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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第91話 快進撃の裏

「ははは……太刀川くんの快進撃は本物だった!後援会として毎日精力的に応援する我々もここまでやるとは思ってなかったよ」


「オールスターまでまだあるのにもう13勝して、ホームランは去年と合わせたら30本以上だからね……」


「ありがとうございます、でもここで満足せずにもっと貪欲に成績を伸ばします!」


 わたしの交流戦MVPを祝うパーティー。集まったのは当然わたしを応援してくれる人たちばかりだからずっと褒められっぱなしでいい気分だった。注意しないとあっという間に天狗の完成だ。



「通算で13勝を達成できるピッチャーすら実際どれくらいいるでしょうか。すでにプロとして成功していると言えるでしょう」


「いや、まだまだです。記録、プロ野球選手人生の年数、たくさんの人の記憶に残るプレー……成功したかどうかは終わってみなければわかりません」


「確かに。私はみっちゃん以外の選手にあまり詳しくないけど去年までブラックスターズにいた大筒はさすがに知ってるよ。一気にあんなに落ちるものなんだね」



 今年から米球界挑戦の大筒さんの成績は六月後半になっても上がってこなかった。二年契約だから今年はチームに残れるとはいえ、すでに現地では大バッシングされているそうだ。


「二軍に落とせない契約とか聞いた。むこうのファンは辛辣だから、処理できない粗大ゴミだのがん細胞だの散々な言われ方をしてる」


「横浜に騙された、獲得するならタチガワという選手のほうだった……そう嘆いているとか」


 わたしはそういうことを抜きにしても生涯日本で野球をやりたいな。何だかんだでやっぱり日本が一番食べ物がおいしいしね。このパーティーの席でも遠慮なくたくさん食べさせてもらっている。



「しかし……アメリカ行きの話も含めて、有名になると変な誘いをする輩が増えるから気をつけないと。儲け話、金目当ての交際や結婚の申し込み、薬物……きりがない」


「ええ。みち、あなたに群がる害虫は今後ますます甘い蜜を吸おうと躍起になる。会話をする相手すらしっかり選ぶ必要がある」


 みやこは前からわたしの壁としていろいろなものからわたしをガードしていたような……。ホームベース上のクロスプレーが禁止になって、ブロック技術はいらなくなったぶんそこに応用とかいうわけのわからない理屈だった。



「これから夏場のゲームになりますが、この好調を維持できますか?」


「体重が落ちるってことはないので、食べられなくなる心配よりも水の飲みすぎでお腹を壊さないようにしたいです。でもわたしは汗っかきですから」


「普段通りで構わないってことでしょうね。食事や栄養補給も」


 みんながわたしのためにいろんな提案や忠告、助言をくれる。一つ一つをありがたく、大事に受け取った。


「まあ心配ばかりしていてもつまらない。リーグ戦再開、オールスター前最後の追い込みのために今日はどんどん食べちゃってよ!」


「ふへへ……もういただいてます」


 わたしの食べっぷりを見るだけでみんな満足顔、拍手が起こる不思議なパーティーだった。一時期わたしが常にお腹が減っている日々だったことを知っている人がこの場には多かったからかもしれない。


「豪快に次から次へと食べるけど、大食いファイターみたいな下品な感じはまるでない」


「見ていてほっこりするわ」



 心身共に充電はバッチリだ。金曜日からのハマスタでのジャガーズ戦、オールスターまであと二週間、その大事な初戦にむけてコンディションは絶好調だった。予想外のハプニングやトラブルさえなければ………。






「交流戦MVPおめでとう、太刀川くん」


「あ………張田さん!ど、どうも、ありがとうございます。日曜朝の番組ではいつも好意的なコメントをいただいて……」


 あの伝説のスター、ハリーこと張田伊佐美さんが試合前練習をしているところにやってきた。しかもわざわざハマスタを訪れた目的はみやこや新浦監督ではなく、わたしだった。


「礼はいらない。褒めたいから褒めているだけで、駄目だと思ったら容赦なく喝を入れる、それが私なんだから」


「……あはは、そうでしたね」


「そんな話は置いといて、今日はちょっとした打撃指導のために来た。君の打撃は文句なしと言いたいが、まだ打率は上がる!そうなれば三冠王が見えてくる」


 張田さんのコーチなんて二度とないチャンスだ。監督たちも何も言わないし、教えてもらっていいってことなんだ。


「お願いします!」


「短い時間だから劇的な変化とはいかない。ほんの小さなコツを教えるだけで………」



 このときベンチでは悲鳴の嵐だったらしい。余計な指導でわたしのバッティングが崩れると頭を抱えて嘆いていたようだ。


「監督!コーチたちも!なんで止めないんですか!ハリーの指導を受けた選手は全員調子を落とすことくらいわかっているでしょう!?」


「いや、ハリーに口出しできる人間なんてここにはいないとわかっていますが……木谷、あんたはいいの!?みっちゃんが壊されるかもしれないのに!」


 そのなかでみやこだけは落ち着いていた。張田さんをではなく、わたしを信頼してくれていた。



「……みちなら問題ありません。野球の天才ですから……他の者たちとは違います」


「天才?もしそうだとしても………」


「もし、ではなく疑いようのない事実です。野球に関係することならみちの頭の回転は私の数倍は速く、瞬時に判断を下せます」


 みやこがわたしを手放しで褒めるのはいつもの話で、話半分に聞き流しているという人たちも今回は説得力があり、最後まで聞いたうえで納得してしまったそうだ。


「必要なものと不要なものを脳がその瞬間に判断し、取り入れてしまうと有害だと結論すれば思考から除外し、悪影響を受けることがありません」


「ふ〜ん…でもそれならいいね、張田さんの要らんアドバイスをぜんぶ聞き流して忘れられちゃうってわけでしょう?」


「それだけなら凡人でもできます。みちが特別なのは、いまは使えないものでもいずれ役に立つときのために収納できるという点です。野球に関わる事柄限定ではありますが」



 わたし自身、ちょっと前にみやこからこのことを聞いたとき、よくわからなかった。無意識のうちにやっているのだから仕方ない、と笑われた。


「あなたの自覚している危機回避能力も働いている。自分のパフォーマンスを落としかねない指導を一切受けつけない……」


「う〜ん、それだとわたしがコーチを無視する生意気な選手みたいだね」


「いいえ、あなたは誰よりも熱心に人の助言をよく聞いている。仮にもプロ野球球団のコーチ、または元超一流の選手……役に立つアドバイスは必ずある。そこをあなたはしっかり自分のものにしている」


「………そうなのかなあ?」




 だからみやこはベンチでただ一人、落ち着いていた。わたしが『野球の天才』だと信じて疑わないからだ。


「あの張田伊佐美の指導を受けた選手が状態を悪くするのは彼女たちが張田のセンスや理論についていけないだけのこと。やがて理解を諦め自分の都合のいいように解釈し、バッティングが壊れる」


「……確かに。あまりにも凄い選手って指導者としては失敗が多いわよね。レベルが高すぎて教わるほうが技術を得られずに無能扱いされるケースは後を絶たないわ」


「その点みちなら張田のアドバイスをうまく自分のものにできます。すぐに役立つもの、将来いつか使えるものを見極めて吸収できました。無意識のうちにそうしているのです」






 バッティングフォームの調整よりも、打席での心構えについて重点的に教えてもらえた。どのタイミングで単打狙いに切り替えるべきか、自己中心バッティングが許されるのはどんなカウント、どんなイニングや状況か………とても勉強になった。


「今日はほんとうにありがとうございました!さっそくこの後の試合から実践してみます」 


「ぜひ頑張ってほしい。投手と打撃タイトル総取りのためには……最初に言ったように一番の鬼門は打率なのだからね」



 みんな意外に思うかもしれないけど、わたしは内野安打もそれなりに打っている。ただし、強い打球の強襲ヒットだったり、内野が後退しているところでのボテボテの当たりだったりと、狙って打てるものじゃない。ラメセス前監督の現役時代そっくりだ。


 だから足の速い田沼やみやこに打率で競り負ける可能性が高いと指摘された。そうならないためには大差のついた試合でもヒットを打つことにこだわる、打率を下げないために四球を狙う、そんなアドバイスをされた。


「データを調べたら君は見逃し三振がゼロに近い。しかしフルカウントまでいったときのフォアボール獲得もかなり少ない。変な球に手を出していないかな?」


「あはは……後悔したくないというか、ついつい手が出てしまって」





 そして試合本番、初回表はジャガーズ打線を三者凡退に抑えて、裏の攻撃。2アウトながら、みやこが二塁打を放って先制チャンス。わたしの打席はフルカウントになっていた。


『さあ、西宮ジャガーズの先発秋川、7球目を太刀川に………投げましたっ!!』


「………っ!」


 わたしの膝下、やや低めのストレートをカットした。ファールで勝負は続いた。



(よく当てたと言いたいが……あれはボールに見えた!試合前の私のアドバイスは無視か!)



 ジャガーズの左腕投手、秋川のコントロールが今日は冴えている。ホームランコースに失投してくることはなさそうだし、高めボール球を強引に打っても長打は期待できないくらい球に力がある。それなら意識を改めよう。


『ファールで絶好球を待つ太刀川、しかし逃げる気はない秋川!両者の対決は10球目、初回から流れを左右する大切な局面です!秋川、投げたっ!!』


「たぁっ!」


 外角を流し打ち、打球はライト前に落ちた。



『太刀川の目が慣れていたっ!技ありの軽打でランナー木谷は一気にホームイン!!』


(……うん?いまのは私が教えた単打狙いのバッティングそのものだ!今度はアドバイス通りにやるのか………)



 1点先制して二回のピッチング、今度はジャガーズの4番小山にフルカウントまで粘られた。6球目、みやこの要求は低めに全力のストレート。わたしがさっきファールにしたのと同じところだ。


「うおおおお―――――――――っ!!」


 バシィッ、みやこのミットからいい音がした。小山はバットを振らなかった。



「低い!よし、フォアボール………」


「ストラ―――イク!バッターアウッ!!」


「………は、はああぁぁ!?」


 一塁に歩きかけながらストライクコールを背後から聞かされた小山が球審に詰め寄るのをよそに、みやこはよどみなくボール回しのために送球した。わたしは小さく苦笑いしていた。ほんとうならあれは多分ボールだな、と。



(………!今の球がストライクなのか!今日の審判は下手くそだ!となると……際どいコースを自分はボールだと確信していても見送るのは愚策か!)


 初回のピッチングで掴んだ球審の癖や傾向をすぐにバッティングで使える。普段から2ストライク後の際どいところは自分で入ったか外れたかを決めないようにしているけれど、今日は特にゾーンを広く見るとよさそうだ。




『今日の太刀川はアベレージヒッターだ!低めがこれだけストライクになっては長打は打てないと見るやすぐに対応、猛打賞です!』


『ピッチングでは徹底的に低めを攻めます!七回まで被安打3、失点1!自分のバットで楽な試合展開に導き14勝目はもう目前!』



 四日間の休み明け、リリーフも元気たっぷりだからわたしは七回までという声もあったなか、明日以降がどうせ先発が早く降りるからと新浦監督はわたしの完投を選んだ。

 

「このままのぺースだと年間250イニングを超えるかもしれませんよ、いや、300………大丈夫ですかね?」


「…………」


 周囲の不安をよそに、わたしは今日も投打のヒーローとしてお立ち台に上がった。成功と失敗、勝利と敗北、栄光と奈落は常に隣り合わせ、いまは絶好調のわたしもいつ真っ逆さまに落ちていくかわからない。



(……そのときは代打屋、第三捕手……生き残る道はいくらでもある)


 戻らないと誓ったポジションに戻ることになっても、自分の心が折れなければチヤホヤしてくれた人たちがいなくなろうが野球は続けられる。何も心配していなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みっちゃんの凄さの秘密がまたひとつ明らかに! 脳が必要か不要か瞬時に判断出来るなんて、野球の事になるとみっちゃんは本当に凄い!
[一言] もう13勝すげえなあ。いずれあの42勝を超えてほしいけどさすがにムリかな?年間60本超えならいけますかね?
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