第81話 世界の王島が認めた選手
『試合終了!16ー9、乱打戦を制したのは横浜ブラックスターズ!太刀川の満塁弾二発が試合の流れを決めました!』
『ホームラン連発の後は全て申告敬遠か敬遠気味のフォアボール!木谷や奈村という前後の打者も打って最後は楽勝でしたね』
五時間近い試合時間、交流戦の最初から大変な試合だった。わたし個人の内容は100どころか200点、これ以上ない結果になった。
「いきなり大暴れだね。明日も4番指名打者でいってもらうけど、いいかな?」
「はい、頑張ります!」
広いドーム球場の試合ではわたしはまず外野守備には入らない。肩はあるけど打球に追いつくのが遅い。内野もいまは守備が安定していて、しかも本来指名打者で使いたい外国人野手たちは皆二軍だから交流戦の指名打者はたぶんずっとわたしだ。
「今年の日本シリーズで戦う相手にトラウマを植えつけちゃったんじゃないの?」
「ははは……そうだといいですね」
そのころ、わたしを大人しくさせようと悪だくみをするも失敗したコンドルズ球団会長の王島さん。一人静かな場所で今日の出来事を静かに振り返っていた。
(真の一流選手は実力だけではない。奇跡的な強運がなければ頂点には届かない。この私やあの時代の仲間たちのように………)
わたしに死球を与えるように、その指令の目的は、直接負傷させるだけでなく、バッティングを狂わせることだった。痛みや恐怖、感覚のズレや長期離脱のせいでこれまでの勢いがなくなり、未完の大器に終わるバッターは野球界にどれほどいたことか。
(太刀川みち、まるで見えない何かに後押しされているようだ。そして私は叱られているようだ。くだらない嫉妬でその未来を壊すなと)
王島さんは同世代の村野さんや張田さんがわたしのことを褒め、今後の活躍を見守りたいと語っていたのを思い出し、わたしが800本以上ホームランを打つかもしれない、それに匹敵するとんでもない仮説を立てた。
(そうか…彼女のことを見守っているのか。手助けをするわけじゃない、あくまで応援しているだけ……いまは遠くへ行った私の仲間やライバルたちが)
わたしの投球フォームを見て、遠い昔の戦争で亡くなった大投手を思い出す、生まれ変わりなのではないかとすら言いだす人もいた。そうではないとしても、古きよき時代のスタイルで現代の野球を戦うわたしをその投手や同じ世代の選手たちはきっと応援していると。
超自然的な力を与えてわたしを大活躍させようとはしていない。わたしがどれだけやれるかを楽しみに眺めている。時代遅れ、それでも野球が一番熱かったときのやり方で、自分たちの果たせなかった夢を叶えてくれると信じて。
(………いや、違う!そんなものは世迷い言だ。死んだ先輩方や旧友たちがラジオやテレビを囲むように集まって、太刀川の活躍を楽しみにしているなどと………)
わたしもそう思う。死んだ人がそんなことはできない。百歩譲って仮に死後の世界があるとして、千歩譲って皆で現世の野球観戦を楽しんでいるとしても、まさかわたしをメインで追うなんてことはありえない。
ところが王島さんはそこから先が変わっていた。
(だから私が彼女を見守り応援しなければならない。いるのかいないのかわからないものに任せられん!いずれ私の記録を超える瞬間まで………)
そして電話を手にすると、コンドルズの監督を呼び出し、新たなる指示を出した。
「太刀川みちへのデッドボール狙いはもう終わり、明日からは普通に勝負しなさい。ただし、デッドボールになるかもしれない厳しい内角攻めもやめろとは言っていない。やってほしいのは真剣勝負だ、野球界のために」
わたしを潰すためではなく成長させるために様々な経験や試練を与えようとしたのだった。
「ふふ……私の通算本塁打記録を抜くとなったら二十年………私は100歳か。それまでしっかり生きていないと………」
『は、はぁ。わかりました。とにかく通常通り勝利を目指せばよろしいのですね?』
そして電話を切ると空を見上げて、
「……これでよいのですね?皆さん」
信じていないと言いながら、誰もいないところに話しかけたそうだ。
これが、わたしが知るはずもない出来事、今年の交流戦初日の話だった。
さて、王島さんも見つめるなか、昨日全打席出塁で2ホーマー8打点のわたしは次の試合……。
『ストライク!バッターアウト!』
2三振を含む3タコ。チーム全体でもヒットは2本だけ、こんなときにホームランが打てたらよかったのにまるでだめだった。
『コンドルズもこの回無得点!昨夜の乱打戦から一転、1点を争うゲームになりました』
せっかく先発の今中さんが七回途中まで凌いで、エス子、ペットンと無失点リレーなのに点が入らない。相手も同じ気持ちだろうけど。
「この九回で点が入らないとサヨナラ負けしそうな予感がするわ……」
「そういうのって言い出すとホントにそうなっちゃうわよ。確かに延長にはならない気はする」
打順は1番からだったのに簡単に2アウトになっていた。コンドルズは先発の千田が九回も投げ続けている。球数は100にも届かず、ピンチらしいピンチはなし。全然疲れてないはずだ。
打てないなら打てないなりに相手を苦しめる何かをすべきだったとネクストで後悔していると、みやこの華麗なバッティングがわたしの後ろ向きな思いを切り裂いた。いい打球音がした。
「お………おおおっ!いけっ!」
『打球は右中間を破った!深いところまで転がって長打コース!木谷は二塁も蹴った!』
サードにボールは投げられず、スリーベースヒット。みやこは足も速い、ほんとうに全てが揃っている野球選手だ。九回、初めてにしてこれが最後かもしれない先制チャンスをみやこ一人で演出してくれた。
『バッターは4番の太刀川!今日はまだノーヒットですがバッテリーは勝負するのでしょうか?』
諦めているわけではないけど、今日の千田は打てない気がする。申告敬遠してくれた方がありがたいかも。
「………」 「………」
『敬遠はありません、勝負です!真っ向勝負です!横浜の4番と福岡のエースが力勝負ですっ!!』
わたしのこれまでの凡退の内容を考えたら後のバッターよりもここで抑える、その考えは当たり前か。
(……2ストライクにされたらあの凄いフォークを投げられて終わりか。その前に打つ!)
早いカウントのうちに決着をつけようとわたしは燃え、ホームベースの近くに立った。このとき、勝負を選択したはずのコンドルズバッテリーは意外とクールだったことにわたしは気がついていない。
(ストライクは投げなくていい。ボール球を二つ投げよう。空振りしてくれたらそのままいく!)
(見られたらすぐに諦めよう)
とりあえず高めのストレートとボールになる変化球を投げて、わたしが手を出さなかったらそこで敬遠という、条件つきの勝負だった。わたしを打ち取るための全力の投球じゃなかった、そう試合後に話していた。
『勝敗を決める勝負に球場の熱気も最高潮!その初球!千田、投げましたっ!』
適当に外せばいいや、という気持ちが千田のコントロールを大きく狂わせた。150キロ前後のストレートがわたしの頭めがけて飛んできた。
「………!!」
(しまった!もう死球攻めはしなくていいって言われたいまになって………しかも危険球………!)
顔にせよ頭にせよ、さすがのわたしでも直撃したらどうなるかわからなかった。頑丈ぶりを発揮して無事だったかもしれないし、元からレベルの低い顔や脳がますます酷いことになるかもしれない。
しかし、ここでわたしの体が危機回避のためにとっさに動いた。考えるより先に、バットを顔の前に縦にしていた。
「うりゃっ!」
『危な―――――い!た、太刀川の顔面か!?いや、頭か…………違う、バットだ!』
バットにぎりぎり当たったボールは力なく三塁線を転がっていた。わたし自身、一瞬どうなったかわからなかったけれどまずは一塁に走った。
『完全に勢いが死んだ打球だ!サードの桜田はとても間に合いません!千田と甲斐田もこのボールの行く末を眺めていますが………』
ランナー三塁とはいえ、もう2アウトだから強い打球を警戒したコンドルズの内野手たちは深い守備位置だった。飛んだところが絶妙で、投手も捕手も三塁手もアウトを諦めてファールになるのを願うしかない場所で転がっている。
ころころころ…………ぴたっ。ライン上にぴたりと止まった。足が遅いわたしでもさすがに一塁に楽々到達、タイムリー内野安打を見守った。
「まさかこんな………えへへ」
『ヒヤリとさせられた瞬間から一変、ブラックスターズにとってはラッキー、コンドルズにとってはアンラッキーな打球!ブラックスターズがこんな形で待望の先制点!』
去年のジャガーズ戦でもラッキーなタイムリー内野安打を打ったことがある。そういえばあのときもみやこが三塁走者だった。
みやこの好走塁と相手のまずい守備が重なった末のヒットだったのが前回、いまはほんとうにただのラッキーだ。
「そうだ……このツキだ。長期離脱になりそうなデッドボールを避けただけではなくタイムリーヒットにしてしまった。ふふっ……楽しみな子だわ」
球場のどこかで、王島さんが笑っていたらしい。わたしとは違い、こんなヒットにも何かの意味が、大きな力があると確信したそうだ。
『この1点を九回裏、抑えの川崎がしっかり守ってブラックスターズ連勝!乱打戦の次は投手戦も制しました!』
今年絶好調の川崎さんがコンドルズに反撃を許さず、パ・リーグの覇者相手に勝ち越しを決めた。
「ナイスセーブでしたね、川崎さん」
「セーブチャンスは確実にモノにしないと。今年は無駄に大勝だらけで登板はあってもセーブが稼げない。いざ接戦となってもどこかの誰かが完投ばかりで呼ばれないからね……ねぇ、みっちゃん」
「はははは………誰なんでしょうね……」
ほとんど打たれていないのにセーブ数はリーグ4位、チーム事情とわたしの存在がその原因だった。川崎さんも本気で恨んでいるわけじゃなさそうだけど、物足りないシーズンなのは確かだ。
「他の投手の登板日なら問題ない。しかしみちの日に川崎を登板させることは難しい。あまりにも投手としてのレベル、投球の質に差がありすぎて相手打者を喜ばせてしまう。代えてくれてありがとう、これで打てるようになった……敵に感謝されたらおしまい」
「…………」
「あの程度の投手ではみちを救援するなど不可能。味方ではなく敵を助け、勝利ではなく逆転敗北の方程式なのだから」
開幕戦でヒヤヒヤ勝利だったことをいまだに覚えていて、セ・リーグではトップクラスの守護神すら全く信頼せず罵倒するみやこ。わたしの試合では僅差の展開でも必ず続投させてほしいと監督たちに直訴していた。
だったら大差勝ちの試合ならわたしを休ませようとするのかと思ったらそうでもなかった。プレッシャーのない場面で投げられる機会は貴重だからという理由でやっぱり完投だった。
「まあわたしのことは置いといて、コンドルズ相手に連勝!今年のブラックスターズは違うかもしれない。交流戦優勝、リーグ戦でも浮上………」
セ・リーグの他球団はこの交流戦が苦手だ。18試合しかないとはいえ優勝争いができるくらい勝ち越せばわたしたちは上位にいるはずだ。
「ええ。今年は大きく異なっている。太刀川みちがチームの核となり投打でチームを支えている、それだけでここまで変化する………当然の話でありわざわざ語るまでもない」
みやこは置いておくつもりはないようだ。すぐにわたしを話の中心に戻してきた。
「新浦監督の采配は極めて凡庸……それでも私が彼女を有能だと言い切れるのはあなたの才能に気がつき、前任者とは違い正当に評価している、その一つの理由しかない」
相変わらずのみやこワールドだ。他の選手や監督たちに聞かれる前に退散したほうがよさそうだ。
「ブラックスターズに連敗………想定外でしたよ。選手層、首脳陣の指導力……我々のほうが遥かに上です。たった一人、真の『王』になれる素質がある者にやられてしまった………それだけですよ。誰のことだって?言うまでもないでしょう」
みやこどころか王島さんまでもがわたしのことを持ち上げて、どんどん膨らんでいくのだった。
新浦監督の采配
都は凡庸と評価したが、実際に解説者からは『普通の采配』、『マニュアル通り』と言われている。2番打者は送りバントができる打者を置き、投手交代のタイミングはやや遅め。しかしブラックスターズ先発投手陣はみっちゃん以外ろくな投手がいないので、中継ぎ酷使は皆から批判どころか同情されている。
現実世界のあの監督の采配
作品中の新浦監督はスタメンオーダーをいろいろ変えて試しているが、こちらは固定を好み、たまに打順が少し変わるくらい。調子のいいチームなら競争を煽りたいなどの理由がない限りレギュラー固定で構わないのだが、ぶっちぎり最下位のチームが毎日同じメンバーでは浮上のきっかけすらない。とはいえ悪いのは監督ではなくレベルの低い控え選手たちである。
投手起用法は先発投手たちがダメすぎて評価不可能。やはりエスコバー以外の外国人投手たちは厳しかったし、若手は皆故障か不振で行方不明になってしまった。




