40 名付けと進化
前話の最後に、蟻人の説明を書き忘れていましたので追加しました。
【大陸歴1415年6月1日 夜】
ユーリィ、アリ兵士と共に、俺は拠点の集落に戻ってきた。まずは、みんなが隠れている中央広場正面にある建物へと向かう。
集落内に大きく荒らされた様子はなかった。元々、この集落は廃墟だらけで、荒らすところもさほどないのだから当然だろう。
ただ、いくつかの建物には、何者かが侵入して、砂レンガの壁や床を壊した形跡があり、ポッカリと大きな空間ができていた。
もしかしたら、隠してあった何かを持ち去ったのだろうか?
もしそれが、ゲーム攻略上で重要なアイテムとかだったらちょっと困るな。ただ、船長たちが去った今となっては、もう確かめようがない。
まもなく、中央の建物に着いた。建物の周囲5mほどの範囲が、巨大な穴になっている。
俺の置き土産、急ごしらえの落とし穴が発動した跡だ。
船長たちがいなくなる少し前、ナビさんのアナウンスがあり、俺のステータス内のmpが大きく回復していた。
そのことから、おそらく何人かの敵を倒したことは予想していた。
でも実際に、こうやって穴が空いているのを見て、自分の作戦がうまく行ったことを実感することが出来た。ちょっとした嬉しい達成感。
この罠を作ったときにも思ったけれど、穴の中央に建物が忽然と建っているのは、かなりシュールな光景だ。
見ようによっては、お堀の真ん中にぽつんと小さな城が建っているようにも見える。
みんなを出す前に、まずはこの周りの穴を何とかしないとな。
俺は堀の中、10m程下にいるスナマンたちを目の前に集合させた。
砂の中を自由に移動できる彼らは、ユーリィとアリ兵士が立っている地面から、ひょっこりと姿を現した。
「まずは、下にいる赤犬たちを、上に運んできてくれ。」
上から見ただけでは分からないけれど、実はこの穴の底には横穴が掘ってある。
俺はそこに、赤犬とスナザメたちを待機させておいた。もちろん、落っこちてきた船長たちを確実に仕留めさせるためだ。
俺の指示に従い、スナマンたちは赤犬たちをどんどん運び出してくれた。
大型犬サイズの犬たちが、スナマンに大人しく抱えられて、穴の壁を滑るように登ってくるのは、ちょっと面白い光景だ。
地上に集められた赤犬たちは、群れになって俺の周りに待機している。
いつの間にか、スナザメたちも集まってきて、周りの砂地をぐるぐる泳ぎ回り始めた。
彼らは砂の中を自由に移動できるので、自分から出てきてくれたようだ。
「ご苦労さん。あとはいつもみたいに、拠点の周りを警戒しててくれ。」
今回は、彼らの活躍で、荒くれたちを撃退することができた。本当に有能でかわいい奴らだ。
俺の労いに嬉しそうに尻尾と尾びれを振ったあと、赤犬とサメたちは群れになって、拠点の外へと飛び出していった。
スナマンたちは、砂に潜って拠点内のあちこちへと散らばっていき、姿が見えなくなった。
ちなみに今回、大勢のスナマンたちが協力して、この穴の上に落とし穴の蓋を作ってくれた。
本当は、建築アイコンで落とし穴を作りたかったんだけど、うまく仕掛けを作れなかったのだ。
だから、スナマンの蓋は試行錯誤の末の、苦肉の策。
ちょうど、砂嵐から畑を守ったり、積もった砂を除去したりするのに、大量のスナマンたちを呼び出していたのが功を奏した。
スナマンたちは、力が弱くて動きが遅いから、戦いにはあまり役に立たない。
けれど単純作業、特に砂を扱うことにかけては、かなり優秀だ。その上、身体を自由に変形させることもできる。
俺は、スナマンたちに手足を繋がせ、穴の上で広がるように指示した。
そして、ある程度の数の敵が上に乗ったら、一気に崩れ落ちるように命じておいたのだ。
スナマンたちは、それを忠実に実行してくれた。今回の襲撃を退けるうえで、1番活躍したのは、実は彼らだと言えるかもしれないな。
俺は穴を埋め戻すため、建築アイコンを起動した。でも、そこでふと思った。
この穴、何かに使えるんじゃないか?
また、あの船長たちが攻めてくるかもしれない。そのときに、また同じように罠として使えるかもしれない。
流石に同じ罠に引っかからないかもしれないが、その時は避難用の地下シェルターとしても使えそうだ。
非常用の物資を蓄えて、備蓄倉庫として使うのもいいな。うん、我ながらなかなか良いアイデアだ。
せっかく広々とした空間があるのだから、なにか有効活用する方法をじっくり考えてみよう。
でも流石にこのままでは、中にいるみんなが穴に落っこちてしまう。とりあえず、穴に蓋をすることにしよう。
俺は建築アイコンを起動し、光る立方体を操作して、穴の上を塞ぐ蓋を思い描いた。するとたちまち、厚さ1mほどの岩の蓋が出来上がった。
建築アイコンで作った建物はどれも、継ぎ目のないコンクリートみたいな仕上がりになる。
今、作った蓋も、穴の周りの壁と完全に一体化している。これならみんながこの上を通っても、簡単には崩れないだろう。
蓋ができたので、ようやくみんなが避難している建物に入れるようになった。
建築アイコンで塞いでいた壁に扉を作り、中に入る。
途端にムッとした人熱れと、微かな汚物の匂いが漂ってきた。
しまった! 水と食料のことは考えていたけど、トイレのことは完全に忘れていた!
この建物には侵入を防ぐため、換気用の小さな穴が天井にあるだけの構造になっている。でも、その仕組みが十分ではなかったようだ。
こんな不快な空間に長時間多くの人を閉じ込めるなんて、アイデアを提供するデザイナーとしては失格だ。
俺はみんなのことを本物の人間のように考えているつもりだった。でも、心の何処かで、所詮ゲームのNPCと思っていたのかもしれない。
みんなに気まずい思いをさせてしまったことを、俺は深く反省した。マジで申し訳ない。
この借りは、より快適な住環境を提供することで返さなくてはならない。そう心に誓った。
ただ、俺のそんな思いとは裏腹に、みんなは密閉空間に閉じ込められていたことを、さほど気にした様子もなかった。
彼女たちは、俺とユーリィの姿を見るとすぐに笑顔で近寄って来てくれた。その顔には、安堵の表情が浮かんでいた。
でも、ユーリィの後ろに立っているアリ兵士の姿を見て、ぎょっとしたように後ずさった。
まあ、こうなるよね。だって、アリ兵士、まんま直立したアリだもん。しかも、長い槍も持ってるし。
「主様、彼らは私のことを恐れているようです。主様から、私を彼らに紹介していただけませんか?」
アリ兵士が俺の方を向き、脳内に語りかけてきた。
同時に、ユーリィも俺の方を見た。どうやら、アリ兵士はユーリィにも同じ内容を伝えていたらしい。
けど、紹介と言われても、とりあえず味方だ、危険はない、くらいしか言いようがない。
俺がそう考えると、彼女は「それで構いませんよ」と返事をしてきた。
ユーリィもそれを聞いたようで、彼女と俺の方を交互に指さしながら、みんなに説明を始めた。
そのやり取りを、アリ兵士は逐一、俺に通訳して伝えてくれた。これは、まじでありがたかった。
ユーリィの説明のおかげで、みんなの警戒神は少しほぐれたようだ。
でも、完全に緊張が解けたとも言えない。
みんなの視線は、アリ兵士の一挙手一投足に注がれている。なんとも微妙な空気だ。
いくら安全だって言われても、やっぱり魔物。逆の立場なら、俺だって同じような反応になるだろう。
すると、じっと話を聞いていた女性たちの一人が前に進み出てきた。
確か俺が弟を助けた、あの格闘家の女性だ。名前はフーリアさんって言ったっけ。
彼女は何事かをユーリィに尋ねているようだ。俺はアリ兵士にそれを通訳してくれるよう頼んだ。
「この亜人が主様の眷属であることは理解した。でも、この亜人をなんと呼べばいいのか。このメスはそう尋ねています。」
多分、細かいニュアンスは違うんだろうけど、フーリアさんの言葉の要旨は理解できた。
ユーリィは困ったように俺を見つめている。
完全に意表を突かれたけど、確かに名前も知らない相手を信用するのは難しいだろう。
逆に、親しみやすい名前があれば、より早く打ち解けることができるかもしれない。
これから拠点で俺とユーリィの通訳として生活してもらうなら、呼び名があったほうが便利だろうし。
あれ、実はコレ、結構重要なイベントなのでは?
考えてみれば、俺はこれまで兵士アリや女王としか呼んでなかった。
だからといって、兵士アリを『女王』と紹介するのは、ちょっと違う気がする。
いくら同一の意識を持っているとはいっても、女王って感じじゃないしね。
「女王は名前を持ってるのか?」
「私の種族名は『蟻人』です。個体名はありません。必要なら、主様が付けてください。」
念のために尋ねてみたけど、予想通りの返答が帰ってきただけだ。
マジで困った。俺は昔から、ネーミングセンスが壊滅的だと言われているのだ。
娘の友里の名前を付けるときだってそうだ。
俺の考えた『美十』という名前は、両親親戚一同からすぐに却下されてしまった。
理由はあまりにも単純だから。十四郎と美南から一文字ずつ取った、結構いい名前だと思ったんだけどな。
美南だけは、俺の考えた名前に反対しなかった。それでも結局は、美南の考えた『友里』に決まった。
「多くの人の恵みを受け、ふるさとを大切に思える子どもになるように。」
名前の由来を聞かれたとき、美南はそう答えていたっけ。
あのとき『美十』にしなくて本当に良かったと、俺は今でも思っている。
「私は何でも構いませんよ。」
俺の悩みを察したのか、女王はそんなふうに言ってくれた。でも、その気遣いは逆に心が痛くなる。
こうなったら、精一杯いい名前を考えよう。
呼びやすく、親しみがあって、女王っぽい感じのする名前。そんなの、俺に付けられるだろうか?
女王だから、クイーンとか? いや、それじゃ女王と呼んでるのと変わらん。
アリだから、アントでアンちゃん? なんか、テキ屋の若い男みたいで、ちょっと違うか。
うーん、どうしたもんか・・・。
そうだ、砂漠の女王といえばクレオパトラ! でもそのままだと、なんかあれだし少し長い。
短くするとしたら・・・。
「じゃあ、パトラ! パトラでどうかな?」
俺がそう考えた途端、アリ兵士の身体が薄っすらと光を放った。
『蟻人女王は個体名を得て、固有魔獣へ昇格しました。迷宮核との魂接続が強化され、核内のスキルが使用可能となりました。』
『固有魔獣の維持コストが増大しました。DPの残量に注意してください。』
俺の脳内にナビさんの声が響く。
どうやら、女王の身体に何らかの変化があったようだ。おそらく、名前を付けたことが原因なのだろう。
でも、この声は俺にしか聞こえないらしく、女王は通訳してくれなかった。非常に残念だ。
「眷属たちの頂点たる私にふさわしい名前を下さり、感謝いたします、主様。」
パトラはそう言って、俺に恭しくお辞儀をしてみせた。
やっぱりちょっと単純だったかな、と思っていた俺としては、それがすごく恥ずかしい。
でもまあ、喜んでくれてるみたいだし、いいだろう。
ユーリィがパトラの名前を紹介すると、フーリアさんがパトラに向かって何事か話しかけた。
自分とパトラの名前を言っていたから多分、自己紹介をしてたのかもしれない。
パトラはそれに頷いて答えると、フーリアさんに槍を握っていない方の右手を差し出した。
フーリアさんはその鉤爪上の手を、少し緊張した様子で恐る恐る握った。
二人は握手を交わした。それ見たみんなの顔から、少し緊張がとれたような気がする。
怯えていた小さな子どもたちも、興味深げにパトラのことを見つめている。全体的に、さっきよりみんなの警戒心が薄くなったように感じられた。
出だしとしては、まあこんなものだろう、あとは時間をかけて、馴染んでもらうしかない。
こうして俺達は襲撃を乗り越え、拠点に新たな仲間パトラを迎え入れることができたのだった。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:9
総DP:4233
獲得DP/日:11740
消費DP/日:9853
種族:迷宮守護者
名前:ユーリィ
職業レベル:6(ガーディアン)
強打L3 突撃L3 短剣術L6
暗視L1 反射音探知L1 締め付けL1
操船L2 登攀L3 騎乗L3 詐術L2
装備:守護者の剣
(自動回復L3)
守護者の鎧
(斬撃被ダメージ軽減L2 酸耐性L2
熱耐性L1 炎耐性L1 毒耐性L2
土魔法耐性L1)
水鏡の円盾
(光線攻撃反射L5 石化耐性L5
魔法耐性L3)
種族:人間
名前:フーリア
職業レベル:3(デザートシャーマン)
危機感知L1 自然の祝福L1
不死者払いL2 浄化L1 小治癒L1
【蟻人:クイーン】
維持コスト:3000DP/日 →6000DP/日
保有スキル:〈熱耐性〉〈酸耐性〉〈昆虫種魅了〉〈産卵〉 NEW!〈眷属創造〉
【スキル〈眷属創造〉について】
固有魔獣化によって蟻人女王が獲得する固有スキル。スキル〈産卵〉使用時、生み出す眷属に様々なスキルを付与することができる。また、目的に合わせた形態の眷属を、ある程度自由に生み出すことも可能。このスキルは、巣の規模が増大するにつれて自由度が向上していく。
お読みいただき、ありがとうございました。




