11 回復の魔法
休日出勤つらい…。
【1415年5月4日 深夜】
うねるように果てしなく続く砂の海。そこへ向かって、2つの月がゆっくりと傾いていく。
月の光に照らされ、波頭のように輝く砂の丘を越えて姿を表したのは、一隻の帆船だった。それも海賊映画で見るような三本マストの帆船だ。
両側にの舷外浮材を付けたその船は、まるで海の上を走るみたいに砂の上を滑って、西の方から、こちらへ近づいてきた。
古めかしい角灯の明かりの灯った船上には、数人の人影が見える。このゲームに閉じ込められてから、初めて見る人間の姿。
ようやく人に会うことができる! これで、脱出のためのヒントを 手に入れられるぞ!
俺はそう勢い込み、できるだけ高い位置まで上昇して、体を左右に大きく揺らしてみた。手も振れないし、声も出せないから、こうするしかなかったのだ。
頼む! 俺に気づいてくれ!!
ところが、そんな俺の思いとは裏腹に、その船は俺を完全に無視して、目の前を横切り、通り過ぎていってしまった。
「おい、待てよ! 俺はここにいるぞ!」
そう念じながら、虚しく体を揺らすものの、船はどんどん遠ざかっていく。船の目的地はあの集落のようだ。俺は心の底からがっかりして、遠ざかっていく船の帆を見送った。
だが、その時、船の上で複数の人影が、こちらに体を向けて動いているのが見えた。やった! 気づいてくれた!!
しかし、それは俺の勘違いだった。彼らは俺から50mほど離れたところで、船上からいくつかの積荷を砂の上に投げ出すと、そのまま走り去ってしまった。
ちくしょう、ゴミを捨てただけかよ。
残念だが、今の俺には文字通り、手も足も出ないのだから、仕方がない。やはりなんとかして、集落まで行かなくてはならないようだ。
それとも、これはゲーム的には、何かのイベントなんだろうか? これをクリアすることで、ストーリーが進むみたいなやつだ。
船が捨てていったものは、集落への進路から少し逸れた所にある。ちょっと迷ったものの、結局俺はそのゴミ(?)の正体を確かめてみることにした。
立方体を並べて、ゴミに近づいてみた。砂の上にボロ布の塊みたいなものが、いくつも転がっている。
大きさは1mより少し大きいくらいだ。集落に着く前に、不要なものを砂漠に投棄していったのだろう。
実は、これが後々、大事なアイテムを作る素材とかになったりして。ゲーム的にはよくある仕掛けだよなー。
でも流石に、正体不明のものに不用意に近づくのは怖すぎる。こういうときに頼りになるのは、やっぱりあいつらだよな。
俺はスナハンドたちを呼び寄せて、ゴミを調べさせることにした。俺は上からその様子を見守ることにする。安全第一だ。
スナハンドたちは俺の命令に従い、ボロ布をめくった。その下から出てきたものを見て、俺は心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受けた。
ボロ布の陰からこぼれるように出て来たのは、酷く細い手だった。大きさから見て、おそらく子どもの手だ。
俺はすぐに、スナハンドたちを使ってボロ布を剥ぎ取ってみた。布に包まれていたのは、痩せ細った5歳くらいの男の子。冷たい砂の上に投げ出された彼の右手首には、千切れた紐が残っている。
男の子は体を折り曲げた状態で、手足を縛られていた。おそらく、スナハンドが布をずらした拍子に、手を縛っていた紐が切れたのだろう。
俺はスナハンドたちに男の子の足を縛っている紐も切らせつつ、男の子の顔を確認するために、彼の側に近寄った。
汚れきった傷だらけの顔を覗き込む。半開きの瞼から見える瞳は、ドロリと濁った色をしていた。
干乾びた唇と、流れ出た血が固まった鼻からは、何の音も聞こえない。彼が事切れてから、すでに長い時間が経っているようだった。
スナハンドたちを使って、彼を丁寧に砂の上に横たわらせた後、他のボロ布の中も確かめてみた。予想通り、中にいたのはすべて、彼と同じくらいの年頃の子どもたちだった。
「ひでえ事しやがる。」
全員を砂の上に寝かせ、その体を確かめた俺は、思わずそう呟いてしまった。ゲームのキャラだとは分かっていても、死んだ子どもたちがこんな風に投げ捨てられることが、俺には許せなかった。
捨てられていた子どもの遺体は男の子が2人、女の子が3人の、合わせて5人だった。
どの子もおそらく6〜9歳前後ではないかと思われる背格好で、気の毒になるほど痩せこけている。細い手足と膨らんだ腹が、痛々しかった。
みんな酷く汚れていて、髪は埃でパリパリに固まっている。その上、全身アザや傷だらけだ。虐待の末に、捨てられたのだろうということは、容易に想像できた。
この子達がどんな境遇でこんな事になったのか、見当もつかない。だが、あの船に乗っていた連中がろくでもない奴らだということだけは、確信できた。
『敵性魔獣が迷宮領域に接近しています。』
ナビさんの声で辺りを見ると、こちらに近づいてくるスナザメたちの背びれが見えた。
なるほど、ここに子どもたちを捨てていったのは、そういうことか。さっき俺が見つけた骨も、おそらく過去に同じ目に遭った犠牲者のものだったに違いない。
俺は砂に横たわる子どもたちを見た。見た目こそ違うが、みんな俺の娘である友里と同じくらいの年格好だ。俺は子どもたちと友里の姿を重ね、胸の奥から昏い怒りが、ふつふつと湧き上がってくるのを感じた。
その怒りに反応したのだろうか。砂の奥から姿を現した大サソリが、近づいてくるサメたちを一蹴した。
サソリは瞬く間に、ハサミと尾でサメたちを捕まえると、美味そうにバリバリ貪った。そしてまた、砂の中に体を隠してしまった。
サメたちには罪はないと分かっていても、やり場のない怒りを収めることは難しい。これはゲームにしたって、あまりの悪趣味な演出だ。制作者を罵ってやりたいという衝動が止まらなかった。
でも、その怒りは一旦置いておくことにした。とりあえずこの子達をなんとかしないとな。
このまま砂漠に埋葬しても、魔物たちの餌食になるだけだ。目の前でこの子達が食い荒らされるなんて、俺には到底耐えられそうにない。
そう思っていたら、目の前の子どもたちの体が薄く光を放ち始め、やがて光に溶けるように消えていった。
『領域内の人間を吸収しました。合計4000DP及び以下の素材を獲得しました。』
『小児の人骨×4』
『ボロ布×4』
ナビさんの声とともに、俺の胸の奥に何か温かいものが満ちていく感覚が広がった。そうか、この子達もゲームのキャラなんだから、俺の立方体の中にいれば消えることになるのか。
心配事が一つ解決してホッとしたが、すぐに、砂の上に取り残されている子どもが一人いることに気が付いた。俺はハッとして、その子の側に近寄った。
ぐったりとして動く気配のない女の子。だが、よく見れば、ほんの僅かに胸が上下している。この子、まだ生きてるぞ!!
だが、喜んだのも束の間、俺はまた新たな問題に直面した。この子をどうやって助けたらいいんだ?
「ナビさん、回復アイテムを作りたい! 大至急頼む!!」
俺はすぐにナビさんに向かって、そう念じてみた。だが、アイテムを作る魔法陣が現れる気配はなかった。
『迷宮ストレージ内には、回復薬を生成するための素材が存在しません。また、回復の護符等のアイテムを生成するには、迷宮レベルが不足しています。』
どんなに強く念じても、ナビさんは同じ言葉を繰り返すばかりだった。こうしている間にも、女の子の胸の動きはどんどん弱々しくなっていく。
一体、どうすればいいんだよ!
そうだ! 俺がダメージを受けた時に、ナビさんが俺を回復させたみたいに、この子も回復させられないだろうか? ナビさんの力なら、この子を一瞬で癒やすこともできるかもしれない。
「ナビさん!! あんたの力で、この子の体を癒やしてやってくれ!! 頼む!!」
俺がそう念じると、すぐにナビさんから返答があった。
『魂ある者に迷宮の魔力を行使するには、対象を迷宮守護者に指定する必要があります。守護者設定を行ってもよろしいですか?』
言葉はまったく分からないが、彼女の最後の言葉が、何らかの確認メッセージだということはすぐに分かった。俺は小躍りしたい気持ちで、すぐに「YES!!」と力強く念じた。
次の瞬間、ナビさんの声とともに、子どもの体の下に金色の魔法陣が広がった。これまで見たこともないほど、複雑な文様が描かれている。なんかすげえ!
『迷宮の呪縛により対象の魂を拘束。核との接続を開始します。』
『接続が完了しました。魂侵食プログラムを実行し、対象を核に隷属させます。』
ナビさんの声が響くたびに、子どもの体を覆う光が強くなっていく。俺は祈るような気持ちで、その様子を見守った。
だが、そこで突然警報が鳴り響き、ナビさんの様子がおかしくなった。
『侵食プログラムに予期せぬエラーが発生しました。管理者に問い合わせ中です。』
『管理者からの応答がありません。システムに重大な欠陥が発生。すぐにプログラムを中断シテくダ・・だダだだダ・・・。』
なんだ!? ナビさんの声がどんどん低くなり、やがておかしな音を繰り返すようになった。そして、パシュンという、古いPCの電源が落ちるときのような音がして、俺の視界が真っ暗になった。
もしかして、ゲームが止まっちまったのか!? 暗闇の中でそう思った次の瞬間、また視界が戻ってきた。
子どもは金色の魔法陣の中で、ふわふわと仰向けに浮かんだ状態だ。すぐに、ナビさんの声が脳内に響いてきた。
『迷宮核ナビゲーションシステムを再起動しました。迷宮守護者の設定が完了しました。守護者の肉体の損傷を回復させるためには、10000DPが必要です。よろしいですか?』
また、ナビさんの確認メッセージだ。どうやら元に戻ったらしい。俺が「YES」と念じると、子どもの体に金色の文様が浮かび上がった。
『守護者の肉体の損傷が回復しました。魂接続により、核が保有するスキルのうち、使用可能なスキルが守護者の魂に刻印されます。』
ナビさんの声と共に、体に浮かび上がった文様が輝きを増す。子どもの傷はみるみる間に癒えていった。
やがて、子どもの体から文様が消えると、魔法陣も光を失った。浮かんでいた細い体が、ふわりと砂の上に降りる。
子どもの顔に近づいてみると、痩せた頬にはほんのりと赤みがさしており、すうすうという安らかな寝息が聞こえた。
ほっと胸を撫で下ろして辺りを見ると、2つの月はすっかり砂の海原近くまで降りてきており、東の空が白み始めていた。
アリ太郎たちも、いつものように朝露を集めるため、砂の上で体を高く持ち上げている。
女の子が、眠ったまま体をブルリと震わせた。そういえば、かなり気温が下がっている。湿った冷たい砂の上に、このまま寝かせているのは気の毒だ。
「ナビさん、この砂を乾かすことって、できるかな? あと、ついでにこの子の体を温めてやるようなものが欲しいんだけど。』
『迷宮領域内に存在する砂から水分を吸収します。』
俺のお願いに、ナビさんの返事が返ってくると同時に、俺が立方体を置いた部分の砂から一気に水分が無くなり、さらさらに乾いた。
ナビさん、すげえ。何でもできるじゃん、この人。いや、人じゃねえか。
『毛皮の服の生成には火炎狼の毛皮×4とボロ布×1、毛布の生成には火炎狼の毛皮×6、ボロ布×1が必要です。500DPを消費します。よろしいですか?』
確認メッセージに続いて、アイテムを作り出す魔法陣が起動し、赤い毛皮を使ったきれいな服と、同じ毛皮の暖かそうな毛布が出てきた。ナビさん有能すぎるぜ!
俺は女の子を起こさないよう、スナハンドを動かして、そっと彼女に毛布を被せた。彼女は毛布の中でもぞもぞと体を動かした後、すぐ側においてあった服を抱きしめながら、幸せそうな顔で眠り続けた。
やっぱり子どもの寝顔っていいね。俺は友里のことを思い出し、ちょっと切ない気持ちになってしまった。
今は夜明け前で、寒いからこれでいいけど、日が昇り始めたら、今度は日よけを作ったほうがいいかもしれない。ここに砂のかまくらでも作るとしよう。
ぐっすりと眠っている女の子の様子を見ながら、俺はそんなことを考えたのだった。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:4
総DP:20821
獲得DP/日:2500
消費DP/日:3
種族:迷宮守護者
名前:???
職業レベル:1(ガーディアン)
強打L1 突撃L1 短剣術L1
酸耐性L1 熱耐性L1 炎耐性L1
毒耐性L1
暗視L1 反射音探知L1
【迷宮守護者について】
強力な呪いの力で迷宮に捕らわれ、核に魂を侵食された迷宮核の奴隷。多少の自由意志はあるものの、その行動には「迷宮核を守護する」という非常に強い強制力が働いており、核を危険に晒すような行為を行うことはできない。また、守護者は迷宮の魔力に囚われているため、迷宮領域外に出ることもできない。何らかの手段で迷宮核が破壊されれば、守護者は呪いから解放される。
お読みいただいて、ありがとうございました。




