしまった。


 あのときは本当に恥ずかしかったな・・・。


 でも、あたしのそんな失敗のおかげ(?)もあり、今では皆すっかりこのトイレの使い方に馴染んでいる。


 ちなみに、お尻をきれいに洗った後は、足元のかごに入った乾燥した葉っぱで水気を取っておしまいだ。当然、使った葉っぱもトイレの中に捨てることになっている。





 小部屋の扉の側には、それぞれ水がたたえられた水盤があり、そこで手を洗うことができる。


 でも、おトイレの後に水で手を洗うなんて、最初はちょっともったいないなと感じていた。


 水は砂海で一番の貴重品。だから、これまではおトイレの後も、水ではなく乾いた砂で手をこすり合わせてきれいにしていた。


 あたしが生まれたサリハーネ村は、大きな泉が湧き出るオアシスだった。だから、飲み水にはほとんど不自由したことがない。


 村にやってくる交易商人さんたちも「この村は水が安くて助かる」と、よく言っていた。


 そんなあたしの村でさえ、こんなに水を贅沢に使ったことは一度もない。


 水浴びはめったにできなかったし、ましてやおトイレの後に水でいちいち手を洗うなんて、あり得ないことだ。


 だから最初はみんな、本当に戸惑っていた。


 でも今ではもう、みんなこのトイレから離れられなくなっている。


 最近はおトイレの後、お湯でお尻を洗わないと、なんだか気持ち悪いと感じるようになってしまった。


 慣れって本当に怖いなって思う。






 御使い様が作ってくださったのは、あたしたちの家だけじゃない。


 あたしたちの村を守るための外壁も、その不思議な力で作ってくださった。


 もともとこの村の周囲には、魔獣から村を守るための壁があった。一抱えもある砂レンガをいくつも積み重ねて作られているものだ。


 このレンガの材料は、泉の周りのきめの細かい砂と白月草ルナウシャープという薬草。


 これを水で練り合わせて型に入れ、天日で乾燥させれば砂レンガの出来上がりだ。


 白月草は、水辺の地面に這うように広がる草で、網目のようになった硬い茎に小さな白い花をつける。


 この茎には独特の香りがあり、獣や魔獣たちを遠ざける効果がある。そのため、砂レンガを丈夫にする芯材として使われている。


 あたしは生まれ故郷とこの村以外に、他の村を見たことがないけれど、おばあちゃんによると、砂海の村はどこでも同じような壁を持っているそうだ。






 最初にこの廃オアシスに来たとき、積み上げた壁は大半が崩れてしまっていた。きっと、何度も砂嵐に晒されていたからだと思う。


 砂レンガはあまり丈夫ではない。だから、定期的に補修しないと壊れて砂に戻ってしまう。


 あたしたちの村でも、年に一度の長雨の後、村の人総出で砂レンガの補修をしていた。


 そのときは泥遊びしているみたいで、とても楽しかったのを覚えている。


 お兄ちゃんたちとはしゃぎすぎて、お母さんに叱られたのも、今では大切な思い出だ。


 でも、今この村には、そんな砂レンガの外壁はない。代わりにあるのは硬くて丈夫な砂色の石で出来た壁。


 もちろん、御使い様が不思議な力で、あっという間に作り上げてくださったものだ。






 砂色の石壁の表面はツルツルしていて、全然継ぎ目がない。


 まるで、砂漠の砂をそのまま固めて石にしてしまったみたいだ。


 地面から建物三階分(およそ10m)くらいの高さで、大人が二人並んで上を歩けるくらいの厚みがある。


 あと、壁の外側は、一見すると真っ直ぐな壁に見える。


 けど、実際は上の方に行くに従って、少し前の方にせり出すような作りになっているらしい。


 外から誰かが昇ってくるのを防ぐための工夫なのだと、御使い様があたしに教えてくださった。


 反面、村側には階段があり、外壁の上まで登ることができるようになっている。


 万が一、誰かが壁を登ったり壊したりしようとしても、それを内側から撃退することができるのだそうだ。


 壁の上でその説明を聞いたとき、御使い様はすごい力を持っているだけでなく、とても頭がいいんだなあと、あたしはすっかり感心してしまった。





 

 外壁の南側には、小さな金属製の扉が一つだけついている。これはあたしたちが外に出入りするための出入り口だ。


 すごく小さくて、大人一人が通り抜けられるくらいの大きさしかない。だから当然、騎鳥やラクダが出入りする事はできない。


 でも、この村には騎鳥もラクダも荷車さえもないので、まったく問題ない。


 逆に小さくて丈夫な扉があることで、外から襲われる心配がなくなり、安心して過ごせるようになったと、おばさんたちはとても喜んでいる。






 御使い様の御力のお陰で、あたしたちの生活は大きく変わり始めている。もちろん良い方向にだ。


 ただ、生活の不安が少し減ったことで、死んでしまった家族を思う時間が増えた。


 最近は何をするときでも、そこかしこでお父さんやお兄ちゃんたち、おじいちゃん、おばあちゃんのことを思い出してしまう。


 そして、きっとそれはあたしに限ったことではない。






 この村にいる人達は皆等しく、砂賊の襲撃によって家族と故郷を奪われている。


 そんなあたしたちにとって、失われたものを思い出すのはとても辛いことだ。


 でも、安心して暮らせる環境が整えられたことは確実に、悲しみから立ち直る力にもなったと思う。


「あたしたちは、厳しい砂海で暮らす民。どんなに痛めつけられたって、必ず立ち直っていく力がある。死んでしまった家族のためにも、あたしたちは強く生きなくてはならない。」


 砂賊の襲撃を退けた後、フーリアおねえちゃんは、みんなにそんなことを話していた。


 おねえちゃんのその言葉を聞いて以来、みんなの笑顔が少しずつ増えているように感じる。


 あたしはそれが嬉しくて仕方がなかった。






 その時おねえちゃんは、御使い様のこのお恵みがいつまでも続くわけではないとも話していた。


 彼女はいつも小さい子どもたちに向かって、「シャーレ様への感謝を忘れないように」と口酸っぱく言っている。


 あたしはそれを聞くたびに、「本当にそのとおりだ」と思う。


 あたしが使命ミシオを果たしたら、きっと御使い様はシャーレ様の下へと帰ってしまわれるだろう。


 だから、この素晴らしい生活が当たり前だと思わないようにしなくっちゃ。





 お湯で身体を清め終わった頃にはもう、お母さんたちがすっかり夕食の準備を整えていてくれた。


 今夜の献立は、最近採れるようになった葉野菜と薄い塩味のスープ。そして、全員の皿に炙った肉が一切れずつ添えられている。


「シャーレ様のお恵みに感謝して、今夜の食事をいただきましょう。」


 フーリアおねえちゃんの言葉に合わせて全員で祈りを捧げたあと、あたしは早速お肉にかぶりついた。


 口の中にじゅわっと広がる肉の甘み。この独特の食感は砂漠トカゲ。あたしの大好物だ。


 あまりの美味しさに、どうしても頬が緩んでしまう。ふと見ると、他のみんなもあたしと同じような顔をしていた。


 あたしはそれをうれしいと思うと同時に、なぜか急に泣きたくなってしまった。






「・・・ユーリィ。」


 あたしが慌てて両目をこすっているのに気づいたお母さんは、そう言ってあたしの方にそっと身体を近づけた。


「美味しいね、お母さん。」


 あたしは隣に座るお母さんを見上げてそう言った。そして残った肉を一口で頬張ると、少し塩気が強くなったそれを無心に噛み締めた。


「ええ、本当ね。」


 お母さんはそれだけ言って、あたしの頭にそっと手を触れさせた。


 お母さんの手の温もりが、濡れた髪を通してじんわりと伝わってくる。


 口の中の肉が、より一層塩気を増したような気がした。

お読みいただき、ありがとうございました。

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