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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第87話 神VS人 最終戦争

『打った―――っ!4番の太刀川、あと少しで場外という特大アーチ!ブラックスターズがリードを広げます!』



 わたしが投げたのが火曜日、その翌日も勝って今日は木曜日、幕張オーシャンズの先発投手はまだ19歳の佐々本。163キロを投げるという、未来の日本のエース候補だ。


『ここは160キロでしたが……太刀川のパワーが粉砕しました!交流戦で太刀川の化けの皮が剥がれると予想した方も大勢いましたがむしろその逆!パ・リーグを投打で圧倒し、元気のないチームを木谷と二人で引っ張ります!』


『太刀川の145は打てない、しかし佐々本の160は打てる……ピッチングにおいて大切なのは球速ではないと明らかになりました』


 

 今日は注目の佐々本が投げているからかスピード表示が甘い気がするな。わたしたちの先発、前橋さんが150オーバーを連発なんて最近はなかった。リリーフ登板ならまだしも先発でこれは……皆で苦笑いしていた。


「どうして私たちの本拠地なのに佐々本にサービスしているのやら」


「私はいいけど。まるで豪速球投手だわ。誰も損はしないんだから……」


 わたしが打った球も160キロ出ていたかと言われると……ノーコメントにしておこう。



「打ったのはもちろんストレート、狙っていたコースだったので迷いなく振り抜けました。まだ試合は中盤なので頑張ります」


 ホームラン談話を求められたときも、球速については黙っておいた。ただし、どれだけ球速が出ていてもコントロールや球の重さやキレの違いで簡単に打てるボールもある。佐々本の本格化はまだまだこれからだ。



『しかし球速の違いだけでなく、太刀川と佐々本は正反対の存在ですよね』


『ええ。佐々本が現代の投手なのに対し太刀川は昭和の投手そのものですよ』


 佐々本はとにかく大事に育てられている。一年目の去年は二軍戦にも登板せず、じっくり鍛えられてきた。今年も一軍登板は必ず十日以上間隔を置いて、ゆとりあるローテーションで無理させずに成長を促す。もちろん球数は90球以上は投げさせない。


 わたしはというと、ついに中4日が基本になっただけでなく球数無制限、完投狙い、練習でもしっかり投げ込む……時代に逆行していた。



『あともう一つ大きな違いがあります。佐々本はまさに才能に、天運に恵まれています。あれほどのピッチャーは生まれながらに神に愛されているとしか思えませんよ。もちろん努力があってこそそれが花開いたのですが』


 160キロはさすがに練習や努力だけではどうにもならない。プロ野球の投手でもごく一部だけに与えられた武器だ。


『ですが太刀川は天に愛されてはいない。完璧な存在でも生まれつき異能が与えられた神童でもない。しかしその彼女が数多くの天才たちを圧倒している………なぜなのか?』


 よくわからないけど打てるし抑える。これは一番まずいパターンだ。勢いがあるだけで、一度流れが止まったら嘘のように失速してしまう……真の実力が身についていることを明らかにする必要がある。



『天とか神とか言うのであれば……今週の土曜日ですか、ブラックスターズは仙台フェニックスとの連戦中ですが、その日のフェニックスの先発は!』


『ああ、そうでした。これは面白い!天と地、神と人……どちらが勝つか見物ですね』


『まあいまはこの試合に集中しましょう。ライトのマーチンが掴んでスリーアウト!佐々本、要所で太刀川に手痛い一発を浴びてこれで五回4失点!粘りを欠きました』


 まだ肉体が完成していない若い時に酷使するのはダメだけど、あまり大事に使い過ぎてもいつまでたっても根性なしのままだ。そのバランスがとても難しそうだ。




『ブラックスターズ!オーシャンズを相手に3連勝だ!フェニックスとの連戦の結果次第では交流戦優勝も見えてきたぞ!』


 開幕からずっと波に乗れずにいたチームがようやく上位進出も狙える状態になった。ヒーローインタビューでは、前橋さんとみやことわたしの三人で今後も勝ち続けるとファンに約束したのだった。



「明日のフェニックスの先発は野本かぁ。確か去年はうち相手に8イニング無失点!」


「代わった抑えの松木からみちが2点タイムリーで試合を振り出しに戻した。みちがスタメンで出るのなら去年ほどの苦戦はないはず」


「でも清川だけじゃなくてこの野本も不倫してたんだよね……子どもまでいたのに。どうしてみんな浮気したくなるんだろう」


 昔だと各地方の遠征先に一人は愛人がいたというとんでもない遊び人選手もいたらしい。現役選手、監督やコーチまでこの種類のスキャンダルは絶えない。


 週刊誌に写真を撮られて世間の評判や人気が落ちるから、という理由じゃない。どうして結婚までしたのに簡単に相手を裏切れるのか、わたしにはそこがわからなかった。



「まあ……わたしみたいにみやこしかいない人間には理解できない世界かな?」


 そのみやこも、わたしとは比べ物にならないほど相手を選べる立場なのに、わたしだけを愛していると言ってくれている。もちろん言葉だけじゃない。いろんなもので繋がっている。



「みち!せっかく自宅で過ごせる6連戦……ただ抱きあって寝るだけでは足りない!あなたさえよければ………」


「………いいよ、時間無制限勝負だ!」


 

 今日もみやこの誘いから始まったプロレスごっこ。挑戦者みやこの激しい攻撃を全て受け止めて、反撃に転じた王者であるわたしが貫禄勝ち。ベルトを守り抜いた。



「おはよう、みち。あなたのおかげで連戦の疲れは吹き飛んだ。今日も頑張りましょう」


 みやこは凄いテカテカしてた。試合は夜なのにいまからやる気が溢れていた。


「いや〜……あれだけの熱戦だったのに元気たっぷりだね、みやこ」


 そんなわたしも球場に到着したら、みんなからやけにツヤツヤしてるけどどうしたの、と聞かれた。自分じゃ気がつかなかった。



「みっちゃんもついにオシャレに目覚めた…!?そのうち髪とか染めたりして」


「絶望的に似合わなさそうね……」


 石鹸や化粧水だと思われたようだ。まあ正確に理由を言い当てられても困るけど……。


 



『初回、そして二回の表も終わり、両チームまだランナーが出ていません。ブラックスターズは4番の太刀川からの攻撃です』


 マウンド上の野本、すでに離婚は成立していて、再婚の準備を進めているようだ。本人もすでに開き直って新たな生活が楽しみだと語っていた。


(わたしがどう思っても仕方のない話か。集中しなきゃ!)


 いい気分はしないけど関係のないことを考え続けて凡退なんて結果になったらばかだ。グラウンド外のことを気にしていたらきりがない。


 家族構成、年俸、趣味、出身地……相手の弱点を知るために得た情報のせいで逆に相手に感情移入して負けた、なんて冗談みたいな話も聞く。余計なデータは邪魔者だ。


 

(でも………やっぱり!)


 もしみやこがわたしを捨てて他の人のところへ行ったら……とても悲しいけどまだ耐えられる。だけど、まずありえない話とはいえ、わたしがみやこを裏切ったとしたらみやこはどんな顔をして、何を思うんだろう。


 まだ正式に結婚しているわけじゃない。でもわたしは絶対に誓いを守る。身勝手で良心のかけらもない野本への怒りに満たされた。


(ホームランを打ってやる!)



 初球、そして次と外角低めに直球が続いて、カウントは1ー1。わたしの目が外に慣れたこのあたりでそろそろ内角にきそうだ。


「甘い球がきたら………ドカンだ」


 つい呟いたのが失敗だった。フェニックスの捕手に聞かれていた。冷静さを欠いて一発狙いなのがバレた。



「……きたっ!!読み通り………!」


 ストライクゾーンに入る内角、これはいけるなんて勝った気でいたら、ボールが少しだけ沈んだ。直球じゃない!


(スプリット〜っ!)


 バットは止まらない。どうにか対処しようとしてもこれじゃ内野ゴロにしかならない。


『打った!ピッチャーへの………』


 そこそこ強い打球にはなったけどピッチャーゴロかライナー、もし抜けてもセカンドあたりが捕って結局セカンドゴロ………。



「あがっ!!」


『あ―――っ!!打球が野本の左膝を直撃!悲鳴と共に野本は転倒!』


 野本のグラブはギリギリ届かず、膝に当たったボールはちょうど野手が誰もいないところに落ちて、転がっていく。


『一塁へは投げられません!太刀川、ピッチャー強襲の内野安打になりました!』


 スプリットがそこまで変化しなかったおかげで野本があと一歩反応が遅れるくらいの打球になった。完璧に落ちたら空振りだから、ラッキーヒットになるにはちょうどいい変化だった。



『しかし野本は立てませんか……?続投は厳しい雰囲気です』


 いくら怒っていたからってこんなのは望んでいなかった。そのままの意味でのノックアウト、物理的に降板させてしまった。


「謝りに行く必要はないわ。捕れなかった相手が悪いんだから。罪悪感なんてこの後足を引っ張るだけ、忘れちゃいなさい」


「はい、もう忘れました」


 一塁コーチがそう言ってくれたおかげで次の打席以降も遠慮せず打てた。ただ、わたしもピッチャー返しには気をつけなきゃ、という教訓にはしておいた。



 試合後、野本は左膝の骨折で戦線離脱が決まった。火曜日の清川に続き、一週間で二人を病院送りだ。これは死神呼ばわりされても仕方ないかと思いきや、翌日の狂スポのイラストでは、わたしは死神の鎌ではなく日本刀を手にしていた。


『太刀川、天が許してもわたしが許さん!下衆どもへの裁き執行人!』


 何だこりゃ、という見出しが注目を集め、記事の中身は久々にぶっ飛んだものだった。



『幕張の清川の不倫を結果的に暴き、この度は人の心を持たぬ悪党を成敗。彼女たちを神は許したが、太刀川は『義』故に断罪した。公正な裁きが執行され、太刀川みちこそ真の正義を体現する者と呼んでも過言ではないように思える』


「…………」


『こうなると神々も太刀川を無視することはできず、神対人間、その最終戦争はもはや避けられない。土曜日の試合は、神の子が力を持ちすぎた人間を罰するか、人間代表の太刀川が神など不要と撃退するかの戦いで、今後の世界の行く末を占う一戦になる……気がする』



 壮大な話になっていた。最終戦争だの世界の未来だの……野球の試合で人類史が左右されたら大変だ。


『さあ、太刀川が打てば世界の人々は救われ、凡退すれば全人類は殲滅されます!』


 そんな状況でどうやって平常心を保てるのやら。とんでもないボール球に手を出すか、ど真ん中を見送るかのどちらかで結局負けだな。


「どうしてこんなネタを………あっ、そうか。今日のフェニックスの先発が『神の子』だからか」



 ベアーズの佐藤優李と甲子園で熱戦を繰り広げ、進学した佐藤より早くプロ入りした『(なか) 雅子』。当時の村野監督に『神の子』と呼ばせるほど神がかったエピソードを数々残し、極めつけは五年目、23歳のシーズンだ。かつてのライバル、佐藤がかわいそうになるくらいの成績だった。


 佐藤がプロの壁に苦しむルーキーイヤーに、中はなんと24勝0敗という完璧な成績を残した。そして佐藤が低迷し復活する三年間で、中はすでに上のステージ、アメリカで大活躍した。



『人類最高の投手!惑星最強の女!』


 アメリカでも大成功、三年目は年俸10億を超えていたとか。でも神の子も球団の経営難には勝てず、今年の所属チームがわからなくなったところで一年限りの日本復帰を決めた。



「今年は8勝2敗……当然対戦したことはないけれどどんな感じなんだろう」


「あなた以下であること、それしかわからない。完投が一度もないので球数制限をしている可能性が高い」


 160キロオーバー連発の佐々本よりもずっと神々に愛された存在、中雅子。来年はまたアメリカに戻るとしたら、プロ野球人生で対決できる最初で最後かもしれないこの機会を大切にしよう。ヒントが掴めるかもしれない。

 中 雅子 (仙台フェニックス投手)


 神の子とも呼ばれる現役トップクラスの投手。アメリカ球界でも実績を残し、日本凱旋。


 元になった選手……2021年、日本球界に帰ってきたあの選手。年俸なんと9億!作品中ではまだ20代後半の設定なので少し経歴を変えた。ニューヨークの手のひら返しは日本の比ではない。



 佐々本 (幕張オーシャンズ投手)


 160キロを超えるストレートが武器の次世代の怪物投手。みっちゃんに打たれる。


 元になった選手……高校三年の県大会登板回避、プロ一年目は二軍でも登板せず、『投げないエース』と呼ばれたあの選手。このスタイルがこの先野球界では当たり前になるのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに神の子との投げ合い!楽しみ楽しみ。こっちの神の子は若くて強そうだ。 [一言] 佐々本のモデルは過保護な気がするけど、スペぽいからなあ。細いし。慎重に土台を作らないと壊れそう。球は凄い…
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