31 再起への企み 前編
※ 悪役の話は読みたくないよという方のために、後編に一言あらすじを書く予定です。
悪役を書く練習しようと思ってバグラを考えたのですが、正直苦手なのでストレス半端ないです。ちゃんと書けているでしょうか? もしよかったら、ご意見ご感想をお聞かせください。
【大陸歴1415年5月17日】
カルバラスの砂賊船団が、ペルアネゲラ市に到着したのは、バグラとオルワが出会ってから、7日後夕刻のことだった。季節外れに発生した砂嵐を避けるため、大きく迂回した航路を取らなくてはならなかったからだ。
7日の間、バグラはほとんどの時間をオルワとともに船室で過ごした。これはもちろん、傷の痛みを紛らわせるために酒色に耽っていると、カルバラスたちに思わせる思惑があった。
奴の目的は明らかだ。財宝が手に入ったら、奴はすぐにでも自分を殺すだろう。それを回避するためには、奴の裏をかかなくてはならない。
オルワの回復魔法によって、傷の痛みなどとうに無くなっていたにも関わらず、バグラはあえて弱っているふりをし続けた。
そして、便所へ行くために船室を離れる僅かな時間を使い、何気なく船団の様子を観察した。この状況を逆転させるための、手がかりを掴むためだった。
再起と復讐を果たすために、まずは船。そして、忠実で優秀な手下が必要だ。
そう考えたバグラは、船団の船員たちを特に注意深く観察した。
船は、カルバラスの砂上船を奪ってしまえば、容易く手に入る。しかし船を動かすためには、船員が不可欠だ。逃げるにしても、戦うにしても、手下は絶対に必要になる。
おおっぴらに仲間を集める手段も、資金もない今の状況なら、カルバラスの手下を秘密裡に寝返らせるのが、一番手っ取り早い。
カルバラスの船団は、小型の砂上交易船4隻で構成されている。
一隻あたりの乗員はおよそ10人ほど。それぞれの船を任された船長の指揮に従い、旗艦であるカルバラスの1番艦を先頭とした方形陣を組んで航行している。
船の武装はどれも似たような感じだが、船員の構成や積み荷の多寡で、明確に役割が分けられていた。
カルバラスの乗る1番艦、そして船団の副団長が船長を務める殿の2番艦の船員たちは、全員が古参衆で構成されてる。そのため、士気が高く、操船も巧みだ。
さすがのバグラも、付け入る隙が見いだせなかった。宝が見つかったあと、自分を殺すために襲いかかってくるのは、きっとこの連中だ。バグラはそう確信した。
方形陣の中列右翼を航行する3番艦を操っているのは、カルバラスの実の息子オルゴラスを筆頭とする若い船員たち。
経験の浅い彼らを、副船長として補佐するのは、古参の老練な水夫だ。船員たちの操船技術は拙いが、補佐役がしっかりしているため、隊列を乱すこと無く、旗艦との距離をしっかり保ちながら、航行している。
積み荷を一番多く積んでいるのもこの船で、通常航行中は、すべての船がこの3番艦に船足を合わせていた。
オルゴラス自身が砂賊に似つかわしくない、穏やかな性質であるためか、船員たちにも荒々しい者が少ない。また、船員同士の年齢が近いため、船長を中心にしっかりとした団結が形成されていた。
ここにも、付け入る隙は無さそうだ。だが、いざ戦いとなれば、容易く打ち破れるだろう。
バグラが目をつけたのは、船団列左翼を守る4番艦だ。この船を率いているのは、新参の船長だった。
オルワによれば、経験もあり腕っぷしは強いらしいが、荒々しい性格で、船員たちからの信頼もやや薄いとのことだ。
少し前の略奪で命を落とした4番艦船長の代理にと、カルバラスが急遽雇い入れた男らしい。
4番艦は、船長と同じく、まだこの船団に加わって日の浅い、寄せ集めの船員たちで構成されてた。
砂海の航行には危険がつきものだ。おそらく、いざというときに使い捨てる目的で、意図的にこのような編成をしているのだろうということは、容易に想像できた。
付け入る隙があるとすれば、この4番艦だ。そう考えたバグラは、機会を見計らっては、4番艦の様子を注意深く、だが、周囲に悟られないように観察した。
やがて、バグラが目をつけたのは、一人の水夫だった。若いその水夫は、帆綱の扱いが巧みで、風を読むのがうまかった。
砂嵐に遭遇した際、乱れる風の流れを読み切って、他の船員たちをうまく誘導しながら、船を脱出させたのも、この船員の働きのおかげだった。
手下にするなら、まずはこいつからだ。バグラはオルワを使い、この船員、アーシについて情報を集めようとした。
しかし、アーシが船団に加わって間もないこともあり、思ったように情報を集めることはできなかった。
大陸を南北に縦断するファーラム大河の西側河口。そこに霊峰サミルーフを頂く小半島がある。
山地と川によって隔てられたこの小半島には、異なる特徴を持つ6つの城塞都市が存在している。
山地を通る街道で結ばれたこれらの都市は、都市同盟と呼ばれる事実上の自治国家を形成していた。ペルアネゲラ市はその北西に位置している。
もともと、交易の中継地として自然発生的に発展してきたその経緯から、都市同盟には明確な領主が存在しない。
代わりに街を運営・統治しているのは、評議会や同業者組合と呼ばれる各都市の有力者たちだ。
ペルアネゲラ市は都市同盟の中でも、水運都市バハムテジャリに次ぐ巨大都市で、その人口は20万をゆうに越える。
ガンド砂海を渡る多くの砂上船の最終寄港地であり、大陸中の珍品・宝物が集まることでも知られている。
この巨大都市は、「欲望の街」や「悪徳の都」など、多くの呼び名を持つ。しかし、もっとも広く知られているのは「犯罪都市」という異名だ。
ペルアネゲラ市には悪名高い『三日法』と呼ばれる不文律があり、ありとあらゆる犯罪と暴力が許容される。そのため、大陸中の犯罪者が集まる場所でもあるのだ。
バグラやカルバラスを含め、多くの砂賊たちが、ペルアネゲラ市を根城としているのはそのためだった。
同業者間でのちょっとした小競り合いはあるものの、彼らはそれぞれ適度に距離を取りながら、それなりに上手くそれぞれの交易に勤しんでいる。
たとえどんなに揉めていても、都市の中では不用意に関わりも持たず、騒ぎを起こさないというのが、彼らなりの不文律であり、処世術なのだ。
だが、その日だけは様子が違った。
カルバラスの砂賊団に、バグラが加わったという話はそれほど、都市中の砂賊たちに大きな衝撃を与えたからだ。その噂は、一瞬にして砂賊の誰もが知ることとなった。
カルバラスは長年、砂賊稼業を続けているベテランであり、それなりに名も知れている。しかし、武勇においてはそれほど秀でたところがないというのが、仲間内での評価だ。
そんな男の軍門にあの『不死身のバグラ』が降った。
その噂は砂賊たちの間に、様々な憶測や疑心暗鬼を生むこととなった。中でも、とりわけ話題になったのが、どうやってカルバラスがバグラを手下にしたのか、そして、バグラの隠し財宝を、カルバラスが手に入れたのかどうかだった。
こうしてカルバラスの思惑通り、彼の名は一夜にして高まったのだった。
船が港に着くとすぐに、バグラはカルバラスに、オルワを譲り受けたいと交渉を持ちかけた。奴隷の所有権譲渡は、都市に常駐している専門の呪印契約師でなくては行えないからだ。
カルバラスは一瞬逡巡したものの、結局はバグラの申し出を受諾した。バグラの隠し財宝と、オルワの価値とを天秤にかけた結果だった。
カルバラスとしては、ここでバグラの機嫌を損ねるわけにはいかない。それに、今、仮にオルワを手放したとしても、財宝を手に入れた後、バグラを殺しさえすれば、いつでもオルワを取り戻せると算段したからだ。
足手まといな女をバグラの側に置くことで、バグラの行動を制限しようという思惑もあった。
手傷で弱り、酒色に溺れていても、バグラは、カルバラスの手に余る相手だ。
オルワに寄り添うようにして、腕の治療のために寺院へと向かうバグラを見送りながら、彼は胸の裡で、バグラを確実に始末するための策を練り続けていた。
寺院に入って、信奉するサーラク神に祈りを捧げたバグラは、オルワを横抱きに抱えて、港にほど近い自分の仮拠点へと向かった。そこに蓄えておいた、万が一のための資金を手に入れるためだ。
左腕に血の滲んだ布を巻いたバグラの姿を見て、仮拠点の留守を任されていた元水夫の老人は、大層驚いた。
しかし、彼のことをよく知るこの賢い老人は、何も言わず黙って拠点の鍵を渡してくれた。
当座の金を手に入れたバグラは、老人に多めに謝礼金を手渡した後、寺院や奴隷市場の元締、それに贔屓にしている鍛冶屋などを回った。
すべての用事が片付いたときにはもう、すっかり夜も更けていた。
そして、その頃には、依頼失敗の違約金や鍛冶屋への支払い、それにオルワの新しいドレス代などで、手に入れた資金は底をついてしまっていた。
純白の豪奢なドレスを纏った黒檀の美女を抱え、夜の街を闊歩するバグラの姿は、噂の影響もあり、とにかく目立った。
そのせいか途中に幾度か、賞金稼ぎたちの襲撃を受けることになった。しかし、彼らは皆、バグラの曲刀の一撃によって、その愚かさの代償を払わされることになった。
その剣技は、オルワのドレスに返り血の一滴も残さないほど鮮やかなものだった。幾度目かの戦いの後にはもう、彼に挑もうとする愚か者は皆無になっていた。
体を満足に動かせないオルワを連れた状態であってもなお、彼の剛勇は全く翳ることはなかったのである。
恐れと好奇の目に晒されながら、バグラは夜の酒場街をさまよい歩いた。そして、何軒目かの安酒場で、ようやく目当ての相手と遭遇することができた。
バグラは、薄汚い安酒場の隅で酒を飲んでいた男のもとへ、まっすぐに歩いていった。
彼の姿に気づいた幾人かの客が、慌てて酒場をあとにするのを尻目に、彼は男の座っている座卓の席へ、ドカッと腰を下ろした。
「よお、邪魔するぜ。」
男と自分の間の席にオルワを座らせた彼が、そう言って笑うと、目の前の男は、口と目をまん丸に開いたまま、凍りついたように動かなくなった。
「おめえに話があんのさ、アーシ。」
「あ、あんた、俺の名を・・・!」
会話したことすらないバグラに、突然名前を呼ばれたことで、アーシはすっかり混乱してしまった。
もちろん、これもすべてバグラの計算通り。すべてはアーシを手に入れるための手管だった。
「ああ、俺は覚える価値がある奴の名は絶対に忘れねえ。このオルワみてえにな。」
アーシは戸惑った目で、バグラとオルワを交互に見た。
砂賊の英雄であるバグラが、操船しか能のない自分を認めてくれたことには、嬉しさがある。しかし、『血も涙もない』というバグラの悪名への恐怖は、それを遥かに上回っていた。
「覚える価値って・・・一体、俺なんかに何の用なんだ?」
警戒して問い返した途端、バグラは憮然とした表情を浮かべた。
「おい、そいつぁ、気に入らねえな。」
バグラに正面から見つめられ、アーシは途端に身を竦ませた。冷や汗が背中を滑り落ち、本能がこの男は危険だと、全力で警報を鳴らす。
しかし、どういうわけか、アーシはまるで魅せられたように、バグラから目を離すことができなくなっていた。
「この俺様が一緒に酒を飲もうと選んだ男が、てめえのことを『なんか』なんて言うんじゃねえ。」
魔獣をも怯ませる凶悪な目つきで、バグラは唸るように言った。これは、バグラの本心から出た言葉だ。
自分が認めた男が、自身を卑下したことで、彼は自分の誇りを傷つけられたと感じていた。
アーシはバグラの言葉に震え上がった。しかし、同時に、例えようのない嬉しさが、体の奥から込み上げるのを感じた。
これまで砂賊の中にあって、常に侮られ、傷つけられてきたアーシにとって、バグラのこの言葉は望外の驚きと喜びをもたらすものだった。
アーシの目から警戒の色が薄れ、表情が変わったのを見て、バグラはニヤリと笑った。
顎でオルワに合図を出すと、彼女はぎこちない手つきで、二人の盃に、酒場の主人が運んできた酒を満たした。
「ラクダの小便みてえな安酒ですまねえ。生憎と今は持ち合わせが無くてな。せっかくだ。おめえも一緒に飲め、オルワ。」
バグラは酒場の主人にオルワの分の盃も準備させ、自ら酒を注ぎ分けた。笑って差し出されたバグラの盃に、アーシは引き込まれるように自分の盃を合わせた。
バグラは匂いのきつい椰子酒を一気にあおる。その間も彼は、アーシからずっと目を離さなかった。アーシは、慌てて自分の盃を空けた。
そんな二人を見て、オルワは一応、自分の盃に口をつけた。しかし、匂いを嗅いだ途端、僅かに眉根を寄せて、すぐに盃を卓に置いてしまった。
お読みいただいて、ありがとうございました。




