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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第88話 神の子の決め球

 神の子と呼ばれるフェニックスのエース…いや、日本のエース、中雅子。記者への対応も慣れたものだった。テレビにちょうど映っていたのを眺めてみた。


『ちょっと負けたら神の子なんて一瞬で剥奪ですよ。地球最強投手って呼ばれた次の試合後には売春婦以下の女だの無価値な詐欺師だの書かれましたからね、アメリカでは。日本でもネットの悪口はえげつないですよ』


『そんなストレスを解消する秘訣は趣味を楽しむこととお聞きしましたが?』


『はい、いまはコレに夢中ですね。『ウマ孫娘』。フサイイチホウオーにスダポーク……この馬たちもゲームのなかではたくさんGIを勝たせることができるのが嬉しいですね』


 神の子はゲームにハマっていた。アイドル、競馬、ゲーム……なかなか多彩な趣味を持っている。もちろん野球が疎かになっているなんてことはない。


『ブラックスターズは波に乗ると一気に連打で得点があるので、そこに注意します。ソロホームランなら仕方ないと考えて、大量失点を避ければ勝利が見えてきます』


 一年に一度しか対戦しないセ・リーグのチームの特徴もしっかり知っている。アメリカ時代にたくさんのチームや打者を抑えてきた成功例が中雅子の財産になっていた。


『怖いバッター?特にいませんね。対戦したことのない選手が多いのにいまから怖がっていても仕方がないですから』


 余裕と自信に満ちた、それでいて傲慢さや嫌味はまるで感じない、皆が目標にすべきインタビュー。これは厳しい戦いになりそうだ。




「中雅子……日本球界史上最高のピッチャーかもと言われているスター………」


「そして太刀川みちの登場でそう噂する者は一人もいなくなる哀れな選手」


 相手が誰だろうとみやこはいつも通りだ。そしてこれまでずっと、わたしはみやこの期待に応え続けることができている。だからもしこの先、みやこが「この敵はさすがのみちでも苦戦は避けられない」と言うときがきたら、わたしはきっと手痛い敗北を喫するだろう。


「ま、ピッチャーならこの中雅子、バッターはゴーレムズの田沼以上の選手なんて探してもいないからそんな日はずっと後かな」


「永遠に来ない可能性が極めて高い。みち、あなたの手で塗り替えましょう、誰が最高で最強なのか、皆がわかるようにはっきりと!」


 日本どころか地球で一番の投手になった神の子を相手にどうなることやら……。でもみやこが背中を押してくれているから、わたしも自信たっぷりだった。

 




『レフト太刀川捕りました!ブラックスターズ先発の今中、どうにか無失点で初回を終えました。そして中雅子が横浜のマウンドに立ちます!』


 フェニックスの打者の打球がいいものばかりで、たまたま野手の正面でアウト、そんな感じだ。今中さんは五回が限界だろうから、そのためにも先制しないと。


「せっかく打ち取ったのにレフトが誰かを思い出してヒヤッとした。無事追いついてくれてよかったよかった」


「はは……さすがにわたしでもあのフライは追いつきますよ。上がりすぎでしたからね」


 わたしをイジる余裕があるように見えて、何度も左腕の感覚を確かめている今中さんはやっぱり本調子じゃない。どうにか先に点を取れば相手が焦って打ち損じるようになるかもしれないから初回の攻撃は大事だ。とはいえ相手の先発は中雅子。チャンスすらほとんど………。




『木谷、落ち着いてフォアボールを選びました。これで1アウト一、三塁!』


 意外なことにいきなり大チャンスだ。先頭の石河さんが二塁打、2番の柴山さんの内野ゴロで進塁、そしてみやこが歩いた。


(……こんなものなのかな?中雅子って)


 テレビの解説者やチームメイトたちのいろんな推察を思い出していた。来年はまたアメリカだから今年は手を抜いている、実はケガをしていて劣化したから日本に戻ってきた、ゲームに夢中で練習不足、そもそも無敗だった年は広いストライクゾーンという審判のアシストがあった………。


 どれがほんとうだとしても共通している結論は、中の球はピークを過ぎたか一時的に力が落ちているか……全盛期のピッチングじゃない、ということだ。


(確かに数年前よりも平均球速が落ちているって書いてあったな。勝ったとしてもかつての『支配者』のような絶対的なものはないと)


 もう一つ、中のピッチングスタイルはアメリカでの三年間で大きく変わっている。ボールになる変化球で簡単に空振りが奪えるアメリカ野球で勝つために、中は純粋な直球をほとんど投げなくなった。日本に戻ってからも変化球の割合が多いままだ。


 中がここまで白星先行なのは以前との違いにバッターが困惑しているからで、いまの彼女に慣れてくれば神話は崩壊する……これもどこかで聞いた。つまり、ここは変化球に絞れる。



「よし、スライダーを狙おう。ツーシームは勝負球のはず。スプリットは捨てよう」


 しっかりと狙いを決めて打席に入った。そしてマウンドの中と視線が合って………。


「すいません、タイムです」


 足場をもう一度固め直すふりをしてプレーを止めた。閃きがデータを否定したからだ。



(………!ストレートで押してくる!)



 さて、この場合どちらが正解か。かつてラメセス前監督は、自身の閃きとデータが対立した場合はデータに従うと口では言っていたけど、実際はその場の直感に従っていたような気がする。


 わたしはどっちを選ぶか。お利口さんな答えを出すと失敗することが多い。なぜストレートなのか、説明はできない。ただ、中はわたしに対して真っすぐでねじ伏せにくる……その予感を信じてみよう。


「…………」


「…………」


 フェニックスの捕手は若手で、サインは全て中が決めているようだ。頷いたり首を振ったりしていない。全球中の投げたいボールだ。



『さあ、いきなりのタイム、中の威圧感に圧倒されているかと思われた太刀川ですが問題なさそうです。中は最初から冷静そのもの!』


(………あのカルビッシュさんですらバッターとしての素質を認めている太刀川みち……初球から私の一番自信のある球で勝負する!)


 三塁ランナーの石河さんを目で牽制してから、神の子・中雅子が選んだ初球。もし球種やコースを完全に当てたとしても負けるかもしれない、だから確実に先制するために右打ちのゴロ、犠牲フライ狙いのバッティングをするのが賢い選択なのかもしれない。


 でも、みやこがわたしの勝利を信じてくれている。真っ向勝負に挑む理由はそれだけで十分だ。



「ハァ――――――!!」


『中雅子、投げましたっ!!』



 真ん中低め、わたしは全力で振り抜いた。



「たぁ――――――っ!!」


 

 感触だけで確信できた。長い滞空時間の末に、レフトスタンドの上段に打球は吸い込まれていった。




『文句なし!太刀川みちの先制スリーランはまさに文句なしの一撃!中雅子の149キロ、フォーシームを狙い撃ち――――――っ!!』


 やっぱり純粋なストレートだった。こんなに飛ばされるとは思っていなかったのか、苦笑いする中とまた一瞬だけ目が合った。今度はむこうが視線を逸らし、マウンドを足で蹴り上げていた。


「やった!やった!やってくれたわ!」


 ホームで待っていた石河さんが大喜びで両手を叩いていた。みやこも笑顔でわたしを迎えて、軽く抱きあってからベンチに戻った。



「よくフォーシームにヤマを張れたね。私にも柴山にも木谷にも初球は変化球、シンカー気味のツーシームも多かったのに」


「なんとなく、ですよ。裏をかくつもりだったのか、今日は変化球がうまく決まらないと思ったのか……理由はわかりません。みやこにフォアボールを出したときも変化球の連投でした」


「なるほど!さすが主砲、よく見てるわ。私がツーベースにしたスライダーも決め球のはずなのに甘かったしねぇ」


 投げる割合の減った直球、フォーシームに頼らざるをえないと追い詰められたところを仕留めた、ということになるのかなとわたしは答えを出しかけていた。ところがみやこの考えはまた別のものだった。



「いいえ、中雅子の真の勝負球は数年前と変わらず依然としてフォーシーム。多彩な変化球を操るとしても基本はフォーシーム……どのピッチャーでもそれは変わらないとはいえあの投手は特にフォーシームを大事にしていた」


「……?」 「なんで?」


「大事だからこそ、ここぞの勝負所にとっておきたかった……私にはフルカウントになっても投げなかったのは私との対戦にそこまで熱が入っていなかった証に他ならない」


 ベンチに戻ってからもみやこは話を続ける。わたしと石河さん、それに周りに座っていた数人も加わって話に耳を傾けた。


「中はみちを全力で投げなければ勝てない相手、そしてどうしても勝ちたい相手だと認めた。最も頼りにしているフォーシームを中心に配球を組み立てなければならないと………」


「……みっちゃんこそ全身全霊で投げるにふさわしい強打者だと神の子が認めたってわけだ。日本に戻ってからは力をセーブして投げていたように見えた中雅子を本気にさせた!」



 これはみやこが勝手に推論しているだけの話で、真相は全くわからないままだ。でもベンチの皆が確信をこめたみやこの説得力ある話し方に納得し、信じるようになった。


「とはいえ結果は見ての通り、真に最高の存在に完敗。実力、格、センス、天運……全てにおいて太刀川みちが勝り、中雅子は遥か高みにいる雲の上の存在に勝負を挑んだのが失敗だった」


「………」 「………」


 この最後のわたしを褒め称える言葉以外は。さすがにまだ今年だけしか活躍していないわたしと高校時代から十年以上ずっとトップにいる中を比べて、わたしが雲の上にいるなんて偏った暴論を受け入れる人はいなかった。





『センター荒川が余裕を持って捕りました、ゲームセット!川崎が三人で抑えて最後を締めました!4ー3、ブラックスターズが交流戦優勝のチャンスを残して明日の最終戦に向かいます!』


 今中さんは悪いなりに五回2失点で粘った。打線はスクイズで追加点を入れたイニング以外はチャンスすらなく、わたしもヒットはあのホームランだけだった。


 中雅子は敗戦投手になったとはいえ珍しく130球を超える熱投で八回完投。二回からは直球も多く投げてきて、出し惜しみのないピッチングだった。


「甘い球ではなかったんですがね……ボール気味に入ればよかったかなとも思いますが力と力の勝負で負けたので仕方ないですね」


 甲子園決勝、日本シリーズ優勝のマウンド、世界一を争う国際大会……たくさんの大勝負を経験している中雅子にとって、この1敗程度は小さな話か。淡々と試合を振り返っていた。



 そして翌日、どのスポーツ新聞も、中はスロースタートの隙を突かれたとか、出合い頭の手痛いホームランだったといった、中は不運に泣いただけで実力負けではないという内容ばかりだった。



『ブラックスターズの太刀川みちが神の子を粉砕し、その名を改めて世界にアピールした。初回のピンチを中雅子は自慢のフォーシームで凌ごうとしたが太刀川にとってはまさに児戯に等しく、早々に試合を決める一打を放った』 


 こんな記事を書くのはどこか、もう言うまでもないか。当然東狂スポーツだ。相変わらず絶好調だ。


『そもそも真の神である太刀川が神の子に負ける道理などなく、順当に勝利したと言える。太刀川を止められる逸材はもう日本にはおらず、神の怒りを買わないためには静かにひれ伏し、賛美し崇拝するしかない………気がする』


 皆がわたしのようにくだらない内容を笑い飛ばすことはなかった。狂スポへの、何よりわたしへの怒りで新聞を八つ裂きにしてみせた人間だっていた。



「フ、フフ………太刀川みち!潰してやるよ、ボクが完膚なきまでに!」


 根津智絵理、愛称ジェリー……仙台フェニックスの今日の先発投手、つまりわたしと投げ合うことになっている好投手。去年の恨みを忘れるどころかますます大きく膨らんでいた。

 ウマ孫娘 (ゲーム)


 中雅子がハマっているゲーム。爆発的大ヒットで社会現象になる。


 元になったゲーム……ほぼそのまま。作者はこのゲームは気が向いたらやる程度ですが、『キーストン』か『オレハマッテルゼ』が実装されたら本格的にやり込むことになるでしょう。



 フサイイチホウオー (馬)


 ウマ孫娘に登場するキャラの名前。ゲームのなかでならダービーも勝てる。


 元になった馬……圧倒的一番人気の日本ダービーで惨敗(勝ったのはウオッカ)、以降はただの駄馬になったあのヘタレ馬。作者名は実はここからとりました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神の子やるなあ。いいピッチングしよる。モデルの方は勝ち運なくなってるのに。コントロール凄いし成績も悪くないだけど、一発とムエンゴで。上手くいかんなあ。
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