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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第90話 MVPは誰のもの?

 わたしのスクイズ、その処理を根津がエラーして三回裏に先制。根津のイライラはセカンドベース上からでもよくわかった。


「クソクソクソっ……!」


 二塁を執拗にちらちらと見てくる。嫌がらせの牽制球を投げたいのに、わたしが全くリードをしていないせいでセカンドもショートもベースに入らない。これでは牽制は無理だ。


「牽制のフリしてぶつけてやりたいのに……いや、何度も帰塁させて指か足を痛めてもらってもいいのに………」



 集中力を欠いていたせいで、バッターの石河さんへの投球が雑になった。2ストライクをとったところまではよかったのに、肝心の勝負球が甘く入った。


『石河流し打ち!フェア、フェア!レフト線を転がってこれは長打になる!太刀川もゆっくりとホームに戻ってこの回2点目!』


「バカな……石河ごときに長打を打たれた……このボクが!?クソが―――――――――っ!!」


 

 グラブを叩きつけて悔しがる根津。ますますわたしを恨むことになりそうだ。


「こりゃ次の打席は本気でデッドボールに気をつけないとまずいかもね………」


「……次があれば、の話になるわ。みち」


 みやこは笑っていた。その手にはわたしがスクイズを決めたボールがあった。次があれば……その言葉の意味はすぐに明らかになった。




「ああ武美、ナイスバッティングだったわ!ベースランニングも美しい!」


「ありがとうございます。藤山さんに負けてられませんから……」


「はっ!まさかこうして私との会話のために二塁打を!?武美、なんて素晴らしい……」


 石河さんと藤山がまた話をしていた。すると根津がマウンドを外し、いきなり怒鳴り始めた。



「オイ、うるせーぞ!なに敵と仲良く喋ってやがるんだよ、オバサン!」


「………!?」


「こっちは真面目に投げてんだ!集中できないだろ、アホ!そんなに話がしたけりゃピークを過ぎた選手同士、老人ホームにでも入って飽きるまでやってろ!クズ!」


 仲間にまで怒り始めた。去年までペンギンズにいた抑えのベネットもそうだったとはいえ、日本人でしかも若い選手が試合中にチームメイトにキレるというのは覚えがない。



『ボール!大和、際どいところを選んでフォアボール!ランナー一、二塁!』


『おっと、ユニフォームにかすりましたか?奈村紀子はデッドボールの判定!』



 これがわたしたちの目指していた展開だ。根津は自滅して2失点、しかも一死満塁でバッターは……フォックスかあ…………。ベンチのイケイケムードが萎れた。


「みち、ちょっと裏に来てほしい」


「ん?いいよ。マウンドに野手が集まり始めたから余裕はあるしね……せっかくだしトイレに行っておこうかな」


 フォックスだとこの流れをぶった切る初球ゲッツーもありえるけど少し時間ができた。みやこと二人、裏に下がった。



「……みやこがバントしたときはちょっとびっくりしたけど、結果的に大正解だったね。ただランナーを進めただけじゃない、試合を大きく動かす恐るべきバントだ」


「みちのスクイズこそ褒められるべきもの。ホームランバッターと誰もが認めるほどになっても初心を忘れず基礎を大切にすることで、真の一流であることを明らかにしたスクイズなのだから」


 結局二人で互いを称賛しあって、おかしくなって笑ってしまう。わたしはトイレの個室に入り、みやこはそのすぐ外で待っていた。


「ふ〜………ひと仕事終わったって感じかな。まだこれからが本番なのにね」


「今日は7イニング程度で終わりの可能性が高い。ハイペースで投げて問題ない」


 前回から中4、そしてリーグ戦が再開する試合も今日から数えたら中4になる。リリーフが明日から休める日程という理由も重なって、久々に完投しない試合になりそうだ。


「わたしの体力は問題ないけどね」


「交流戦優勝となったらそのウイニングボールは球団の事務所に飾るとのことだから今日に限ってはみちが完投する必要はない……」



 わたしが投げた最後の球を今日の記念球として持ち帰るようだ。そのためにも勝たなきゃ、そう決意を新たにしてトイレの水を流そうとしたら、突然大きな騒ぎ声が聞こえてきた。


「す、凄い大歓声だ!まさかフォックスが奇跡の満塁ホームランでも………」


「いいえ、これはただの歓声ではない。様々な声……怒鳴る声や悲鳴、絶叫も聞こえる。しかもスタジアム全体から」


 怒りや悲鳴と聞くと、フォックスがやっぱりゲッツーに終わって、ブラックスターズファンのヤジが響いているものだと思った。でもここまでの大きい騒ぎはみやこの言う通り球場全体が……ただごとじゃなさそうだ。


「すぐに戻って確かめないと!」


「ちゃんと手を洗ってからにしましょう。顔に泥がついていないかも確認して……」


「……のんびりすぎない?」


 みやこがやけにゆっくり帰ろうとするからそれにつきあってわたしも目や歯を鏡でチェックした。



「ふふっ……この横浜スタジアムの全てが騒然とするなかで私たちだけがその外にいる。みち、私はそんな些細なことでも幸せだと感じてしまう……それも全てあなたのせい」


「あはは、それは逆恨みってものだよ、みやこ。恨んでるって顔じゃないけどね……」


 同じ逆恨みでも根津とは大違いだ。この騒ぎも根津が中心にいるのかなと思いベンチに戻ると、なんと誰もいなかった。みんなマウンドやホームに集まっていたからだ。



「………完全に出遅れちゃったね」


「いまから向かっても仕方がない。それにあなたはピッチングがある。あの輪に入ってはいけない」



 なるほど、球場全体がパニックみたいな騒ぎ、歓声も怒鳴り声も悲鳴も聞こえてくるわけだ。両チーム入り乱れての大乱闘だ。その中心では、フォックスが恵まれた体格を利用して根津に馬乗りになってひたすらパンチを浴びせていた。


「ヘイ、ネズ!ユー、ダイ!!」


「ぎゃ〜!助けて〜〜!!」


 口笛、ブーイング、罵声飛び交うハマスタ。原因はだいたい察することができたけど一応確認した。予想通り、根津がフォックスにぶつけた。


 


 前の打者、紀子さんにデッドボール、フォックスにも内角が続いていた。根津は完全に制御不可能状態で、最後はフォックスの肩にぶつけた。少し高ければ頭という危ない球だった。


『とうとうぶつけてしまった!押し出しのデッドボール、3ー0!フォックスは倒れてしまいましたが平気でしょうか……?』


 フォックスはしばらく倒れた後に起き上がった。そして最初の行動は、フェニックスの捕手光田を豪快に投げて叩き落とすという暴挙だった。


「おいこのポンコツ外人!てめーが避けらんなかっただけだろ!」


「✕✕✕✕!✕✕✕✕!!」


 怒りの根津がスパイクキックでフォックスに攻撃。しかしフォックスはその足をキャッチ、そのまま抵抗できない相手にパンチのラッシュだ。



「………」


 みやこはその様子を見て微笑んでいた。こうなることは目に見えていたって感じだ。


「まさかこの乱闘の輪に巻き込まれないようにするためにわたしをベンチの外に連れ出した……?未来予知?」


「超能力ではない。あくまで予感だった。しかしこれで根津との対戦はもうなくなる……」


 

 乱闘騒ぎが落ち着いた後、フォックスと根津は当然退場。他数人も退場になった。フォックスは数試合の出場停止処分になったとはいえ、成績不振でどの道二軍落ちが決まっていて、これが日本での最後の姿となった。シーズン途中で自由契約ながら、お金は二年契約ぶんの7億円以上持っていかれるというとんでもないおまけつきで。


 根津はというと、フォックスにやられたダメージは大したことなかった。でも突然の大乱調に仙台首脳陣は即刻降格を決断。今年もしばらく二軍生活を味わうはめになったようだ。




『さあ、ようやく試合再開!当然のことですが警告試合が宣告されています』


 わざとじゃなくてもデッドボールで即退場がありえる試合で、普通なら内角が投げにくい。でもみやこはわたしのコントロールを信頼してくれている。何度も内角に勝負球を要求してきた。


「あ、当たった!肘に当たりましたよ!これで太刀川は退場でしょう!?」


「ストライク、バッターアウト。お前が自分から当たりにいったどころかストライクコースだ、これは。ケガしないうちにやめなさい」


 敵の小細工も跳ね返し、根津とは違って冷静に投げ続けることができた。



「うおりゃ――――――っ!!」


「…………!!」


 もちろん気持ちを入れて投げるべきところはしっかり魂を乗せたボールを投げた。乱闘で両チーム疲れたのか大荒れになりかけた試合はだんだんと静かになり、淡々と進む流れもピッチャーのわたしには大助かりだった。そして余力のあるわたしは七回裏、最後の打席で……。




『打った―――っ!!バックスクリーンに超、超、超特大の一撃――――――!!やはり太刀川の魅力はスクイズよりもこれです!完全に試合を決めるツーランで6ー0!先にタイムリーを放った木谷がホームイン、そして太刀川も!』 


 このホームランでわたしの交流戦は最高の締めくくりとなった。八回からはペットン、九回は川崎さんの勝利の方程式に余裕を持って繋げた。



「あっ!スーパーコンドルズが負けた!ということは………!」


「あと一人で交流戦優勝だ!」


 勝利までアウト1つというところで優勝を争うチームの敗戦を知り、ベンチは大盛り上がりだった。そして最後のバッターがセンターフライに倒れた瞬間、わたしも含めてベンチから選手たちが一斉にグラウンドに駆けていった。



『これが勝ち慣れていない球団なのでしょうか!まるでリーグ優勝を決めたかのよう!さすがに胴上げはないようですが……』


『ブラックスターズにとっては初めての交流戦優勝ですからね、許してやりましょう』



 チームは優勝賞金3千万円を獲得、そして交流戦MVPはまだ試合中のチームもあるから現時点ではわからないままだ。


「あなた以外に最優秀選手と呼べる選手はどこにもいない。もしあなたが選ばれないのだとしたらこんな表彰はもうやめてしまったほうがいい……」


 みやこは試合後ずっと、MVPはわたしで当確と言い続けている。でもこのMVPの選出方法が選手のわたしたちですらはっきりわかっていなかった。


「交流戦のルールはコロコロ変わるからわからないわ。優勝すればいいのよね?」


「アレ、でもリーグ対抗じゃなかったかしら?セ・リーグは負け越したからパの勝率1位のチームの誰かが選ばれる………」


 うげ、それじゃダメだ。確かに試合数が減ったせいでそんな決まりになっていたような気がする。たまにルールブックの内容すら忘れている選手もいるくらいだから交流戦の規定なんか覚えていなくても仕方ないか。はたして最新のルールはどうなっているのか……。



「わかりました!優勝チームが賞金総取りになった年にMVPの選出方法も変わっていました!順位関係なく選ばれるとのことです!」


「関係なし………となると、まさか………」


 わたしは四月に続き五月の月間MVPも逃している。無敗の先発投手が他球団にいて、わたしよりも打撃成績のよかった野手がいた、それだけの話だ。


 この交流戦では、大阪タヌキーズの4番、本杉ユリアがなんと18試合でホームラン10本の大暴れ。またしても……悪い予感ばかりが頭をよぎるなか、みやこがわたしの手を取った。



「いえ……みちは先発として4戦4勝、バッティングでも最高の結果を出した。本塁打と打点以外で勝っているうえにその二つも微々たる差、数字の心配はない」


「みやこ………」


「それに本杉との直接対決では全打席凡退させた。交流戦優勝はみちの活躍なければありえなかったというのも皆が知っている。印象の面でもあなたの負けはありえない」

 

 そう言われると自信が湧いてきた。賞金は200万円、ただの優秀選手との差は100万円、これは大きいぞ。



「すでにあなたの最優秀選手賞を祝う盛大なパーティーの準備は整っている。簡単な挨拶だけで構わないので話す言葉を考えておいてほしい。どうしても思い浮かばなければ原稿を用意させるので………」


「パ、パーティー!?まだ受賞が決まってもいないのに………」

 

 交流戦優勝に一番冷ややかで関心がなさそうだったみやこが一番乗り気でパーティーの準備までしていた。それが実ったかはわからないけど、わたしはめでたく交流戦MVPに選ばれたのだった。




「やった!優勝、MVP!最高の大団円だ〜〜っ!!」


 

 いやいやいや、本物の優勝とMVPを目指さなきゃ。まだまだシーズンは中盤だ。ここで満足していたら終わりまで持たないぞ。

 本杉ユリア (大阪タヌキーズ外野手)


 タヌキーズの4番打者。右投右打。あと一歩で交流戦MVPを逃すも、期待の大砲候補がついに開花。


 元になった選手……社会人野球からドラフト10位で指名され、30歳で本格化した大器晩成のあの選手。あだ名はラオウだから作品中の名前をユリアにしたのはさすがに安易すぎたでしょうか。



 交流戦MVP


2021年現在は2019年から採用された、チームの順位に関係なく最優秀選手を一人選ぶというルールです。みっちゃんのように4回先発して4勝できる投手がいればMVPは決まりでしょうが、まず無理なので野手のほうが選ばれるチャンスはありそうです。



 交流戦の試合数、私は現状でちょうどいいと思いますが、創設当時の36試合がよかったという人や、もう廃止でもいいという人もいます。皆さんはいかがでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 交流戦は今くらいがいいと思います。前は長すぎて、負け越したら大変な事になってましたからねえ。こわいこわい。
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