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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第86話 清川育江への天罰

 埼玉キャッツとの対戦は2勝1敗、勝ち越していい流れで交流戦最終週に臨める。今日から幕張オーシャンズ戦、去年は出番なしで終わった相手に、今年は初戦から先発投手として挑む。


「オーシャンズ、交流戦でも好調ね」

「セ・リーグの他チームを倒してくれるのはありがたいけど……」


 ここも勝ち越しを決めて一気に浮上したいところだ。セ・リーグがみんな苦戦しているなかでわたしたちはほぼ5割、よくやっているほうだった。





 さて、幕張オーシャンズの3番打者で、『清川 育江』という選手がいる。今年のオープン戦で対戦したこともあって、そのときはわたしが勝ったとはいえしょせんはオープン戦だ。


 いいバッターであることは確かなんだけど、週刊誌に何度も登場する……つまり私生活が乱れている選手としても有名だった。今日の試合でも、清川はとんでもない遊びに興じていた。



(………うん、みんないるな。よしよし)


 清川は結婚している。今日は三塁側の内野席にそのパートナーを呼んでいた。これだけなら普通の話、だけど清川が異常なのは不倫相手が二人もいて、しかもその二人も球場に招待し、おまけに全員をそんなに離れていない席に座らせていたことだ。


(嫁、札幌で仲良くなった子、ゲームで知り合った子……皆が私を応援するためだけにここにいる。モテすぎだろ、私っ!)


 なぜそんなことをするのか、これまたわたしには一生理解できない理由だった。


(応援パワー3倍!愛の力で大活躍間違いなし。それにこのスリルもいい。もしかしたらバレてしまうんじゃないか、皆が自分が一番私に愛されていると信じている三人が鉢合わせになっちゃうんじゃないか………たまらんね)



「真面目に遊ぶのも真面目に不倫するのも………もう飽きてるんだよ、私は!」




 

『太刀川、今日も素晴らしい立ち上がりです!簡単にツーアウトを奪い打席には清川!』


 バッターボックスに入る清川。なかなか構えず、バットをくるくる回していた。何かを確かめているような………?



(太刀川みち……ホントに中学生みたいだ。私のストライクゾーンじゃないな。一方で木谷都、これはいい女だ。お嬢様で世間知らずって噂だし、私色に染めてやりたいぜ。経験豊富な私のテクニックで虜に……)


「何してる?試合開始早々遅延行為か?」


「あっ……すいません、へへへ………」


 審判に注意されてヘラヘラ笑いながら足場を固め始めた。ちょっと不気味で嫌な感じがした。



『ピッチャー太刀川、サインに頷きます!』


 みやこはそんな気配を感じなかったのか、内角ストレートから入るようだ。気をつけて投げれば長打はないか。


『大きく振りかぶり……投げました!』


「うんっ!?」


 球速は出ていない、でもボールになるかもしれない内角の球、打球は三塁側のフライになった。


「………入るか………」


 サードの紀子さんが追うのをやめた。スタンドに入る。


『ファールです、やや強引だったか……しかし清川は笑っています!』


 何でもないファールになった打球、ところが清川はニヤニヤしていた。ストレートのタイミングを掴まれたのかもしれない。



(こんな偶然………あるんだ!)


 ところが真相は大外れ、ファールボールを手にしているのが愛人だった、それだけのことだったようだ。


(初球、強引なバッティングで最初は強引に誘ってデートにこぎつけた子にボールをプレゼント……運命かな!?)



 そして次の球、高めの球にも食いついてきた。またボール球かもしれないコースで、これまた三塁側の客席に入るファールになった。


「……ストレートにヤマを張っている?」


 さっきにも増して清川は笑顔だ。その様子を察したみやこは、珍しく三球勝負ではなく、低めのカーブを要求してきた。


(………わかった。一度様子見だね)


 2ストライク、わたしたち有利のカウントではある。なら変化球にどう対応するのか、確かめておくことになった。



『バッテリーはどう攻めるか………勝負の球になるか、投げましたっ!』


「ヘッ!」


 このカウントだからストレートだけを待つのはやめたのか、わたしの指先が見えるのか、カーブにあっさり対応してきた。空振りを奪えず、またしてもファール………そして客席を見つめると、その笑い声がマウンドまで聞こえてきた。



「へへ、ふへヒヒヒ………」


「………」



 狂ったような顔と声だ。ここまでの笑い、完全にわたしの投げる球がわかっているとしか思えない。早くも勝負が決まる大一番か?なんて考えるわたしとは正反対に、清川はとんでもない奇跡を目にしていて、だから変な笑いになっていたのだった。


(あ、ありえね―――っ!天文学的確率でしょっ、これ!えええええっ!?)


 なんと、2球目のファールボールはパートナーが、3球目のファールボールは二人目の愛人がキャッチしていた。わたしも試合後に知った話で、確かに驚いた。でもあんな気持ち悪い笑い方はしないな。


(みんな私にボールを持ちながら手を振っている!最高のゲームになりそうだなァ!)



 さて、ここでわたしもみやこも気がついた。確かに清川は当ててきている。でも結局ぜんぶファールだし、球が見えているのではなくその真逆、見えていないから何でも手を出してきているだけ……警戒する必要はないと。



「このミラクルタイム!今なら打てる!」


『自信に満ちた清川に対し太刀川、振りかぶって4球目を投げました!』


 本気のストレートじゃない、それでもさっきよりは少し速い球を放った。清川の顔よりも高い完全なボールコースに。


「アヒャッ!?」


「バッターアウト。チェンジ!」


 釣り球にしても高すぎるボールを空振り。あっさりすぎる三振だった。



「へへへ……」


 なのにまた笑っている。理解不能だ。


「あれは……何なんだろう?」


「違法な薬物でも使用しているのでは?」



 

 次の対戦は四回表、1アウトからだった。


『三遊間抜けました!ヒットになります!』


 速い打球が内野を抜けていく。この日二人目のランナーとして清川を塁に出してしまった。



「へへ……さすがに三人も連れてきてノーヒットじゃまずいからね……やったぜ。さて、愛する子たちに挨拶しておくか。全員似たような席にいるおかげで一度ですむのが楽だな」


 三塁側に向かって手を振っている。よほど嬉しかったのか、ずいぶん長い時間そうしていた。それ以上続いたらわたしたちのサインが漏れて、ベンチに伝えているのではないかと疑うところだった。


(……確かこの太刀川はランナーが出てもあまり気にしない、木谷もこいつがピッチャーのときはランナーを無視するんだよな?)


 清川のリードが少しずつ大きくなる。


(だったら盗塁し放題!私の格好いいところを見せる大チャンスだ!)


 次の塁のことばかり考えてリードの軸足の力が弱くなった瞬間、わたしは牽制球を投げた。逆を突かれた清川は頭から戻るも、


「…………あっ!」


「アウト―――ッ!!」


 タイミング、タッチ共に完全なアウト、牽制死させた。バッター集中とは言われているけどあれだけ油断してるならそりゃあ刺すよ。



「ちっ……無条件で盗塁サービスじゃないのかよ。クソっ………」


 清川は土を足で蹴り上げて、不機嫌そうに戻っていった。


「…………ん?」


 ベンチの手前で動きが止まった。プレーには関係ない場所だから構わずに再開した。でもそんなところで立ち止まっていた理由、それはやっぱり観客席の三人のためだった。


「ナイスヒット、育江!」「サイコー!」

「ドシなところも素敵よ、キヨちゃん!」


「フヘヘ……モテる女は何をやっても歓声がもらえるから楽な人生だ」



 清川のゲームは無事に終わるものかと思われた。それが突然の終わりを迎えたのは七回表だった。イニングの先頭打者として登場してきた清川をわたしたちは警戒していた。前の打席でヒットを打たれたのだから当然だ。


(みち、ここは初球から………)


(うん、様子見はいらないね)


 最大の武器である全力投球、これでわたしの球に慣れつつある清川のリズムを崩す。ど真ん中に投げてこいという強気のサインにわたしは頷き、気持ちで清川に勝とうとした。



(フン、今日の私は絶好調、それも3倍だ。太刀川が100パーセントの力をボールに乗せるならこっちは300パーセントのラブパワーで打ち返してやる!)


 清川も気合いが入っているのが見えた。


「来い!モテない女の筆頭みたいな哀れなやつがイケイケプレイガールに勝てるか!」 


「うおおお―――――――――っ!!」


 

 この日一番の球を投げたという感覚があった。ところが、清川はそれにすら食いついていこうとする。


(きた!タイミングバッチリ………!!)


 普通の直球を投げていたらやられていた。そういう意味ではヒヤリとした。


(………え!?これは………想像以上に伸びている!速さがある!光ってすらいるような……!)


 完全に芯を外した。バットに当てられはしたけど、当たっただけでファールだ。かすったボールはバウンド後、不規則な変化をした。



「ブギィ――――――ッ!!」


 鼻に命中した。顔面への自打球、バットを手から離すと転倒して悶絶し始めた。


「………うわっ、凄い血だわ………」


「折れてるかも……代打の用意を!」


 治療のためベンチに戻った清川はそのまま交代した。鼻を痛めただけでなく、衝撃で意識も朦朧としていたからそのまま病院に向かったようだ。


「……デッドボールなら責任感じちゃうけどいまのは事故だからね……」


「運がなかったのでしょうね」



 最高のゲームから最低の展開へ。でも清川の悲劇はまだ続く……というよりこれからが本番だった。





「骨折………登録抹消になっちゃうな………くそ、痛い!すごく痛い……………あっ!?」


 負傷退場、病院にいる清川を心配して、彼女を愛する人『たち』が駆けつけていた。そう、球場に呼んでいた三人全員が清川の大切な人としてやってきて、鉢合わせになった。



「ど、ど〜も、みんな…………」


「話はこの二人から聞いたわ、説明は結構。遊び癖は相変わらずだったのね」


「まさか私たちを馬鹿にしすぎてるこんなゲームをしていたなんてね、心底呆れたわ。屑の中の屑!」


 その修羅場に、更に客がやってきた。清川の怪我がどれほどのものかお見舞いついでに確かめにきた記者たちだった。


「なるほど……これはスクープだ」


「全てお話します。この女のゲスな本性を」


「ま、待って!そんなことしたら………」


 プロ野球球団は親会社のイメージや経営に関わっている。不倫をゲーム感覚で楽しんでいた選手を放っておいたら、その企業がそういう行為を推奨しているようにすら思われる。今回、幕張オーシャンズの親会社はすぐに対応した。




「……オーシャンズの清川、無期限謹慎ですって。今年でクビじゃないの?」


「愛人たちには見限られて、パートナーからは離婚を叩きつけられて……慰謝料もだいぶ持っていかれるはずだから野球をやめたらどうやって生活するつもりかしら」


 その後清川はシーズン終了まで二軍の試合にも出場せず、戦力外通告を受けた。ちょうどその時期に、ほぼ全財産を元パートナーたちに渡すハメになることが決まり、それから彼女がどうなったかはわたしたちが知るはずがない。


 一方で清川に弄ばれた三人の女性たちは仲良くなり、清川から得たお金で三人同じ家で暮らしているそうだ。かなりの額を勝ち取ったとか。とはいえ誰も清川に同情はしなかった。





 こんな話はどうでもいい、試合はどうなったんだというと、2ー1で接戦を制した。わたしの強いゴロをサードの高田が捕れずに、焦って投げて悪送球……これが決勝点という試合だった。内容はともかくこれで12勝目、チームも交流戦勝ち越しにいい流れだった。

 清川 育江 (幕張オーシャンズ外野手)


 オーシャンズの中堅打者。右投右打。度重なる夜遊びで、『真面目に不倫すること』すら飽きてしまった。それが災いして取り返しのつかないダメージを受ける。


 元になった選手……球界のみならずワイドショーすら騒がせたあの屑。この話を書いたときはまだ契約解除はされていなかったが、シーズン途中でロッテを去ることになった。まあ独立リーグで堀江が作るしょうもないチームにでも入るのではないだろうか。


 こいつが契約解除されたのは不倫のせいではなく、謹慎解除後すぐにまたしてもコロナ対策のルールを守る気はないという意思表示をしてしまったため。NPBでプレーする機会はもうないだろう。

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