29 最悪の出会い 前編
※ 文中に性的表現・残酷表現があります。苦手な方はご注意ください。
【一言あらすじ】バグラ、生きていた。
【大陸歴1415年5月10日】
〈バグラ視点〉
「よお、兄弟。腕の具合はどうだ?」
ドガドガと足音を立てながらやってきた男は、薄暗い船室のドアを開くなり、バグラに向かってそう尋ねた。
バグラは右手に持っていた酒瓶に口をつけて酒精の強い椰子酒を飲み下すと、大きなゲップとともにくたびれた長椅子から体を起こした。
「・・・最高だよ。あんたには感謝してる。これ以上ない位の貸しを作っちまったな。」
バグラの白々しい言葉に愛想笑いを返したその男、カルバラスは、阿るような表情を浮かべて、大げさに両手を振ってみせた。
「ハッ! そんな水臭えことは、言いっこなしだぜ、兄弟。なんてったって、これからは、一緒に略奪をすることになるんだからな! 『不死身のバグラ』が加わったとなりゃあ、俺の団の名も上がるってもんだ!」
上機嫌にそう嘯くカルバラスを、バグラは上目遣いに睨めつける。途端にカルバラスは、居心地が悪くなったのを誤魔化すように、早口で話し始めた。
「しっかし、騎鳥がたった一羽で砂漠を渡ってるのを見つけたときは、マジで驚いたぜ。ましてやそれに乗ってたのが、気絶したアンタだってんだから、尚更だ。」
その言葉で、バグラはこの男、カルバラスの船に救助されたときのことを思い起こした。
彼が、隠れ家にしていた廃オアシスを魔物たちに奇襲され、魔物使いの少女に左手首を切断されたのは5日前のことだ。
騎鳥の活躍によって九死に一生を得たバグラだったが、大怪我を負い、水も食料も持っていなかったため、生き延びる確率は皆無に等しかった。
しかし、彼の忠実な騎鳥は、主人の命を諦めることなく、手近なオアシスへ向かって、昼夜を問わず走り続けたのだ。
その結果、略奪を終えて本拠地に戻るため、砂漠を航行していたカルバラスの船団に巡り合うことができた。彼が隠れ家を追われてから、2日後のことだった。
砂上船は、星を頼りにオアシスを経由しながら航行するため、ある程度安全な航路が決まっている。
とはいえ、広大なこのガンド大砂海で、航行中の船団に偶然遭遇することなど、まさに奇跡と言って良い。
バグラはこの悪運を引き寄せてくれた愛鳥と、信奉する剽窃の神サーラクに、心からの感謝を捧げた。
一瞬の回想の後、バグラは目の前に突っ立っているカルバラスに視線を投げた。
薄くなり始めた頭に、上質の絹で作ったターバンを巻いた中年男。
ダブついた体に纏っている豪華な衣装だけを見れば、羽振りのいい交易商人のようにも見える。だが、この男もバグラと同業。
れっきとした砂賊であり、奴隷商人だ。
ただ、この男はバグラと違って、集落を襲って金品や商品を手に入れるのではなく、自らも交易をしながら、砂海を航行する他国の交易船を狙って、略奪を行っている。いわば砂賊と交易商人の兼業である。
どちらの危険度が高いかといえば、当然、集落を襲撃するほうが、遥かに危険だ。
通常、各集落には自警団が存在するし、最悪の場合、周辺を巡回している軍船とかち合う場合だってある。
それに比べたら、航行中の交易船を取り囲んで、積み荷や奴隷を手に入れるほうが、断然容易い。
しかし、集落への襲撃は、リスクがある分、リターンも限りなく大きかった。
何しろ、成功すれば数多くの奴隷に加え、集落の数年分の収益を丸ごと手に入れることができるのだ。
いつ遭遇するか分からない交易船をちまちま狙うよりも、確実でデカい儲けが得られる。
バグラは、これまでに何度もこれを成功させ、砂賊の中で名を挙げてきた。
襲撃してきた軍船を、逆に撃退したことも数しれない。寝首をかこうとした同業者を血祭りにあげ、その親族全員を残虐なやり方で殺したこともある。
『不死身のバグラ』といえば、ガンド大砂海で知らぬ者はないほど、その悪名は轟いているのだ。
バグラは今年で30になったばかり。50に手が届こうとしているカルバラスにとっては、まだほんの若造だ。
そんな相手に対して、カルバラスが阿るような態度を取っているのは、まさに、その悪名の高さ故だった。
手負いの魔獣のようなバグラと、無言で見つめ合っているの耐えられなくなったのか、カルバラスは、また早口で話し始めた。
「と、ところで、本当にお宝と隠れ家を、そっくり譲ってくれるんだよなあ? たっぷり溜め込んでるって聞いてるぜ?」
問いかけられたバグラが、無言のまま、再び酒瓶を口に当てる。たったそれだけで、カルバラスは飛び上がるほど驚いて体を震わせた。
そんなカルバラスを見下している様子を隠しもせずに、バグラは横柄な調子で呟くように言った。
「ああ、構わねえぜ。あの娘を生かして捕まえさえすりゃあ、あとは何もいらねえ。あんたの好きにすりゃあいいさ。」
顔を引き攣らせながら、泣き笑いのような笑みを浮かべるカルバラス。
自分を殺さなかった理由を、たった今カルバラス自身が告白したことに、バグラは内心失笑を禁じ得なかった。
バグラの隠れ家である古い廃オアシスは、彼自身が偶然見つけたもので、これまで誰にも見つかったことがない。
バグラがそこに、これまでにかき集めた莫大な財宝を溜め込んでるというのは、砂賊の間では語り草になっているほど、有名な話だった。
気絶した自分を見つけたときの、カルバラスの葛藤を想像して、バグラは歪んだ愉悦を感じた。
バグラの首にはかなりの額の懸賞金がかけられている。敵対しているフラシャールの都にでも持っていけば、一攫千金も夢ではない。
もっとも、砂賊であるカルバラスにとっては、自分も合わせて縛り首になるのを、覚悟した上でのことになるのだが。
カルバラスは小物で強欲だが、砂賊船団を指揮できるだけの力量は持ち合わせている。決して愚かな男ではない。
そんな男がバグラの助命をしたのは、彼の隠れ家にあるという莫大な財宝と、彼自身の悪名が目的に他ならなかった。
一時でも自分の砂賊団に、『不死身のバグラ』が加わったとなれば、それだけで十分な見返りが得られるほどの箔が付くのだ。
寄る辺を持たない砂賊にとっては、名声と金こそが、その力の源泉に他ならない。まさに、悪名は無名に勝るというわけだ。
もちろん、カルバラスだって、バグラを、完全に御しきれるとは思っていない。財宝を手に入れた時点で、自分を始末するつもりなのだろうと、バグラは踏んでいた。
それが分かっていても、今のバグラはカルバラスの提案を飲む他、選択肢がなかった。
深い手傷を負っている上に、砂海を渡るための船を失ってしまっているからだ。
切断された左手首は、カルバラスの船に乗っていた酔いどれ薬師が手当してくれた。
手当といっても、腕の皮を無理やり伸ばして、傷口を手荒く縫い合わせただけだ。
隠れ家を出ておよそ2日間、きつく腕を締め付けていたため、すでに出血は止まっていた。
しかし、失った左手首の先端は壊死し始めており、寺院か教会で治療を受けなければ、左腕そのものを失うかもしれない状況だ。事態は一刻を争う。
そして、それ以上に問題なのは、痛みが全く引かないことだった。
並の人間なら気絶してもおかしくないほどの激痛に、今もバグラは苛まれ続けている。悲鳴を漏らさずにいられるのは、彼自身の強い精神力と矜持ゆえだ。
しかし、痛みは引くどころか、次第に強くなるばかり。さすがのバグラも、強い酒を煽り続けることで、なんとか耐えている状況だった。
治療のできる寺院があるペルアネゲラ市までは、順調に航行できたとしてもあと5日。
サーラク神の与え給うたこの試練から抜け出すには、まだまだ時間がかかる。そう思った彼は自嘲せずにはいられなかった。
バグラの凄みのある笑みを見たカルバラスは、たちまち震え上がり、理由もわからず愛想笑いでこう応じた。
「そ、そうか。そりゃあ、ありがてえ。それにしても、その娘も・・・。」
カルバラスは、バグラの目が剣呑な光を帯びたのを見て、出しかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
娘の話を出した途端、バグラの雰囲気がガラリと変わったのだ。バグラは、女子供にも決して容赦しないことで知られていた。
自分を裏切ろうとした情婦の生皮を剥ぎ、それで女の生首をくるんで、彼女の実家に送りつけたというのは、有名な話だ。
やはり、コイツは殺しておくべきだろうかという考えが、カルバラスの脳裏をよぎった瞬間、バグラは体を起こし、グッと顔を歪ませた。
怒れる剣歯獣のようなその様子を見ただけで、カルバラスの不穏な考えは、恐怖のあまり綺麗さっぱり消えてしまった。
バグラは、手にした酒瓶に再び口をつけた。しかし、生憎中身は空になってしまっていた。
「くそっ、忌々しい。」
バグラが、包帯の巻かれた左手首を睨みつけながらそう呟くと、カルバラスは弾かれたように大声を上げた。
「オ、オルワ! 早く酒をもってこい!!」
程なく、船室のドアの開く。そこから現れたのは、悪趣味な薄衣を纏った、黒檀の肌を持つ美女だった。
形の良い長い足を軽く引きずり、危なっかしい様子で、両手で陶製の酒瓶を抱えている。
彼女が差し出す酒瓶を乱暴に奪い取ると、カルバラスは彼女の横面に、音高く平手打ちを食らわした。
その一撃で黒檀の美女はあっけなく姿勢を崩し、よろけるようにしてその場にうずくまった。
「まったく、お前はどうしてそんなに気が利かねえんだ、このグズめ! 兄弟の酒を切らすなって、言っておいただろうが!」
怒声を浴びながら、よろよろと立ち上がった美女は、そっと目を伏せた。
カルバラスは狡い笑みを浮かべながら、バグラに酒瓶を差し出し、再び美女に向き直った。
「お前は、兄弟の相手をしろ!」
カルバラスはそう言うと、彼女の背中側に立って、彼女の薄衣を片脱がしにした。剥き出しになった美しい乳房を、バグラに見せつけるように揉みしだきながら、彼は言った。
「いい女だろう、兄弟? コイツ、太守の娘だったんだと。」
それを聞いたバグラは、目を細めて美女を見た。
「アルビジア人だな。どうやって手に入れたんだ?」
アルジビアは大陸南部に位置する巨大な半島を版図とする宗教国家。そこに住む人々は、全員が太陽神を信仰している。
そして、彼女のような美しい黒檀の肌を持っているのが特徴だ。
太守といえば、他国では侯爵や伯爵に匹敵する大貴族。そんな貴族の令嬢が、こんなチンケな砂賊の奴隷に成り下がっているという話は、鬱屈としていたバグラの興味をかき立てるには十分すぎた。
「継母に騙されて、親父の財産を根こそぎ奪われた挙げ句、犯罪奴隷にされて売られちまったんだと。コイツの元の飼い主がそう言ってたぜ。まあ、ホントかどうかは分からんが。なにしろタダ同然で譲り受けたからな。」
他の奴隷を買い付けたとき、檻の奥で死にかけていたこの女を、ついでに譲り受けたのだ、とカルバラスは続けた。
「前の飼い主がやべえ貴族だったとかで、本当に酷い有様でよ。目鼻の区別もつかねえほど殴られてた上に、全身鞭や火傷の跡だらけだったんだ。でも、アルジビアの女だし、一応と思って、船に載せたのさ。」
アルジビア人は、身体能力が高く体が頑強なため、男女ともに奴隷としての人気が高い。
特に若い女性は、その異国風な風貌から、愛玩奴隷としての価値が非常に高く、他国において高値で取引されている。
元の持ち主からすれば、死体を処理する手間を惜しんだだけなのだろうが、カルバラスは欲深い。
たとえ瀕死であっても、希少な奴隷をみすみす手放すような真似をするはずがない。
バグラの興味を惹きつけたのが嬉しかったのか、カルバラスは得意げに言葉を続けた。
「そしたらまあ、何日かですっかりこの通り。嘘みたいに傷がよくなってよ。上玉に大変身ってわけさ。やっぱりアルジビア人は、丈夫だぜ。」
「ほう、そいつは拾いもんだったな。」
バグラがそう言うと、カルバラスは、美女の体を弄びながら上機嫌で頷いてみせた。バグラは改めて彼女の様子を注意深く観察した。
癖の強い濃い褐色の髪の隙間から覗く顔立ちには、なるほど、太守の娘と言われても頷けるほどの気品があった。
その顔は完全に無表情で、体を弄ばれても嫌がる素振りをするでもなく、逆に、嬌声を上げて媚びるような様子も見られない。
だが、その鉄面皮とは裏腹に、体の動きはかなり危なげだ。おぼつかない足取りで、倒れないようになんとかバランスを保っている。
さっき、そう強くもない平手打ちで崩れ落ちてしまったことからも、彼女が手足に何らかの障害を抱えているのは明らかだった。
「この通り、愚図で可愛げはねえが、あっちの方はなかなか具合がいいぜ。」
バグラは、下卑た笑みを浮かべて美女の腰をまさぐった後、ようやく彼女を解放した。
無言で乱れた薄衣を直す彼女を尻目に、カルバラスは「気に入ったんなら、せいぜい可愛がってやってくれよ」と言いながら、船室を出ていった。
お読みいただいて、ありがとうございました。




