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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第80話 交流戦開幕! 王島氏の陰謀

 チームは勝ったり負けたりで、5割キープを目指す日々が続いている。わたしはそのなかで投手として貯金をつくり、野手として出場した試合も何度かお立ち台に立つことができた。


 そんなチームにとっては停滞した流れを変えるチャンス、好調が続くわたしはこの勢いを止めないように気をつける必要がある時期を迎えた。セパ交流戦が始まろうとしていた。


「最初から九州かあ……去年とは開催が逆だから仕方ないわね」


「週末なら遊べたのに………移動も疲れるし」


 金曜日には横浜に帰ってその日のうちに北海道ジャパンハムベアーズを迎える。こっちは九州、相手は北海道から飛んでくるから条件はほぼ五分かも。



「コンドルズには何の思い入れもないけどベアーズは光莉さんもいるし楽しみだなぁ」


「……井藤光莉………ベアーズで正捕手の座を掴んだ。対戦は避けられない」

 

 二刀流の大仁田が退団しても佐藤優李や他のスター選手が大勢待ち構えている。捕手として対戦した去年とは全く違う気分だ。



 直前の日曜日に投げたからコンドルズ戦では野手での出場しかしない。ベアーズ戦の頭に登板が決まった。


「交流戦から中4でもいけるかのテストだ」


 ついに解禁だ。先発投手の駒が足りなくなって、わたしの要望が通った。もちろん完投を目指すのは変わらない。


「これでシーズン25勝はほぼ確実になった。現在9勝2敗、もはやみちに誰も追いつけない」


 たくさん投げまくったという理由だけで最多勝、最多奪三振………そうはならないように、誰もが納得できる内容にしたい。もちろん打撃でも成績を伸ばしていきたい。いい意味で欲張りになろう。



「去年のパ・リーグ覇者、福岡スーパーコンドルズ!なんとか1勝はしたいね」


「今回みちの登板はないとはいえ、私たちが日本シリーズに進出した場合、ほぼ確実に相手はコンドルズ。捨て駒たちでもあなたのためのデータ集めの役には立てる!」


 去年の対戦でも投手陣が大炎上した記憶が残っているのか、それともみやこのいつもの悪癖か、これから三日間の先発投手たちを捨て駒と言い切った。今年もパ・リーグの首位独走チームが敵となると厳しいのはわかるけど………。


 まあそういうわけで、コンドルズ戦は適当に流すわけじゃないけどダメージを負わないのが大事、ミーティングでも説明された。コンドルズに勝とうがパ・リーグ最下位のベアーズに勝とうが1勝は1勝、それに変わりはない。どこに全力を費やすかだ。相手もわたしたちを特別に警戒しているはずがないし……。





「じゃあ……やっちゃっていいんですね?太刀川を。初日にさっそく潰しちゃって」


「ええ。これは会長の指示だもの」



 否!実はわたしの知らないところで『太刀川みちを潰せ』というミッションがコンドルズ投手陣に出ていた。その主というのが、日本女子プロ野球界のレジェンド中のレジェンド、そしてコンドルズの球団会長、『王島 春』だったのだ。



「あの太刀川がいらないことをしたせいで引退する木更津が生き返り、その結果ミルルトの選手全員に熱が乗り移った。日本一を逃したうえに最終戦で柳葉が重傷を………!」


「やっと二軍戦に出場ですからね。全ては楽勝の相手だったはずのミルルトをパワーアップさせた太刀川の責任!会長が懲らしめるように言ってきたのもわかります」


 日本一になれず、さらに木更津さんのラストボールで主砲の柳葉が骨折したことでわたしをかなり恨んでいたらしい。そしてもう一つ、とんでもない理由があった。



「………会長、それは本気で?」


「もちろん。彼女……太刀川みちはもしかしたら私の記録を破ってしまうかもしれない。シーズンのほうじゃないよ、通算でね」


「それほどの選手には思えませんが………」


 この王島氏は、みやこと同じくらいにわたしを過大評価していた。わたしが引退までに800本以上ホームランを打つ可能性があると言ったとか。


「彼女はやるよ。40〜45本を20年、それで達成だろう?私の偉大なる記録を抜いてしまうよ」


「……それならゴーレムズの田沼とかのほうを警戒されたほうがよろしいのでは?」


「田沼は40歳になる前に引退するはずだわ。それにアメリカに行く可能性もある。やはり太刀川が潰すべき芽………」


 

 今後はあまり目立たないように、程々にやれよ、そんな意味をこめてわたしにストレートをぶつける。ただのデッドボールじゃない、肩から上の危険な球を。



 もちろんわたしはそんな企みを知る方法はなく、王島さんの存在すら頭のなかになかった。球団の会長だからベンチにもいないし、試合前にグラウンドにも来ない。どこかから試合を見ている。


「……私の記録、そして昭和の偉大なる数々の足跡が汚されていいはずがない。私だけでなくあの時代の仲間やライバルたちのためにも………太刀川を野放しにすることは許されない」



 

 そして試合開始。王島さんの狙いは早くも初回から誤算でスタートした。


『ブラックスターズいきなり大チャンス!ノーアウト満塁で4番の太刀川です!』


 関さん、石河さん、みやことみんなシングルヒットで満塁。いきなり手に汗握る場面だな、と思いながら打席に入った。コンドルズバッテリーも困った顔をして落ち着きがない。始まって5分で大ピンチじゃ当然か。


 

 そのとき、バッテリーはわたしが考えていたこととはまるで違う理由であたふたしていた。


(しまった!満塁じゃ………)

(デッドボールはだめ!押し出しになる!)


 会長からの指示は大事、とはいえ試合にも負けられない。ゴーレムズ以上に代わりはいくらでも用意できるチームだ。



「………プレイ!」


 タイムで間が空いた後、その初球をわたしは狙っていた。これまでの3人、全員が早いカウントで打っている。相手は勝負を急いでいるのかも。


『ピッチャー武口、投げましたっ!!』


 読み通り!甘い直球だ。全力で振り抜いた。



「たぁ―――――――――!!」


『太刀川、打ちました!高〜〜〜く上がった!これは上がりすぎた、と言うべきか!』



 しまった、とわたしは一瞬後悔した。焦ったのはわたしのほうだった。いきなりの満塁、絶好球………力みすぎたとはこのことだ。


(広いドーム球場じゃ外野フライまでだな。犠牲フライにはなるからいいんだけど……最低限すぎるっ!)

 

 もったいないミスショットだった。ところが相手のレフトは立ち止まってから、グラブを構えない。フェンスは越えない打球のはずなのに、見失ってくれた? 


 

 いや、この球場には実はラッキーゾーン……その言い方は古いらしい。ホームランテラスと呼ばれる空間があって、高いフェンスの前に設置されていたのをたったいま思い出した。練習もしていたのにすっかり頭から抜け落ちていて、つまり計算して狙った打球じゃない、まさにラッキーな打球だった。




『レフト見送った!ま、満塁ホームラン!太刀川、今シーズン第19号はホームランテラスに入るグランドスラム!』


「……あっ!そうだった!ラッキーゾーン!」


 昔の呼び名とわかっていたけど、興奮するとつい頭の中にあるものが口から出てくる。満塁ホームラン、4点先制。これなら半分皆が諦めていたパ・リーグの覇者相手の初戦に勝てるかも。



「ラッキーでした!御無礼!」


「…………」


 コンドルズの捕手、甲斐田がオープン戦でわたしからホームランを打ったときのセリフがつい出てしまった。御無礼ってどういう意味なんだろう?



「今日はこれで楽になったね!」


「……みちのホームランを塁上からしっかりと見ることができたのは最高だった。しかし試合が決まったかと問われたら………」


 みやこの予想通り、4点のリードすらコンドルズ相手にはないも同然だった。 



『いった――――――っ!!ダスペイネの第16号、逆転ツーラン!ブラックスターズ先発の大木はまるで豆苗のような、か細くて頼りないピッチング!』


 まさか初回のうちに逆転されるなんて。全くみやこの要求通りに投げられず、ここも大きく外すはずがど真ん中に入ったところを打たれた。結局大木さんはその後も失点してわずか1イニング、6失点でマウンドを降りた。 

 

「パ・リーグ主催のゲームはこういうところがいいね。早々に先発がノックアウトされても打順とか考える必要がないんだもの」


 監督、コーチ共に呆れ返って笑いすら浮かべていた。指名打者のわたしはベンチの中の重い雰囲気から逃げられない。早く打席に立ちたいよ。



 

『4番、指名打者、太刀川!』 


 そんなわたしの次の打席は二回表、なんとまたしても満塁だった。初回はわたしの後は3人続けて凡退、この回も早々に二死とされてからさっきの再現のような3連続ヒット。


 ただしいまは、みやこの打球で二塁ランナーだった関さんはホームに行けそうだったのに、最近失敗続きの三塁コーチが自重して止めてしまった。


 みやこにも打点王のチャンスがあるんだから走らせてほしかった、とわたしは少し不機嫌だった。でもわたし以上に憤っている人たちがいた。ブラックスターズファン?監督?いや、王島会長の指示を知っているコンドルズナインだった。


(どうして三塁ストップしたのよ!)

(またぶつけられなくなったわ!)


 

 そしてフルカウントまで粘った後、9球目。押し出しだけはいけないと弱気のストレートを叩いた。今回は手応えバッチリだ。


『な、な、なんと――――――っ!?太刀川みち、2イニング連続満塁ホームラ―――ン!第20号、今日8打点の大暴れ!まだ二回の表です!』


「…………!!」


 ノーヒットノーラン未遂の日に二度満塁のチャンスで打って7打点の日があった。今日はそれ以上だ。一気に再逆転、ベンチの雰囲気もお祭り状態だ!


「太刀川!」 「みっちゃん!」 「みちっ!!」


「あははは!夢ならさめないで!」



『太刀川の勢い、実力、ホームランバッターとしての資質は本物です!この現代で昔の伝説級の選手たち、村野カツ代や王島春クラスの打者がついに登場か―――っ!』


 

 王島さんは気絶しそうなところを堪えてなんとか試合を観戦し続けていた。そして四回表、わたしの第3打席………。



『ま、またしても満塁だ!また打てと運命が言っているのか!?』


 すでに投手は二人目の和泉に代わっている。それでもブラックスターズ打線の勢いは止まらず、二死満塁。コンドルズバッテリーは追い詰められてヤケになっていた。


(押し出しでもいい!ぶつけてやる!)

(打たれるくらいなら会長の指令だけでも!)


 わたしは当然知らなかった。失点しようがどうでもいい、ただわたしを狙って投げるだなんて。でもわたしがこれまでケガなく生きてこられたのは、頑丈な体ともう一つ、危機察知能力で回避する力のおかげだ。


 何か嫌な気配がする、それは感じ取れた。



『太刀川をどう抑えるのか!?注目の初球!』


「………くらえっ!!」


 わたしはタイムをかけずに打席から大きく外れた。すると、本来ならわたしの頭がある位置をボールが通過していった。


「…………!」 「あっ!!」


『和泉、大暴投―――っ!!ワイルドピッチでブラックスターズ、追加点!』


 もちろん無人の後方に転々とし、三塁ランナーが生還した。ランナーもそれぞれ進み二、三塁。相手バッテリーは完全に冷静さを失った。



「…………」


 次はわたしの背中の後ろ。捕手が捕れるわけがない。


『あ―――……これはいけません!連続ワイルドピッチ!三塁ランナー石河、ゆっくりとホームイン!』


 これで完全にコンドルズは諦めムードに入った。試合だけでなく、会長の指令も。



『ランナー三塁となったところで申告敬遠!太刀川を歩かせます………』



「八百長じゃないでしょうね―――!?」

「どうせ歩かせるならぶつけたれ!腰抜け!」



「ぐぐぐ〜〜〜っ………」



 知らないうちに悪だくみを撃退していた。

 王島 春 (コンドルズ球団会長)


 レジェンドの中のレジェンド。日本女子プロ野球界歴代1位のホームラン数を誇る。いまだに強い影響力を持つ大物で、福岡スーパーコンドルズの外でもそれを発揮する。


 元になった人物……世界の王ことあのお方。シーズン最多本塁打55本が更新されないのはO氏の指示のせいというのはほんとうだったのか、おそらく誰も真相を語らないまま墓まで持っていくのでは。バレンティンが更新したので今となってはそれもどうでもいい話だが、そのバレンティンがO氏のチームであまり出番を貰えないというのは面白い。(まあ成績的に使われなくても仕方ないのだが……)



 甲斐田 (福岡スーパーコンドルズ捕手)


 強肩や意外性のある打撃で日本代表にも選ばれる一流捕手。右投右打。オープン戦でみっちゃんからホームランを放った。


 元になった選手……育成枠出身から日本シリーズMVPにまで駆け上ったあの選手。この人ですら通算盗塁阻止率は4割ないのだから(2021年5月現在)、古田や大矢の記録が光る。

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― 新着の感想 ―
[一言] 再開待ってました!みっちゃんに仕掛けると天然で返り討ちにあいますね。面白かったです。
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