36 策に溺れる者
今回の文字数は5400字くらいです。一応5000字程度を目標に書いてますが、どのくらいが読みやすいのでしょうか。もしよかったら、ご意見をお聞かせください。
【大陸歴1415年6月1日】
〈バグラ視点〉
桟橋の上に立つ少女を見て、バグラは凄みのある笑みを浮かべた。
「舐めやがって、ガキが。バレバレだぜ。」
バグラの呟きに呼応するかのように、彼の乗っている1番艦の見張りが、進路上を指さして叫んだ。
「流砂イカが来るぞ!!」
「鋲弾用意!」
カルバラスの指示で、砲手たちが大型弩砲を構える。他の船員たちは、しっかりと手足を踏ん張り、襲ってくる衝撃に備えた。
直後、強い衝撃とともに、船体が大きく揺れる。だが、あらかじめ来ると分かっていれば、どうということはない。
大型弩砲の砲手が放った鋲弾は、流砂イカの急所である目の間を、一撃で撃ち抜いた。
船体に絡みついていた触手が力を失ったことで、一度砂に降りた船底が、再びふわりと浮き上がる。
船員たちの巧みな操作によって、すぐに風を捉えた船は、ゆっくりと集落へと近づいていく。
同じように襲われた他の船も、流砂イカの迎撃を始めていた。
「頭! 4番船の砲手が、弾を外しちまったようです!」
「すぐに3番船を向かわせろ!」
カルバラスの指示を受け、舷側にたった通信手が、大きく手旗を降る。
バグラの見ている前で、後方にいた3番船がゆっくりと進路を変え、大きく船体を傾けた4番船に向かって動き始めた。
「どうだ、兄弟。うちの船員たちは。なかなかいい連携だろ?」
カルバラスの誇らしげな声に、バグラは無言で頷いた。
カルバラスは、バグラの膝に腰掛けたオルワに目を移すと、その上等な白いドレスを値踏みするように見ながら、バグラに言った。
「その女、気に入ってもらえたようで良かったぜ。」
「ああ。」
バグラは弱々しい声で短く答えると、膝の上のオルワを右腕で、自分の方へ抱き寄せた。
だらんとだらしなく下げている左腕には、血の滲んだ包帯が巻かれている。
カルバラスはまだ、バグラの義手のことを知らない。それに、4番艦の船員たち全員が、すでにバグラに内通していることも。
カルバラスは、4番艦の船長だったブチャラヘムが、私闘の末にバグラに殺されたことを当然知っている。
しかし、最近調子づいていたブチャラヘムが、バグラの逆鱗に触れたのだろうと、軽く考えていた。
カルバラスにとって、ブチャラヘムはただの捨て駒に過ぎない。そんな男が、自分に莫大な利益をもたらすバグラを害しようとしたのだ。
そんな男を、カルバラスが惜しむはずはない。むしろ、バグラが機嫌を損ねて、自分のもとを離れると言わずによかったと安心したくらいだった。
バグラには、高い酒を惜しみなく飲ませている上に、貴重なアルジビア美女奴隷まで与えているのだ。
ここで下手に逃げられては大損害では済まない。バグラの財宝を手に入れ、バグラを殺して名声も得る。これらはすべて、そのための策略だ。
そのためには、バグラが無力のままでいる必要がある。
弱りきったバグラの様子を見たカルバラスは、自分の策略が上手く行っていることを確信した。
より一層上機嫌になった彼は、船員たちに意気揚々と号令をかけた。
「よし! 船を着けるぞ!」
帆を巧みに操り、船員たちが船を桟橋へと近づけていく。
「頭ぁ! アリたちが出てきやした!」
カルバラスはバグラにちらりと目を向けたあと、船員たちに指示を出した。
「兄弟の言ったとおりだ! 手筈通り動け!」
船員たちはすぐに船倉から小さな樽を運び出した。
舷側から樽の中に入っていた白い粉末を、群がりつつあるアリや大サソリたちに向けてぶちまける。
その途端、アリたちは、まるで火にでも触れたかのように、船から遠ざかっていった。
これは砂漠に住む虫たちが嫌う草を利用して作った魔獣よけだ。
砂漠の民は、街壁や建物を立てる際、この魔物よけを砂レンガの中に混ぜることで、安全を確保している。
桟橋の上でこちらを睨んでいた少女は、その様子を見た後、驚いた様子ですぐに桟橋を駆け下り、外壁の向こうへと消えた。
「あれが例の娘か? 生きたまま捕まえられたら、高く売れそうだが・・・。」
そう呟いたカルバラスだが、バグラの目に浮かんだ剣呑な光を見て、すぐに話を変える。
「それにしても、あの娘の側に浮いてた光の玉みてえのはなんだろうなあ。」
自分でそう言った後、カルバラスはハッとして言葉を飲み込んだ。
もしかしたら、あれは話に聞く精霊かもしれないと思い至ったからだ。
精霊を従える事ができた者は、思うがままの富と力を得る事ができる。
砂海に暮らす者なら、誰もが知っている伝説だ。
バグラほどの男がなぜ小娘一人に遅れを取ったのか。ずっと謎だったが、相手が精霊憑きなら合点がいく。
せっかく見つけた精霊憑きの娘を、みすみす殺してしまうのは、なんとも惜しい話だ。
あの娘を懐柔して、上手く操ることができれば、財宝どころか、一国の王になることだって可能だろう。
なんとかバグラを言いくるめて、あの娘を手に入れることができないものか。
そうやって様子を伺ったカルバラスだったが、バグラの殺気立った様子を見て、すぐに説得するのを諦めた。
やはり、バグラは殺すほかない。
殺す理由がもう一つ増えたことで、カルバラスはより一層、覚悟を決めることができた。
周囲にいる忠実な船員たちに密かに目配せを送ると、彼らは無言で頷いた。
出港前に手筈は整えてある。あとはタイミングを、バグラの財宝を手に入れるのを待つばかりだ。
「さあ、兄弟。仕事前の景気付けと行こうじゃねえか。おい、一番いい酒、ありったけ持って来い!」
カルバラスは、用意しておいた酒精の強い高級酒を、ここぞとばかりにバグラに振る舞った。
東国からの舶来品で、正直カルバラスにとってはかなり痛い出費。だが、このあと手に入る財宝のことを思えば、安い投資だ。
カルバラスは欲深いが、馬鹿ではない。
慎重で、身の程をよく知っている。自分では絶対にバグラに敵わない。だから、策略を巡らせるのだ。
手足の不自由な女を身近に侍らせたことも、高い酒を浴びるほど飲ませているのも、すべては確実に勝つため。
そうやって、彼は今日までこの砂海で生き抜いてきたのだ。
傷が痛むのだろう。勧められるままに酒を飲み、早速酩酊し始めたバグラを見て、カルバラスは自分の勝ちを確信した。
「親方! 船を着けやした!」
手下の声に、カルバラスは大きく頷いた。
英雄を殺した男としての名声。隠し財宝。精霊憑きの娘。彼は砂海の王となった自分を夢想する。
「よし、乗り込むぞ!」
彼はそう叫ぶと、接岸を終えた船の舷側から、大いなる野望へ向かって、大きく一歩を踏み出したのだった。
〈十四郎視点〉
無敵のアリたちが、あっけなく撃退されたことに、俺は驚きを隠せなかった。
でも、考えてみれば当たり前の話だ。こんな危険な場所を行き来する船に、魔物を撃退する手立てがない方がおかしいもんな。
まるで本物の人間みたいな対処をされたことで、この世界の現実味を味わわされた気がする。
正直、モブ敵だと舐めてたけど、ちょっと認識を改めたほうがいいかもしれない。
幸いなことに、アリたちは逃げ出しただけで、死んではいないようだ。
ただ、こちらから指示を出しても、まったく反応がない。おそらく、あの白い粉の影響で、行動不能になっているんだろう。
ぼんやりしている暇はない。刻一刻と、2隻の船がこちらに近づいてきている。他の2隻はやや遅れているが、すぐにやってくることだろう。
彼らが俺の領地内に侵入したことで、俺は彼らの数や様子をはっきりと知ることができるようになった。
すぐ側に迫っている2隻の乗組員は、全部で25人。そのうち一人は、あの恐ろしい船長だ。
ユーリィに斬られた左腕に包帯を巻き、美女を膝に抱えた船長は、ひどく酒に酔っているようにみえる。
でも全然弱った感じはない。むしろ鋭くなった目の光は、まっすぐにユーリィを見つめている。まるで、視線で彼女を射殺そうとしているみたいだ。
船長はアラビア風の白い装束の上から、革鎧をしっかりと着込み、大ぶりの曲刀を携えていた。
ターバンは巻いておらず、大きく広がったライオンの鬣みたいな金色の髪が、いかにも凶暴そうな印象に見える。
現実だったら、絶対に近寄りたくないと思うタイプだ。
奴の隣りにいるのは、50くらいのおっさん。
こっちはターバンをしっかり巻いて、いかにも金持ちのアラビア商人風の出で立ちだ。けど、凶悪そうな顔立ちからすぐに、あの船長の同業者だと分かる。
多分、船長の配下の中でも、中ボス的なポジションの奴なのだろう。周りにいるのも、いかにも悪者といった連中ばかりだ。
降伏してもひどいことになる未来しか見えない。ゲーム的には、絶対に負けられない強制イベントといったところだろうか。
このゲームからの脱出が目的の俺からすれば、これが強制イベントだからといって、勝ちにこだわる必要はない。
だからといって、ユーリィやあの子どもたち、女性たちが、眼の前で蹂躙されるのは、願い下げだ。
なにしろ、このゲーム、生活の描写がやたらとリアルなのだ。
これで、ユーリィたちの断末魔なんか見せられた日には、夢見が悪くて敵わない。絶対に勝たなくちゃならないな。
そう考えたところでふと、これもこのゲーム制作者の意図通りなんだろうか、と思ってしまった。
まんまと制作者の意図に乗ってしまって、ほんの少し悔しい思いもある。
けれど、今はユーリィたちのために、もう全力を尽くす気になっているからな。どんなひねくれたゲームシナリオだろうと、正面から打ち破ってやるよ。
それにしても、こっちが拠点を整備し始めてmpが不足した途端、その弱点を突いて乗り込んでくるなんて。
あのひどい砂嵐も、襲撃のための演出だったのかな。だとしたら、このゲームを作ったやつ、本当にいい性格してやがる。
「ユーリィ コッチ」
俺はユーリィに呼びかけて、その場を離れた。ユーリィは一瞬躊躇する素振りを見せたものの、すぐに俺の後をついてきてくれた。
俺達が向かったのは、あの女性や子どもたちがいる農場だ。
ユーリィが大人の女性たちに現状を手早く説明している間に、俺は彼女たちが暮らしている建物に向かった。
建築アイコンを呼び出し、起動させると建物に座標を合わせる。
俺にしか見えない緑色の光線で建物全体を覆ったところで、俺は脳内でナビさんに呼びかけた。
「ナビさん、一番丈夫な素材で、この建物を完全に覆ってくれ!」
すると、すぐに建物が光り始めた。見る間に、砂色のレンガの壁が、丈夫な石造りの壁へと変わっていく。
屋根の上の換気用の僅かな隙間を除いて、高い位置にある窓や煙突穴もすべて塞がった。残っているのは、正面の出入り口だけだ。
戦いの間、みんなにはこの中に避難していてもらおう。
俺はユーリィを通じて、みんなに建物の中へ避難さするよう伝えた。
中には俺が魔法で作った明かりや水盤、保存食もある。多少の不自由はあるだろうが、何日かは籠城できるはずだ。
俺の作戦はこうだ。まず、俺とユーリィを含む全員でこの建物の中に立て籠もる。
俺はこの中からでも、外の魔物たちに指示ができる。そこで、スナザメやスナマンなどの奇襲が得意なメンバーを使い、少しずつ相手を減らしていけばいい。
とりあえず、数日はそうやって乗り切るつもりだ。なにしろ地の利はこちらにあるのだ。耐えればそれだけ、相手を疲弊させられる。
耐えるメリットは他にもある。時間が経てば経つほど、俺はmpを回復させることができるのだ。
今のmpは2000余り。強力な魔物を呼び出すゆとりはない。けれど、日数を重ねればそれだけmpは徐々に増えていく。
つまり、俺は一方的に戦力を増強できるということだ。
アリ太郎軍団を再編成し、集落内で戦わせてもいいし、やられてしまったイカたちを呼び出して、相手の船を襲ってもいい。
それに、どうやらここは砂漠の真ん中のようだ。相手はろくに補給ができない。だから、兵糧切れで撤退するまで粘ってもいい。
ただ万が一、相手の増援や補給が来てしまったら、この作戦はアウトだ。けど、まあそのときは、また別の作戦を考えればいいのだ。
ちょっとずるいけど、割と完璧な作戦じゃないだろうか?
ユーリィに説明してもらい、全員を建物内に避難させる。そして最後に、俺とユーリィも建物中に入った。
この状態で出入り口の扉を壁に作り直す。これで籠城完了だ。
この建物は、継ぎ目のない分厚い石の壁で出来ている。重機でもない限り、壊すのはかなり難しいはず。
建築アイコンを使用しようと、視界内のウインドウを開いた。
しかし、その途端、俺の視界に赤い警告メッセージが浮かび上がり、ナビさんの声が脳内に流れ始めた。
お読みいただき、ありがとうございました。




