34 砂嵐 後編
いつもよりかなり短くなってしまいました。
【大陸歴1415年5月25日】
〈ユーディ視点〉
「御使い様、すごい! 何でも作れるの?」
「ねえ、お部屋を明るくして!」
子どもたちがそういった次の瞬間、部屋の壁の一部が、また緑の光を放った。
そして、緑の光と入れ替わるように、白く柔らかい光が、暗かった室内を明るく照らし出した。
見ると、部屋の四方の壁の、複数箇所に四角いくぼみができていた。その中には、白い光を放つ丸い球体がある。
くぼみには木の覆いが付けられていた。おそらくあれを閉めることで、部屋を暗くすることもできるのだろうと、あたしは思った。
驚くあたしたちの前で、次々と部屋のあちこちが緑色に輝いていった。
いつの間にか、あたしたちの足元には立派な敷物が敷かれ、その上には柔らかそうなクッションがいくつも置かれていた。
無理やり塞いでいた窓にも、木枠付きの立派な扉ができていた。傷んでいた壁や床も、すっかりきれいになっている。
大人たちは、突然現れたこれらの品にすっかり驚いて、声も出せなくなっていた。逆に、小さな子どもたちはすっかり興奮して、御使い様の周りでぴょんぴょん飛び回っている。
やがて、子どもたちは口々に、お菓子がほしい、おもちゃを出してとおねだりを始めてしまった。
口々にお願いを言う子どもたちの上を、御使い様は困ったいるみたいにくるくると飛び回っている。
これはまずい。あたしが、子どもたちにお願いをやめさせようとした次の瞬間、部屋の空気を震わせるほどの、厳しい叱責の声が響いた。
「神様に軽々しくお願いをするものではありません!」
声の主はフーリアおねえちゃんだった。
普段は穏やかなおねえちゃんが、眉を怒らせた様子を見て、子どもたちは凍りついたように動きを止めていた。
小さな子どもたちがむずがり始めたのを尻目に、フーリアおねえちゃんは御使い様の前に跪いて、深く頭を下げた。
「お恵みに対して、不遜な行いをしてしまい、申し訳ありませんでした。どうか、この子どもたちをお赦しください。」
フーリアおねえちゃんの声で子どもたちの様子に気づいた大人たちは、すぐに子どもたちを叱りつけ諭し始めた。
「御使い様、ごめんなさい。」
子どもたちが泣きべそをかきながら、御使い様に次々と頭を下げていく。
御使い様はそれに対して何もおっしゃらなかった。
けれど、あたしには、御使い様がちょっと困りながらも、怒ってはいらっしゃらないのが分かった。
あたしがそのことをみんなに伝えると、大人たちは明らかにホッとした様子で息を吐いた。
大人たちのそんな様子を見て、子どもたちは神妙な顔で「ありがとうございます、御使い様」と言っていた。
シャーレ様はあたしたち砂海の民の守り神。
砂海に恵みを授けてくださる神様だけれど、決して優しいだけの神様ではない。
砂海を侮るもの、害をなすものについては、とても厳しいことでも知られている。
作物が不作のときや、井戸の水の出が悪くなったときなど、「シャーレ様に見放された」と大人たちが嘆くのを、あたしは小さい頃から何度も聞いていた。
砂海の神は畏れ敬うもの。決して軽々しく近づいてはならないというのが、あたしたちの決まりなのだ。
部屋が明るくなり、みんなが少し元気を取り戻したことで、あたしたちは食事の準備をすることにした。
といっても、火を使うことができないので、保存食を少しずつ分け合って食べるだけだ。
干したナツメヤシの実と油に漬けた野菜、それに乾燥肉。
本当ならタカキビの粉で作ったパンやスープも欲しいところだ。でも、今は我慢するしかない。
カチカチのナツメヤシの実を口に入れて、ゆっくりとふやかしながら食べていく。
じわじわと広がる仄かな甘みを十分に味わったら、水でお腹を満たす。これで、今夜も何とか眠りにつけそうだ。
でも物足らなかったのか、小さい子どもたちは物欲しそうに、ナツメヤシの種をいつまでも口の中で転がしていた。
この村に備蓄してあった食料は少しずつなくなりつつある。
すぐになくなるということはない。けれど、かなり節約しなければ、あっという間に飢え死にしてしまうのは確実だ。
何しろここは砂海の孤島なのだから。
今育てている作物が食べられるのは、一番早くても3か月以上先。
葉物野菜などはもう少し早く収穫できそうだし、少ないながらも実をつけたナツメヤシも何本かはある。でも、十分な量とはとても言えない。
この村の畑の土は、長年放棄されていたため、かなり痩せていた。
土作りをしようにも、肥料にするものが少ないのだ。おそらく、あまり多くの収穫は期待できないだろうと、お母さんは言っていた。
男の人たちがいれば、狩りをすることもできる。
でも、今は男の人がいない。それに、弓も無ければ、獲物を追うための騎鳥もいない。
そもそも、あたしたちは女性と子どもばかりで、狩りの経験がある人は誰もいないのだ。
だからといって、ここを脱出するため、歩いて砂海を横断するなんことはできない。そんなの、自分から流砂に飛び込むようなものだ。まさに自殺行為だ。
だって、船乗りでないあたしたちには、最も近い村がどの方角にあるのかさえ、分からないのだから。
一応、食べるものの足しにしようと、お兄ちゃんが作っていたトカゲやヘビを捕らえる罠を、見よう見まねで作ってはみた。
その結果、何匹かの獲物を捕らえ、久しぶりに新鮮な肉を子どもたちに食べさせることができた。
でも、全員のお腹を満たすほどの獲物は、とても捕れなかった。
結局、安心してお腹いっぱい食べるためには、主食であるタカキビを育てるしかない。
あたしたち女にとっては、畑仕事が食料を得るための唯一の方法だからだ。
でもこの砂嵐で、育ち始めたばかりのタカキビの苗は、大きな被害を受けたはず。
下手をすれば、最初に芽吹いた苗は、降り積もる砂によって、すべてだめになっているかもしれない。
お母さんを含め、大人の女性たちが一様に暗い顔をしているのも、それが分かっているからだ。
来年10歳になり、もうじき成人を迎えるあたしには、お母さんたちの苦悩が手に取るように分かった。
そのせいなのか、お腹が膨れたにも関わらず、その日の夜はなかなか眠りにつくことができなかった。
一塊になっている小さい子どもたちは、何も知らずに安らかな寝息を立てている。
あたしは少しだけ、それを羨ましいと思ってしまった。
翌日になり、ようやく砂嵐が収まりまった。
あたしたちは夜が明ける少し前から、早速畑に向かった。少しでも早く、砂に埋もれた苗を救い出したかったからだ。
でも、そこで目にしたのは、思っても見ない光景でだった。
「苗が砂に埋もれていない!?」
大人の女性たちが驚きの声を上げている。
それもそのはず、苗は砂に埋もれていないどころか青々とした葉を元気よく広げ、すくすくと大きくなっていた。
驚くあたしたちの頭の上に、御使い様がふわふわと浮かんでらっしゃった。
それであたしはこの奇跡が何故起こったのか、すぐに分かってしまった。
「ありがとうございます、御使い様!」
あたしがそう言ってその場に跪くと、他のみんなも同じように、次々と御使い様に向かって祈りの姿勢を取り始めた。
あたしたちはその後、お腹がくうくう鳴るのも忘れて、畑仕事に取り掛かった。
大人たちが元気になったのを見て、子どもたちも嬉しそうにはしゃいでいる。
御使い様はそんなあたしたちを見守るみたいに、畑のあちこちをふわふわと飛び回っていらっしゃった。
お読みいただいて、ありがとうございました。




