番外編④ ブラックスターズ狂②
『横浜ブラックスターズ!日本一!守護神の笹木が最後は踏ん張った!埼玉キャッツを下して本拠地でほんとうに久々の日本一だ!』
厚木星菜は当時6歳、来年から小学生になる。その瞬間をハマスタで見ていた。
「ブラックスターズは最強なんだ!」
日本最強の抑え投手笹木、ハマの司令塔田西、この日殊勲のタイムリー馬田、スタジアムを駆け抜ける不動の1番ショート石………それ以外にも新浦やロゼ、都築と名前を挙げたらきりがない。英雄たちの姿を、彼女はいまでもはっきり覚えていた。
「来年もその次も、ずっと日本一になってくれるといいな………」
「星菜が応援し続けるならきっと応えてくれるさ。あの熱き星たちは」
両親の影響で横浜ブラックスターズの熱狂的ファンになり、やがてその両親以上にブラックスターズに身も心も捧げるようになった彼女は今年で28歳。あれからブラックスターズは日本一どころかリーグ優勝すらなく、セ・リーグのお荷物と呼ばれる時代まで経験した。
『采配ミスでも何でもない、単純に弱いだけで救いようがない』
『クリーンナップ以外打線はゴミ』
『醜態を晒すことに定評のある球団』
ネット上では横浜ブラックスターズのファンが応援しているはずのチームを自虐的に罵倒し非難する。自身はそれに加わらなかったが、全くその通りだ、とスマホを見つめている星菜のもとに、後輩の女性社員が近づいてきた。
「先輩、昨日は残念でしたね」
「ん………何が?」
「野球ですよ。負けちゃったんでしょう」
このごろ仕事中はこの後輩と共にいることが多く、休憩時間もむこうから近づいてくるようになった。とはいえ会社を出た後にどこかへ遊びに行ったり休日を二人で過ごすほどの仲でもなかった。
「……長いシーズン、負ける試合は当然ある。今日は勝てるから問題ないわ」
「それはよかったです。ところで厚木さん、そんなに野球が好きってことは……昔やってたんですか?リトルリーグとか高校野球とか。子どものころの夢はプロ野球選手だったり?」
最近はこうして私生活や趣味の話をしてくる機会も増えた。星菜はそのことを、仕事の話ばかりでは内容も尽きたか、くらいにしか思わなかった。
「…?いや、一切やっていない。プロ野球選手になりたいと思ったことも一度もない。将来の夢を書くときはブラックスターズの優勝、といつも書き、その度に自分のことを書けと言われた」
「……ふふっ、面白いですね」
ただ野球が好きなわけではない。ブラックスターズの野球が好きな星菜にとって高校野球もどうでもよかった。しかし、この選手をブラックスターズが獲得すれば……という目線で高校のみならず大学や社会人野球を見たりもしていた。
「先輩をそこまで魅了するブラックスターズ……今日は私も球場に連れていってもらえませんか?」
「え!?う〜ん………」
仕事終わりにどこかへ行かないか、そんな誘いは初めてではない。だが、横浜スタジアムにブラックスターズの応援の同行……これはとても珍しい。星菜は躊躇った。
「……ダメ………ですか?」
「い、いえ……構わないわ。行きましょう。いや、ブラックスターズに興味を示してくれるなんてめったにないから少し驚いただけ」
内心後輩を連れていくことには乗り気ではなかったが、かわいらしい上目遣いに負けて二人での観戦となった。
(………大丈夫だろうか……)
厚木星菜は常識のある人間だ。だから後輩と二人での野球観戦に不安を感じていた。まず一つ目に、恐らく野球素人、ブラックスターズの選手もほとんど知らない後輩が三時間、それ以上になる可能性もある試合を楽しめるかどうかだ。
(まさか私がその立場になるなんて…)
時々星菜のそばで観戦している客にはカップルもいて、片方は野球が好きで選手の説明をしたりルールや流れの講釈を垂れ流したりする。果たして興味のない側は楽しめているのか……他人事ながら心配だったが、いま星菜は同じ局面に立たされている。
「…………」
そして二つ目に、会社での振る舞いと全く違う自分の姿を見て後輩がどう感じるかだ。明日から距離を置かれたらショックだ。
(嫌われたくないなぁ………)
そんな星菜の気持ちを察したか、後輩は球場に入る前に星菜に言ったのだった。
「先輩、普段通りの先輩でいてください。私を気にせず、いつものスタイルで楽しんでください」
「………いいの?」
「はい。私はそれが見たくて………はは、まあ余計な遠慮はしないでくださいってことです。でも途中で選手のこととか教えてくださいね」
これなら大丈夫だ、星菜は喜んで石河武美のユニフォームを着て、ライト側外野席に向かった。自分には縁がないだろうと思っていたカップルたちのように、ブラックスターズナインについて早口で話した。
「キャンプの最中に獲った奈村紀子、これがいいところで打つんだ。膝さえ万全なら4番サード固定でいけるのに………」
「ふふっ、そうなんですか」
星菜の話に微笑みながら頷く後輩。試合が始まっても、フィールドでのプレーではなく星菜がブラックスターズを精一杯応援する様子を見て楽しそうにしているのだった。
さて、試合のほうは最低だった。
『石河トンネル!あっと、そのボールをライトの中園も後逸だ!』
『来田大暴投だ―――っ!さすがの木谷もこれは捕れない、赤木がホームイン!』
つまらないミスで失点を重ね、序盤で流れを手放す横浜ブラックスターズ。打線も淡々と凡退を繰り返し、
「あ〜…………」
ソロホームランしかなかった前日はまだよかった。今日はそれすらなく、7ー0となった八回に内野ゴロで1点返しただけだ。
「………………」
『試合終了!意地を見せることもなくブラックスターズ完敗!』
盛り上がるシーンはなく無抵抗の連敗、横浜ファンたちはボヤいたり壁を殴ったりしながら足早にスタンドを去っていく。星菜は身動きせず座席に座ったままだった。
「…………先輩?」
かわいい後輩が隣りにいる、いくら普段通りやってくれと言われてもそれはまずいだろう、理性が警告している。
「…………」
しかし抑えきれなかった。不甲斐ないチームに怒りが爆発し、勢いよく立ち上がった。
「レズレイプしてやるわ――――――!」
後のことなんか知ったことか。
「片っ端から夜通しレズレイプして負け犬根性叩き直してやる――――――!!」
横浜の夜空に憤怒の絶叫がこだました。
笹木 (元ブラックスターズ投手)
その昔、ブラックスターズが日本一に輝いたときの守護神。米球界でも大活躍した。
元になった人物……大魔神と呼ばれたあの人。メジャー帰り後は悲惨だった。チームが強ければ監督をやりたいそうだがそれではずっと馬主のままだろう。
田西 (元ブラックスターズ捕手)
その昔、ブラックスターズが日本一に輝いたときの正捕手。木谷都が入団するまで、チームはその代わりを用意できず苦労した。
元になった人物……本物の強肩強打の凄いやつだったあの人。選手としては一流だったが監督としては…………。




