第83話 ラメセス野球の脅威
佐藤優李との投手戦を制し、覇気のないベアーズ相手なら3タテもある。そう思っていたら落とし穴が待っていた。
『試合終了!3ー2!ブラックスターズ、連勝はなりませんでした。去年まで在籍の井藤光莉に決勝打を打たれてしまいました!』
わたしとみやこは揃って2安打。でも実はそれがチームの全ヒット。そして日曜日、
『試合終了っ!6ー1!ベアーズの快勝!先発兼子の後を4投手がしっかりリリーフ!一方のブラックスターズは無抵抗敗戦!』
わたしとみやこは揃って2安打。でも実はそれがチームの全ヒット。二日続けて同じだった。
『佐藤優李に勝利しておきながらこれはいけません、横浜ブラックスターズ!しかも負け方がとてもつまらない!』
「レズレイプしてやるわ――――――っ!!」
怒りのヤジを飛ばす観客すら例の人を除いてほとんどいない。みんな試合が終わったらとぼとぼ帰るだけで、ファンも気力を奪われる連敗になった。
「まあパ・リーグ最下位とはいえ勝率は4割以上あるわけで……負けても仕方なかったわ」
「そのぶんラメセスから取り返しましょ!去年までの指導にたっぷり恩返ししてやるのよ!」
来週は大阪、埼玉と敵地での試合が続く。この6連戦を4勝2敗くらいでいかないとまずいな。
「みち以外の先発は厳しい。球数が多くなって早い回で降板の繰り返し、中継ぎの負担が増える悪循環に繋がっている」
「う〜ん……それならタヌキーズ戦はうまくいくかもしれないよ。ラメセス監督になってから去年のわたしたちみたいな野球になっているから」
早いカウントから打っていく、ファーストストライク狙い。ハマれば大量点、失敗すれば相手を助けるだけ。五回で100球前後に達してしまうブラックスターズ投手陣にはありがたい相手かもしれない。
「みやこも大変だね。わたしもたまにはまたキャッチャーやろっか?少しでも負担を減らしたいな」
「その気持ちに感謝する。でも、私の体力を気にしてくれるのなら自宅にいるこのときに癒やしてもらったほうが嬉しい」
ベッドで静かに抱きあって眠る、わたしたち二人の体力と気力を回復させるこれ以上ないやり方だった。
ただし、身体を密着させているせいで我慢ができなくなったみやこが奇襲攻撃を仕掛けてきてプロレスごっこが始まることがある。
『まだゴングは鳴っていないのに襲撃だ!』
『激しいノーガードの打ち合いだっ!』
そして翌朝、勝者であるわたしに全身を預けてみやこは果てているところまでがお約束だった。
『この三連戦に注目しているのは両チームのファンだけではありません。因縁の対決だからです!』
ラメセス監督率いる大阪タヌキーズとの試合。わたしたちをよく知るラメちゃんがどんな采配をしてくるか、横浜としては追い出した監督相手にどんな戦いができるか、テレビや新聞は騒ぎ、煽り、盛り上げていた。
さて、わたしは今日も4番指名打者、みやこは3番捕手でスタメンだ。ここで対戦チーム、タヌキーズのオーダーを見てみよう。
8 音坂
3 モア
7 吉高
9 本杉
D シェーンズ
6 足立
2 不二
5 宗田
4 倉木
1 岡山
交流戦が始まる直前でラメセス監督の要望していたトレードが実現した。新浦政権になってから出番が激減した音坂さんと倉木さんがタヌキーズに移籍、タヌキーズからは投手一人プラスお金がブラックスターズに。
その投手?しばらく二軍だそうだ。一部のコーチからは詐欺にやられたという声が聞こえる。去年の江頭さんと渡久地さんの例もあるから失敗と決めつけるのはまだ早すぎると思うけどね。
『タヌキーズのダブルエースの一角、岡山!ツーアウトまではすんなりでしたが木谷にツーベースを打たれてしまいました!バッターは4番の太刀川!』
「………くっ……!」
さすがみやこだ。相手の投手の格や勢いに関係なく結果を出す。勝負球を打たれた岡山は動揺している。打ち崩すなら今だ。
(……次は太刀川……打たれそうだ。でも試合開始早々逃げるわけには………)
今日は紀子さんが休養でベンチ入りもしていない。数試合沈んだままの打線を考えてもわたしで決めたい……そう意気込んでいると、ラメセス監督がベンチから身を乗り出して、指をくいっと動かした。
「え!?」 「初回から………」
『申告敬遠です!いきなり太刀川を歩かせます、ラメセス監督!確かに一塁は空いていましたが…』
懐かしい感覚だ。そうだった、ラメセス監督は申告敬遠を躊躇わない。データ野球を基本にしながらも自身の嗅覚に逆らわず、一度失敗しても信念を曲げない。
『ストライク!今日一軍復帰のフォックス、三球三振!二者残塁!』
ここはラメセス采配の勝ちだった。敬遠するに値する打者だと認められたのは嬉しいけど、ここからの試合展開はかなり厳しくなっていった。
『打ちました―――っ!シェーンズの3ランでタヌキーズ先制―――――っ!!大木、甘い球を痛打されて今日も厳しい立ち上がり!』
ファーストストライクを狙い打たれた。みやこの要求は内角だったのに、真ん中に入ったストレートを叩かれていきなり苦しいスタートだ。初回は3点失い、二回は簡単にツーアウトとしたのに、
『倉木の打球は詰まったゴロ!大和が素早く捕って一塁へ!判定アウト!ヘッドスライディング及ばず!』
これでチェンジ、そう思っているとラメセス監督が立ち上がり、手で四角をつくった。
「……!あの動きは………!」
『ビデオ判定のリクエストです!まだ序盤の二死走者なし、ラメセス監督、早くも貴重な権利の一回目を行使します!』
こんなどうでもいい場面で、相変わらずね、ベンチではラメセス監督を笑う声が聞こえた。だけどほんとうにそうかな?この試合でビデオ判定してほしいと思う場面はこれが最初で最後かもしれない。だとしたらせっかくの権利、使わなきゃ損だ。
「………監督………」
一見どうでもいいところでも、選手からしたら大事な1本のヒット。そんな自分のためにリスクを覚悟で貴重な権利を使ってくれるというのはありがたい。
ラメセス信者だった倉木さんは今年の始めからしばらく元気がなかった。でもタヌキーズにトレードされてからはいきいきとプレーしている。ますますラメセス監督への信仰を強めたようだ。
『セーフ!セーフです!倉木の手が先だった!判定が覆りました!ランナー一塁から再開!』
塁上で軽くガッツポーズをする倉木さんと、ベンチで満足そうに手を叩くラメセス監督の姿が見えた。ちなみにわたしの視力はチーム1位。昔からゲームはほとんどしないしスマホもいじらない。学校の教科書はもっと読むべきだったかもしれないけど。
なんてどうでもいいことを思い出していると、ドームは大歓声に包まれた。音坂さんの打球はライトスタンドの高いところまで突き刺さってグラウンドに跳ね返ってきた。
『音坂、移籍後初ホームランは古巣相手の2ランになりました!倉木、音坂とラメセス監督が呼び寄せた二人が横浜に手痛い恩返し―――っ!』
これで5ー0。勝負は決まってしまった。
「たぁっ!」
第4打席、今日初ヒットが出た。まだ八回だからもう一度打席が回ってくる可能性もある。でも代走が送られてわたしは退いた。ちなみに直前でみやこも四球を選んですぐに同じ捕手の山木を代走に出されている。
「ナイスバッティング、みち。点差が開いていても丁寧な一打、模範的な打撃だった」
「みやこが下がったから指名打者解除でわたしがマスクかもって期待してたんだけどね。たまにはやらないと忘れちゃうかも……」
今日は完敗だった。ラメセス監督の打撃重視、超積極打法ナインの前に二桁失点。どう頑張っても逆転はない。
ラメセス監督は去年とほぼ変わらない。ベンチ入りメンバーも守備固めや代走でしか出番のない選手は外してとにかく打力のある選手を揃えた。無安打記録を110まで伸ばした春うららも、走塁や守備はうまいのに登録抹消された。
『外国人監督には春うららの魅力がわからない、冷徹で勝利だけを追求している』
人気者の二軍落ちには非難の声も大きかった。しかしラメセス監督は平然と己の道を貫くだけだった。
「私は彼女が成長できると信じている。そのためには抹消という選択肢が最善だった」
どこまでほんとうかわからないけど、信念を譲らなかった。たぶん、ある程度自由にやっていいという条件で監督を引き受けたのだろう。
『完投もありえた岡山は結局8イニング1失点で降板!九回のマウンドは漆谷です!』
先発に無理に長い回を投げさせず、球速の速いリリーフを揃える。コントロールや変化球のキレよりも、スピードと球種の多さを重視する。わたしとは全く相性が合わず、今年もラメセス監督が横浜ブラックスターズの指揮官だったらわたしの投手再転向もなかったな。
「みち、明日思い知らせてやりましょう。いかにラメセスが見る目のない無能だったかを。あなたを五年も腐らせた阿呆であるかを」
「……そうだね。音坂や倉木への挨拶もしないと」
自然と二人を呼び捨てにできた。みやことは違ってラメセス監督への恨みや怒りはない。ただ、勝つだけだ。その結果ラメセスは無能、指導者としての資質なしと世間から叩かれるとしてもわたしには関係ない話だ。
『空振り三振!最後の打者、石河倒れてゲームセット!12ー1、大阪タヌキーズが初戦を制しました』
『明日の予告先発は大阪が本山、横浜が太刀川です。1点を争う投手戦になるでしょう』
試合後、両チームの監督がそれぞれインタビューを受けた。勝った日はいいけど、こんな惨敗の日もちゃんと対応しなきゃいけないんだから監督は大変だ。人によっては怒って打ち切ったりノーコメントを貫くこともあるなかで、新浦監督とラメセス監督は毎日最後まで応じていた。
「大木はまたしても序盤で大量失点ですが」
「一回下で調整してもらおうと考えています」
「これで3連敗、何か打開策はありますか?」
「明日は太刀川ですからね、他の投手の日ならいろいろ試したかもしれません。どっしり構えます」
さて、問題はラメセス監督の不穏な予告だ。
「太刀川投手をどう思いますか?」
「いいピッチャーですよ。10勝という数字は真実で、彼女の実力の証明です」
「去年までに投手にしておけばという後悔は」
「ありません。私は常に後悔しないための選択をしてきました」
そして明日の試合について聞かれると、
「経験の浅いピッチャーが相手なら秘策があります。もちろん中身は明日まで秘密ですがね」
わたしを攻略する秘策があるという。データでわたしの弱点を見つけたのか、それとも大打者、名監督としての閃きがわたし自身もわかっていない何かに気がついたのか……不気味な予告だった。
「それを真っ向から粉砕してこそ大エース。みち、あなたはもはや敵が小細工でどうにかできる器ではない。受けて立ちましょう」
「……うん。力でねじ伏せるよ」
いまから弱点を見つけようとしても時間が足りないし、運よく見つかっても修正できない。だったらいまのわたしで戦う。みやこの言う通り、真っ向勝負で勝つ!それがエースだから。
大木 (横浜ブラックスターズ投手)
投げるたびにKOされ、ついに二軍降格。
元になった選手……ひょろっとした体格から豆苗のあだ名をもつ横浜のあの選手。この話を書いているときはまだ交流戦開幕前で、まさかほんとうにタヌキーズの元であるオリックス戦で炎上し二軍落ちとなってしまうとは……。
岡山 (大阪タヌキーズ投手)
タヌキーズのエース格の一人である本格派右腕。ブラックスターズを圧倒する。
元になった選手……オリックスの若い優秀な投手たちのなかでも中心格のあの選手。まさかこの投手を打ち砕いて三浦監督の交流戦初戦を白星で飾るとは驚いた。




