37 裏切りと罠 前編
クリスマスってやっぱりいいですねー。
【大陸歴1415年6月1日】
〈十四郎視点〉
籠城作戦を実行するため、俺は建物の入口を完全に塞ぎ、壁にしてしまおうと考えた。
ところが、建築アイコンを開こうとした途端、警告音とともにナビさんの声が響いてきた。
『核及び守護者を、外部から完全に遮断する構造は、重大な迷宮制約違反です。』
何度やっても同じで、どうしても入口を塞ぐことはできなかった。
建築アイコンを開こうとするたびに、同じメッセージが流れるのだ。そもそも、アイコンがグレーアウトしてしまい、まったく反応しなかった。
完全に引きこもって戦うことは、どうやら出来ないらしい。きっと、ゲームの仕様なのだろう。
やっぱり、安全な場所に隠れて戦うようなズルはダメということなのか。よく考えてやがるぜ、くそ制作者め。
俺は改めて作戦を練るため、一度建物の外に出た。
すると、ユーリィも俺を心配して一緒に付いてきてくれた。俺は彼女に戻るよう言ったけれど、彼女は首を横に振り、頑として受け付けなかった。
あの船長たちは、すでにこの拠点に侵入してきている。まもなくここへやってくるだろう。
俺はみんなを守るため、せめてバリケードでも作れないかと建築アイコンを起動した。
すると、不思議なことに、今までどうやっても塞ぐことのできなかった出入り口を完全に密閉することができてしまった。
俺はユーリィを、再び中に入れようとしたが、彼女が中にいる状態では、出入り口を塞ぐことはできなかった。
おそらく、俺とユーリィはプレイヤー扱いだから、立て籠もることはできないってことなのだろう。
ただ、俺にはもう一人、フーリアさんていう仲間がいる。ということは、あの人はプレーヤー扱いじゃないのだろうか?
うーん、ユーリィとの違いが分からん。
まあ、その検証は後でゆっくりすればいい。
とりあえずこれで、他の女性達や子どもたちの心配をしなくて済む。それだけでも十分な成果だ。
もともと、籠城作戦は女性や子どもたちを守るために考えたものだしね。
俺とユーリィだけなら、別に正面から戦わなくたっていいのだ。逃げ回りながら戦えばいいのだから。
作戦は練り直しだけど、基本線は変わらない。隠れて逃げ回りながら、ヒット&アウェイを繰り返していけばいい。
幸いユーリィは小柄で目立たない。それに俺は、彼女に抱えてもらえば隠れる必要すらない。
相手の隙を突くためにも、今は身を潜めることが先決だ。いっそのこと奴らの裏をかいて、こっそりこの拠点を抜け出してもいい。
俺はユーリィにそのことを伝えた。そして、最後に奴らへのちょっとした置き土産を残し、彼女と共に大急ぎでその場を離れたのだった。
〈バグラ視点〉
バグラはカルバラス率いる1番船、2番船の船員たちと共に、かつての隠しアジトへと乗り込んだ。
「おいおい、こりゃあ、どうなってんだ!? すげえじゃねえか兄弟!!」
桟橋から逃げていったあの少女を追って、集落内の広場に足を踏み入れたカルバラスが驚嘆の声を上げる。
他の船員たちも、信じられないといった顔で、周囲の様子とバグラの方を何度も伺っていた。
荒れ果てていた広場の中央、涸れ井戸があった場所に、見たこともない白亜の建物が出現していた。
幾本もの柱で支えられた石造りの屋根の下にあるのは、美しい泉。その中央には慈愛に満ちた表情の女神像が鎮座している。
泉から溢れ出る大量の水は、整備された水路を伝って、街壁付近にある畑へと届けられている。
長年放棄された荒れ地は、丁寧に整えられた豊かな耕作地へと変わっていた。
バグラは内心の動揺を隠し、短く「ああ」とだけ答えて、まっすぐに泉に向かって歩いた。
清らかな水の淵まで近づいたところで、抱えていたオルワをその場に立たせ、そっと目配せをする。
オルワは周囲に見えないように気をつけながら、口の形だけで『魔法』と呟いた。
彼女はこの街に入ったその瞬間から、通常ではありえないほどの魔力が周囲に満ちていることに気がついていた。
バグラは魔法があまり好きではない。これは彼に限らず、平民や下民の多くが感じていることだ。
平民の中にも、生まれつき小さな魔力を持ち、まじない師として生計を立てている連中がいる。
それに、港で働く砂上船の魔道具技師や呪印契約師なども、魔力を持っている。
だが、彼らの力は小さく、特殊な技能に限定されている。砂海に暮らす多くの人々にとって、魔法は決して身近なものではない。
便利だが、得体のしれないものなの。バグラもそう考えている一人だった。
バグラは、心にまとわりつく気味悪さを振り払い、泉の水にそっと右手を伸ばした。
同時に、横目でオルワを確認する。視線を受け取った彼女は、「大丈夫」と言うかのように小さく頷いた。
思い切って、冷たい水に触れた。その瞬間、彼は身体の中になんとも言えない力が漲るのを感じた。
この感覚には覚えがある。回復のポーションを使った時とほとんど同じ感覚だ。
すくった水を口に運ぶ。飲んだ瞬間、彼は身体に癒やしの魔力がじんわりと広がっていくのを感じた。
バグラが水を飲んだのを見て、恐る恐る様子を伺っていたカルバラスたちも、泉に群がり始めた。
「ありがてえ! 航行中にこんなに美味え水がたらふく飲めるなんて! 信じられねえぜ!!」
船員たちは皆、積み込んだ樽の水が傷んだ後、古い椰子酒を舐めることで喉の乾きを癒していた。
そんな彼らとって、滾々と湧き出る女神の泉は、まさに地の恵みそのものだった。
彼らは先を争い、むさぼるように水を飲んだ。カルバラスはそれを横目に見ながら、笑顔でバグラに話しかけた。
「兄弟。こんなすげえアジトを、よく今まで隠してたもんだな。あの娘をとっ捕まえれば、これからはここが俺の・・・俺たちのもんになるってわけか。」
本音が漏れてるぜ。
そう思いつつ、バグラは「ああ、そうだ。早いとこ、あのメスガキを捕まえようや」と笑みを返す。
互いに顔は笑っていても、決して目は笑っていない。喉笛に食らいつく隙を伺う、毒蛇同士の睨み合いだ。
カルバラスたちとの間合いを計りつつ、バグラは改めて、泉をじっくりと眺めた。
ここに至って、彼もあの少女がただの魔物使いではないと確信した。
これほどの魔力を操るガキだ。これからの戦いも、一筋縄で行くはずがない。
そうなると、やはり邪魔になるのは、カルバラスの存在だ。そして、おそらく、相手も俺のことをそう思っているはず。
決着をつけるべき時は、まもなくやってくる。
カルバラス自身の剣の腕は、問題にもならない。だが、歴戦の船員たち20人以上を相手にするとなれば、話は別だ。
困難な戦いを前に、感情の昂りを感じたバグラは、オルワに目線を送った。
彼女は目線だけで小さく頷いてみせた。そっけないとも思えるその仕草が、バグラの猛る心を鎮めてくれた。
彼は冷静になった頭で、来たるべき時を静かに待った。
泉の水を堪能した砂賊たちが次に目をつけたのは、広場の正面に建っている不自然な石造りの建物だった。
「親方、こいつにゃあ、窓も入り口もありやせんぜ。」
周囲を探索し終えた船員たちは、途方に暮れた様子で、カルバラスにそう言った。
カルバラスは、なんとかしろと言わんばかりに、バグラに視線を向けた。
「俺にも分からん。だが、こいつの大きさから考えて、連中が中に立て籠もっているのは間違いねえだろう。」
目の前にある石造りの壁は、一切の継ぎ目がない。まるで、巨大な岩からそのまま削り出したようだった。
間違いなく、泉や水路と同じ魔法で作り出したものだろう。
バグラは、抱えていたオルワを近くの建物の陰に座らせると、石造りの建物に近づき、壁を調べてみた。
軽く叩いてみるが、ほとんど反響がない。かなりの厚さがあるようだ。
だが、壁を叩いたとき、微かに、中で何かが動く気配がした。
中に人がいる以上、出入りするための仕掛けがあるはずだ。バグラは、より丁寧に壁を調べてみた。
迷宮を探索する盗賊ほどではないが、仕事柄、仕掛け探しの真似事くらいはやったことはある。
しかし、いくら調べても、仕掛けらしきものはまったく見当たらなかった。
もしかしたら、中からしか操作できない可能性もある。または、魔法陣などの魔法的なものかもしれない。
そうなれば、バグラには手の出しようがない。オルワの知恵と魔力が頼りだ。
だが彼は、カルバラスの前で、オルワの力を見せるつもりはなかった。そうなる前に、カルバラスとけりをつけなくてはならない。
そんなことを考えながら仕掛け探しをするバグラを尻目に、カルバラスは船員たちに指示を出し、船からシャベルやつるはしなどの道具を運ばせていた。
「よし、まずは、壁を壊せるか試してみろ。その間に他の奴らは、建物の周りを掘るんだ。」
指示を受けた船員たちは、すぐに作業に取りかかった。
多少、力押しだが、カルバラスはなんとしても、バグラよりも先に、あの精霊憑きの娘を確保する必要があった。
バグラはあの娘をすぐに殺してしまうに違いない。だが、それでは困るのだ。
このアジトに着いたとき、まだ昇り始めたばかりだった太陽は、もうかなり高くなっている。
炎天下で長時間の作業は、命にかかわる。長期戦を覚悟して、カルバラスが額に浮かんだ汗を拭ったその時、突然、異変が起きた。
壁の脇を掘っていた船員たちの足下の砂が、音を立てて崩落したのだ。地面の崩落は、そこから建物の全周へと広がっていった。
結果的に、建物の周囲7歩分(およそ5m)ほどが、すべて崩れ落ち、作業をしていた船員の半数が逃げ遅れた。
彼らは、悲鳴を上げて建物3階分(およそ10m)ほどの高さを落下し、硬い床に叩きつけられた。
すんでのところで逃げ延びたカルバラスは、残った10人余りの船員たちと共に、穴を覗き込み、落ちた船員たちに呼びかけた。
明るすぎる地上からでは、薄暗い穴の底を見通すことはできない。
しかし、弱々しいうめき声は聞こえてくる。ほとんどの船員は死なずに済んだが、落下の衝撃で行動不能になっているようだ。
カルバラスたちがホッとしたのも束の間、そのうめき声は、けたたましい断末魔に変わった。
「サメっ!? 止めっぎゃあああ!」
「ひいいっ! 火炎狼! こっち来るなぁああ!」
穴の底から骨を噛み砕く音が響き、暗闇に赤い炎が閃く。
漂って来る血の匂いから、激しい殺戮がおこなわれていることは、疑いようがなかった。
「おい、いったいこりゃどうなって・・・!」
カルバラスは誰に言うでもなく、そう怒鳴り声を上げかけた。
だが、彼はその言葉を最後まで続けることはできなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。




