38 裏切りと罠 後編
メリークリスマス! クリスマスらしく、最後にちょっとだけロマンティック成分を足してみました。
【大陸歴1415年6月1日】
背中から加えられた衝撃によって言葉を遮られたカルバラスは、自分の胸から突き出た曲刀の剣先を、信じられない思いで見つめた。
「・・・っ、てめえ、バグラっ!!」
血を吐きながらも振り向き、真っ赤に染まった目で、背後のバグラに掴みかかろうとしたのは、砂賊団を率いる男としての矜持ゆえ。
しかし、彼の抵抗もそこまでだった。
バグラは、素早く引き抜いた曲刀で、袈裟懸けにカルバラスを切り捨てる。
カルバラスは、糸の切れた人形のように、穴の底へと落ちていった。
一瞬の衝撃から立ち直った船員たちが、曲刀を手にバグラに殺到する。しかし、その一瞬が、彼らの命運を大きく分けた。
歴戦の砂賊たちは、瞬く間に斬り伏せられ、数人が一合も刃を交えることなく、熱い砂の上に崩れ落ちた。
残った船員たちは、復讐心に燃え、バグラを取り囲んだ。バグラは露わにした左手の鈎で彼らの意表をついて牽制し、巧みに刃を躱す。
だが、連携の取れた船員たちは、一筋縄では行かない。
受けた手傷は圧倒的にバグラの方が少ないものの、我が身を顧みない彼らの決死の攻撃によって、形勢はジリジリとバグラ不利へと傾いていく。
「ちっ、厄介だな。」
「楽に死ねると思うなや、バグラぁ!!」
穴の淵へと追い詰められたバグラ。しかし、チラリと視線を船員たちの背後に向けたあと、彼は姿勢を低くして、包囲に向かって突進した。
「捨て身のつもりか!! そんなもんが通じるか、バカめ!」
船員たちは慌てることなく、バグラを迎えうつ態勢を整える。だが、その直後、彼らの背後から、強烈な不可視の一撃が加えられた。
まるで巨大な鈍器のようなその一撃は、彼らの包囲を打ち崩すには十分過ぎた。
不意打ちを受けた彼らは、バグラの繰り出す神速の斬撃によって絶命し、その場に崩れ落ちた。
「助かったぜ、オルワ。」
船員たちの背後に忍び寄って、神聖魔法〈太陽神の鉄槌〉を複数同時に発生させたのは、もちろんオルワだった。
彼女は無言で頷くと、足を引きずりながら彼に近づき、彼の身体にそっと両手を触れさせた。
彼女の手から溢れ出る温かい光が彼の身体を包む。まるで動画の逆再生のように、彼の傷が塞がっていった。
「ちっと血を流しすぎたな。」
バグラは頭を振り、ふらつく視界を、無理やり正そうとした。
回復のポーションや神聖魔法は、たちどころに傷を癒やしてくれるが、失った血まで元に戻すことはできない。正常な状態に戻るには、もう少し時間が必要だ。
曲刀を鞘に納めた彼は、右腕でオルワの細い腰を抱き寄せると、慎重に穴を覗き込んだ。
穴の奥からは、獣のかすかな息遣いを除けば、すでに何の音も聞こえない。
「連中を始末する手間が省けたぜ。だが、こいつをどうしたもんか。」
飛び越えるには大き過ぎる穴を前に、バグラは小さく肩をすくめる。
仮に飛び越えることができたとしても、穴の周囲はすべて継ぎ目のない岩の壁で、取り付くための足がかりすら見当たらない。
明らかに、あの建物と同じ魔法で作り出したものだ。
あの娘、俺たちが周りを掘ろうとするのを見越してやがった。ご丁寧に穴の底に魔獣まで用意してやがるとは。
バグラはオルワに視線を向けたが、オルワは小さく頭を振ることしかできなかった。
魔術師や建築術師であれば、魔力で不可視の橋を用意したり、即席の足場を作ったりすることも可能だ。だが、神官のオルワにはそんな魔法は使えない。
一応、最大出力の〈鉄槌〉を建物の壁に向けて放ってみたが、轟音とともにわずかに亀裂が生じただけだった。
そもそも、対人攻撃魔法である〈鉄槌〉には、岩の壁を破壊するほどの力はない。
それに、その亀裂にしても、二人が見ている目の前ですぐに修復され、元のきれいな壁に戻ってしまった。
オルワはバグラの右手を取り、手の平に指で「とても強い魔力」と書いた。
「しゃあねえ。とりあえず、船は手に入れた。今回は隠してあるお宝だけ取り戻して、仕切り直すしかねえか。」
バグラがそう独り言ちたとき、穴の周囲にあった船員たちの遺体が突然光を放ち始めた。
警戒する2人の眼の前で、すべての遺体が溶けるように消えていった。
「気色悪りいな。これも魔法か?」
バグラはオルワを横抱きに抱え、すぐにその場を離れた。オルワは、少し戸惑ったように頷いた。
このような現象には心当たりがある。太守の姫として受けた教育の中で知った、迷宮の中の性質とよく似ている。
しかし、彼女の聞き知る迷宮と、この場所の様子は、あまりにも違いすぎる。
そもそも、迷宮の中で人が生活できるわけがない。迷宮は周囲の大地の恵みを元に魔獣や財宝を生み、おびき寄せた人間を食らう。
強すぎる迷宮の魔力に長時間触れれば、人は狂ってしまうと言われている。
迷宮の吐き出す富と死の匂いに囚われ、寝食も、地上に出る事も忘れて、迷宮を徘徊し続けるのだ。
そして、やがては迷宮に飲まれ、自分自身が迷宮の一部となる。
迷宮探索を生業とする冒険者たちは、この現象を『迷宮に魅入られる』と呼ぶ。
迷宮は、決して人とは相容れない存在なのだ。
頼みの綱のオルワにも、どうすることもできないと悟り、バグラはすぐさま、この拠点からの一時撤退を決めた。
カルバラスを出し抜いて、再起へのきっかけを掴むことができた。
あとは、隠してある財宝を回収すれば、目的の半分は達成されたことになる。
残りの半分、あの娘への復讐も、もちろん諦めたわけではない。
失った左腕と仲間たちのことを思えば、今でも目の前がくらむほどの怒りが、心の奥底から湧き上がってくる。
だが、怒りに我を忘れて状況が見えなくなる程、彼は愚かではなかった。
あの娘の力はまだまだ底が知れない。未知の魔法への対策ができない今、ここに長居すれば、逆にこちらが狩られる立場になりかねない。
相手の弱点を突いて先制し、一気呵成に攻め落とすのが彼の信条。
逆に守りの戦いは、砂賊が最も苦手とするところだ。
別に急ぐ必要はない。ここは通常航路から大きく外れた、砂海の孤島だ。あの娘は、どうやったって、ここから自力で逃げることはできない。
もし、仮に逃げてくれたら、むしろ好都合。
あの娘の不思議な力がないのなら、このアジトを容易に取り戻すことができる。
彼には、娘がどこに逃げようが、砂海の中なら、必ず捕まえられるという自信があった。
それがたとえ、あの武勇で名高い砂上船軍を誇るファーラン王国であってもだ。
バグラは、オルワを抱きかかえて気持ちを切り替えると、すぐに桟橋へと向かった。アーシの首尾を確認するためだ。
桟橋に立つと、蜃気楼の向こうに、ちょうどこちらへやってくる船影が見えた。
みるみる近づいてくる船を操っているのは、アーシだった。どうやら首尾よく、3番船を無力化できたようだ。
「手筈通り、おびき寄せた3番船に火をかけてやりました。ついでに、こっちが振り切った流砂イカを押し付けてやりましたよ。」
船から降りたアーシは、興奮冷めやらぬ様子で、バグラに戦果を報告した。
4番船からの火矢と火炎瓶の投擲によって操船能力を失った3番船は、4番船が振り切った流砂イカに取り憑かれて大破。
砂の上に投げ出された船員たちは、たちまち押し寄せてきた魔獣の餌食になったそうだ。
流砂イカの攻撃を避けつつ、3番船の動きを誘導する。この困難な策が成功したのも、アーシの高い操船・指揮能力があってこそだった。
期待以上の働きをしてくれたアーシを労ったあと、彼は集まってきた船員たちに指示を出した。
「こっちも首尾は上々だ。あとはお宝を取り戻して、ペルアネゲラに帰る。着いたらすぐに、新バグラ砂賊団の旗揚げだ!」
10人余の男たちが、歓呼の声を上げる。バグラ率いる砂賊団は、砂海に暮らす無法者たちにとって、畏怖と憧れの象徴。
思いがけず、その一員に加われた幸運に、男たちの興奮はますます高まった。
バグラは手下となった船員たちを魔法の泉で休息させたあと、アジトのあちこちに隠してあった財宝を慎重に回収し、船へと運ばせた。
噂に名高いバグラの隠し財宝、木箱から溢れるほどの金貨や宝飾品の数々を見て、船員たちはますます、バグラへの尊崇の念を深めた
一通りの積み込み作業が終わったあと、バグラは船員たちの再編成を行った。鹵獲したカルバラスの1番船、2番船を動かすためだ。
砂上船は、非常に貴重で高価なものだ。
砂の上を走るため、魔導処理を施された船底を持っており、新造するにはそれこそ途方もない代価が必要となる。中古船であっても、その価値はかなり高いのだ。
10人余で3隻の船を操作するため、一隻当たりの船員は4名ほどになってしまう。
しかし、幸いなことに、カルバラスの船は少人数でも扱いやすい小型の交易船だ。
戦闘機動は難しいが、航行させるだけならば、ぎりぎりなんとかなる状態だった。
出港準備が整ったときには、すでに太陽が中点を過ぎ、次第に日が傾き始めていた。
一番星が出るまでには、まだ時間があるが、帆を膨らませる風は、わずかに冷気を含み始めている。
1番船に乗り込んだバグラは、船室にいるオルワを訪ねた。彼女は薄暗い船室でたった一人、椅子に座っていた。
無言で見上げる彼女の細い首筋に、バグラは右手を伸ばした。
彼が小さな鍵を差し込むと、彼女の首に嵌められていた太い金属製の首輪が音を立てて外れた。
彼はそれを投げ捨てると、彼女の首に残る首輪の傷跡をそっと撫でた。
そして、懐から取り出した、豪奢な作りの真珠の首飾りを、無造作に彼女に差し出した。
「そいつを付けろ。片手じゃあ、付けてやれねえからな。そんで、その傷はさっさと治しちまえ。」
驚きで目を瞠る彼女を見て、バグラは笑った。
「お前もそんな顔ができるんだな。」
戸惑った様子で首飾りを付けた彼女を見て、彼は満足そうに頷いた。
「思ったとおりだ。お前の肌には、真珠の色がよく似合う。」
彼はそう言い残すと、すぐに船室を出ていった。
まもなく聞こえたバグラの号令とともに、風を帆いっぱいに捉えた船は、ゆっくりと動き始めた。
オルワは暗い船室で一人、じっと座っていた。
冷たい独房で、不潔な船底で、汚辱の寝室で、苦痛の鉄格子の中で。これまでも彼女はこうやって、闇を見続けてきた。
いったいどれほどの夜を越えてきただろう。そんなとき、闇の向こうに映るのは、自分からすべてを奪い取った者たちの顔ばかりだった。
しかし、今、彼女の金色の瞳に映っているのは、かつて自分を愛してくれた父親の面影だった。
彼女は、自身の中にある強い気持ちが、わずかに揺らぐのを感じた。そして、瞑想することで、それを無理矢理に封じ込んだ。
口にすることのできない祈りの言葉を心の中で念じると、気持ちの揺らぎが落ち着いていく。
これでよい。もう二度と取り戻せない思い出など、私には不要。私には、為すべきことがあるのだ。
船の揺れが強くなるに連れ、彼女は祈りを深めていった。
しかし彼女は、自分が右手の指先で首飾りの真珠をなぞっていることに、まったく気が付いていなかった。
暗い闇の中、まるで唱句の言葉の羅列を確かめるかのように、彼女はいつまでも首飾りを優しく撫で続けていた。
お読みいただいて、ありがとうございました。




