第82話 成長し続ける投手たち
福岡スーパーコンドルズとの3戦目は完封負け、全勝はできずに横浜に戻ってきた。今日からベアーズとの連戦で、先発投手はわたしとプリンセス・佐藤優李だ。わたしは9勝2敗、佐藤は7勝2敗。二人とも2敗は打線が完封負けを喫した試合で、防御率は1点台だった。
「どちらが投げ勝つか注目されているわ。突如現れた彗星と復活したスター……チケットも当日券はゼロ!」
「佐藤優李の人気があるだけでしょう?」
「いいえ、みっちゃんも大人気よ。一度最下位になったチームを5割まで戻したのはみっちゃんのおかげだもの、いよっ、救世主!」
その割にはわたしのユニフォームを着てわたしのタオルを持っているファンが全然いないような。いや、プロ野球選手の価値はグッズの売上や知名度、まして顔や学歴で決まらない。実力だよ!
「みち、今日はあなたの後援会が球場に来る。開幕戦以来二度目の応援ツアー、今回はバックネット裏に陣取ることになった」
「バックネット裏!?凄いね………」
「熱心な活動を続けている証。とはいえプレッシャーに感じる必要はない」
確かにわたしの後援会は熱心なんだよなあ。会報誌だの動画だの今回の応援企画だの………聞いた話だと『企業会員』としてお金を出しているどこかの会社が凄いサポートをしているそうだ。
「どんな会社なんだろう………」
わたしの熱狂的なファン………そういえば去年もわたしの記念ボールを集める謎の存在についてあれこれ考えさせられたな。結局みやこだったわけだけど。
「さあ、佐藤に格の違いを見せつけるときがきた。真のエースとはどんなものか、偽物のスターに教えてやりましょう」
これまた去年に続き、みやこに学校の先輩への礼儀というものはない。スランプだったころの佐藤ならまだしも、復活どころかさらなる進化を見せるベアーズのエースだったとしても、わたしと比べたらその程度だと本気で言っている。
「………そうだね。去年はバッターとして勝った。今年はピッチャーとして勝っちゃおうかな」
「ええ、みちなら容易い。10勝一番乗りは決まったも同然と断言できる」
さて、どうなるか……。打線もコンドルズとの初戦こそ爆発したけれど続く2試合で合計1得点。わたしもその貧打の原因だっただけに、ピッチングで手一杯にならないでバッティングでも頑張って、二年連続でプリンセスを打ち砕きたいところだ。
4 石河
9 関
7 中園
5 奈村
8 上里
6 柴山
3 山上
2 木谷
1 太刀川
わたしとみやこのバッテリー、そして紀子さん以外は左打者を並べた打線だった。チーム打率は下降気味、いろいろ試して少しでも再浮上のきっかけになればと新浦監督も苦労している。
「大和は休養日、他はまあ出塁できそうなバッターを並べた。佐藤優李が左を苦手にしているというわけでもないし、ランナーを大事にしていきたい」
エンドランやバントをうまく使っていこうという作戦だった。これだと大量点は取れないけれど、どうせ佐藤の防御率は1点台だからもともと無理と諦めたようだ。
「ベアーズも佐藤はいいのにチームは最下位なんだよね、タヌキーズに抜かされて」
「打線がいまいちだからね………」
チームで一番の投手であり打者でもあった二刀流の大仁田がアメリカ球界に挑戦するために退団、長打力を期待している仲田や清見が不振。中継ぎ投手も不安定で、低空飛行を続けていた。
「さすがの栗田監督も打つ手なしね」
「長期政権だしいい潮時でしょ」
全体的に覇気がないベアーズのなかで、佐藤優李ただ一人が元気だ。この投げ合いに勝てたら3連勝も夢ではない。
そして試合が始まる。チーム状態が悪いチーム相手には、最初の一巡が肝心だとみやこに言われた。負け癖、諦めの精神が慣れっこになっているチームは、相手の先発が絶好調だったり先制点を奪われたりするとすぐにやる気をなくして勝負を捨てるからだ。
「いつまで勘違いさせているんだ……日本の宝である大仁田心以上の二刀流なんて世界のどこを探してもいるはずがないのに………」
「………」
「いい加減教えてやりなさい、その貧相な球が通用していたのはレベルの低いセ・リーグだったからだと。夢を見るのももう終わりだと……」
試合前、栗田監督は愛する教え子の大仁田とわたしを比べ、太刀川は『二刀流』ではなく『二流』だと言い放った。もちろんわたしの、そしてみやこの闘志に火をつけたのは言うまでもない。完膚なきまでにベアーズ打線を粉砕しようと誓い合った。
「うりゃ――――――――――っ!!」
「……速い!想定よりずっと!」
初回は三者三振、続く二回は、
「ぎっ………!」
『ま、またバットが折れました!朝間はボテボテのファーストゴロ!』
2本バットをへし折って三者凡退。全力のストレートで攻めると相手は簡単にアウトになった。
「……あの程度のピッチャーが打てないか………」
栗田監督もすっかり意気消沈で、ベアーズベンチは今日もダメか、というムードに包まれていた。
「やはり心がいなければ…………」
○○さえいれば勝てた、○○がいないとこのチームはこんなもの……ファンがよく口にする言葉で、わたしたちにはなかなか重くのしかかる。去年のオフに主力が数人いなくなったブラックスターズは、特にそう言われてしまう。退団した選手たちなんていなくても大丈夫だったとファンに思わせるように残った選手は頑張らないといけないわけだ。
まあファンに言われるのは諦めがつく。でも身内、監督に○○がいたらなぁ、なんて口にされたらベンチの空気は悪くなる。もしかしたらベアーズのチーム全体の不調はこのせいかもしれない。
「さあ、あと一息。序盤で試合の大勢を決するために、私たちで決めてしまいましょう、みち!」
三回も難なく抑えて、これから裏の攻撃だ。ここで先制できればみやこの言う通り流れを完全にものにすることができる。7番の山上さんが倒れて、一死走者なしという場面でみやこの打席だ。
『注目の対戦です!共に令嬢実業で甲子園制覇、国民的人気者となり、大学では佐藤優李4年、木谷は1年のときにバッテリーも組んでいます。昨年は対戦がありませんでしたが今年ついに激突!』
わたしにスタメンマスクを譲って佐藤との対決がお預けになっていたみやこは、再び輝きを取り戻した先輩投手との勝負に何を思うのか。わたしはもうその答えを知っている。みやこは一切普段と変わらない。
「……………」
『ボール!フォアボールになりました』
意識していた佐藤が制球を乱してこの試合初のランナーが出た。みやこは佐藤と目を合わせることもなく一塁へ歩いていた。
「………そうだった。木谷はそういうやつだった」
『9番、ピッチャー、太刀川。ピッチャー…太刀川!背番号18』
わたしが打席に向かうとバックネット裏の太刀川みち後援会がタオルを振り回したり大きな拍手をしたりして盛り上がっていた。わたしのクラスメートや高校時代にお世話になった人たちがほとんどだった。
「みっちゃんファイト―――――っ!!」
「太刀川頑張れ―――――っ!」
距離が近いから、応援団の演奏や大合唱が始まっても一人一人の声がしっかり届いた。
(この声援…期待に応えたいけれど……)
数や大きさの違いこそあれ、どんな選手でも応援はもらっている。当然敵である佐藤にも応援の声はあるわけで、わたしだけがそれをパワーに変えられるわけじゃない。マンガの主人公とかならここはドカンと一発打っちゃうところだけど、主人公というのなら佐藤優李のほうが近そうだ。
「……あなたのおかげで今の私がある。でもそのお礼はすでにした。だから真剣勝負だ!」
「………」
「今年で27歳……でもプロ生活で一番若々しく、楽しく、熱を持って投げられている。そしてあの甲子園や神宮で輝いていたころよりも経験と投球術がある!」
去年の彼女も気迫に満ちていた。でもそのときとは違って真の自信に満ち溢れている。ただの見栄っ張りじゃない、根拠のある自信に。
「今が佐藤優李の全盛期だと言う人たちもいる。だけど私はまだまだ成長できる!そのためにもあなたに勝つ!」
これ以上成長して強くなったらいよいよ手がつけられない投手になる。わたしたちは基本は交流戦だけ、かなり低い確率でオールスターや日本シリーズで対戦する程度だからいいけどパ・リーグにとっては大変だ。
球速もコントロールもまるで違うみたいだから去年の感覚は忘れよう。スライダー一本にも絞れない。ここはいろいろ考えるよりも………。
『佐藤優李、太刀川に第1球!』
勢いに負けないフルスイング、それだけだ。中途半端はない、ただ振り抜く。
「たぁ―――――――――!!」
「………!!」
レフトスタンドへ一直線。細かいことを考えなかったからこそ打てた高めストレートだった。
『やりました太刀川!リーグトップに迫る第21号は自らを助ける先制ツーランホームラン!ブラックスターズが2点を先制しました!』
いつも通りガッツポーズはせずに静かに一周する。ホームに近づくと、後援会のみんながまさに狂喜乱舞、周りのファンの数倍は喜んでいた。
「やった!やった!」 「最高だわ!」
もちろん先にホームインして舞っていたみやこ、それにブラックスターズベンチも大喜びだった。進化した天才プリンセスから2点先行、ベアーズの調子の悪さを考えればこれでかなり楽になった。
「みち、何度でも言わせてほしい!あなたは最高のプロ野球選手!真の本物が誰であるかを最初の打席で世間に示してみせた………」
「褒めてくれてありがとう。でもみやこがしっかり選んでくれたから相手の初球がホームランコースにきたと思う。わたしだけの力じゃないよ」
ストライクから入らないと、という気持ちが強かったはず。冷静に四球で歩いたみやこの功績は大きい。
「ふふっ……それほどの力を持ちながらどこまでも謙遜で優しい。あなたこそまだまだ発展途上中、ピークはずっと先!楽しみは尽きない」
そう願いたいところだ。これがピークだとわたしはただの一発屋、風のような存在だ。
「いま投げている佐藤優李や木谷と違ってみっちゃんは高校生のときは一度も完璧な状態に仕上がっていなかったですからね」
「両親が亡くなって大変な時期だったからね。どうしても時間も栄養も不十分になってしまった。プロ入り後も木谷と出会ってからだと言っていたよ、プロ野球選手らしい食事や効果的なトレーニング方法を知ったのは、と」
「基礎練習や筋力強化は誰よりもやっていましたから、ようやくそれが花開いた形ですか。だとすると今ですら伸び盛りの途中、最終的にはとんでもない選手になるかも………」
後援会員たちもわたしの将来を期待して、夢見てくれていたようだ。大器晩成と言われる選手なら30代になってから成績を伸ばす。わたしもそうなれるように努力を続けよう。
「………さすがは太刀川みち………同チームとの対戦が年3試合しかないのは実に残念。今日のところは私の負け。でも……だからこそ!来年またあなたと投げ合う日まで私も無様は晒せない!」
わたしのホームランの後、佐藤優李は崩れずに力投を続けた。打席でもファウルで粘ってきて、甲子園でホームランを打ったこともあるセンスを見せつけてきた。正直なところ、全打者のなかでも佐藤を抑えるために一番体力を使った。
『桑折の打球は伸びません!センターフライだ!上里掴んでゲームセット!2ー0!太刀川が完封で10勝一番乗り!佐藤優李との投手戦を制しました!』
2安打完封勝利。緊張感のある投げ合いが100点満点のピッチングという結果を生んだ。真の満点は完全試合なんだろうけどあれは運も絡む200点ピッチングをしないと達成できないから参考外だ。
「次回もいいピッチングができるように頑張りますので応援よろしくお願いします!」
『ええ、そう言ってもらわないと困ります。太刀川さんの次回登板は予定通りなら来週水曜、あのラメセス監督が率いるタヌキーズ戦ですからね』
「………ああ、そうだった」
京セラドーム大阪で、去年までの指揮官と対決する。楽しみと怖さが半分半分だった。
交流戦は全11話です。その後オールスターあたりまで今回は投稿したいと思います。




