第85話 代走は出さない
交流戦は早くも折り返し、移動続きの慌ただしい日程からようやく解放された。今日から埼玉キャッツ戦、わたしはキャッツ戦では登板せず、来週の火曜日に中5で幕張オーシャンズ戦、日曜日に中4で仙台フェニックス戦の先発が決まっていた。
「せっかくアンタと勝負できると思ったのに残念だ。アタシから逃げたな?」
苦々しく話す木森友子。開幕戦の日からわたしとの対戦を楽しみにしていたらしい。
「そこはローテーションだから……」
「まあ仕方ないか。アンタとはオールスターで戦おう。今年は最初からピッチャーで選ばれるだろうしな。今日はひとまずアンタの代わりに横浜のクズピッチャーたちをボコって憂さ晴らしするさ」
オールスターか……。今年は札幌ドームと東京ドームで開催される。セ・リーグは東京ドームが本拠地、しかも首位を走るゴーレムズからたくさんの選手がファン投票で選ばれることが確実だ。
「先発投手もゴーレムズの菅で決まりかな。あとは監督推薦か………」
そこでも選ばれないと、プラスワン投票で最後の一人になる必要がある。二年連続組織票で当選っていうのも嫌だし、なんとか監督推薦してほしいな。
「…………」
「……今年は何もしなくていいからね、みやこ」
試合のほうは、木森が予告した通りにはならなかった。二軍調整を終えて久々の一軍登板となったリッチが意外な好投で木森を含む強力キャッツ打線を抑えていた。
「二軍でも打たれていたのに……」
「どんなピッチャーでも一年に一度はナイスピッチングをするものだから……」
それがたまたま今日だった。ベンチでも皆が同じ意見で、これが真の実力だとは誰も信じていなかった。
『大和が打った―――!まさかのレフトスタンド一直線でホームラ―――ン!』
『これは大きいぞ!?風に乗って………入りました!関のホームラン!今日のブラックスターズは伏兵が大活躍!』
得点の入り方も珍しいもので、やはり一年に1本ホームランが出るかどうかという二人の一発でリードした。
「いつもみっちゃんか木谷のヒーローインタビューじゃお客も飽きちゃうからね」
「意外な顔ぶれでお立ち台ジャックだ!」
去年も打ちにくく感じたキャッツの十和田相手にわたしはノーヒット、みやこも四球は選んでもヒットがなかった。でもチームが勝てるならと思っていたところで、またしても予想外の事態、今度はわたしたちにとって不幸が起きた。
「あっ………」
『入りました―――っ!レフトフライかと思われた打球はスタンドに入りました!愛子の3ランでキャッツ、同点に追いつきました―――――っ!!』
今日はレフトを守るわたしがいくら待っても打球が落ちてくることはなかった。今日まで10試合連続無失点だったペットンがまさかの大炎上。試合を振り出しに戻された。
「✕✕✕✕、✕✕✕✕」
際どい球をボールと判定されたことから冷静さを失ってリリーフ失敗になったペットンはぶつぶつと呟きながらグラブをベンチに叩きつけた。でもその単語、✕✕✕✕は英語が苦手なわたしでもわかるぐらいだからやめたほうがいいと思う。
3ー3となって八回表。キャッツも投手が代わってセットアッパーの田井になっていた。防御率は0点台、ホールドポイントはパ・リーグトップ。いまだ黒星もない強敵の登場だ。ネクストから見ていても十和田よりずっといい球を投げている。
(これは……打つのはかなり苦労しそうだな)
3番のみやこもパワーで押されてセカンドゴロ。変化球もキレがあるし厳しい勝負になるな。
「がっ!」
わたしもセカンドゴロだ。みやこと同じコースに飛ばして、まるでさっきのリプレイだった。
『セカンドゴロだ………しかし抜けました!』
あれ、ヒットになった。よく見たら本来の守備位置に誰もいなかった。引っ張りを警戒してシフトを敷いていたみたいだ。バッティングが崩れるからシフトは気にしないで、と言われていたのを無意識に守っていて、視界から消していたようだ。
(我ながら恐ろしい………)
集中しすぎ、周りが見えていない、結果オーライなだけ………苦笑いしながら一塁に走った。
「………ん?」
『おっと!ライトが弾いた!グラブに入らなかったボールは後方へ!』
笑っている場合じゃなかった。一塁を蹴って二塁へ急ぐ。そんなに速い打球じゃなかったけど相手の逸らし方が派手で二塁は楽々セーフだった。
「チャンス!ワンアウト、ランナー二塁!」
「バッターは奈村さん……監督!」
昨日の試合と似た展開だ。わたしに代走を出すのか、延長戦を考えてそのままか?
「…………新浦監督?」
「代走は………出さない。完璧なヒットならみっちゃんでも生還できるし、速い打球のヒットでは誰でも無理。だからここはそのまま!」
終盤勝ち越しのチャンスでわたしを残す選択をしたようだ。誰もベンチから出てこない。
「ノーアウトなら代走だった……」
「こうなったらノリに長打を打ってもらうしかないですね」
わたしがランナーだからキャッツの外野は前進守備せずに、普通の位置で守っていた。
『落ちるか、落ちるか!レフト前に落ちたっ!ライナー性の当たり、ワンバウンドでヒットになった!太刀川は三塁ストップです。伸びすぎてレフトライナーかと思われましたがチャンスを広げるヒット!』
せっかくのヒットなのに代走を出さなかったせいで得点ならず……ということもなかった。前進守備だったらライナーで捕られてアウトになっていたかもしれない。どのみち落ちたのを確認してから走らないといけないから足が速くてもホーム突入は無理だった。
『ここで代走……ファーストランナーの奈村紀子に代わって上里です。太刀川は残ります』
『九回の攻撃なら太刀川に代走なんですが…難しい判断ですね』
バッターは6番のフォックス。さすがに外野は前進守備、一方で内野はバックホームもゲッツーも狙える中間守備だった。この中途半端なシフトをうまく突破してくれたら……と願っていた初球だった。
「………!!」 「うげっ!!」
『セカンド真正面!ショートの源、素早くベースに入り二塁アウト!そして一塁に送球………アウト!一瞬でスリーアウト、チェンジです!ブラックスターズ、最低最悪の結果になりました!』
フォックスの打球はヒットになってもおかしくない強い当たりだった。それが災いして野手の正面、代走も実らずゲッツー……無得点に終わった。
「✕✕✕✕……✕✕✕✕……」
アンラッキーな結果にフォックスも例の単語を繰り返す。フォックスの打順に川崎さんを入れたからそのままゲームから下がることになってしまった。
その後八回裏、続く九回も両チーム三者凡退、エス子と砂川がランナー一人を出しながらも0で抑えた。そして十回表、絶好のチャンスがきた。
『ノーアウト満塁!キャッツの抑え、須田のコントロールが定まりません!』
これ以上ない好機でわたしがバッターボックスに入る。太刀川を代えなくてよかった、そんな声が聞こえてきたけどここは正直誰が打席に立っても点が入るような気がするな。
「ストラ―――イク!カウント0ー2!」
まずいな。ボール球連発の須田が後がなくなって開き直ったみたいだ。簡単に追い込まれてしまった。
(バットを振らずに押し出し………そんな発想がいけなかった!最初から決めつけちゃったのが失敗だ!)
三塁ランナーは俊足なんだから、叩きつけるバッティングができる人ならこの2球のどっちかで決めていた。
『八回に太刀川を交代しなかった横浜ベンチ!大成功かと思われたがまさかの凡退か!!』
木森との読み合いに負けたのか。いや、勝負はまだ終わっていない。このまま勢い任せにストライクを取りにくるのか、フルカウントまではボール球か……。
(よし、三球勝負にくる!)
ボール球を混ぜたらまたいつコントロールを乱すかわからない。だから余計な球は使わないはず。今日は変化球がダメだから直球、これも絞れる。
代走を使わずに信頼してくれたんだから期待に応えないといけない。ほっぺたを叩いて気合いを入れ直す。
『ようやく本調子か、須田!木森のサインに頷き、投げましたっ!』
「ここだ――――――っ!!」
低めだけど見逃したらストライクになるかもしれないコース、スイングで正解だった。とはいえ、ストライクだったのは最初だけで……。
(落ち………)
このとき、腕が勝手に動いた。なんとかバットに当てようと、微妙に角度を変えていた。
「………がっ!」
『強引に打った!ボールはその場で跳ねた!球審はフェアの判定だ!』
そこそこ高く跳ねて、ボールはすぐには落ちてこない。完璧にホームベース上でもないから、わたしほどじゃないとしても背が低くて足が短い木森にとってはアンラッキーだった。
『木森捕った!ホームベースを踏み………いや、届いていない!踏めていない!その隙に荒川が滑り込んできた――――――っ!!』
「………」
投手に捕らせたらグラブトスでも間に合わない、冷静にホームを踏もうとしてもやっぱり荒川さんが先だったかもしれない。こすっただけのバッティング、狙ってもできないまぐれ当たりが最高の結果を生んだ。1点勝ち越し、まだ無死満塁、勝負は決まった。
『ブラックスターズ、延長戦を制しました!須田の乱調で得たチャンス、太刀川の内野安打で勝ち越した後は一挙5点!』
「さすがみっちゃん!ミラクル打法!」
「……さすがって言われるほど立派な打球じゃないですから……複雑ですね。でも勝てたのは最高です!」
わたしたちが勝利の喜びに大はしゃぎしているのを、木森はなかなかベンチを立たずしばらく眺めていたそうだ。
(………最後の球………読みは外した。現に打球はショボかった!そういえば去年の対決でもバントヒットを打たれた。二年連続こんなひどい負け方なんて……ありえる!?)
「友子、悔しいのはわかるけど帰らないと」
「アイツとの何かを賭けた勝負…今年はやらなくてよかった。あんな凄いツキ………いや、それ以上の何かを持つやつ相手じゃ分が悪い」
「…………」
負けず嫌いの木森にそこまで言わせるとは、とキャッツの選手たちは驚き、そして木森がスランプに入るのではないかと不安に感じたらしいけど、それはいらない心配だった。
「ま、だからこそ勝ちたくなるってわけだ。高い壁をこれまで何回も乗り越えてきたんだ。いつまでもアタシをナメんなって闘志でいっぱいになっている」
その言葉通り、翌日は木森の圧勝だった。2ホーマー5打点の大暴れで、リードも完璧。ノーヒットのわたしは大差をつけられての敗北で、チームは連勝を逃した。
(………待てよ!?この勢いならいける!早々に太刀川を倒せちゃうぞ!アイツはあまり調子がよくなさそうだし……)
ところが、調子に乗りやすいのが木森の悪い癖で、日曜日の試合前、去年と同じように一方的に勝負を挑んできた。試合で活躍したほうの勝ち、わたしが勝てば木森は今年もずっと短髪黒髪、加えてネックレスや化粧もしないという。木森が勝てばみやこの私物をよこせとのことで、わたしにとっては何の得もない勝負だ。
「一年前と同じ条件だ。リベンジさせてもらう……覚悟しな!」
「いや……やりたくないです」
「うるさい!もう決まりだ!罰ゲームが嫌なら勝てばいいんだよ、勝てば!」
そうだ、木森の言う通り、勝てばいいんだ。活躍すればチームの勝ちにも繋がる。去年のような低レベル対決は繰り返したくない。
「たぁ――――――――――――っ!!」
『ドカ―――――ン!打った瞬間だ!ピッチャー木田ももはや打球を見ません、外野手も一歩も動かずボールを追いません!』
「…………ヒェッ」
木森の悲鳴みたいな何かが聞こえてきた。
『今日は太刀川が2本目だ!4ー0とリードを広げたブラックスターズ、4番の太刀川が全打点!』
「ど、どうして今日に限って………ツイてないよ、アタシ…………」
今年も無事勝つことができた。勝ったからって賞品もないけど。
愛子 (埼玉キャッツ外野手)
キャッツの若手外野手。右投右打。だんだん素質が開花しつつある。
元になった選手……2021年、ブレークの兆しを見せているライオンズのあの選手。2019年の交流戦、ラミレスはエース今永が投げているのに打率1割台のこの選手を二度も申告敬遠、打順調整に自ら協力し次の回でいずれも失点。ただ敗北しただけでなくパ・リーグファンを大いに驚かせる試合になった。
木田 (埼玉キャッツ投手)
みっちゃんに打ち込まれ、木森の二年連続罰ゲームを演出してしまう。
元になった選手……有名サッカー選手と同姓同名のあの選手。サッカーのほうはそろそろ引退しそうだし、こちらも年齢的に一皮剥けないと厳しいかも。




