41 変わっていく暮らし 前編
おせち作りで大忙しです。明日も同じくらいの時間に投稿することになると思います。
【大陸歴1415年7月5日 夕刻】
〈ユーリィ視点〉
「お母さん、あたし箱罠を見にいってくるね。たくさん捕れてるといいんだけど。」
「本当にあなた一人で大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、門のすぐ側だし。それにパトラさんも一緒に来てくれるから。」
あたしがそう言ってもお母さんはやっぱり心配そうな顔をしていた。でも最後には「気をつけてねユーリィ」と、送り出してくれた。
あたしはお母さんを安心させようと、笑顔で大きく頷いた後、門の側で待っているパトラさんのところに向かって走り出した。
砂賊の襲撃から1ヶ月あまり。今のところ、この村では平穏な暮らしが続いている。
最初の2週間くらいの間、あたしたちはまたすぐに、あの船長たちが戻って来るのではないかと警戒していた。
でも、予想に反して、砂賊たちは現れなかった。
フーリアおねえちゃんは「あいつらも、御使い様の力を思い知って、諦めたんじゃない?」なんて言っている。
でも、あたしはそうは思わない。
あの男。あたしの家族を殺し、故郷のサリハーネ村をめちゃめちゃにしたあの船長。
あいつは、絶対に諦めたりなんかしない。近いうちに必ず、あたしは再びあいつと戦うことになる。
あいつと直接対峙したあたしは、そんな確信めいた予感を持っていた。
次こそ確実に倒さなくては。
それがシャーレ様からあたしに授けられた使命なのだから。
あたしは両手を強く握り、顔を上げて目の前に迫った門を睨んだ。
そして、思わず溢れそうになった涙と弱気を、奥歯をギュッと噛むことで無理矢理、喉の奥に引っ込めた。
「ユーリィ様、今日は結構捕れましたね。」
村の外に通じる唯一の門の側で、一緒に箱罠を確認してくれたパトラさんの言葉に、あたしは笑顔で頷いた。
「砂ネズミが11匹に、蛇とトカゲが3匹ずつ。今日はみんなでお肉が食べられるね。」
あたしは箱罠の中の獲物を短剣で素早く処理した。
そして、素材として使える皮と食べられる肉以外の部分をまた箱罠に戻しておく。これが次の獲物をおびき寄せるエサになるのだ。
「ユーリィ様、最近ネズミがよく捕れるようになりましたね。以前は小さなトカゲが多かったように思いますが。」
「うん。やっぱり、畑の作物がよく育つようになったせいじゃないかな。前にいた村でも、ネズミたちが荒らしに来てたもの。」
あたしは細く割いた革紐で獲物をひとまとめにしながら、パトラさんに答えた。
丸々と太ったトカゲの肉は、あたしの太ももくらいの大きさがある。これも、彼らの獲物である砂ネズミが増えている証拠だ。
最近は村のあちこちで小鳥や小動物の姿を見かけるようになった。彼らは水や食べ物を求めて、どこからともなく侵入して来る。
ただ、幸いなことに、今のところ畑の作物に大きな被害は出ていない。
御使い様が畑に潜ませている、砂人形と土人形たちが守ってくれているおかげだ。
あたしはいつものように心の中で「御使い様、ありがとうございます」と呟いた後、ひとまとめにした肉と素材を抱えて立ち上がった。
あたしはパトラさんと手分けして、素材と肉をお母さんのところへ持って帰った。
持ちきれないほどのたくさんの獲物を見たお母さんやおばさんたちは、それをとても喜んでくれた。
「パトラさん、いつもユーリィを守ってくださってありがとうございます。」
お母さんはそう言って、パトラさんにお辞儀をした。すると、パトラさんはお母さんと同じように、お辞儀を返した。
その様子を見た皆は、不思議なものを見るような目でパトラさんを見つめていた。
その目には、もう以前ほどの警戒感はない。単に人間と同じような仕草をする彼女のことを、珍しいと思っているのだろう。
御使い様と出会う前には、魔獣とこんなふうに一緒に暮らせる日が来るなんて思っても見なかった。
魔獣はあたしたちの生活を脅かす天敵。人間の生命を奪う恐ろしい化物。それがあたしたちの当たり前だったのだ。
でも、パトラさんをはじめ、御使い様に従っている魔獣たちは人を襲うどころか、命懸けであたしたちを守ってくれている。
村の人たちも、最近になってようやくそのことが分かるようになってきたみたいだ。
「ユーリィ様は主様の守り手。私がお守りするのは当然です。」
あたしの心を読み取ったパトラさんが、急に話しかけてきた。
最初はすごくびっくりしたけど、最近はこれにも少し慣れた。
「ありがとうパトラさん。このあと、また練習に付き合ってくれませんか?」
みんなと別れて建物を出た後、あたしは彼女にそうお願いをした。
「もちろんです。」
パトラさんはいつものように、あたしのお願いを快く聞いてくれた。
虫の顔をした彼女が笑うことはない。
けれどそのときは、彼女が優しく微笑んでくれているような気がした。
あたしは彼女とともに、広場から少し離れた廃墟の裏手に向かった。
そこには昔、家畜を飼っていたのだろうと思われる、少し広くなった空間がある。
そこであたしは短剣を手にして、槍を構えたパトラさんと向き合った。
「いつでもかかってきてください。」
「いきます!」
あたしは彼女が繰り出す槍をかいくぐり、彼女に斬りかかっていった。
これは、あたしとパトラさんの日課。
来たるべき戦いに備えて少しでも強くなるため、あたしは空いた時間を使って、パトラさんに短剣の鍛錬の相手をしてもらっている。
あたしはお父さんから、短剣を使った護身術の基礎を学んでいた。
今やっているのは、そのときに教わったことを元にした実戦練習だ。
パトラさんは、その高い身長と槍の広い間合いを使って、あたしに容赦ない攻撃を仕掛けてくる。
あたしはお父さんから教わった動きをなぞりながらそれを躱し、彼女に迫るのだ。
パトラさんはあたしよりもずっと戦いが上手なので、簡単に近づくことは出来ない。
それでも最近は3回に1回くらい、槍を躱して短剣の間合いに入ることができるようになっている。
「今のはよい動きでした。私もユーリィ様のおかげで戦いの知識が増えました。」
そう言って褒めてくれたパトラさんに、あたしは荒い息を吐きながら、なんとか頷いた。
とても声を出すゆとりはない。ただ、以前よりも少しは楽に動けるようになっている。
少なくとも、打ち合った後、倒れて動けなくなることはなくなった。最近は短剣が体の一部のように感じられる瞬間もある。
もし、お父さんが今のあたしを見たら、何て言うんだろう。
「強くなったな、ユーリィ」って褒めて、もっといろいろ教えてくれるかな。
それとも「女の子のくせに戦うために剣を振り回すなんて」と叱られるかな。
どちらにしても、今すごく、お父さんに会いたい。
あたしは目に流れ込んできた汗と一緒に、溢れてきた涙を両手でゴシゴシとこすった。
お父さんから短剣術を教わったとき、まさかあたしが誰かと戦うために鍛錬をする日が来るなんて、夢にも思わなかった。
あたしたちの村では、戦いや狩りは男の仕事だった。
あたしたち女の仕事は畑仕事と家事で、家族を養い守ること。
だから本当なら、女の子のあたしが短剣を振るう練習なんてするはずがない。
でも、お父さんはあたしに短剣の扱い方を教えてくれていた。
その理由は、今となってはもう分からない。でもきっと、お父さんなりの考えがあったのだと思う。
あたしが短剣を教わるようになったきっかけは、あたしの二人のお兄ちゃんたちだ。
二人は小さい頃から、狩りや戦いの訓練をお父さんと一緒にしていた。
小さいあたしは、二人にずっとくっついて回っていたので、知らず知らずいつもその様子を眺めていた。
そして、いつの間にか、あたしも一緒に練習をするようになったのだ。
あたしがお兄ちゃんたちと一緒に練習することに対して、お母さんはあまりいい顔をしなかった。
でも、特に反対することもなかった。
あたしは10歳になったら、本格的に女の手習いをすることになる。
だからそれまでは、自由に遊ばせてくれるつもりだったのかもしれない。
あたしのお父さんは、村の中でも、一番腕の良い狩人だった。
お父さんの獲ってくる魔獣の素材を目当てに、わざわざ村を訪れる交易商人さんもいたくらいだ。
お父さんは家にいる間、砂漠の魔獣のことをよくあたしたち兄妹に話してくれていた。
そして、いつも話の最後には「いざというときには、自分で自分の身を守れるようにしなくちゃダメだぞ」と言っていた。
そんなとき、お母さんはたいてい「村から出ることもないのに、ユーリィが魔獣と出会うわけないでしょうに」と言って笑っていたけれど。
村にはたくさんの子どもがいた。でも、短剣を扱ったことがある女の子はおそらく、あたしだけだと思う。
もしかしたら、あたしがシャーレ様に選ばれたのは、これが原因だったもしれない。
あたしは少し前の懐かしい記憶を思い出しながら、そんなことを考えていた。
「ユーリィ様、傷の具合はどうですか?」
「うん、大丈夫。御使い様の短剣が治してくれたから。」
あたしはそう言ってパトラさんに、さっきの鍛錬で出来た傷を見せた。
彼女の槍の穂先を躱しそこねたときに出来た小さな切り傷は、もうすっかり消えてしまっている。
どこを傷つけられたのか、自分でも見つけられないくらいだ。
御使い様がくださったこの光る短剣は、常にあたしの傷を治してくれている。
小さな傷なら100数える間くらいに消えてしまうし、ちょっと大きな傷でも、しばらくしたら治ってしまう。
自分の身体に起きるこの奇跡を見るたびに、御使い様の御力は本当にすごいと改めて感じる。
「ええ、主様は本当に偉大なお方です。」
また心の中の言葉に返事をしてきたパトラさんに、あたしは思わず笑ってしまった。
そして「本当にそうですね。御使い様はとても不思議で、すごい方だと思います」と彼女に同意した。
「なになに? あなたたち、御使い様の話をしているの?」
「あ、フーリアおねえちゃん!」
あたしがパトラさんと話しながら歩いていたら、後ろからフーリアおねえちゃんが声をかけてきた。
おねえちゃんは彼女の弟のトゥンジャイを連れていた。二人の手には小さな籠が抱えられている。
「パトラさんと二人で、御使い様はすごいねって話てたの。」
「本当にそうね! 私も毎日そう思いながら過ごしているわ!」
そう言うとおねえちゃんは、すごい早口で御使い様の素晴らしさについて話し始めた。
彼女の傍らに立っていた弟のトゥンジャイも、籠を抱えたまま口をあんぐり開いて、無心に話す彼女のことを見つめている。
「ユーリィ様、フーリアはさっきから何を言っているのですか? ユーリィ様の心の中で言葉がすごく早く動いているので、理解が追いつきません。」
「ちょ、ちょっとおねえちゃん!」
「ん? なにユーリィ? ここからがいいところなのに。いい? 御使い様の奇跡の素晴らしさは、決して私たちが独り占めにしていいものではないと思うの。もっともっと、多くの人間たちが御使い様のことを知って、シャーレ様の御心に触れる必要があって、私たち信徒はそれを・・・。」
「えっと!! おねえちゃんのその籠には、何が入っているの!?」
私が大声でそう尋ねると、おねえちゃんは呆気にとられたように言葉を止めた。
そして、恥ずかしそうに小さく咳払いをすると、あたしに籠を差し出して中身を見せてくれた。
「ごめんなさい、私また夢中になってしまって。御使い様のことを考えるといつもああなってしまうの。これは、さっき集めてきたナツメヤシの実よ。」
「今日はずいぶんたくさん採れたんだね。木の様子はどう?」
「少しずつ良くなってきているわ。今日は新しいオリーブの苗も見つけたの。」
フーリアおねえちゃんはそう言って、落ち着いた笑顔を見せた。よかった。もう、いつものおねえちゃんだ。
おねえちゃんは今、シャーレ様から授かった祈りの力を使って、弱っているこの村の木々を元気にしてくれている。
この村にはナツメヤシやオリーブなどの木々が、外壁の辺りに植えられていた。
でも、それらは長い間放置されていたため、半ば枯れかけている状態だった。
その木々に、おねえちゃんが祈りの力で大地の恵みを与えてくれている。そのお陰で、少しずつ木々は元気を取り戻し、また実をつけるようになってきているのだ。
「これからみんなのところに戻るところだったの。あなたもでしょユーリィ。せっかくだから一緒に行きましょう。」
「もちろんだよ。あ、でも、御使い様のお話はほどほどにしてね。」
あたしがそう言って片目をつぶると、おねえちゃんは口を大きく開けてびっくりした顔をした。
そして、あたしたちは二人同時に吹き出して笑い始めた。
涙が出るほど笑った後、あたしたちは皆で並んで歩き出した。
砂漠の縁に消えていく太陽が、あたしたちの身体を赤く染める。ひんやりとした風が、鍛錬で火照った身体を優しく撫でていく。
長く伸びた黒い影が揺れるのを見ながら、あたしたちは皆が待つ家に向かって、一歩一歩進んでいった。
お読みいただき、ありがとうございました。




